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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一七章 戦いでしか終われない Dissension_War.
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360 決裂

 アレックスはアーサーと接触する前に空へ飛んだ。戦闘において頭上を取れば圧倒的優位に立てる。アレックスはそこから一方的に掌から雷光の魔力弾で攻撃を始めた。

 しかしアーサーの方だって何もできない訳じゃない。手刀を構えて攻撃に転じる。


「『双撃(ツイン)()加速追尾投擲槍ジェットスネークジャベリン』!!」


 アーサー側からも二発、槍状の高速魔力弾が放たれる。それはアレックスのものとは違い、アーサーの任意で好きなように何度も曲がって軌道を読まれないようにアレックスへと迫って行く。


「弱点は割れてんだよ! テメェのそれは長続きしねえんだろ!?」


 言いながらアレックスは自由に空を飛びまわってアーサーの攻撃を躱す。そうこうしているうちに魔力が尽きて『ジェベリン』は消えてしまう。


「『鐵を打ち、(ウェポンズスミス)扱い統べる者(・カルンウェナン)』」


 しかしその間にアーサーは新たに魔術を使用した。今度はダイヤモンドの矢尻を持つ無数の矢を一斉にアレックスへと飛ばす。


「雷魔―――『黒の慟哭』(ブラック・ハウリング)!!」


 だがアレックスも負けていない。作り出した剣に黒雷をスパークさせて振るうと、放射状に黒雷が広がり矢を叩き落とした。が、アーサーはもう一手打っていた。剣を振り切ったアレックスが気づいた時には、いつの間にか手首に鎖が巻き付いていたのだ。


透夜(とうや)のパクリだ。こっちに来て貰うぞ!」


 ぐんっ、とアーサーは鎖を左手で思いっきり引っ張りつつ右腕を引き絞っていた。アレックスも逆らわず、むしろ自分から向かって行く形で加速して拳を放つ。

 アーサーとアレックスの拳がぶつかり、衝撃波が周りに散る。威力は同等だがこの間合いはアーサーの方が優位なのは証明済みだ。鎖で逃れられないアレックスを両手で何度も殴りつける。『ヴァルトラウテ』のおかげでダメージを軽減できているとはいえ、こうも一方的に殴られるのは流石にキツイ。


『この距離は危険です! すぐに離れて下さい!!』

「だったら……っ、同期をさっさと済ませろッ!!」


 ヒルデの警告に八つ当たり気味の怒声を返し、何とかアーサーの連撃に耐える。

 だがアーサーからすればこの好機を逃す手は無い。『手甲盾剣(トリアイナ・ギア)』の盾を展開するとそのままアッパーを放ち、ガードしている両腕ごと顎をかち上げる。そして無防備になったアレックスへ追撃を加えるため、手刀の形の右手を引き絞って解き放つ。


「―――『加速(ジェット)()刺突剣(スティンガー)』!!」


 アーサーの渾身の一撃。それがアレックスの胸に吸い込まれて行くその寸前だった。アレックス自身すら意図していない形で腕が動き、アーサーの手首を掴んで受け止めていた。


『アレックス様! 同期完了です!!』

「っ……よし、反撃開始だ!!」


 アレックスは叫びつつも体から力を抜いてスーツのヘルメットを展開する。そこから先の動きはヒルデに任せ、全身を纏うスーツが自動的に動いて反撃に移る。

 アーサーの腕の下に沿えた右手の掌から雷光の魔力弾を撃って弾くと、手刀でアーサーの喉元を突く。さらに脇腹に拳を叩き込み、顔が下がった所にエルボ―を顎に叩き込んで顔をかちあげ、掌底を胸に打ち込んだ。


(こ、こっちの動きが、完全に読まれてる……!? これも、スーツってやつの……力、か……っ!?)


 脳が揺さぶられたせいで思考が体に伝わらない。千鳥足で数歩後退りつつも何とか倒れないように堪えていると、アレックスが飛びながら突っ込んで来て左腕の肘を胸に突き入れ、その肘を支点に掌からナノマシンで形成したジェットを噴射すると高速の裏拳を放った。さらに右肘にもジェットを形成すると噴射して高速の拳を顔面に叩き込む。そして最後に開いて両手から魔力弾を放ち、まともに腹に食らったアーサーは今度こそ膝を着いた。

 アレックスはアーサーの体が崩れ落ちる前に喉を掴んで強引に立たせるとウエストバッグに手を伸ばした。そこからユーティリウム製の短剣を奪い取ると、喉から手を離して拳を握り締め、再度アーサーが膝を着く前に胸に拳を叩き込んで吹っ飛ばした。


「……こいつはじーさんの形見で、アンナが残したもんだ。テメェには持つ資格が無え」


 倒れてうずくまっているアーサーに侮蔑的に告げると、アレックスはヒルデからスーツの動きを手動に戻してヘルメットを解除すると短剣をアーサーに向けて見下ろす。


「いい加減諦めろ。このスーツにはテメェのこれまでの戦闘データが入ってる。ここまでの戦いで誤差の修正も終わった。もうテメェの攻撃は俺に当たらねえし、俺の攻撃も躱せねえ」

「ッ……鎧の中だと随分と強気だな。ヴェルトの野郎を思い出すよ」

「黙って大人しく投降しろ。そしたら命だけは保障してやる。よく考えろ、これが本当に最後のチャンスだ」

「ああ……だけど、ネムは殺すんだろ……?」

「当然だ」


 思わずアーサーはふっと溢すように笑ってしまった。

 こんな間抜けな質問はするまでも無かった。復讐心に燃え、個人の感情度外視で世界を救いたいというアレックスなら当然の選択だ。

 アーサーは呻き声を漏らしながら精一杯体に力を入れて立ち上がり、芯から痛みを訴えてくる両腕を無理矢理動かし、まだやれると表明するようにファイティングポーズを取った。


「……絶対に諦めない」

「だったらテメェはここで終わりだ」


 そしてアレックスは躊躇なく短剣を振り下ろした―――が、その動きが途中で止まる。

 彼の意志ではない。どれだけ力を入れても剣が微動だにしないのだ。黒い剣の刃が淡い白の光を纏っているのを見て、その犯人が誰だかすぐに分かった。


「クソッ……テメェ、ネミリア=N!!」

「レンさんはやらせません!!」


 意識を取り戻したネミリアは倒れたまま、残った右手をアレックスに向けていた。彼女が念動力の力で剣を拘束し、アーサーの窮地を救ったのだ。


「チィ―――ッ!!」


 アレックスは苛立ちながら片手をネミリアに向けて魔力弾を撃った。まともに食らったネミリアの体が地面を転がり、アレックスの短剣は再び自由を取り戻す。

 結局、ネミリアが決死の行動で生み出した隙はほんの一瞬だ。しかしその一瞬さえあれば十分だった。アーサーは左足の、さらに爪先のみに四肢の魔力を集束させて短剣に向かって足を振り上げていたのだ。


「―――『大獅子鋭足斬』レオファング・シュナイデンッッッ!!!!!!」


 ガッ!! という凄まじい音が鳴り響いた。

 それはアレックスの手から短剣を弾き飛ばした音だった。そしてアーサーは即座に『愚かなるその身に祈(シャスティフォル)りを宿して(・フォース)』を再発動させる。

 勝機はここだと判断したアーサーは一気に攻勢に出た。蹴り上げた左足を地に着け、右腕を引き絞ると『加速(ジェット)()天衝拳(スマッシュ)』を胸の中心に打ち込み、続けて入れ替えるように引き絞った左手で高速の手刀『加速・刺突剣』で追撃を加えると、今度は両手を腰ダメに引き絞って同時に撃ち出す『双撃・(ツイン・)加速天衝拳(ジェットスマッシュ)』でアレックスの体を吹き飛ばした。

 今のは隙を突いたから攻撃が当たっただけで、これから先は先程までと同様にアーサーの攻撃は当たらないだろう。攻撃と防御が出来ないなら、こちらのやるべき事は決まっていた。

 アーサーは開いた右手に『旋風掌底』(せんぷうしょうてい)を発動させると、そこに四肢の魔力を全て集めて黄金の風を生み出して握り締めた。さらに『紅蓮咆哮拳』クリムゾン・ディザイアを発動させると、そこには渦巻く黄金の炎が完成した。


「……テメェの攻撃は当たらねえって言ったよな? まだ無駄な足掻きを続ける気かよ」


 切れた口から血を吐き出しながら勝気な言葉を発するアレックスに、アーサーは不敵な笑みを浮かべて答える。


「どうだろうな。やってみなきゃ分からないぞ?」

「……そうかよ。やっぱ馬鹿は死んでも治らねえらしいな」


 呆れたように言うと、アレックスは唐突に『ヴァルトラウテ』を腕時計の形に戻した。それを右手で掴んで引っ張るようにして強引に外すと、そのまま右手で握り潰す。


『アレックス様!? 操作を私に任せれば勝てるのに、スーツを壊して一体何を……!?』

「少し黙ってろ。ここから先は俺の力でやる」


 彼が握り潰したのはただの腕時計ではない。『ヴァルトラウテ』に必要な『魔神石』のエネルギーと溜め込んだアレックス自身の魔力が注ぎ込まれている。言って見れば今のアレックスは貯金を全て下ろしたような状態だ。今までにない、集束魔力砲に勝るとも劣らない稲妻がアレックスの右の拳の一点でスパークしている。


「スーツはもう使わねえ。今の俺の最大の攻撃だ。この一撃で、テメェを倒す。死んだら馬鹿なテメェ自身を恨め」

「……やってみろよ!!」


 アーサーは地面を蹴った。応じるようにアレックスも地面を蹴る。

 お互い右手に最後の攻撃を携えて、ぐんぐんと距離が縮まって行く。


「アレックスゥゥゥうううううううううううううううううううううううううう!!」

「レンフィールドォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 その瞬間、まるで時間が引き延ばされているように一歩一歩が長く感じられた。それでも数秒先には避けられない衝突が待っているのを感じる。

 そんな中で、アーサーの頭にふと奇妙な考えが過った。


(……なあ、アレックス。もしかしたらさ……)


 ぐっと歯を食いしばり。

 鬼の形相を浮かべるアレックスを見据えてこう思う。


(少しでも何かが違っていれば……俺とお前の立場は、逆だったかもしれないな)


 何かが違っていれば。

 そう、ほんの少し何かが。


 例えば『ジェミニ公国』で最初に立ち上がったのがアレックスだったら。

 例えば『タウロス王国』の地下に潜って行ったのがアレックスだったら。

 例えば『リブラ王国』の戦場を駆け抜けたのがアレックスだったら。

 例えば『魔族領』で右手を吹き飛ばしたのがアレックスだったら。

 例えば『カプリコーン帝国』で魔術と想いを託されたのがアレックスだったら。

 例えば『スコーピオン帝国』で消失したのがアレックスだったら。

 例えば一〇年前の過去に跳んだのがアレックスだったら。

 例えば、例えば、例えば―――。


 そんな仮定をいくら考えた所で意味は無い。

 結果はこうだった。

 アーサーはアーサーの、アレックスはアレックスの道を選択して来た。そして今の立場にいる事に後悔は無い。

 だからこの激突は必然だったのかもしれない。

 ここは所詮、『ジェミニ公国』を旅立ったあの日から決まっていた、運命の延長線の一部でしかないのだろう。


(だからこそっ、俺はお前ごと運命を踏破して、この道の先に往く!!)


 そしてアーサーの目の色が変わる。

 直後、両者が最後の一歩を踏み込んだ。



「―――『万雷轟く(ニョルニル・)雷神の鉄拳(ヤールングレイプ)』ッッッ!!!!!!」



 凄まじいエネルギーを持つアレックスの右拳が高速で撃ち出される。彼は残しておいた最後の一回である『雷光纏壮(らいこうてんそう)』をここで使用したのだ。走っている最中ではなく衝突の直前に使用したのはアーサーの不意を突くためだろう。このタイミングでは対処のしようが無いし、同時に右手を突き出そうとしていた分、どう足掻いてもアレックスの攻撃の方が先にアーサーに当たる―――はずだった。


「……っっっ!!!???」


 それはアレックスにも理解不能だった。何故かアーサーは最後の一歩を踏み込んだ瞬間、攻撃を予知していたかのように顔を左に倒していたのだ。そのせいで顔面の中心を狙って撃ち出したアレックスの拳の射線から逸れ、アーサーの右の頬を掠める形で通過していく。

 また忌々しい戦闘勘かとアレックスは思ったが、真実はそれとは少し違う。アレックスが何かもう一手重ねてくると予感していたアーサーは、最後の一歩を踏み込む直前に『未来観測(ラプラス)()逆流演算(カルンウェナン)』を使用して数秒先の未来を観測していたのだ。その力でアレックスの秘策と拳の軌道を観測したアーサーは顔をギリギリの所で逸らし、なんとか致命傷を避けた。

 互いの衝突時の秘策の応酬はアーサーに軍配が上がった。そして彼にはアレックスと違い、まだ撃ち出していない必殺の一撃がある。

 少し遅れる形で、彼も右手を突き出した。



「―――『廻天衝焔滅焦嵐拳』ドリルスマッシュ・エクスハティオッッッ!!!!!!」



 ドッッッ!!!!!! と。

 アーサーの黄金の回転する焔を纏う拳が、アレックスの胸の中心に打ち込まれた。その威力で宙に浮いたアレックスの体を、アーサーは右手の軌道を上から下に変えて胸から離さないまま地面に叩きつける。黄金の焔は螺旋状に吹き荒れて、拳と地面の間に挟まれたアレックスは口から大量の血を吐き出した。

 アーサーの技が終われば、そこにあるのは生身の右手だ。そしてそれはすでにアレックスの胸に触れている。つまり『魔力掌握』(マナフォース・ワン)の力でアレックスの体内魔力を掌握し、動きを完全に支配しているという事だ。


 勝敗は決した。

 この場の勝者はアーサー・レンフィールドだ。


 地面に倒れているアレックスもそれを認めている。表情を悔しさに滲ませながら、それでも立ち上がろうとはしなかった。

 アーサーは何と声をかけて良いか分からず、結局迷ったまま一言も発せず視線を切って顔を背けた。そして倒れているネミリアの方へと向かう。


「っ……んでだよ」


 呻くような声が背中に突き刺さった。

 アーサーは足を止める。


「どうしてアンナを殺そうとしたヤツを庇うんだ!! テメェにとってアンナはその程度の存在だったのかよッ!!」

「……その質問、答える必要ないだろ」


 答えるまでもない。

 言うまでも無く、アーサーにとってアンナはアレックス同様に親友だ。そしてネミリアの事は、そんなアンナが意識を失う最後の瞬間に頼んで来た事だった。


「何度も言ってるけど、ネムは操られてただけで自分の意志で殺そうとした訳じゃない。アンナもそれを知ってたからネムを逃がそうとしたし、お前がこうするって分かってたからあの場にいた人達だけの秘密にしようとしたんだ」


 だからアレックスに限らず、あの場であった事は結祈(ゆき)やサラにさえ言っていない。ラプラスにだけは真犯人を探す目的があったのと、ネミリアとも親しいので教えたがそれだけだ。

 アレックスからの返答は無い。アーサーは浅く息を吐いて再びネミリアの方へと進んで行く。彼女は動けないまでも意識はあるようだった。小さな体を背中に背負い、アーサーは最後に一度だけアレックスの方を見た。


「……俺達はもう行く。『協定』がある限り、俺達はお前らと一緒に戦えない。ここでお別れだ」


 そして今度はアレックスが奪い自身が蹴り飛ばした短剣へと視線を向けた。それは形見として以上に旅を始めた時からずっと持っていて、何度も窮地を救って貰った、ある種のお守りのような物だ。そんな大切な物をアーサーはしばらく名残惜しそうに見つめた後、意図的に目を逸らした。ここに置いて行く決心をし、少しだけ軽くなった体で足を進める。

 もう二度と振り返る事は無かった。


「……、」


 そしてまた、アレックスもそんな背中に言葉をかけずに口の中の血を吐き出して見送った。かつての親友を完全な敵とみなすために、彼はそうした。



 アーサー・レンフィールドとアレックス・ウィンターソン。

 二人のヒーローは、そうして決裂したのだった。

ありがとうございます。

親友同士の殺し合いを制したのはアーサーでした。今回の結末により、アーサー、アレックス、ヘルトの三人がそれぞれの軸で動いて行く事になります。これでようやく下地が出来た感じです。

では、残り四話で今回の章も終わりです。

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