(無題)Unknown_Area.
寝起きは最低だったが、頭の切り替えの速さには自信がある。
昔の自分なら一人でも行動を開始していたが、ここに送り込まれたのが自分一人だとは思えない。ここがどこかは分からないが、他の者達がいるなら早く合流するに限る。
(……仕方ない。普段なら絶対に使いたくないけど、緊急事態だし許してくれよ)
右手に意識を集中させて、ラプラスが自分の位置を確認するように『回路』を繋いだ相手の居場所を探る。
(ラプラスと……紬。それにスゥまで? でもそれだけか……)
広域を探れるサラや治癒魔術を使えるソラがいない事を嘆くべきか、それともこの異常事態に巻き込まれなかった事を喜ぶべきか。とにかく他にも巻き込まれた仲間がいるとしても、せめて居場所が分かるメンバーと早く合流するべきだろう。
(ラプラスと紬は少しくらいなら自分だけで対処できるはずだ。だとするならスゥが危ない。透明化と魔力障壁があるっていっても、直接戦える訳じゃないからな)
であれば動きは決まった。窓とベッド以外、何も無い無機質な部屋の外に出ると、そこにも無機質で暗い廊下があった。突発的な事態にすぐ対処できるように身構えてスゥがいる方向に足を進める。
何歩か進んだ所で、背後に気配を感じたアーサーは後ろを振り返った。こういう時の嫌な予感は大体当たりだ。しかもそこにいたものには見覚えがある。
「まさか、『インヴィジョンズ』か……!?」
反射的に『愚かなるその身に祈りを宿して』を発動したのと『インヴィジョンズ』が飛び掛かって来たのは同時だった。まるで打ち返すように全魔力を右手に集束させた『灰熊天衝拳』で殴り飛ばす。
そしてアーサーは一八〇度体の向きを変えると走り出した。半ば不死のやつをこの場で殺しきる事はできない。さっさと逃げたいが直線の道では逃げ切れない。かといって近くの部屋に入るのは袋小路のため論外だ。
(だったら全身切り刻めばどうだ!? ヤツの復活は脱皮だ。それなら復活できないかもしれない!!)
もう一度振り返って、アーサーは復活した『インヴィジョンズ』と向き合いつつ腰に手を伸ばしてからハッとした。
漆黒の短剣はすでにそこに無い。
咄嗟の行動とはいえ、自分自身の不甲斐なさに歯噛みしつつも思考を回す。『手甲盾剣』を今から起動したのでは間に合わない。アーサーは手を前に突き出して目の前に『黒い炎のような何か』を通路を塞ぐ壁のように展開した。飛び掛かって来ていた『インヴィジョンズ』は空中で停まる事ができず、そこに接触した途端に『消滅』した。
何とか窮地を脱したが、それでもまだ終わらない。通路の先には新たに二体の『インヴィジョンズ』が壁に張り付いていたからだ。
今度こそアーサーは逃げた。何体いるか分からないのにポンポン『消滅』の力は使えないのだ。それに不死身を二体も相手にはできない。しかし走っている前方にも動きがあった。ドアが開き新たな『インヴィジョンズ』が現れると思っていたのだが、そこから顔を出したのは見知った人物だった。
「っ……スゥ!!」
「えっ、レン君!? あの、ここどこなの……?」
「知らない! 良いからその部屋に入れ、俺も入る!!」
「え? えっ!?」
事態を把握できていないスゥに抱きつくようにぶつかって一緒に部屋の中へ飛び込んだ。
『インヴィジョンズ』達も遅れてその部屋に入って来る。目が無い彼らには嗅覚があるが、どういう訳か部屋の中に入った彼らは困惑していた。しばらく匂いを頼りに部屋を徘徊した後、諦めたのか部屋の外へと出て行った。
「……ありがとう、スゥ。助かった」
「ううん、これくらい」
何も無い場所からアーサーとスゥが現れた。カメラのような映像だけでなく、あらゆる感覚器官にも引っ掛からなくなる『無害無敵』だ。
「それで、ここはどこなの?」
「分からない。俺もついさっき目を覚ましたばっかりだ。どこの国か検討もつかない。もしかしたら『魔族領』に飛ばされたのかも」
「レン君は経験あるの? その、寝て起きたら別の場所に飛ばされた経験が」
「一晩で『スコーピオン帝国』から『カプリコーン帝国』に行ったよ。あの時は上級魔族と戦わされた。もし今回もクロノが主犯ならロクでもない事態になるのは間違いないな」
「……これからどう動くの?」
「そうだな……」
そして同時にクロノには独自の考えがあるのも間違いない。どう動くにせよいつも通り、彼女の意図は探ろうとせず正しいと思う行動をすれば良い。それがきっと最良の結果に繋がるはずだ。
「とりあえずラプラスと紬の居場所は分かる。まずは二人と合流しつつ他にも送り込まれた仲間がいないか探そう。同時にこの場所がどこなのか、そして問題が起きてるならそれを探る。その辺りはラプラスがいれば一気に解決に近づく。早く探しに行こう」
『インヴィジョンズ』の気配はもう消えているが、慎重な足取りでドアに向かう。しかしその足をスゥが服の裾を掴んで止めた。
「スゥ? どうした?」
「……レン君は今ここにいる私より、遠くにいるラプラスさんを頼りにしてるんだね」
じっと睨むように見られて、アーサーは口ごもった。
「それは……まあ、戦いになると頼りになる。指摘や意見は適切だし……いや、お前相手に誤魔化すのは止める」
耳障りの良い言葉を並べれば並べるだけスゥの目が鋭くなっていく事に気づき、アーサーは観念した。それから本心を打ち明ける。
「ラプラスと一緒だと落ち着くし、隠し事とか強がりとか全部見抜かれるから自然体でいられる。まさに公私ともに支えて貰ってるんだ」
「……レン君はラプラスさんが好きなの?」
「それは言えない。理由は……分かってるだろ?」
スゥにはすでに事情を話している。暗にこれ以上は突っ込んで来ないでくれと頼んだつもりだが、どうやら彼女にも通じたようだった。まだ何か言いたげではあったが、アーサーの服の裾から手を離した。
代わりに今度はアーサーが手を伸ばした。
「早速だけど頼りにして良いか? 移動するならスゥの『無害無敵』を頼りにしたい。頼めるか?」
「……うん、任せて!」
元気よく返事をしてスゥは嬉しそうにアーサーの手を取った。狙いは上手く行ったようだ。とにかくこれで『インヴィジョンズ』に邪魔されず捜索できる。
アーサーは心強い仲間と共に、再び外へ出た。
◇◇◇◇◇◇◇
「……どこだここ?」
目を覚ました時、音無透夜は硬い床の上に転がっていた。勿論、昨夜同じ部屋で眠りに就いたはずのアーサー・レンフィールドの姿は隣にない。
彼と同じように窓の外を見て絶句し、一通り頭を抱えた後で思う。
(……そういえば、昨夜は妙に眠かったな。ミオがくれたっていう飴玉をアーサーと食べてすぐだったけど……まさか偶然って訳じゃないのか?)
妹を疑いたくは無いが、偶然とは思えない。
こういう事態に慣れているアーサーは送り込まれた手段など気にも留めていなかったが、普通の人からしたらそうではない。いきなりこんな超常現象に巻き込まれて受け入れろというのが無理な話だ。
とにかくいつまでも閉じこもっている訳にはいかないので、透夜も覚悟を決めて外へ出る。
異様な気配だった。アーサーは抵抗なく進んでいたが透夜はそういう訳にはいかない。慎重な足取りで呼吸にすら気を付けて一歩一歩進んでいく。
そんな彼に待っていたのはアーサーと同じだ。音に気を付けてもヤツらは匂いで相手を探し出す。透夜の前にも涎を垂らした『インヴィジョンズ』が現れた。
「……なんだ、アレ……?」
思わず一歩後退った所で、後ろからも呻き声が聞こえて来た。
一方通行の道で両方を『インヴィジョンズ』に挟まれた。部屋に入る選択肢もあるが、それが愚策なのは透夜にも分かっていた。
こちらに駆けて来る二体の『インヴィジョンズ』に透夜は手を伸ばし、空中に現れた魔法陣から鎖を真っ直ぐ飛ばす。しかしいくら体に突き刺しても『インヴィジョンズ』は構わず突っ込んでくる。そこで透夜は攻撃の仕方を変え、走る『インヴィジョンズ』のタイミングに合わせてあらゆる包囲に魔法陣を展開すると、四方八方から鎖でめった刺しにしたのだ。
狙い通り、それで完全に固定して動きを封じられた。しかしそんな精密な攻撃を同時に行うのは無理があった。一体は拘束できたがもう一体を逃してしまったのだ。目前に迫る『インヴィジョンズ』の突進を身を屈めて躱そうとしたが、その前に変化があった。突然『インヴィジョンズ』の動きが止まると後ろに引っ張られた行ったのだ。透夜はその隙に同じように鎖でめった刺しにして難を逃れる。
「どういたしまして、透夜くん。いやー、危なかったね」
軽い口調で『インヴィジョンズ』の後ろにいるのは赤毛の少女だった。見知った顔に透夜はほっと息をつく。
「ああ……助かったよ。たしかメアさんだよね?」
「メアで良いよ。仲間なんだし遠慮しないで」
「ならメア。ここがどこだか分かるか?」
「全然。でもまあ、こういう状況は『ディッパーズ』じゃ珍しくないって聞いているし驚きは無いかな。昔の仕事柄対処能力は高い方だし」
「昔の仕事って?」
「暗殺者」
その言葉に思わず透夜の動きが一瞬止まった。すぐに移動を再開したがメアは透夜の気持ちを見抜いていた。ふっとぎこちない笑みを浮かべる。
「まあ、普通はそういう反応だよね」
「……すまない。あまりにも馴染みの無い言葉だったから少し驚いたんだ」
「分かってるよ。誰もがレンくんみたいに受け入れてくれる訳じゃないのは理解してるし、透夜くんが想像してるような酷い事をして来たのも事実だから」
何人も殺して来た。命令を疑う事もなく、何人も何人も殺して来た。
本来なら誰かの傍に自分がいる資格が無いのは分かっている。だけどアーサーは受け入れてくれた。彼の仲間も笑って迎え入れてくれた。『ナイトメア』は未だに自分の事をリーダーだと慕ってくれている。
幸せと呼ぶには十分だった。そして彼らを脅かす存在があるのなら、今まで通り武力を以てそれを潰す。根っからの暗殺者である彼女はそれしか方法を知らないのだ。
「私を忌避するのは良いよ。でもこの異常事態を解決するには透夜くんの協力も必要だから力を貸して。レンくんもきっとそう望んでる」
「彼もここにいると?」
「きっといる。こういう問題に巻き込まれるのがレンくんの宿命だから」
メアには妙な確信があった。
そしてすぐに肯定する声があった。
「流石だな、メア。当たってるよ」
「レンくん? あれ、どこ……?」
「ああそうだった。スゥ、解いてくれ」
アーサーが言うと透夜とメアの前に二人の姿が現れた。アーサーとスゥだ。
「本当にいたのか……」
「ああ。お前も巻き込まれたんだな、透夜。一応謝っとく、すまない」
「どうして君が謝るのかは知らないけど、闇雲に歩き回って僕らを探し出したのか? 勘が鋭いんだな」
「いや、二人を見つけたのは偶々だ。探してたのは階段だよ。少なくともラプラスと紬がここにいる。二人は上だ」
◇◇◇◇◇◇◇
「……アーサーがいますね。位置は下ですか……」
「どうしますか?」
呟いたラプラスに疑問を投げかけたのはネミリアだ。コソコソ話しているのには理由があった。
下にいるアーサー達は無人の中を歩き回っているが、ラプラスとネミリアは群衆の中に紛れ込んでいた。他の仲間のように通路や部屋ではなく、かなり大きなフロアだ。しかし自由に歩き回れる訳ではない。そこにいる人達はお世辞にも裕福とは言い難い生活を送っているようで、建物の中だと言うのにテントを張っている者や毛布を被って地べたにそのまま座っている者もいる。電球の明かりは暗く、暖を取るためかドラム缶をストーブ代わりに中で焚火を作っているような状態だ。今は隅っこでじっとしているから注目は集めていないが、動けばすぐに綺麗な服装の二人は異端者として気づかれるだろう。
唯一の救いは服装が寝巻ではなく普段着になっている事くらいか。寝て起きたらこの場にいたが、どういう訳か着替えていたためコートの中には常備してある銃がある。何の武器も無いよりはマシだ。
「とりあえず様子を見ましょう。アーサーもこちらの居場所は分かるはずなので、じっとしていれば向こうから来るかもしれません」
「だと良いんですが……」
ネミリアが不安に思っているのは現状だけが問題ではない。アレックスに吹き飛ばされた左腕の代わりがまだ出来ていないのだ。それはイコール、戦闘力の半減を意味している。『共鳴』はともかく集束魔力の攻撃が出来ないのは痛い。
「それにしても、ここはどこなんでしょうか? どうも既視感があるんですが……」
「想像はついています。とにかく今は大人しくしていましょう」
とにかく丸まって目立たないようにしていると、そのうち変化があった。
火災報知器のような甲高い音が鳴り響き、その場にいた全員が慌ただしく移動を始める。テントを張っていた者は素早く畳み、毛布しか無い者はそのまま走り出す。まるでこうなる事は予め分かっていて、いつでも移動できるように準備していたような迅速さだ。そしてどうやら近くの階段から上に向かっているらしく、瞬く間に人の波が上階へとなだれ込んで行く。
「な、何が起きているんでしょう……?」
「動かないで下さい。この場に残って情報収集するには好都合です」
結局じっとしたまま人がいなくなるのを待ってから二人は動き始めた。しかし情報になりそうな物は全て持っていかれているし、そもそも最初からあまり物が無い。窓の外は相変わらず荒野だし、人がいなくなったここはまるで廃墟だ。
「ネムさん。『共鳴』の方はどうですか?」
「反応は……有りです。下から大量の生命反応。これは……っ!?」
跳ねるように床に着けていた右手を離して通路の奥に向けたのを見て、ラプラスも拳銃を引き抜いて同じ方向に構えた。
数秒後、大きな破壊の音が鳴った後で通路の奥から数人が走りながら曲がって来た。
「えっ、アーサーですか!?」
そういえば下にいるのを確認してから感知を怠っていたな、とぼんやり考えていると向こうもこちらの存在に気づいたようで、アーサーは即座に叫んだ。
「二人とも、今すぐ逃げろォ!!」
その直後、彼らの後ろからお互いを押しのけ合うようにして何体もの『インヴィジョンズ』が迫って来ていた。
前には仲間、後ろには敵。
アーサーは迷わず急停止すると、体を反転させながら右手を引き絞った。
「蒸発させてやる! 『ただその祈りを―――!!」
「ッ……ダメです、マスター! それを撃っては行けません、殴るか斬って倒して下さい!!」
「なっ……くそ!」
唐突な指示だがラプラスからのものなら従わない理由はない。彼女にはアーサーには見えていない何かが見えているのだろうから。
アーサーは集束魔力の放出を必死に止めて、結局その拳で直接殴った。衝撃の余波が『インヴィジョンズ』をまとめて吹き飛ばすが、出来るのはその程度だ。殴った所でヤツらは殺せない。
「透夜、さっきやってたみたいに串刺しにできないか!?」
「この数全部を? 出来るならとっくにやってるよ!!」
歯噛みしつつアーサーは『手甲盾剣』から手甲剣を展開させた。これで全て斬れるとは思わないが、有効な手段はこれしかない。
「レンくん! 私が動きを拘束するからその間に斬って!!」
「分かった!!」
後ろにいるみんなを守るために、アーサーは『インヴィジョンズ』に向かって一歩踏み出した―――直後、彼の目の前に閃光が走った。
そこから光り輝く短刀を持つ少女と、漆黒の剣を持つ少女が現れる。
『光凰剣』と『断魔黒剣』。その持ち主である穂鷹紬とエリナ・アロンダイトだ。
そして瞬きの内に彼女達の蹂躙が終わった。紬は速度で、エリナは技術で『インヴィジョンズ』を切り刻む。細切れになった『インヴィジョンズ』が復活する事はなく、二人は同時に武器を仕舞った。
「やっと会えたね、アーくん。探してくれてた?」
「ところで王様。ここどこなの?」
散々手こずった『インヴィジョンズ』をいとも容易く撃退した二人に苦笑いを浮かべながら、アーサーは応じる。
「助かったよ二人共。ここがどこなのかは俺も知りたい。ラプラスは何か掴んでるか?」
「予想はついています。一応人数も集まって来たので説明しましょう。おそらくここは……」
ラプラスが何かを言いかけた時、上に向かう階段の方から複数の足音が響いて来た。彼らは銃器で武装しており、統率の取れた動きでアーサー達の周囲をぐるりと囲む。
状況を飲み込めないアーサー達の前に、車輪の無い(イメージとしては宙に浮いた椅子のような)車椅子に座った女性が出てきた。彼女が手を挙げると周りの人達は武器を下ろす。どうやら彼女が彼らの中で一番発言力を持っているらしい。
「……この時を二〇年待ったよ。本当に久しぶり過ぎて……いざこの時が来ると言葉が出ないね」
「アンタは……」
「……ミオ、か?」
アーサーが言い切る前に、一歩前に出た透夜が信じられないといった風に呟いた。
どう見ても成長している彼女の姿は、同時にこの場所がどこなのかという疑問への答えでもある。無言でラプラスの方へ答えを求めた視線を向けると、彼女はそれを認めるように首肯した。
「ええ、これで確信できました。ここは未来の『ポラリス王国』、その中心にそびえるビルの中です。位置的には『W.A.N.D.』本部が存在した辺りですね」
「冗談だろ……」
真実だと分かっていても信じ難い。あの窓の外の光景を見た後では、ここが未来だと信じるには抵抗があった。
これで犯人は十中八九クロノで間違いないだろう。そして彼女の狙いはこの世界を救う事だと予想がつく。ちょっと考えても頭のネジが吹っ飛んでるんじゃないかと思うが。
強敵をぶっ倒せという単純な話なら何とかなりそうな気もするが、荒野を元通り緑豊かな大地に戻せと言われても無理だ。『ディッパーズ』は武装集団なのであって、自然保護団体では無いのだから。
「まったく、過去の次は未来かよ……」
そして色々な思いを込めて、アーサーは深い溜め息をついてうんざりしたように呟いた。
ありがとうございます。
という訳で、今回の章は未来編で、この八人が主動で進んでいきます。