361 最後の一仕事
「っ!? アーサー!!」
アレックスとの戦いを終え、ネミリアを背負ってみんなの待つ『ジェット』に戻って来ると、遠目でも分かるくらいそわそわしていたラプラスが飛び出して来た。そしてボロボロのアーサーの体を支えながら一緒に『ジェット』に向かう。
「随分遅いから心配していましたが、その怪我は一体……」
「……アレックスだ。あいつと戦った」
「っ……では、アレックスさんとは……」
「いつか分かってくれる。それより今から……」
「『ピスケス王国』ではなく『リブラ王国』に向かうんですよね?」
先に言い当てられたことに、アーサーは驚く訳でもなく笑みを返して、
「流石、お見通しだな」
「アーサーの事ですから当然そう言うと思っていました。クロノとの連絡も取れています。さっそく行きましょう」
とにかく『ジェット』に乗り込み、ラプラスは操縦席、アーサーとネミリアは座席に向かう。透夜とミオが並んで座っている座席のテーブルを挟んだ向かい側にネミリアを座らせてからアーサー自身も隣に座る。するとアーサーの正面に座る透夜が引きつった笑みで尋ねて来た。
「……随分とボロボロだけど大丈夫なのか?」
「心配どうも。『ディッパーズ』なんていつもこんなもんだ」
「マジか……毎回あんなのが相手とか信じられない」
「俺の事よりネムとミオは大丈夫か? 戦いのダメージとか、『MIO』を破壊した影響とか」
特にネミリアは左腕が肩から丸ごと吹き飛んでいる。目を瞑って休んでいたネミリアはアーサーの声に反応して目を開けた。
「……まあ、しばらくは休みたいですね。贅沢を言って良いなら新しい左腕が欲しいです。片腕では流石に不便なので」
「そうだな……『ピスケス王国』に着いたらアクアかヘルトに頼んでみるか。せっかくなら前より便利にして貰おう。それでミオの方は?」
「……わたしの心配は要りません。そもそも全てわたしのせいですし、むしろ巻き込んでしまって本当にごm
「透夜、デコピン」
「オッケー」
ミオが驚きの声を上げた直後、隣の透夜がミオの額にデコピンを喰らわせた。半分涙目で額を押さえて疑問顔を浮かべているミオに、アーサーと透夜は揃って呆れたように溜め息をつく。
「お前の自虐趣味は筋金入りだな。全部周りのせいにするのはクズかもしれないけど、少しくらいはした方が良い。じゃないといつかお前が潰れるし、『MIO』のみんなが浮かばれない」
「僕も吹っ切れた分、もう遠慮はしない。これからミオが自分を責める度に止めるし、これから先は幸せだって思えるように最大限力を尽くす。そんな資格があるとも思えないけど、今度こそ君の兄として」
「お兄ちゃん……」
やり取りをする二人を見ながらアーサーは感慨深く思いつつも、シートに全体重をかけてぼやく。
「透夜って大概シスコンだよな」
「アーサーも人の事は言えないと思いますが」
呆れ混じりの声は前の方から聞こえて来た。狭い機内なのでこちらの会話を聞いていたのだろう。何も言い返せないアーサーは逃げるように咳払いしてからネミリアとミオに視線を移した。
「とりあえず、みんなを救い出したら謝罪じゃなくて感謝の言葉を言って欲しいんだ」
「感謝ですか……?」
「ああ。前に言われたんだ。こういう時は『ごめん』じゃなくて『ありがとう』って言われた方が嬉しいって。他のみんなも同じ気持ちのはずだから」
それだけ伝え終わると、アーサーは席を立った。途中で紙を挟んだバインダーとペンを持ってから操縦席に向かうと、ラプラスの隣の副操縦席に座る。
「アーサー? どうしたんですか?」
「手紙を書こうと思って。みんながいる所で書くのはちょっと恥ずかしいから逃げて来た」
「私は良いんですか?」
「ん? 当然だろ」
応じながらペンを回して紙に意識を向ける。とりあえず決まっている宛名を書いてから、どう書き出したものかと唸りつつ考えるとラプラスが攻めるように、
「アーサーは無自覚にそういう所がありますよね……まったく」
「へ? 何の話???」
「いえ別に。少なくとも私の事は特別に見て貰えているようなので言う事はありません」
そこからは特に会話もなく、アーサーがうんうん唸りつつ手紙を綴っていると、いつの間にか時間が経っていたようで邪魔をしないように黙っていたラプラスが口を開く。
「間もなく到着です、アーサー」
言われてアーサーは顔を上げた。手紙も丁度書き終えた所なので、綺麗に折って封筒の中に入れて封をする。
「……これが今日、最後の仕事になれば良いな」
「そうですね。『ピスケス王国』に着いたら今度こそしばらくはゆっくりしたいです」
仲間達が収監されている『リブラ王国』の監獄。その近くに『ジェット』を着陸させて降りる。メンバーはアーサー、ラプラス、それに透夜だ。
「マスターと透夜さんは後ろへ。二人は疲弊していますし、ここは私が前衛を務めます」
「いいや、お前が俺の後ろにいるんだ」
言いながら銃を構えたラプラスの前にアーサーは出た。その全身には青白い燐光を纏っている。
「『桜花絢爛』ですか……また無茶をするなんて、いい加減私も怒りますよ?」
「心配させてすまない。でもみんなはここにいる。感じるんだ。それに俺が巻き込んだんだ。俺が助けに行きたい」
「はぁ……仕方ありませんね。マスターがそう言うなら全力で支えます。お説教は結祈さんとサラさんにも手伝って貰いましょう」
「……お手柔らかに頼むよ」
アーサーは『手甲盾剣』を起動し、盾を展開してさらにもう一歩前に出る。
「じゃあ行こう。みんなを救い出しに」
◇◇◇◇◇◇◇
施設の防犯設備は全てラプラスが看破し、看守などの人員では三人の足止めすらできなかった。いとも容易く監獄を制圧すると、仲間達が囚われている檻を開けて念願の再開を果たす。
檻から出て来て最初にアーサーへ話しかけて来たのは結祈だった。
「アーサー。ここに来たってことは、全部上手く行ったんだね?」
「色々あったけどな。とりあえず二人は救えた。あとはヘルトが手引きしてくれた『ピスケス王国』に逃げるだけだ」
「そっか……うん、良かった」
心から安堵したように、結祈はほっと胸を撫でおろした。
他の九人も檻から出てきた所で、もう一人の乱入者が音も無く現れた。
「まったく……おいラプラス。せめてお前くらいはこいつらの衣服や武器の事を覚えておいて欲しかったんだがな。一〇人分を一人に任せるとか何度か本気で見捨てようと思ったぞ」
ゴト、と重い音も立てながらクロノは武器と衣服が入ったカバンを落とした。
「クロノ……よく回収できましたね。特に武器は『ディッパーズ』預かりだったはずでは?」
「セラが協力してくれた。あいつは元々『協定』には批判的だったし、最愛の妹が捕まっていたおかげだな。シスコンの扱いは楽で良い」
「そこで俺の方を見るなよ……」
言いつつシスコンはしっかりレミニアの傍で安否を確認していた。全く以て否定できない状況だ。
「とにかく武器と衣服は各々持つとして『ジェット』に乗ってから着替えろ。どうせ男は二人しかいないんだ、操縦席に突っ込んでおけば良いだろう」
「決まりですね。では皆さん、外へ出ましょう。早くしないと応援が来てしまいます」
それからそそくさと(言うにはかなり堂々としたものだったが)外へ出て『ジェット』に向かう。先に制圧していたので動き自体はスムーズだった。一〇人を超える大所帯の割に誰にも邪魔をされなかった。
『ジェット』の前には中に残っていたはずのネミリアとミオが待っていた。全員を前に二人は並んで顔を見合わせてから声を出す。
「皆さんに言いたい事があるんです」
そして二人は同時に頭を下げた。
「「わたし達を助けてくれて、本当にありがとうございました」」
謝罪ではなく感謝の言葉。
その事に嫌な顔をする者は、その場に一人もいなかった。