行間四:思惑の裏側 Page_04
そんな二人の戦いを高台から静かに眺めている女性の姿があった。
白衣の女性。特に感情も表していない無表情だ。
そんな彼女の後ろから、唐突に招いてもいない誰かから声がかかった。
「こうして会うのは初めてかな?」
「……ええ、そうね」
女性が振り返るとそこには三、四〇代の男が立っていた。手には趣味の悪い三日月型の目と口が模られた仮面があった。
「話は聞いているわ、デスストーカー。……いえ、今はハッピーフェイスと呼んだ方が良いかしら?」
「どちらでも構わない。俺にとって名前は大して重要なものではないからな」
返答しながらデスストーカーは女性の隣に並んだ。再びこちらからアーサーとアレックスの戦いへと視線を移した彼女とは裏腹に、デスストーカーはその横顔から意識を逸らさない。
「お前が裏で全ての糸を引いていた。……そうなんだろう、エミリア・ニーデルマイヤー?」
名前を呼ばれて白衣の女性―――エミリアはうっすらと笑みを浮かべた。
「そう思った根拠は?」
「今回の事件の引き金となった二人の少女。一人はネミリア=N。調べた所、彼女の名前はお前の娘と同じ名前だった」
「そこまで調べたのね……良いわ、答えましょう」
一度深く息を吐いて、やはり視線は前に向けたままエミリアは語り出す。
「……『リブラ王国』の立てこもり事件。テロリストが立てこもったのは児童施設だった。私は母子家庭で、仕事をしている間はそこに娘を預けていたの」
その事件はデスストーカーにとっても他人事ではなかった。初めてアーサー・レンフィールドと遭遇した事件であり、そして彼自身がその事件が起きた元凶とも言える。なにせ自分が取引材料として『リブラ王国』に渡した細菌兵器『MFD』がテロリストに奪われて利用されたのだ。無関係と言うには深く関わり過ぎている。
「あの子はまだ四歳だったわ。それをヘルト・ハイラントは躊躇なく消し飛ばし、アーサー・レンフィールドはあの場にいたのに救ってくれなかった。そんな彼らが今やそれぞれ『W.A.N.D.』と『ディッパーズ』のトップでヒーローともてはやされている。そんなの許せるはずがないでしょう? 何の罪も無かった人質をテロリストと同列に扱って、ゴミを扱うように消し飛ばした彼が? 冗談じゃない。彼は私の全てを奪った。あの子の肉片すら残さず消し飛ばして殺した」
これもまた見方の問題だ。
あの時、ヘルトがやらなければ『ゾディアック』は壊滅していただろう。彼の選択は英断で他に世界を救う方法は無かった。
しかし、その為に多くの犠牲があった事も忘れてはならない。エミリア・ニーデルマイヤーもその中の一人だ。
「許せるはずがない。許して良いはずがない。彼らは英雄ではなく人殺しなんだって、誰かが世界に証明するべきなのに、彼らの力は強すぎて誰にもそれを成し得なかった。だから私はそんな彼らの無念の代表として動いている」
「それでまずはアーサー・レンフィールドを狙った訳か。『協定』を利用し、世界から弾き出すために」
「ええ。ヘルト・ハイラントには戦闘において大きな弱点があるから倒す算段がついているけど、対して彼は追い込まれると予想外の力を常に発揮する。先に潰すならアーサー・レンフィールドが優先だった。幸いアンソニー・ウォード=キャンサーを利用すれば簡単に行くのは分かってた。結果は御覧の通りよ。友情や愛に翻弄されて、二人のヒーローは殺し合ってる」
「……ヒーローか。こうして見ると冗談みたいな話だな」
デスストーカーもようやく視線を二人の戦いに移す。知った顔の少年達の殺し合い。彼の目に移るのはそういう光景だ。
「彼らは田舎育ちのどこにでもいるごく普通の少年だった。きっと彼らも望んでこうなった訳じゃないだろうに……」
「それがこの最低で最悪な世界というものよ。彼らにその気が無くても、世界中が彼らをヒーローと呼べばそうなってしまう。―――何かに縛られる訳でもなく、ただ自分の衝動に従って真っ直ぐ走り続ける者。―――過去に縛られながら、それでも誰かを守るために暴力的な力を躊躇なく振るう者。―――大切な誰かを失わないために、友よりも世界の規律を重んじた者。彼らは本来ヒーローなんて柄ではなく、ただ譲れない信念を持って戦っているだけ」
敵の事を調べ尽した上で、それがエミリアの出した結論だった。
偶々結果がこうだっただけ。それぞれの信念で多くの命を守って来たから、いつの間にか世界にヒーローとして認知されてしまっただけ。一歩間違えればテロリストと言われても否定できない事をして来たにも関わらずにだ。
「だからこそ利用できた。彼らは揃いも揃って、何度心を打ち砕かれ、挫折しても立ち上がる強さを持っている。それも挫折する前よりもずっと強い心で、『ディッパーズ』は永遠に存在し続ける。そしてヘルト・ハイラントが治める『W.A.N.D.』もそう」
「……、」
「だけど、もし内側から崩壊したら? 彼らが彼ら自身のヒーロー足りえる信念を用いて互いに殺し合えば『ディッパーズ』は永遠に死ぬ。それでようやく私の復讐の下地ができる」
再びエミリアへ視線を戻したデスストーカーは既視感を感じていた。
彼女のような者をよく知っている彼だからこそ感じ取れたものだった。
「……次はヘルト・ハイラントを殺すつもりか」
「いいえ、それ以上の苦痛を与えるわ。止めるつもり?」
「……いや、止めておこう」
そう言って、デスストーカーは踵を返した。さらに来た道を戻って行く。
流石にその行動にはエミリアも驚いたようで目を見開いていた。
「私を殺しに来たんじゃないの?」
「最初はそのつもりだったが……お前を見て気が変わった」
デスストーカーは足を止めて、最後にもう一度だけエミリアの方を見る。
「俺は未来のお前だ。復讐を成し遂げた先を知っている者だ。今のお前は復讐心に突き動かされていて、その結果『ディッパーズ』は分裂した。復讐という行為は人間特有のものかもしれないが……それに大きな意味が無い事を俺は知っている。その先にあるのは無だ。復讐を成し遂げた所で気は晴れない。むしろ生きる目的を失い、復讐に燃えている頃以上に過去に囚われ続ける事になる」
「それでも、時にはそれが前に進む力になる事もある。私はやるわよ。例えあなたが言ったような未来に辿り着くとしても、絶対に成し遂げる」
「そうか……」
今だ途上にいる者に、辿り着いた者の声は届かない。山の頂に立った者の感動はその者にしか分からず、山の中腹を昇っている者には伝わらないように。
だからデスストーカーはもう何も言わなかった。今度こそ二度と振り返らない覚悟で足を進め、いずれ彼女が辿り着く後悔塗れの道へと戻って行く。
ありがとうございます。
今まで裏で暗躍していた者の正体が遂に明かされ、エミリア・ニーデルマイヤーはアーサーやヘルトにとって最悪の相手となって帰ってきました。全てを救える訳ではないヒーローの、救えなかった者達の代表が彼女です。その存在は純粋な力としてではなく、ヒーローへの最大のカウンターとなって現れました。
第四章の最後に登場し、第五章ではアーサーとヘルトによって『新人類化計画』を妨害され、第六章では叫んでいる姿のみ登場となっていた彼女。アーサーが停滞し、ヘルトとの確執の原因となったあの事件で、彼女という存在は誕生しました。今回でようやくその伏線が回収できました。
直接対決はまだ少し先ですが、フェーズ4の中心人物の一人であるネミリアの関係者として、ちょいちょい出番が出てくると思います。
次回はアーサー対アレックスへと戻り、今回の章もあと六話で終わりです。