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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第三章 竜臨闘技場解放戦線
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39 リスト

 どこまで進んでもたいして景色の変わらない通路を四人で進んで行く。

 だが前を歩くレナートには、自分達が今どこを歩いているのか分かっているようだった。不意に丁字路の通路の壁で足を止める。


「ここっすね」

「いや、ここって……」


 アーサーが驚くのも無理は無い。レナートがパソコンを持つ手とは逆の手で指したのは、何の変哲もないただの壁だった。同じような模様はずっと先の通路まで続いている。


「あの、レナートさん? 本当にここが入口なんですか?」


 アーサーが飛ばしたのはただの疑問だったのだが、なぜかレナートは口をぽっかり開けたまま動かなくなった。


「レナートさん?」

「ついに……」


 そしてぷるぷると小刻みに体を震わせ、


「ついに俺に敬語を使う人が来たっすよおおおおおおおおおおおおおおおおおっほーい!!」


 火山の噴火のようにガッツポーズをしながら天井に向かって叫んだ。

 間近で見ていたアーサーは思わず引いてしまう。


「おいニック、あんたの部下が壊れてるぞ? 今までどんな扱いしてたらこうなるんだ!?」

「四人しかいないのに、丸一年新人扱いだったからな。ストレスが溜まってたんだろ」

「まさかの他人事!? お前らのせいだろ、これ!!」

「……流石の俺も少し反省してる」


 サラも加えた三人が、未だに喜びのガッツポーズを取っているレナートに可哀そうな目を向ける。どこまで行っても救われない男だった。


「ただ、この壁の向こうにサーバールーム、ひいてはこの国のメインサーバーがあるのは確かだ」

「でもどうやって入るんだ? 壁を叩いても反響しないし、かなり厚いだろ。その銃でひたすら撃ちまくるのか?」


 そんな話し合いをしてる後ろで、ボガンッ!! と派手な音が鳴った。

 二人して音のした方を見ると、


「なに? この中に行くんでしょ?」


 壊れた壁の前にサラが素知らぬ顔で立っていた。

 その後ろ、一メートルはある分厚い鉄筋コンクリートの壁の向こうには、確かに部屋と呼べる空間があった。薄暗いながらも青い光が点滅している。


「ちゃんと正規の入口があったんだが……まあ良い。入るぞ、付いて来い」


 ニックの号令で四人が隠されたサーバールームに入っていく。中に入るとレナートはすぐにサーバーにパソコンから伸ばしたコードを差し込み、アーサーにはよく分からない作業を始める。

 そのまま高速で叩かれるキーボードの音を聞きながら、部屋の中をぐるっと見渡す。


(ない、か……)


 アーサーが探しているのは『モルデュール』に使う材料の魔石を固める何かだ。『火の魔石』と『炸裂の魔石』は少しだけ残っているが、そのまま投げても距離が離れすぎて『炸裂の魔石』は起動しない。粘土とは言わないがせめてテープでもあれば一、二個はすぐに補充できるのだ。


(さすがに短剣と『光の魔石』だけじゃ取れる手が少ないし、サラにこれ以上の負担をかけたくなかったんだけど)


 とはいえ無いものは仕方がない。いつも通りある手札だけでなんとかしなければならない。


「よし、入れたっすよ」


 アーサーがそんな事を考えている間にもレナートは作業をこなしていた。

 レナートは軽い調子で言ったが、一国のメインサーバーにハッキングするというのがどれだけ凄い事なのかはアーサーにだって分かる。それを当たり前のように成し遂げるレナートは意外と凄い人なのでは? と思ったが、ニックはそれで当然と言わんばかりにレナートのパソコンの画面を見る。

 その後ろからアーサーとサラも画面を除き込むと、何かのリストが開かれていた。縦にずらっと顔写真と名前がいくつも並んでいた。ただ普通のリストではなく、なぜか写真の全てにマルとバツが書かれていたのだ。


「これは選手名簿か? 顔のところにあるマルとバツは何だ?」

「単純に勝敗を記入してるだけじゃないんすか?」


 アーサーの疑問にレナートは適当な調子で答える。しかしなおも訝しげに名簿を睨むアーサーの隣で、サラが声を出す。


「いえ、それは違うわ。その人を見て」


 サラが指した名簿をレナートが拡大する。それはマル印が示された選手だった。


「マルの印だけど、その人はさっきあたしが倒した選手よ。あたしの方にもマルが付いてるし、勝敗で分けてる訳じゃないみたいね」


 言われて見ると、アレックスにはバツが付いている。彼も負けていないはずなので、やはり勝敗で分けられている訳ではないようだ。

 となると疑問は戻る。


「じゃあ何が基準になってるんだ……? 勝敗じゃないし男女でもない。あと基準になるものっていったら……」


 思案するアーサーにサラが思い付いたように言う。


「選手登録の時の書き込みはどう? あれ以外にこっちの情報を知る術はないはずよ。まあ、基本的にはっていう枕詞が付くけど」


 サラの言葉には棘があった。しかし、それも仕方が無いように思える。

 そもそも奴隷商業に手を出している国なのだ、どこかで個人情報を盗んでいる可能性を考えると分からなくもない。


「レナート。マルとバツの選手の登録用紙を適当に五枚ずつ出せ。そこから共通点を探す」

「了解っす」


 レナートの返事は適当でも、仕事は早くて正確だ。ニックに言われてほんの数秒で十人の登録用紙が表示される。

 プライバシーを侵害していて申し訳ない気分になるが、こちらも拘泥していられない。十枚の用紙に目を通して共通点を探していく。


(血液型や持病はあって当然の項目だしバラバラだ。年齢も違うし出身国でもない。そもそもマルとバツの二つしか区分がないんだから、多種に分かれる項目は判断基準じゃない。とすると簡単に分かれてて普通は無いような質問は……)

「……サポーター?」

「なに?」


 ポツリと呟いた言葉に反応を示したのはニックだった。


「サポーターがどうし……いや待て、確かに変だぞ。バツの人物はサポーターの欄に名前が書いてあるのに対して、マルには無記入のものしかない」

「……そういう事か」


 思えば最初から違和感はあった。闘技大会でサポーターというのを何となく受け入れていたが、そもそもの設備がしっかりしているのに必要とは思えなかったのだ。現にアーサー自身も控え室で待機していただけで、応援以外にこれといった事はしなかった。


「サポーターがいないって事は単身で来たって事だ。例えいなくなろうと気付かれにくい、そこを突いたんだ」

「じゃあ、お姫様はサポーター無しで出場して敗けたって事か……?」

「それについてはずっと思ってた事があるんだけど、本当に出場してたのか? 仮にしてたとしても、お姫様を捕まえて売りはしないと思うんだけど。それに、そもそもお姫様って武闘派だったのか?」

「護身術はかなりのものだった。それに現にお姫様は行方不明だ。……そもそもお姫様は王族の中でも浮いてたからな。『竜臨祭』の運営はお姫様を邪魔に思ってたヤツらがやってたのかもな」

「……」


 懸念は晴れなかったが、アーサーはそれ以上何も言わなかった。どっちみちこのまま情報を探っていけば真実に辿り着く、そんな考えがあったからかもしれない。

 しかし忘れてはならない。ここまでの旅のように、アーサーには基本的に順調という事がない。それは今回も例外ではなかった。


「っ!? まずいニックさん、ここがバレました! 三○秒で特殊部隊がこの部屋に来るっす!」


 突然レナートが叫び、場に緊張感が流れる。


「チッ、意外に早かったな。仕方ない、さっさと出るぞ。情報は得たのに捕まったなんて冗談にもならない」

「ちょっと待って下さいよニックさん! 情報ったってお姫様の居場所はまだ分かってないんすよ!? 少しだけでもここに籠城しましょうよ!!」

「お前を抜いて三人で籠城か? 仲良く棺桶行きが席の山だ」

「でも次はここには来れませんよ!?」

「だからもう来ない。ミランダとマルコと合流して何としても探すんだ」

「そんな無茶な!!」

「……」


 そんな言い合いのすぐ傍で、アーサーはある作業をしていた。


「お前も何をしてるんだ! さっさと逃げるぞ!!」

「少し待て。今お土産を置いてる所だ」


 ニックの事を適当にあしらっていると、実力行使に出た。アーサーの首根っこを掴んで引きずるようにして出口へと向かう。


「時間切れだ、もう行くぞ! 足手まといになるようならこの場で俺がお前を殺してやるからな!!」

「ああくそっ! ギリギリ終わったけどお前背中に気をつけろよ!!」

「……あんたらよくこの状況で喧嘩できるわね」


 いがみ合うアーサーとニック、呆れた顔のサラ、悔しそうなレナートと奇妙な組み合わせの四人は入って来た壁から再び通路に出る。

 やはり言い合っていた時間が無駄だったようで、正面の通路から既に大きなバケツみたいなロボットが三体ほど迫ってきている。ビジュアルだけなら可愛いものなのだが、両脇にマシンガンが付いてるものだから殺傷能力は疑うまでも無い。四人はすぐに左の通路を走って逃げる。


「ほら見ろ! お前がちんたらしてるから追い付かれたぞ!」

「そのちんたらにすぐ感謝する事になるぞ」


 他の三人が必死に逃げる中で、アーサーは後ろを確認しながら走っていた。

 そして三体のロボットが角から出て来た瞬間。


 ドガッッッ!! と派手な爆発がサーバールームで起こり、爆風が三体のロボットを巻き込んだ。


「……お前の仕業か?」

「ああ、『火の魔石』と『炸裂の魔石』を置いて来たんだ。『モルデュール』は無くなったけど、魔石自体は持ってたからな。でも今ので完全にネタ切れだ。まあサーバールームはぶっ壊せたし追っても撒けたんだから問題ないだろ」


 アーサーは得意げに言うが、すぐにその表情が固まった。

 爆風の中から少し傷の付いたバケツ型のロボットが出て来た。そして頭の部分から拳銃やらチェーンソーやら刀やら物騒な武器がいくつも飛び出ていて、軽く恐怖映像だ。

 足を止めていた四人も逃走を再開する。今度はアーサーも全速力だ。


「誰が感謝するって!?」

「悪かったよちくしょう! こうなるとは思ってなかったんだ!!」

「言い合いしてる場合じゃないでしょ! さっきパワードスーツを壊したみたいな策は何かないの!?」

「今考え中! というか閃いてはいるんだけど実行できる手段がない!!」

「ちなみにそれは何だ!?」


 アーサーの言葉に反応したのはサラではなくニックだった。

 その様子にアーサーも驚いた顔で、


「俺の策に乗る気か?」

「お前達の身元は知らないが、俺達を撃退したりパワードスーツを破壊した事は認めている」

「そりゃ意外だったな」

「だからさっさと言え。可能なら俺達の力を貸してやる」

「じゃあ持ってる爆弾類を全部寄越せ。通路の壁を使って道を塞ぐ。根本的な解決にはならないけど、少しくらいなら時間が稼げるはずだ!」

「急場しのぎだが仕方ないか……。レナート、ありったけの爆弾をそこの角の前に配置するぞ!」

「本気でやるんすか!?」

「お前に他の策があるならそっちでも良いぞ?」

「……分かりましたよ、爆弾を設置すれば良いんすね!」


 やや言い合って、ニックとレナートはアーサーの指示通りに爆弾を設置し始める。プラスチック爆弾から手榴弾まであらゆる爆弾を設置し終わったのは、ロボットがマシンガンの照準を合わせるのとほぼ同時だった。


「角に入れ! 爆破するぞ!!」


 ニックの指示通りに角に入ると、すぐに爆破が起きた。アーサーの狙い通り、破壊された壁や天井が通路を塞ぐ。

 だが落ち着いている暇は無い。瓦礫の向こうからは絶えず銃撃音が鳴っている。すぐにでも移動しなければ急場しのぎの壁などすぐに突破されてしまうだろう。


「それで? この先は考えてるのか!?」

「ほとんどノープラン! だけど俺達はこのまま敵を引き連れて逃げよう。俺達が注目されれば、それだけ別動隊が動きやすくなるはずだ」

「くそっ……。確かに今の状況じゃミランダとマルコの方に託すしかねえか」

「それだけじゃないぞ、こっちにも頼もしい仲間がいる」


 アーサーは買ったばかりのマナフォンを取り出して、


「さっきの情報をミランダさん達に伝えられるか?」





    ◇◇◇◇◇◇◇





 場所は移って地上のコロッセオ。アレックスは順調に勝ち進んでおり、今は空いた時間を使って売店コーナーに来ていた。隣にはサポーターである結祈(ゆき)も一緒だ。


「外よりは少ねえが、ここにも色んなもんがあるんだな」

「……そうだね」


 様々な売店に目を輝かせるアレックスだが、その隣の結祈は気の抜けた相槌を打つだけで、売店以外の場所もキョロキョロと見回していた。


「どうしたんだ? お前だって食い物は好きだろ?」

「そうだけど……さっきからアーサーの魔力がどこにもないの」

「アーサーの魔力? あいつは魔力が少ねえから魔力感知には引っ掛からねえぞ」

「ううん、ワタシの魔力感知には引っ掛かるはずだよ。……引っ掛かるはずなんだけど、このコロッセオには少なくともいない……と思う」

「うーん、まああいつはそもそもこの大会に乗り気じゃなかったからな。先に宿屋に戻ったのかもしれねえぞ?」

「それも違う、宿屋にもアーサーの魔力はないよ」

「……じゃあメインストリートは」

「そこにもいない」

「……」


 アレックスはアーサーの動向よりも結祈の魔力感知の広さが気になった。

 忍術については道すがら聞いてはいたが、直に見るのは初めてだっただけに驚きが隠せない。しかし結祈はそんなアレックスには目もくれず、ひたすら魔力感知に集中していた。

 アレックスは結祈の様子に、はあっと溜め息をつき、


「まったく、アーサーの野郎はどこで何してんだか」


 言った丁度その時だった。アレックスのポケットからヴィィィ、という振動音が届いてくる。何かと思いポケットに手を突っ込むと、そこから出て来たのは先刻買ったばかりのマナフォンだった。表示されている数字は登録したアーサーのものだ。


「っと、言ってたらほら、アーサーから連絡が来たぞ」


 アレックスは結祈に一言かけてから通話に出る。


『あ、もしもしアレックスー? 今「竜臨祭」の陰謀で拉致されて奴隷にされそうな人達を助けようとしてるんだけど、暇ならちょっと手伝ってくれ』

「………………」


 速攻で通話を切った。

 ほとんど流れるような動作で取り出したマナフォンをポケットに突っ込み、何事も無かったかのように売店コーナーへと足を向ける。


「あ、アレックス? 今のってアーサーからの連絡じゃあ……?」

「いやー、それにしても色々あって選ぶのに迷うなーちくしょう」


 結祈を無視し、必死に現実逃避をするアレックス。

 しかし、再び鳴る振動音に引き戻されると足を止める。鬱陶し気にマナフォンを取り出すと、しばらく画面を見てから溜め息をつき、それからマナフォンを耳に当てる。


『あ、もしもしアレックスー? 今「竜臨祭」の陰謀で―――』

「聞いてなかった訳じゃねえよ!! 呆れてんだこの馬鹿!!」


 腹の底から思いっきり叫んでスッキリすると、少しだけ冷静になって疑問顔で、


「そもそも『竜臨祭』の陰謀って何だよ。何でこの短い間でそんな大事に首突っ込んでんだ? つーかテメェ今どこにいるんだ!?」

『いっぺんに質問するなよ。答えられないだろ』

「じゃあ順番に聞いてやる。まずどこにいる」

『地下』


 もう一度、通話を切りそうになった。

 どうして試合観戦をしていたはずのアーサーが地下にいるのか、まったく理解ができなかった。


『なんか「タウロス王国」って地下の開発に力を入れてるらしくてさ、数万トン規模の貯水場なんかもあったぞ。まあ不法侵入だろうからはしゃいでばっかりもいられないけど』

「……次だ。なんで地下なんかにいるんだよ」

『怪しい人達を追いかけてたら地下に入ったんだよ。控え室の奥の通路の突き当りから入れるんだ』

「テメェ控え室にも来てたのか?」

『ん? ああ、そこで会ったやつに協力してもらってるんだ。今は色々あって六人に増えてるけど、それでも人手が足りないからアレックスと結祈にも手伝ってもらいたいんだ。二人にも関係が無い訳じゃないしな』

「俺達にも関係してる?」


 流石に自分達にも関係してる事件、それも拉致だとか奴隷だとか危険な単語が飛び出ているとなるとアレックスも軽く聞き流す訳にもいかなくなった。


「……少し待て」


 アレックスは人の少ない通路の影に入ると、マナフォンをスピーカーモードにして結祈にも聞こえるようにする。

ありがとうございます。

ついにアレックスと結祈も話に加わっていきます。

そして次回は、この章の最重要人物が登場します。

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