353 不本意な決着
戦場に新たな影が現れた。
人型の巨大兵器『魔装騎兵』。その内の一機、メア・イェーガーが駆る緋色の『バルバトス=ドミニオン』だ。
「……まあ、彼女がいるなら当然出て来るよね」
アレックス側でそれを目にした事があるのはシャルル、そして五〇〇年前の話になるがクロノだけだ。特に『タウロス王国』でメア・イェーガーが『バルバトス』で戦う姿を直接見ているシャルルには馴染み深かった。
「うっそ、何アレ!?」
「……話には聞いてたが、あれが『魔装騎兵』ってやつか。アーサーが言うにはアレ一機でドラゴンを倒せるって話だったな。……兵器ならセラがいりゃ一発だったんだが」
ごく普通に驚くピーターの傍でアレックスは静かにぼやく。
その直後『バルバトス』が動いた。先端に刃の付いた大量のワイヤーを機体から射出し、それをメアが操ってアレックス達に襲い掛かる。
とはいえ、メアに彼らを傷つけるつもりは無い。あくまで目を引いてアーサーとネミリアとラプラスの三人が逃げる時間を稼ぐのが目的だ。だから攻撃も彼らを直接攻撃するのではなく、足場を狙って動きを止めるのがメインだ。
「クソッ!! まさかこれ、アーサーの野郎も呼び出すなんて事はねえよな!?」
「その心配は無いと思う!!」
メアの攻撃を避けながら苛立つアレックスの近くで、同じように攻撃を躱しながらシャルルが応答する。
「アーサーのは『タウロス王国』で派手に破壊されたから、この短期間で動かせるようにはなってないと思う!!」
「そりゃ朗報だ。とりあえずヤツを破壊すればそれで終わりって事だよな!?」
バジィ!! と弾けた音がアレックスから鳴る。彼は稲妻を纏う剣を上空に掲げ、それを一気に振り下ろした。
『悉くを打ち砕く雷神の戦鎚』。
雷神の絶鎚。天から雷が落ち、その光の柱に『バルバトス』が飲み込まれる。
しかし効いていない。ダメージ自体は通っているのだろうが、まるで効いているようには見えないのだ。
メア側からすればそれは当然の事だった。ドラゴンと戦える戦闘力と銘打っている以上、集束魔力砲の一発程度では揺るがない。揺らいでしまったら意味がないのだ。
『さあ、私を倒さないとレンくんは止められないよ!!』
(クソッたれが……ッ!!)
ぎり、とアレックスの奥歯が鳴った。
今の彼には『魔装騎兵』に対抗できる手段が無い。たった一つの力で戦況が左右してしまう今の状態が歯痒い。戦いへ向けて準備をしてきたつもりだったが、それでもまだ足りないと突き付けられている気分だった。
「なら倒すまでです! シャルさん!!」
シルフィーが声を上げて、呼びかけられたシャルルも顔を上げた。
「いつかの合体魔法を使いましょう! アンナさんがいない分、威力は落ちますが倒せる可能性があるとすればあれしかありません!!」
「でしたら足りない分はわたしが補います」
ふわり、と地上に降りて来たリーヴァが静かに言い放った。三人は頷き合い、すぐに魔力を練り合わせる。
あの時の『滅炎の金獅子』の代わりに、リーヴァの『雷』とシルフィーの『氷焔地獄』の力が『先端ヨリ出ル不可避ノ星矢』に注がれていく。
そしてシャルルは銃の構えを取った手を真っ直ぐ『バルバトス』に向ける。
「これが正真正銘ボク達の全力! 撃ち抜け―――『三叉ヨリ出ル不可避ノ星槍』!!」
魔法を重ねた不可避の矢。それが『バルバトス』の肩に突き刺さり、破壊しながら同時に凍らせて行く。
バギバギバギ!! と致命的な破壊が起きている。しかしメアは生きている武装を操り、錨のような武器をアレックス達に差し向ける。
「させません」
だがメアの攻撃が届くよりも前に、リーヴァはトドメの一撃として思いっきり加速して体当たりをした。ボロボロの『バルバトス』は成す術もなく後ろへと倒れて行く。
それを浮遊したまま見下ろしながら、リーヴァは呟く。
「これで終わりですね。残り六人」
『あはは……本当、言えてるね』
ぴくっ、とリーヴァが反応した。
メアの声色はとても弱いものだったが、そこには負け惜しみなどではなく、確かな勝利への確信が見えたのだ。
『……あとは、任せたよ……』
「―――任された!!」
メアの最後の言葉に応じたのは結祈だった。
『バルバトス』の影から飛び出して来た彼女はリーヴァの胸に手を押し当てた。その瞬間、二人の四方に『火』『水』『風』『土』の元素精霊が現れると、その意図を悟ったリーヴァの表情が一気に変わる。
「しまっ……!?」
「―――『四大元素縛禁』!!」
パチン、と結祈が指を鳴らした瞬間、先程と同じようにリーヴァは拘束された。今度は結祈も一緒で拘束はより強固になっている。
「これでそっちは六人、こっちは二人! 戦力差三倍だけど、リーヴァさえいなければ時間稼ぎくらい何とかなる!!」
「二人……? そんな、まさかそういう事ですか!? あなた達は捕まるのを覚悟でこんな事を……っ!?」
「『希望』は繋いだよ。二人ならきっと、ネミリアとミオを救ってくれる!!」
ごく至近で結祈は疲労の中に不敵な笑みを浮かべて答え、続けて叫ぶ。
「後はお願い、お姉ちゃん!!」
「任されました―――『天衣無縫』!!」
妙に高いテンションで久遠が応じた。
直後、透明な花の蕾の檻にアレックス、シルフィー、シャルルの三人がそれぞれ閉じ込められる。アレックスはその檻に内側から攻撃するが、ヒビ一つ入らない。
「無駄ですよ。その檻の硬度は私の『穢れる事なき蓮の盾』と同等です。生半可な攻撃では砕けません」
「クソッたれ……っ」
アレックスはその中で歯噛みした。しかし外側で久遠も同じように溜め息をついていた。
「……本当、アーサーさんには感謝してもしきれませんね。結祈が『お姉ちゃん』と呼んでくれるなんて感激ですが……攻撃手段を持たない私にはこれが限界です。不甲斐ない限りですが……」
ふう、と己の無力さを食いて溜め息を溢してから、続けて何も無い虚空へ向けて言葉を放つ。
「……あとはお任せしてよろしいですか、紬さん?」
その直後、久遠の傍で動きがあった。
キィン! と甲高い音が鳴ったかと思うと、ピーターの攻撃を紬が短刀で受け止めているところだった。
「もうやってるよ」
「くっ……!」
残った四人の中で『次元跳躍』に追いつけるのは紬だけだ。残った四人で効率的に無力化するにはこれしか方法が無かった。
悔しがるピーターだが、彼にはこれ以外に攻撃手段が無い。この時点でアレックス側に勝利は無い。
「あたしも速さには自信がある。悪いけど負けるつもりは無いよ。アーくん達がこの国を出るまで足止めさせて貰う」
結果的に四人は足止めと同時に足止めをされる羽目になった。これでアーサー達を送れるが、捕まるのは確実となってしまった。
それに引っ掛かる事がある。こうして当初の目的だったアレックスとリーヴァを含めた五人を足止めできたが、敵の数はこちらと同じ七人だったはずだ。
つまり疑問はこうだ。
クロノと音無透夜はどこへ行った?
◇◇◇◇◇◇◇
物陰に隠れていたアーサーとネミリアは、メアが注意を引いている間にラプラスと合流して『ジェット』の格納庫へと来ていた。
『スコーピオン帝国』の『キングスウィング』とはまた違う。アレは軍用に近いので、乗り込み口から操縦席まで全て明け透けで、荷物を置く場所と乗り込む場所も同じだ。しかしユキノが示した『ジェット』のフォルムはどちらかと言うと民間機に近い。プライベートジェットと言うのが適切かもしれない。
そして三人の前に、最後の障害が待っていた。
「クロノ……」
「ここで待っていれば必ず来ると思っていた。アレックスも詰めが甘いな」
アーサーにとってアレックスが最悪の相手なら、クロノは最恐の相手といった所か。彼女は結祈やラプラス達とは違う理由でこちらを見透かしている相手だからだ。
息を呑んで、アーサーは真っ直ぐ言葉を吐き出す。
「……頼む、そこを退いてくれ。俺は誰にも操られてなんかいない」
「ならどうして固執する? お前にとって仲間が一番大事なんじゃないのか? たった二人の為に居場所を捨てるなど考えられん」
「確かに『ディッパーズ』は俺にとって家族みたいなもので、何よりも大切な居場所だ。俺は金も権力も何もいらない。ただみんなと一緒に、この世界で笑って生きられればそれで良いと思ってる」
それは偽りの無いアーサーの本心だった。同時に、それだけが軸ではない。
「だけど現実にはそれを脅かす敵がいて、居場所を守るためには力がいる。幸い俺には力があるけど、世界には平穏を望んでるのに理不尽に抗えない人達がいる。俺の力はみんなが支えてくれたおかげで手に入れたものだ。だから今度は俺がその力でみんなに恩を返す。泣き寝入りなんかさせない」
別に戦いが好きな訳ではない。ただ戦う事でしか誰かを守れる選択肢が無かったから何度も拳を握ってきたに過ぎない。
だから力を求めて獲得し、多くの仲間と共に乗り越えてきた。
それは単に、自分の周りの世界を守りたいが為に。
「……ミオの髪の色、少しだが似ていると思わないか? お前が救えなかった、シエル・ニーデルマイヤーに」
「……、」
「黙ったという事は私の想像は正しいと認めたようなものだな。お前、やはり引きずっているな? どうやっても救えなかった彼女を救えなかった事を」
「……シエルさんはさ、解決の手段が自分の死しか無いと知って、迷わず飛び込んだんだ。俺達の未来を守るために自ら死を選んだ」
観念したアーサーは白状した。
忘れられる訳がない事を、忘れていないと証明するように、アーサーは僅かな人しか覚えていないあの事件に触れる。
「ミオも同じような事を言ってたんだ。初対面で自分を殺してくれって、救いの手は別の誰かに向けてって、一言も『たすけて』って言わないんだ。まるで彼女自身が一番自分が死ぬ事で解決を望んでいるように」
「だったらそれを叶えてやれば良いんじゃないか?」
「それこそ有り得ない。自分が置かれた状況を理解して、その上で救いを望む事を躊躇っているなら、俺はとりあえずで助けるよ。そして死ななくちゃいけない状況を打開する。俺はもう二度と、シエルさんみたいに自ら死へ向かう人を助けられないのは嫌なんだ」
「……、」
クロノは値踏みするようにアーサーをじっと見ていた。
無言の空気に先に耐えかねたのはアーサーの方だった。
「だから頼む……クロノ、お前には分かって貰いたいんだ。俺は時に世界よりも、たった二人の女の子を優先する馬鹿野郎だって」
「……ふっ」
クロノは小さな微笑みを漏らした。
そして額に手を押し当てて、堰を切ったように笑う
「あっはははは! そうだったな、お前は確かにそういう馬鹿なヤツだった! それも単なる馬鹿野郎じゃない、自分が死ぬ為に大勢を巻き込んだ女だって命懸けで救ってしまうような、それこそ救いようの無い大馬鹿野郎だった!! まったく、お前が洗脳されてるかもしれないなんて考えてた自分が馬鹿みたいだ、くそったれ!!」
その様子を見て問題が無くなった判断したアーサーは前に進む。
隣に並んだ時にクロノは話しかけてきた。
「捕まったヤツらは『リブラ王国』の刑務所に収監されている。中では当然魔術は使えない。自力の脱出は不可能に近いだろう。しかしお前は救い出すつもりなんだろう?」
「当然だ」
「即答すると思った。だがお前は目の前の問題に集中しろ。脱獄の手配は私がやる」
「分かった」
一歩進む。
彼女とすれ違って、アーサーは最後に言う。
「それじゃ、みんなの事は頼んだ」
「頼まれた」
お互い前を向いたまま、クロノはそんな風に返した。
アーサーは先に行ったラプラスとネミリアの背を追って『ジェット』へと乗り込んで行く。
その背を見送りながら、クロノは僅かに笑みを作ってこう漏らした。
「……まったく、お前らの息子は手がかかるよ。立ち直らせた私が言うのもなんだが、何度挫けてもあいつは変わらないんだろうな。本当にお前らそっくりだ」