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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一七章 戦いでしか終われない Dissension_War.
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355 天使

 鎖の先端に付いた刃はそのまま真っ直ぐアーサーの顔面に向かって来る。彼はそれを寸での所で右手で掴み、軌道を逸らした。


「マスター!!」

「分かってる……っ」


 とにかく右手の力で鎖を消し飛ばす。

 この魔術の使い手は分かっている。


音無(おとなし)透夜(とうや)!!」

「大声で呼ばなくても聞こえてる」


 アーサー達が降りて来た方とは別の出入り口から彼は現れた。

 ピアースはまだ息があるようだが、床に倒れて血を流している。出血の量からして死にはしないだろうが、すぐには動けないだろう。


「……すみません、マスター。迂闊でした。どうやら私達が乗る前から『ジェット』の貨物室に忍び込んでいたようですね。追手には注意してましたが、機内では魔力感知も使わなかったので気づきませんでした。私のミスです」

「いいや、お前のせいじゃない。俺が多くの事を頼り過ぎてた。透夜の事は俺が気づくべきだったんだ」


 ラプラスには『ジェット』の操縦だけでなく、追手への警戒についても頼っていた。外への注意を任せていた分、内部についてはアーサーが気を配っておくべきだったのだ。一片の隙もなく完全にアーサーの失態である。


「君達の後を付いて行ければ簡単だったんだけど、流石に施設内に入ったら魔力感知を使うと思ったからね。別口を探し出せたのは良かったけど遠回りになった」

「透夜……どうしてピアースを刺した?」

「彼は妹を殺した。他に理由が?」

「……、」


 要らないな、と反射的に答えそうになって自制した。それにこれから彼がやろうとしている事を考えれば、このまま呑気に話し続けるという訳にもいかないだろう。


「……『MIO』の危険はもう無い。それでもミオを殺すつもりなのか?」

「ああ。それが僕が彼女にしてあげられる唯一の事だから。それに『MIO』の存在は世界に知れ渡った。他の誰かが悪用しようとするだろうし、そうじゃなくても彼女は一生追われ続ける人生だ。それならいっそ、ここで望むままに終わらせてあげた方が良い」

「お前は……」


 アーサーが質問しようとした所で突如『MIO』に変化があった。おそらくピアースが死ぬ前に操作していたのだろう。ミオが眠らされている場所から眩い光が弾け、装置全体が光に呑み込まれて大きな『光の繭』となった。さらに変化は留まらず部屋全体に及んで行く。床や壁や天井を塗り替えていき、まるでプラネタリウムの中に取り込まれたように宇宙が広がった。もうアーサー自身、自分が立っているのか浮いているのか分からなくなっているほどだ。


「くっ……ラプラス、これは……!?」

「おそらく『MIO』が作動しています! 先程までピアースが操作していた端末があれば良いんですが、それすら消えていてどうしようもありません!!」

「『共鳴』も上手く働いていません。これは……『断界結界(だんがいけっかい)』? いえ、酷似していますが全く別の……次元が違います!!」


『光の繭』を前にして、全細胞が叫んでいる。

 ティンダロスやヨグ=ソトースとはまた違うプレッシャー。しかし分かるのは、これは人が踏み込んで良い領域を遥かに超えているという事だ。


「……間に合わなかった」


 アーサー達の近くで、透夜は呆然と呟く。


「あの星のような光が見えるか? あれ一つ一つが人の命だ。少しずつ赤くなっているのは『MIO』が彼らの死を確定した証だ。いづれここにある光全てが消えて人類は絶滅する」

「……待て、透夜。どうしてお前はそんな事を……」

「僕がミオと『MIO』について詳し過ぎると思わなかったのか? 教えてくれた人がいるんだよ。確か翔環(とわ)アユムって言ったかな。君の知り合いなんだろう?」

「……ッ!?」


 何故このタイミングで彼の名前が出てくるのか、もう嫌な予感しかしなかった。

『MIO』も五〇〇年前の戦いに関係しているのだろうか? だとするなら『MIO』を作ったのはピアース・ロックウェル=レオなどでは―――


「とにかく手を貸せアーサー・レンフィールド。今ならまだ間に合う。今すぐにミオを殺してシステムを停止させれば、死の確定をされた未来から元のレールに戻せる可能性がある。それが無理でも最低限まだ未来を確定されてない人達は救える。もう四の五の言ってる場合じゃないのは分かってるだろ!?」

「……るな」

「ん?」

「……ふざけるなッッッ!!!!!!」


 陰謀だの理屈だの、いい加減うんざりして来た。そこへ簡単に人の命を乗せられる者達に対して、腹の底から怒りが込み上げて来た。

 激情のまま『愚かなるその身に祈(シャスティフォル)りを宿して(・フォース)』を雄叫びを上げながら発動したアーサーは、その魔力を両足に集中させて叫ぶ。


「―――『駿馬重突撃(メテオ・ラムレイ)』!!」


 ドン!! とアーサーの体が『光の繭』に向かってかっ飛ぶ。

 右手を前に突き出して衝突した。想像はしていたがとても掌握し切れる力ではない。それでもこの繭をこじ開けて中へ入らなければミオは救えず全人類が滅びる。

 アーサーは躊躇しなかった。不安定な『消滅』の力に手を伸ばすと『黒い炎のような何か』を身に纏い、引き絞った左手に集束させて右手と入れ替えるように『光の繭』に叩きつける。


「『た■その■■を■け■■(イクス・カリバー)めに』ァ―――ッ!!」


 あらゆるものを問答無用で『消滅』させる力。中にいるミオを傷つけないように加減しているとはいえ、全くと言って良いほど効かない。どういう訳か『光の繭』にはその力が通用しない。

 アーサーは歯を食いしばり、今度は右手に魔力を集束させて再び左手と入れ替えるように『光の繭』に叩きつける。


「『ただその祈りを届けるた(エクスカリバー)めに』ァ―――ッ!!」


 ゴッッッ!!!!!! と凄まじい衝撃があった。

『消滅』ゆえに音の無い『た■その■■を■け■■めに』の破壊とは違い、こちらは集束魔力砲の分かりやすい破壊の音だ。

 しかし足りない。通る気配すらない。それでもアーサーはなお右手に力を集束させていく。


(届く!! 届けるッ!! 届かせるッッッ!!!!!!)

「うォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 直後、爆発が起きた。

 集束魔力砲と『光の繭』の間の力の衝突が限界を超えたのだ。凄まじい衝撃でアーサーの体だけが吹き飛んで行く。痛む体に鞭を打ち、地面に膝を着けた姿勢で『光の繭』を見上げるが、向こうには変化が見られない。二つの全力の攻撃でも全く影響があるようには見えない。


「マスター、無茶です! アレは文字通り次元が違い過ぎます!!」

「だからって、ここで諦める訳には……ッ」

「ラプラスさんの言う通りです! 一度落ち着いて下さい、レンさん!!」


 背中にネミリアの手が置かれ、有無も言わせず『共鳴』の力を使われた。そのおかげで頭に上った血がすっと冷めて冷静さが戻って来る。


「ネム……すまない。助かった」

「助かった、というには状況は最悪なままですが。ここからどう動きますか?」

「ミオをあの中から助け出す。それは絶対条件だ」

「その具体的な方法を知りたいんですが……」


 言っているネミリアにも分かっている。そんな都合の良い方法は無い。仮にミオを殺すとしてもビジョンが浮かばないのだ。それを助けるとなれば難易度は測り知れない。もしかするとそんな方法は存在すらしないのかもしれない。


「……どうしてなんだ」


 ぜいぜいと息を荒らしているアーサーを見ながら透夜は表情を歪めていた。


「どうして君はそこまで彼女に構うんだ? どこまで行っても君にとっては他人でしかなくて、助けた所で見返りなんて何もない。殺してしまった方がずっと楽なのに、どうして犯罪者になってまで救おうとするんだ!?」

「どうしてって……」


 その問いかけに対して、アーサーは少し考え込んだ。

 何と答えれば良いか少し迷って、やがて曖昧な笑みを浮かべてこんな結論を出す。


「……自分のためかな」

「……君は僕を言い包めようとか考えないのか?」

「ならこう言えば良いのか? 確かにあいつは多くの人を不幸にするのかもしれない。ここで殺す事が世界のためなのかもしれない。でもあいつが悪い訳じゃない。あいつだってやりたくてやってる訳じゃない。本当に悪いのは『MIO』を作ったヤツだ。……こんな事ならいくらでも言えるぞ。理論武装に包まれた綺麗事なんて、今までアレックス達に言って来たようにいくらでも言える。……でもさ、ここでお前を納得させられる模範解答のような台詞をズラズラ言えるんだとしたら、それはきっと俺の本心からの言葉じゃない。そんな言葉でこの場は言い包められたとしても、どうせすぐにボロを出すよ」


 無論、それらの理由が全て嘘という訳ではない。

 ただどちらが本心に近いかと訊かれれば、やはりこの人助けは自分の為だと答えるしかない。そうでなければ、わざわざ助けを求めていない相手をここまでして助けようとは思わないだろう。その原動力がどこから湧いてくるのか、理由は多すぎてアーサー自身にも一つにまとめられない。

 ただ一つ、確かに言える事がある。

 楽でも誰かを見捨てた世界と、苦しくても誰かを助けた世界。どちらの方が良いかと訊かれたら、考えるまでもなく後者が良い。アーサーはそう断言できる。


「お前はどうなんだ、音無透夜。それっぽい理由は何度も聞いたけど、本心はまだ聞いてない。お前自身はミオをどうしたいんだ!?」

「僕は……僕だって」


 ぎり、と奥歯を鳴らして。

 透夜は絞り出すように、


「僕だってッ、助けられるものなら助けたかったんだ……っ!!」


 アーサーによって引き出された本音は、後悔に塗れたものだった。

 そして一度吐き出してしまえば止められなかった。


「でも救えなかったんだ! もう全部手遅れで、あとできるのは澪や同じように殺された全員の死を利用されないようにする事だけだった!! どちらにせよ彼女を殺す事でしか誰も救えないなら、殺すしかないじゃないか!! 彼女だってそれを望んでるんだから、どんなに耐え難くてもやるしかないだろ!? それが僕の兄として出来る精一杯の責務だ!!」

「なら言ってやれよ」


 静かに、しかし強く通る声でアーサーは透夜に告げる。


「俺が助けてやるって、俺が守ってやるって、あいつに言ってやれよ! たったそれだけの事で、その一言だけであいつは救われるんだ!!」

「な、何の根拠も無いのにそんな事……」

「それでも!! どんな状況でもそう言って安心させてさせてやるのが、世界中の誰もが見放してもずっと味方であり続けるのがッ、お兄ちゃんの務めってやつだろうが!!」

「っ……」


 透夜が反論できず息を呑んだ―――その時だった。

 再び『MIO』に変化が起きた。『光の繭』から再び光が広がり、そこからほっそりとした両腕や髪の長い女性の顔、そして裾の長いドレスが形成されていく。そして『光の繭』は胸の中心に吸い込まれて行った。

 こうなる前の部屋なら入り切らない、天井を超える大きさだ。

 それを見た事は無い。けれど該当するものは知っている。


「あれは……天使、か……?」


 今や『天使』の胸の内側へと飲み込まれて行った『光の繭』よりもプレッシャーが強い。

 全細胞が震えている。脳ではない、人類が誕生した原初に刻まれた記憶が呼び起こされている。


(『未来決定装(MIO)置』……なんて生易しいものじゃない!! あれはっ、『MIO』を作った黒幕はッ、まさか……っ!! ()()()は本当に人類をッ、世界を終わらせるつもりなのか!!!???)


 これは天敵だ。

 人類が戦っても絶対に勝てないと、頭ではなく存在が訴えている。

 勝てる訳がない。あれはその気になれば、指を鳴らす程度の労力で全人類を滅ぼせる。『天使』にはそれだけの力がある。


「Aaaaaaaaa―――!!」

「かっ……!?」


『天使』の発声。

 直後、心臓が―――止まった。

 透夜とラプラス、それにネミリアが胸を押さえて苦しみだす。『天使』が何かをした訳ではない。その声を聞いたこちら側が、『天使』の力を見るくらいなら自ら心臓を止めて死んだ方がマシだと判断したのだ。

 三人から少し遅れて、アーサーの胸にも締め付けるような痛みがじわじわと這いよって来た。抗おうとして、ここで息の根を止めた方が楽だという思考が頭をよぎる。もし生き残れば確実に死ぬよりも恐ろしい事が待っているという予感がある。


(分かってるんだよ……っ、そんな事はァ!!)


 力も上手く入らない、震えも止まらない、そんな状態でアーサーは固く握った右手を足元に叩きつけた。


「はっ……はぁ……!! くっ……おそ、れるな……ッ!!」


 他の三人に呼びかけるようにアーサーは声を絞り出した。

 胸の痛みはもう無い。

 恐怖心にだって立ち向かえる。

 歯を食いしばって、叫ぶ。


「不条理な力ってのは、一方的に従わなくちゃいけないものじゃない!! こんな右手が無くても、抗おうとする意志さえあれば立ち向かえるんだ!!」


 ぐっと力を入れて、アーサーは立ち上がった。

『天使』なんていう正真正銘超常の存在と真っ向から戦う為に。


「俺は救うぞ、透夜」


 彼は透夜を見ていなかった。すでに直接言うまでもないと態度で示すように。

『天使』のその先にある『光の繭』、さらにその先にいるはずのミオを見据えて宣言する。


「たとえゼロよりも遥かに低い確率なんだとしても、当人が犠牲になる事を最適解として認めているとしても、家族がそれを容認しているんだとしても! その障害を全て踏破して、俺は絶対にミオを救ってみせる!!」


 もう二度と、自ら死に向かう人を見送りたくないから。

 アーサーは再び四肢に魔力の武装を纏う。

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