38 休戦協定
こちらは正体は人だった。飛び出して来たかと思うと目にも止まらぬ速さで通路を駆け抜け、途中にいたアーサーの体をかっさらってアーサーの来た道を戻る。
急に高速で体が動いたものだから、全身がむち打ちに遭ったような錯覚を受ける。
けれどその人物が誰かはすぐに分かった。
「がばっ……!? サラ、か……!?」
逃げたと思っていたはずのサラが、なぜかパワードスーツと同じ道から現れてアーサーの窮地を救ったのだ。
「お前、何で逃げてないんだよ!」
「うるさいわね。こっちはあんたと地下に降りて来た時から一蓮托生を決め込んでるのよ。勝手に一人で死ぬなんて許さないわよ!」
「なっ、馬鹿かお前! 初対面の怪しい男に命を懸けんな! 俺は巻き込んだお前を死なす訳にはいかないんだ!! どうしてそれが分からないんだ!?」
「分からないわよ! とにかく、あたしの前であたしのために命を落とすなんて許さないから! ここまで来たら死ぬ時は一緒よ!!」
「なっ……!?」
まだまだ言いたい事はあったが、後ろからパワードスーツの気配は確実に近づいて来ている。
これ以上拘泥はしていられない。協力な助っ人が来たと半ば諦める。
「……くそっ、こうなったら手伝ってもらうしかない。不本意だけど頼めるか?」
「不本意ってのが引っ掛かるけど、ようやく折れたわね。それであたしは何をすれば良いの?」
アーサーはユーティリウム製の短剣の柄に『モルデュール』を巻き付けたものを手渡す。
「これをなるべくあいつの胸の中心に突き刺してくれ。刺した後はすぐに退避、それで全部終わる」
「分かったわ」
頷くなりサラは体の向きをパワードスーツの方に変え、『獣化』を発動させる。
短剣を握る腕はいつものホワイトライガーのものだ。しかし両足は腕のように白い毛で覆われてはいるが、別の動物のものだった。
初めて見る形態だが、それはアーサーも良く知る動物のものだった。その正体は強靭な下半身で目にも止まらぬ速さで移動する白い毛を持つ動物、ハネウサギだ。
サラは腰を低く落とすと、走ってというよりはミサイルのように吹っ飛ぶ形でパワードスーツに向かって行く。
マシンガンを構える時間も攻撃を避ける暇も与えず、サラはパワードスーツの胸の中心に短剣を深々と突き刺す。そのままパワードスーツを踏み台にして再びミサイルのような挙動でアーサーの元へと帰ってくる。その足元には停止の際に地面と靴底が擦れて焦げ跡が残っていた。
「ただいま」
「お、おう……早かったな」
言いたい事はいくつかあったが、何はともあれ目的は達した。
最後にパワードスーツの位置だけ確認してサラと一緒に通路の角に身を隠す。
「だけどいくら至近距離だからって爆弾だけでパワードスーツで壊せるの?」
「まあ無理だろうな」
サラの疑問にアーサーは即答する。そもそも先程『モルデュール』で吹き飛ばせていないのだから、パワードスーツを爆風だけで吹き飛ばすのは不可能なのだ。そんな事はアーサーも分かっている。
「だから『モルデュール』を付けたんだよ。世界一硬い短剣にな!」
ギャリイッ!! と角の向こうで爆発と共にかん高い音が鳴り響いた。
柄に巻き付けた『モルデュール』の爆破によって短剣が凄まじい速度で射出され、パワードスーツの胴体を貫いた音だった。
いくら爆破で吹き飛ばない装甲だと言っても、世界一の硬度を持つユーティリウム製の短剣が速度を持って飛び込んで来れば防げるはずもなかった。
装甲は胸の中心からヒビ割れていた。地面にはまるで流血したように黒いオイルが流れ出ている。
アーサーはゆっくりとした動作で角から出ると、微動だにしなくなったパワードスーツを一瞥し、後ろに回って短剣を回収する。
「さて、じゃあ先に進もう。そういえばニック達はどこに行ったんだろうな」
「こっちだ」
声のした方を向くと、そこにはどこで洗って来たのか綺麗になった短機関銃を持った四人が立っていた。
「そっちも無事だったみたいだな」
軽い調子で言うアーサーに対して、ニックはその後ろにある動かなくなったパワードスーツを見ると呆れた調子で、
「……まさか本当に生身でパワードスーツを倒すとはな」
「サラもいたからな」
「だとしてもたった二人でこれを退けるなんて普通じゃない。お前ら一体何者なんだ?」
質問だけで銃口を向けて来ない辺り、四人のアーサーとサラに対する警戒心はある程度解けているらしい。けれどここで答えを間違えば、すぐさまこの通路が血みどろの戦場と化すだろう。
「別に、ただの一般人だよ」
「……そういう事にしといてやるか」
釈然とはしていなかったが、追及する事はしないらしい。代わりに別の質問を投げかけて来た。
「ところでお前らの目的は何だ?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 俺達は地下に捕まってる人達を助けようとしてるんだ。まあアンタらと似たような目的だよ」
「俺達の目的はお姫様だ。他の捕まってるやつらに関しては助けるつもりはない」
「そうかい。まあそっちはこっちでやるよ」
そもそも両者で目的を合わせる必要はない。
成り行きで今は一緒にいるが、ここから先はまた別々に行動すれば良いだけだ。アーサーはアーサーの、ニックはニックの目的を果たせば良い。
そう思って別の道を行こうとした時だった。
「待て。助けるつもりはないが、お前らに協力はしてやれる」
「……どういう事だ?」
「俺達はこれからサーバールームに行って情報を集める。その方がお前らも効率が良いんじゃないか?」
「……」
ニックの提案は悪いものではなかった。しかしだからこそ警戒してしまう。
もしもこれが何かの罠だったとしたら取返しが付かない事になるだろう。
だからアーサーは、今この場で最も信頼できる人に意見を仰いだ。
「サラはどうすれば良いと思う?」
「あたしは良いと思うわよ。この人達、さっきまで一応アーサーの事を心配してたから、そこまで悪い人って訳じゃなさそうだし」
「さっきまで殺しに来てたやつらによくそんな評価を出せるな」
言いつつもアーサーは笑っていた。
サラの意見で迷いは消えていた。
「じゃあ頼むよニック、協力してくれ。こっちも出来るだけお姫様の救出に協力する」
先程まで命を懸けて戦っていた二人がガッチリと握手を交わす。そして握手を解くとニックはいくつかの弾倉と手榴弾をミリンダに渡す。
「ミリンダとマルコはここから別行動だ。俺はレナートとこいつらと一緒にサーバールームに行き、情報を掴んだら連絡する。お前達は引き続き先に進んでくれ」
「了解」
指示を受けた二人は短機関銃を構え直してすぐに先に進む。
「俺達も行くぞ」
ニックの号令で四人も別の通路を進んでいく。ニックが先頭、レナートがそのすぐ後ろを進み、アーサーとサラがその後を付いて行く。
しばらく無言で進んだ頃だった。
「ねえアーサー。アーサーはもしあたしがいなかったらどうやってパワードスーツを止めてたの?」
パワードスーツを退けて気が緩んだのもあるのだろう。サラが小さな声でアーサーに話しかける。だがアーサーの方も手持ち無沙汰だったので、サラと会話を続ける事にする。
「そうだな……。まあ確実性に欠けるけど、サラに渡した『モルデュール』付きの短剣を地面に置いて射出する方法があったかな。後は貯水場に戻って水の中に突き落とすとか、発電施設でマシンガンを使わせて機材の爆破に巻き込むとか、AIで動いてるのが分かってたら簡易的なチャフでも作って電波を攪乱するのもありだな。あとは愚策だけど武器庫みたいな施設を探すか、最悪マシンガンが尽きるまで逃げ続けるとかがあったかな?」
「……アーサーって戦う時そんなに考えてるの? あたしなんてぶん殴って壊す位しか考えてないわよ」
「まあ、相手が自分より格下か同等の力ならそれで良いかもしれないだろうな。でも俺の場合そんな事はほとんど無いんだ。いつも自分よりも強い相手と戦うしかなくて、それでも絶対に勝たなくちゃいけない場面がある。そんな時は思い付く限りの手を尽くすしかないんだ。力尽くってのは、俺にとっては逃げるよりも愚策なんだよ」
「……」
サラは言葉を失ってしまった。
サラだって長い間旅を続けてきて、自分よりも強い相手と戦う機会がなかった訳ではない。けれどそんな時でも『獣化』を使った力押しでいつも勝って来た。
しかしアーサーの戦い方は、サラにしてみれば綱渡りに近いものだった。力がある者には力の無い者の事は分からない。そんなアーサーの今までの事を思うと、何と言って良いのか分からなくなってしまったのだ。
「次は俺が訊いて良いか?」
しかしアーサーの方はたいして何も感じていないようで、
「なんでお前はそこまで俺を信用するんだ?」
アーサーはずっと疑問だった事を聞いてみた。思えば最初からサラはあまりアーサーを疑っていなかったし、砂の山があった倉庫では命すら懸けようとしていた。
「だって最初はいきなり控え室に飛び込んで来た怪しい男だぞ? しかも怪しい四人組を追ってるなんて変な言い訳するし、しまいには地下にまで来てテロリスト紛いの事をしでかしてる。普通こんなやつ信じないだろ」
「……あんたが普通を語ると変な感じね」
サラは呆れたように言うと、少しだけ考えてから口を開く。
「まあ、そうね。はっきりとした理由じゃないんだけど、最初は直感だったかしらね。あなたは悪い人じゃないって気がしたの。それにアーサーは昔いた友達にそっくりなのよ」
「昔いた友達?」
サラは曖昧な笑みを浮かべると、片腕だけ『獣化』でホワイトライガーのものに変えてから言う。
「この『獣化』はね、生まれつき使えた訳じゃないの。あたしの友達、このホワイトライガーのシロのお陰で使えるようになったのよ。コストの基準も大体ホワイトライガーだしね」
「そのホワイトライガー……シロは今どうしてるんだ?」
アーサーがそう尋ねると、サラは表情を曇らせて、
「……殺されたわ。他でも無い肉親にね」
「…………え?」
思わず間の抜けた声が出てしまう。
サラは無理矢理ひきつった笑みを浮かべて続ける。
「まあ、シロは元々長生きはできなかったのよ。無理矢理作った、それもただでさえ寿命の短いライガーの希少種となれば当然なんだけどね。でも当時はそんな気持ちの整理もできなくて、今じゃ家を飛び出して流浪人みたいになってるけどね」
「……」
それが嘘だと言うのはすぐに分かった。けれどそれを追及するほど無粋でもない。
今度はアーサーの方が何と言ったものか悩んだ末に、逃げるように別の質問をぶつける。
「……シロはどんなやつだったんだ?」
「うーん、体が弱いくせにいつも弱い動物や子供を守ってたわね。あたしの事も何度も助けてくれて、最期の時だって本当は……」
そこで急にサラの言葉が止まった。今までシロの事を話していた時、コロコロと変わっていた表情が固まっていた。
その様子にはどこか既視感があった。
大切な人の話をしていて言葉が止まるのは、きっと自分の中でまだ感情の整理がついていないのだろう。
それは未だにアーサー妹達の話をする時のような……。
そこまで考えた所で、その思考を振り払うようにアーサーはサラに呼びかける。その呼びかけで、サラはハッとしたように顔を上げる
「……ああ、ごめん。まあ大体そんな感じよ。アーサーからしたら動物と同列なんて嫌かもしれないけど」
「……いや」
深い事情は分からないけれど、シロと呼ばれるホワイトライガーはサラにとって大事な友人だというのは伝わった。それはきっと、アーサーにとってのレインやビビと同じような存在なのだろう。
シロの話をしているサラの言葉には悲しみもあったが、それ以上に暖かい気持ちが込められているのが分かった。
だからだろうか。
アーサーは動物と同じように思われても、全く不快な気分にならなかった。
むしろ。
「お前の自慢の友達に似てるっていうなら光栄だよ」
そう言うとサラは少し驚いた顔になってから、
「……ありがとう、アーサー」
少し照れたように、笑って言った。
ありがとうございます。
次回はこの章の最重要人物が登場します。