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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第n章 終わりの果ての世界 Road_to_the_End.
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(無題)The_Planet_is_Over.

 アーサー達は半ば連行されるような形で上の階に案内された。階段はアーサーが下で吹き飛ばした物と同じように、こちらも塞ぐ作業に入っていた。さらに下と同じような大きさのフロアやいくつもの部屋で多くの人々がテントや寝袋などを広げていた。


「……ミオがここをまとめてるのか? 二〇年で随分と立派になったな」

「ならざるを得なかったって言った方が正しいかも」


 護衛なのか二人の銃を持った男が前を歩き、その後ろに付いて行くミオは、車椅子ごと後ろを歩いていたアーサー達の方に体を向けた。目的地まで自動で動いているのか、ミオも男達も後ろ向きのまま動く車椅子には驚いていない。


「『ディッパーズ』で残ったのはわたしだけだからね。それに最後にアーサーくんに頼まれたの。もし『未来』を変えられず失敗したら、みんなの事は頼むって。それからはずっと駆け足で……二〇年って言ってもあっという間だった」


 たった一人、残された人類を守る重圧に耐え続けてきたのだろう。アーサーには想像もつかない世界だ。彼は『ディッパーズ』のリーダーを名乗っているとはいえ、その経験は一年にも満たないのだから。


「まあ、わたしの話は良いよ。話を先に進めて、この世界の事をざっと説明するね。二〇年前、わたしがまだ『MIO』に繋がれていた頃、正体不明の何者かの力が介入してこの未来を確定させられたの。そして……冗談抜きに世界は終わった。人類に残された生活圏はこのビルの残り一〇フロアだけ。窓を隔てた外の世界は大気が消滅した影響で人が生きていける環境じゃなくなった」

「……あの『インヴィジョンズ』は?」

「『終末の日』……ああ、わたし達はそう呼んでるの。世界が終わったあの日、地下から這い上がって来て現れた。それから少しずつ生活圏を奪われてる。階段を塞いでも時間稼ぎにしかならなくて、ビルの上部は吹き飛ばされてもう存在しない。わたし達にはもう時間が無いの」


 状況が切迫しているのは分かった。

 だからこそ、最初からある疑問に再び当たる。


「……俺達にどうしろって言うんだ?」

「わたし達は『インヴィジョンズ』とは別の敵にも脅かされているの。クロノさんは『無限』と『時間』と『箱舟』があればこの星を元に戻せるって言ってたけど、必要な『魔神石』は『箱舟』以外彼らに奪われてしまった。アーサーくん達にはそれを取り戻して欲しいの」

「彼らって?」

「部屋に入って。そこから見えるよ」


 ミオが休んでいる部屋、というよりは長方形で会議室に近かった。真ん中に細長いテーブルがあり、部屋の横一面の壁はガラス張りだ。


「窓の外を見て。北側の上の方」


 言われるがまま八人は窓に寄って上を見上げる。

 そこにあったのは太陽のような黒い球体の何かだ。かなり上空にあるが、北側にあるので太陽ではないだろう。そもそも太陽なら直視できない。


「ねえミオ。あの黒いのはもしかして……」

「頼むから別の星なんて言わないでくれよ、透夜(とうや)。敵は異星人なんて冗談じゃないぞ」

「残念ながら敵は異星人で、このビルの上部を吹き飛ばしたのも彼ら。二〇年前、突如現れたあの異星からエネルギー砲が放たれて、わたし達は一方的に蹂躙されたの。同時に地下から『インヴィジョンズ』も攻撃して来て、一日目で五フロア奪われた。それから二〇年で五〇フロア奪われて残りは五フロア。このペースだとあと二年で人類は絶滅する」

「だったら異星人より『インヴィジョンズ』を倒した方が良いんじゃないか?」


 透夜がそう提案するが、ミオは首を横に振って、


「アーサーくんは知ってると思うけど、このビルは特別製で破壊はほぼ不可能で、仮に傷つけてもすぐに修復するの。そのおかげで定期的に襲ってくる異星人は下の入口からじゃないと攻めて来れないけど、皮肉な事に『インヴィジョンズ』がそれを阻止してるの。下のフロアに降りて撃退してはいるけど、絶滅させれば異星人に制圧される」

「ジレンマってやつか……アーサー、僕はミオが言ってる『魔神石』ってのを知らないけど、それがあれば本当に終わった星を戻せるものなのか?」

「あー……ラプラス。その辺りどうなんだ?」

「そうですね……」


 問われたラプラスは顎に手を置いてしばし考えこんでから答えを口にする。


「……理論上は可能です。その三つがあればこの星そのものの時間を巻き戻せます。ですが戻したとしても異星をどうにかしなければ同じ事の繰り返しでしょうが」

「つまり今回の仕事は他の星と異星人を何とか撃退して、『インヴィジョンズ』を全滅させた上で『魔神石』を使ってこの星を元に戻す訳か。楽勝だな」

「……それが楽勝なんですか? レンさんは頼もしいですね」

「いや、気を紛らわせる為に言っただけだ。……正直言えばかなり厳しいだろうな。事件に関わる度に難易度が上がってる気がする」


 ネミリアからの純粋な言葉が意外と頭に突き刺さった。直視し難い事実を乗り切る対処メカニズムとして皮肉に走っただけで、アーサーだって誰もいなければ頭を抱えたくなる状況だ。星そのものを相手にしろだなんて、それこそ冗談みたいな話なのだから。


「……ミオ、策はあるんだよな?」

「幸い『W.A.N.D.(ワンド)』のシステムはまだ生きてる。このビルに内蔵されていた集束魔力砲の修理も終わったから、『無限』があればあの異星を破壊できる。……これはラプラスさんが言ってたから間違いないよ」

「それはこの時代のラプラスって意味だよな。……ところで、あんまり触れたくないんだけどこの時代の俺達はどうなった?」

「……それも説明する。また付いて来て」


 再び移動を開始するミオに、アーサー達八人は黙って付いて行く。彼女は階段ではなくエレベーターホールに向かい、普通にボタンを押したエレベーターの中に乗り込んだ。『W.A.N.D.』の施設は『箱舟』の力で動いているので、エネルギー問題は無いのだろう。

 上に向かったエレベーターが止まり、ドアが開く。

 そこは下とは比べ物にならない、二〇年前と同等以上の設備が整った施設だった。中央には巨大な望遠鏡のような砲身があり、そのすぐ傍には車ほどの大きさの小型のロケットがレールの上にあった。


「これは……」

「『対惑星集束魔力砲』と宇宙航行用の小型ロケットだよ。四人までしか運べないけど、あの異星まで行けるのは検証済み。……二〇年前、アーサーくんは勿論、生き残った『ディッパーズ』や一般から集った人達でこれに乗って異星に殴りこんで行ったの。そして二度と戻って来なかった……」

「……敗けたのか」

「多分。過去からアーサーくん達を呼んだのは良いけど、これだけの人数で倒すのは不可能に近いと思う。だけど忍び込んで『魔神石』を奪うだけならきっとできるはず。鍵は……」

「感知されない透明化ができるスゥさんですね。二〇年前の作戦には参加できなかったんですか?」


 言い淀んだミオの代わりにラプラスが答えた。その答えにミオも頷く。


「『終末の日』に亡くなったの。それで作戦を強行せざるを得なかった。多くの仲間を失って、アーサーくんが冷静じゃなかったのは理解してたけど、あの時は他に選択肢が無くて……」

「ああ、俺の事だから分かってるよ。……おそらく未来の俺と同じか、それより酷く『消滅』の力を暴走させたな。世界中のみんなを失った上で殴り込みに行ったなら有り得る」

「ですが今のマスターは冷静で、スゥさんも生存しています。ミオさんの目論見通り勝算は十分にあるはずです」

「なら話は決まりだ」


 アーサーはミオを含めて仲間達全員を見渡して、一度呼吸を挟んでから告げる。


「俺とスゥ、それからラプラスも一緒に来てくれ。もう一人は……」

「エリナが行くよ。良いでしょ、王様?」

「……、」

「ちょっと! 『お前は隠密行動向いてないだろ』みたいな顔止めてよ王様!! 確かにコソコソするのは苦手だけど、万が一存在がバレた時の為に戦力は必要でしょ? エリナ、戦力にはなるよ」


 確かに戦力として考えるなら、八人の中でエリナは(つむぎ)と並ぶ最大戦力だ。しかしこちらにも『インヴィジョンズ』の脅威がある以上、その戦力を削いで良いのか疑問があった。そして彼女自身も自覚がある通り、エリナは隠密行動に向いていない。効率を考えるなら経験豊富なメアを連れて行くのがベストだと思っていたのだが、アーサーは正直迷っていた。

 その迷いを断ち切ったのは、やはりというかラプラスだった。


「マスター。ここはエリナさんの言う通りかもしれません。『インヴィジョンズ』の相手も紬さんがいればなんとかなるでしょうし、エリナさんを連れて行きましょう」

「……まあ、ラプラスが言うなら」

「王様ってラプラスさんに弱いよね」

「オーケーだエリナ。居残り希望ならそう言ってくれて良いんだぞ?」

「よーし、ラプラスさんの許可も出たし早速行こう! 隠密行動楽しみー!!」


 両手を上げて叫びながら誤魔化すエリナに嘆息しつつ、アーサーだって今更エリナの同行に反対する訳ではない。単なる照れ隠しだ。


「残りの四人はここで待機だ。メア、リーダー経験のあるお前がみんなをまとめてくれ。透夜も頼んだぞ」

「分かった。任せて」

「……まったく、みんなして適応能力高すぎだろ……」


 自信満々なメアとは対照的に額を押さえる透夜の一般的な反応に苦笑しつつ、アーサーはネミリアと紬の方に視線を向ける。


「ネムは本調子じゃないんだから無理はするな。それから紬、お前はエリナと並んで俺達の中で一番強い。みんなを頼む」

「ん? どうしてあたしだけ握手を求められてるの?」

「良いから握ってくれ」


 紬はアーサーから差し出された右手に疑問を持ったが、深く疑う事はなく言われた通りに握り返す。そして何かに気づいたようにハッとした。アーサーの顔を確認すると、それが意図的である事が分かる。


「アーくん、これって……」

「いざという時に使え。きっと力になる」


 そうして二人との話も済ませて、アーサーは一緒に異星に向かう三人とミオの方を見る。


「それじゃ、早速ロケットに乗せてくれ」

「じゃあ四人にはこれを渡すね。腕に巻いて絶対に外さないで」


 ミオが手渡して来たのは腕時計のように手首に巻くタッチパネルの装置だった。ロケットに乗る四人がそれを受け取って手首に巻きつけていると、ミオが説明してくれる。


「ダブルタップで宇宙服の装備と解除、トリプルタップで魔力を消費し続けるけど、あらゆる環境下で動けるようになる魔力の膜を身に纏えるの。基本は宇宙服を、もし万が一戦闘になった場合は膜を張れば違和感なく動けるようになるから活用して」

「分かった。とりあえず今は二回だな」


 試しにダブルタップすれば装置からナノマシンが広がり、全身に白を基調とした宇宙服が現れる。ヘルメット部分は続けて左胸を叩けば良いとミオから追加の説明があったのでやってみると、確かにフルフェイスのヘルメットが顔全体を覆った。耳をさらに二回突けば通信機の回線が繋がった。

 装置の確認も済んだので、アーサー達はロケットに乗り込む。前の二席にアーサーとラプラス、後部座席にスゥとエリナが座る。それだけでも窮屈に感じるほど狭いが、これで宇宙に行けるというのだから凄まじい。


「音声は届いてるか?」

『届いてるよ。でも異星に突入したら一切の通信が途絶えるから援助は期待しないで。アーサーくん達にこの星の未来がかかってる。絶対に生きて戻ること、そして必ず成功させて。失敗すればそこで全て終わりだよ』

「……了解、プレッシャー無し」


 期待過剰なエールに苦笑いで返し、最後にシートベルトを確認する。少しするとレールの先の壁が開いた。室内の空気が外へ出て行かないように魔力の膜が張ってあり、ロケットがジェットを噴くとレールに沿って加速し、魔力の膜を通過して外の世界へと飛び出した。


『そこから核融合エンジンで一気に加速するよ。舌を噛まないように気を付けて』


 ミオからの忠告に返答する余裕は無かった。

 四人を乗せたロケットは一気に加速し、凄まじい速度で真上に向かって行く。まるで座席に思いっきり押し付けられるような感覚に歯を食いしばって耐えていると、やがて黒い異星が目前にまで迫って来た。

 しかしアーサーは少しだけ視線を周りに向けた。大気が無いので窓からでもよく見えたが、こうして実際に宇宙空間に出て星を見るのはまた格別だ。


(……まさか、『ジェミニ公国』からここまで来るとはな……)


 ほう、と感慨深く息を吐いてすぐに本来の目的を思い出す。

 改めて異星に目を向けた。まるで太陽のように黒い炎が揺らめいている惑星に生物がいるとは思えないが、攻撃があったのは事実だ。この距離でも用心に越した事は無いだろう。


「……スゥ。このロケットごと消せるか?」

「任せて」


 とりあえずこれで侵入がバレる心配は無くなった。あとはロケットが勝手に進んで行くので、出来るのは心構えをしておく事くらいだ。難易度は過去最高と言っても過言では無いが、きっと上手く行くと信じるしかなかった。





    ◇◇◇◇◇◇◇





「……それで、残った僕達にも仕事があるんだろう?」


 異星に向かって行った四人を見送って、残ったメンバーの一人である透夜は車椅子に座るミオに向かって問いかけた。

 車椅子に座るミオは浮かない表情を浮かべている。そして身体の向きを四人の方に向けて口を開く。


「……この世界の事、お兄ちゃん達はどう思う? もし過去を変える事で実現しない可能性があるとしたら、どんな手段でも取りたいと思う?」

「え? そりゃ、まあ……」


 唐突な問いかけだったが、特に考える必要も無さそうな問題だったので反射的にそう答えた。

 しかしミオの様子がおかしい。

 透夜の返答は望んでいた答えだったはずなのにも関わらず、だ。


「じゃあ、こうする事しかできないわたし達を許して」


 ミオが片手を挙げると、周りにいた全員が一斉に銃を向けて来た。明確な悪意に即座に反応した紬とメアが動いた。といっても紬は刀を抜き放ち、メアがそれを止めるという逆の形だったが。

 アーサーに頼まれたからか、メアはこんな状況でも冷静だった。しかし透夜にそんな余裕は無かった。


「どういうつもりなんだ、ミオ!?」

「……ごめんね、お兄ちゃん。でも二〇年考えても、これしか答えが思い付かなかったの」

「一体何が……」


 困惑する透夜に、ミオは暗い表情で口を開いた。

 この行動の理由が彼女の口から語られる。それは疑問が晴れて気分が良くなるというよりは、彼女と同じ苦悩を感じるものでしかなかった。

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