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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一七章 戦いでしか終われない Dissension_War.
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354 辿り着いた最南端

 飛行場を脱出した後は、驚くほど静かな時間が続いた。一〇分もすれば追手への警戒心も薄れ、ようやく気を休める事が出来るようになる。

 この『ジェット』は『キングスウィング』に比べると大きめで、座席のあるフロアの下の空間には専用の貨物室なんかもあるらしい。三人だけで使うには何とも寂しい気がしてくる。

 副操縦席に座りつつも何もしていないアーサーは、飛んでからずっと操縦しているラプラスに声をかけた。


「……撒けたって解釈して良いんだよな?」

「追われている形跡はありません。無事に脱出できたと見て良いでしょう。『レオ帝国』に到着するまで時間があるので、アーサーは今の内にネムさんと体を休めていて下さい」

「悪いな」

「いえ、もう少し操縦して十分な高度まで上がったら自動操縦に切り替えるので私も休めます。ですから気にせず先に休んでください」


 とりあえずラプラスの厚意に甘える事にした。席を立って後ろに向かう。本来の座席のある空間も広く、テーブルを挟んで向かい合っている仕様だ。アーサーは揺れる機内を慎重に歩き、ネミリアの対面に腰を下ろした。彼女はどうにも表情が優れず俯きがちだった。


「大丈夫か?」

「はい、わたしは大丈夫です。……ですが、皆さんはわたしの為に……そもそもわたしのせいなのに、レンさん達を巻き込んでしまってどうお詫びをしたら良いか……」

「それを気にしてたのか……。お前がやった事は、お前の意志じゃない。操られてただけで、仕方がなかったんだ」

「それでもわたしがやった事です。『タウロス王国』の後、真偽を確かめようとお母さんの元に戻らなければこんな事には……」


 たらればの話なんて、いくらした所で意味は無い。

 しかし人間はどうしても考えてしまう生き物なのだ。ひょっとして、あの時こうしていたらもっと上手く行ったのではないか、と。だからアーサーも含めて第三者が罪悪感を感じている人間の負い目を完全に払拭する事はできない。


「……レンさんの仲間はどうなるんですか?」

「そうだな……みんなは捕まるだろうけど、クロノが今も動いてくれてる。必ず助け出す。だから心配するな」

「……その時はわたしも手伝います」

「頼りにしてる」


 それで何となく話が終わってしまって、しばし二人の間に無言の空気が流れる。少々気まずいと感じたアーサーは、少し考えてから別の話題を切り出した。


「……到着まで時間がある。丁度良い機会だし『ピスケス王国』の話でもするか」

「それは、わたしとレンさんが初めて会った時の話ですか?」

「ああ。そこで約束したんだ。もし次に会った時に全部忘れてても、お前が俺にしてくれたみたいに、今度は俺がネムの記憶を取り戻すって。もしかしたら話をすれば思い出せる一助になるかもしれない。どうだ?」

「ぜひお願いします」


 それからアーサーは『ピスケス王国』での数日をネミリアに向かって話し始めた。

 記憶を失ってスゥに助けられた所から、霧の濃い街で初めて出会った事。共に『セレクターズ』の裏で動き、『水底監獄』(フォール・プリズン)を攻略した事や魔族との戦い、そしてオーガスト・マクバーンとの決着や、その後のパーティーの話まで全てなるべく詳細に。

 途中からラプラスも加わって、しばらく話をしているといつの間にか『レオ帝国』の端まで来ていたので、目的の施設から少し離れた人気の無い場所に『ジェット』を着陸させて準備に移る。


「今更だけどありがとな、ネム。本来ならお前を戦わせるなんて有り得ない事なのに、ミオを助けるために力を貸してくれて」

「良いんです……レンさんがわたしを助けてくれたように、わたしも誰かを助けたいんです。これもきっと、明日を後悔しないために必要な事でしょうから」

「……待った」


 アーサーは思わず足を止めた。振り返ったネミリアは疑問顔だったが、アーサーの方は驚愕の中に嬉しさを滲ませていた。


「もしかして思い出したのか? それは俺が『水底監獄』で言った言葉だ」

「? そうでしたか……いえ、思い出したというほどではないんですが……」


 ネミリア自身も不思議そうに、胸に手を置いてさらに続けて言う。


「ただ……そうですね。心は貴方との触れ合いを覚えているのかもしれません。今の言葉も特に考えることなく出てきましたから」

「そっか……でも思い出せそうな兆しがあるなら何よりだ。今回の件が終わって落ち着いたら本格的に着手しないとな」


 帽子の上に手を置いてぽんぽんと軽く叩くように頭を撫でると、ネミリアはアーサーを見上げたまま不思議そうだった。


「……これには既視感があります。もしかして前にもやりましたか?」

「え? うーん、確か『ピスケス王国』のパーティーで別れ際にもやったかな。ネムの身長って頭に撫でるのにちょうど良いんだよな」

「……なんだか子ども扱いされているような気もしますが、悪い気はしないので良しとします」

「そりゃどうも」

「こほん。二人共、そろそろ良いですか?」


 ネミリアの言葉に甘えてもう一度頭に手を置こうとした所でわざとらしい咳払いがあった。

 ラプラスはアーサーに責めるようなジト目を向けつつ、本題の方へと話を進める。


「これから突入するのは『MIO』本体があるとされる施設です。相応の防衛手段が揃っているはずです。監視カメラやセンサーの類いは私が先導して躱しますが、常に警戒はしておいて下さい」


 言われてアーサーは念のため『手甲盾剣(トリアイナ・ギア)』の起動させて盾を展開させる。アーサーが用意しておく武器はこれだけで、ネミリアは左腕そのものが最大の武器だ。銃や弾倉などの用意が必要なラプラスは少し掛かり、色々用意して結局いつものギターケースと同じくらい大きい長方形のバッグを肩にかける。それから三人で揃って『ジェット』から降りた。

 地面には雪が積もっていて吐いた息も白くなった。『ポラリス王国』と同じ気分だとすぐに風邪をひいてしまいそうだった。


「それはそうとマスター。頭を撫でるのが好きなら私の頭を撫でて良いんですよ? 正直、もっとスキンシップをして欲しい所です」

「……覚えておくよ」


 傍らのラプラスの頭を軽く撫でつつ、アーサーは『天衣無縫(てんいむほう)』を使って辺りの魔力を探る。まだ目的の施設から離れているからか、怖いくらいに人気がない。

 ラプラスを先頭に、真ん中にネミリア、後ろをアーサーが付いて行く。

 施設に近づくにつれて警戒心を強めて行くが、どうにも奇妙だった。まず施設の規模に対して警備がザル過ぎる。というか正面ゲートに一人もいない。念のため監視カメラを躱すようにフェンスに穴を空けて中へ入るが、警報が鳴る気配も誰かが見回りをしている気配もない。


「どうなってるんだ……。ユキノが言ってた研究施設ってここで間違いないんだよな?」

「座標に間違いはありません。しかし……確かに奇妙です。人の気配が全く感じられません。監視カメラは作動しているのに、その他の警報は切られているようですし、まるで私達を誘っているとしか考えられません」

「ミオがいないってオチは流石に勘弁だぞ……」

「どうしますか?」


 ラプラスが言っているのは、罠の可能性を考慮して一度撤退を考えるべきではないかということだろう。確かに罠なら飛び込むのは危険すぎる。


「……いえ、おそらくミオさんはここにいます」


 しかし返答は意外にもネミリアから放たれた。彼女は地面に手を着き『共鳴』の力を使っていた。


「ミオさん……とは断言できませんが、この地から大きな力の変動を感じます。普通ではない何かがあるのは間違いありません」

「……だったら行くしかないな。先導を頼む、ラプラス」

「分かりました」


 方針も改めて決まり、今度は壁越しにネミリアが人の有無を感知し、ラプラスの指示でアーサーが転移することで施設内部の建物の中へ入る。

 そこでようやくこの施設の警備が薄い理由が分かった。白衣を着た研究者たちがそこら中に倒れていたのだ。何があったのかは分からないが、これなら侵入者に構えないのも頷ける。

 アーサーはすぐに廊下に倒れてる一人に近づいて様子を確かめるが、すぐにその表情を歪めて首を横に振った。


「……ダメだ。息をしてない。多分、みんな死んでる」

「ええ……そうみたいですね」


 同じようにアーサーの傍で倒れている研究者の容体を見ていたラプラスは頷いて続ける。


「状況と様子を見る限り、用いられたのはおそらく神経ガスだと思われます。換気口を通して施設中に散布させ、全員の死を確認して排気したのえしょう。犯人が誰で目的が何なのかは流石に分かりませんが、空気の変化に注意を向けておいた方が良いですね」

「いざとなったらわたしの『共鳴』の力で守ります。今は前に進みましょう」


 ネミリアの意見に従って、アーサーとラプラスは警戒心を保ったまま施設の中、倒れている人達を踏まないように注意しながら進んで行く。布陣はネミリアが『共鳴』を頼りに前を歩き、真ん中でラプラスが警戒、そしてアーサーは最後尾だ。

 壁にくっ付いていた館内の見取り図を参考に、地下へ降りる階段を見つけて三人は降りていく。かなり長く、体感的にビル二〇階分ほど降りて来た辺りでアーサーも右手が疼くのを感じた。何か得体の知れない大きな力がこの先にある。それが嫌でも分かってしまう。

 最下層に降り立ち、長い通路を超えて最後の扉を開ける。

 あれだけ下に降りて来たのが当たり前だと思えるくらい、天井が高く広大な部屋がそこにはあった。中央にはその部屋に負けず劣らずの大きな機械が設置されていた。巨大なパイプが何本も絡み合っていて、まるで工場の一部で城を形作ったようなフォルムで、真ん中辺りには円状のステージのような人が乗るために用意されたであろう機構がある。ミオはそこに寝かされていた。


「ミオ!!」


 彼女の姿を見たアーサーが呼びかけるが反応が無い。どうやら意識を失っているようだった。

 次にアーサーの意識はパイプでくみ上げられたような装置に向かう。


「これが『MIO』……?」

「正確にはそのブースターといった所だがね」


 装置の前には一人の男がいて、答えたのは彼だ。

 作業を終えたのかパソコンの画面を閉じてこちらに振り返る。

 彼を知らない者は『ゾディアック』にいないだろう。アーサーも不本意ながら知っているし、ラプラスはその姿を見て心底呆れたように溜め息を吐いた。


「予想通りですね……いえ、予想通り過ぎて逆に驚きというか」

「言うな。俺だって同じ気持ちだよ」


 ピアース・ロックウェル=レオ。

『レオ帝国』の若き皇帝。国の端で『MIO』なんてものを運用しているのだから、彼が関わっているのは考えるまでもなく分かっていたことだ。流石にここで出てくるとは思っていなかったが、傍らに見覚えのある人型の兵器を侍らせているのが安心している理由なのかもしれない。


「『対魔族殲滅鎧装たいまぞくせんめつがいそう』か……」

「お前には懐かしいんじゃないか、アーサー・レンフィールド」

「……そうかもな」


 ピアースの指示で『対魔族殲滅鎧装』がアーサー達に向かって走って来る。全身の表面に魔力を霧散させるフィルターが付いており、魔術による攻撃を通さない。さらに物理攻撃はユーティリウムの硬度で効かないという代物。まさに魔術を使う魔族を殲滅するための兵器だ。

 それがアーサーの目の前まで来ると、腕を振り上げてアーサー目掛けて斜めに振り下ろした。アーサーはその腕を冷静に屈んで躱し、紅蓮の焔を纏う右の拳を『対魔族殲滅鎧装』の胴体に押し当てて呟く。


『紅蓮咆哮拳』クリムゾン・ディザイア


 ドッッッ!!!!!! と。

 魔力が使われていないその攻撃で『対魔族殲滅鎧装』の胴体に大穴が開いた。『アリエス王国』で戦った時は一機倒すために総力を結集させて戦った。しかし今のアーサーならたったの一撃で破壊できてしまう。そもそもユーティリウムは使われていない粗悪品だったのだろう。でなければこんな簡単に貫けはしない。


「な……、あ……っ!?」


 その光景にピアースは言葉を失っていた。

 アーサーは腕の炎を払うように腕を振って告げる。


「……まだまだだな。フレッドやヴェルトに比べれば、お前の悪は淡すぎる」

「くっ……図に乗r

「ラプラス」


 アーサーが名前を呼んだ時には、すでに彼女は行動に移っていた。

 素早く抜いた拳銃の引き金を引き、ピアースが拳銃を取り出した瞬間には弾いていた。手を押さえて苦悶の表情を浮かべるピアースに、アーサーはゆっくりと近づいて行く。


「でも逆に言えば、お前はまだ戻る事ができる。今すぐ『MIO』を停止させてミオを引き渡せ。間違った事を続けるな」

「間違ったこと……? ハッ、お前は何も分かってないな。『レオ帝国』が生き残るにはこうするしかなかったんだ!!」

「こうするしかなかった? こんなものを作るために何十人と殺しておいて、こうするしかなかった!? ふざけるなよ、ピアース!!」

「でもこうしなければ、父上が死んだこの国を『キャンサー帝国』や『リブラ王国』から守れなかった!!」


 思わずアーサーの足が止まった。

『キャンサー帝国』や『リブラ王国』は、『ディッパーズ』を『協定』で縛ろうとしていた筆頭の国だ。やはり関わっていたのかという反面、片方はすでに死んでいる相手でどう思えば良いか複雑な気持ちだった。


「父上が死んで、ヤツらはこの国を乗っ取る気でいた。そうならないためにはヤツらと対等になれる成果が必要だ」

「それが『MIO』だっていうのか……?」

「考えてもみろ。無数に分岐している未来を好きに決定できる力だぞ? ヤツらと対等になれる条件としてこれ以上のものはない」

「つまりヤツらにも『MIO』を使わせるつもりなんだな、クソッたれ。……お前らみたいなのがいるから、俺は『協定』に賛同できないんだよ」


 国を守るとピアースは言った。つまり彼の頭の中心には大多数のために少数を切り捨てる原則がある。

 功利主義。それはきっと、国のトップに立つ者にとっては必要な考えなのだろう。しかしそのために彼は何十、何百という人を殺して『MIO』を組み上げた。そしてその力を使って大勢の命を奪った。

 その行為は悪だと、アーサーは断言できる。

 例え法律が許したとしても、現在進行形で法律側から悪だと断じられているアーサーにだって、それくらいの判断はできる。


「どちらにせよ、アンソニー・ウォード=キャンサーは死んだはずだ。『リブラ王国』が害になるって言うなら俺達が力になる。だからミオを解放しろ!!」

「断る。たとえアンソニー・ウォード=キャンサーが死んだとしてももう遅い。造る前ならまだしも、もう『MIO』は完成しているんだ! これさえあれば命も未来も思いのままだ。望み通りの世界が簡単に手に入る! そんなものを手放すヤツがどこにいる? お前だって同じように思うはずだ!!」


 確かにそれは破格の力だ。まるで悪魔の誘惑のような抗い難い誘惑で、きっとピアースはいつの間にか囚われて逃げられなくなってしまったのだろう。

 彼らが使えば自らの利益のためにその力を使うだろうが、例えばアーサー達が使えば手の届かない人々に救いを与えられる。

 不当に迫害を受ける事もない。

 両親を自らの手で殺してしまう惨劇も起きない。

 五〇〇年近く囚われの身になる事もない。

 それは誰も不当な扱いを受ける事がなく、理不尽に晒される事もなく、悲しみの涙が流れる事もない完全な世界。

『MIO』があればそれができる。

 悪魔はこちらに手を伸ばしている。後は手を伸ばして握り返すだけで良い。


「興味ない」


 しかしアーサーは顔色一つ変えず、悪魔の手を突っぱねた。

 そんなものには屈さないと。お前の手なんか握ってやるもんかと、そう態度で示すように。


「俺が欲しいと思う力はそんなものじゃない。俺が欲しかった力は、絶対にそんなものじゃない。そんな力で出来た世界に、意味なんて無い!!」

「っ……!! お前は何も……ッ!?」


 その、直後だった。

 ピアースの背後から、彼の体を四角錐の鋭利な刃が貫いた。

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