352 『ディッパーズ』V.S.『ディッパーズ』
ヘルトと凛祢と別れ、アーサー達は今度こそ七人揃って外に身を晒していた。
サブプラン……なんて大仰な事を言っているが、作戦の内容は至ってシンプルだ。リーヴァとアレックスを無力化している間に脱出する強行突破のメインプランに対して、サブプランは『ディッパーズ』全員を倒して突き進む。つまり総力戦だ。
とにかく全員で『ジェット』に向かう。そして向かいながら、アーサーは隣を歩く結祈に視線を移した。
「結祈、行けるか?」
彼女は腕の筋肉を伸ばすストレッチで調子を確かめながら満足気に頷く。
「うん、大丈夫。ネミリアのおかげで疲労感が吹き飛んでる。これなら行けそう」
それはアーサーが『ピスケス王国』でやって貰ったのと同じだった。『共鳴』の力で脳内に働きかけ、アドレナリンを強制分泌させる。その影響で結祈は後日動けなくなるだろうが、今だけ動けるならそれで良いという考えだった。
いつもながらギリギリの戦いだ。それでもここを突破できるかは分からない。出来たとしてもアレックス達の言う通り、今後世界中から追われる生活が待っている。口には出していないが、アーサーの中の不安は大きかった。
「大丈夫ですよ、マスター」
結祈とは反対にいるラプラスは傍らのアーサーの不安を感じ取ったのか、そう呟いてからさらに続ける。
「『未来』は繋がっています。例えどんなに小さい、小数点の果てにある可能性だろうと、二人を救える道は必ずあります。それにマスターは一人ではありません。私達を信頼して下さい」
「……分かってる。もし負けたら全て終わりだ。だから必ず勝つ」
七人は横並びで足を止めた。
理由は単純。少し離れた先で、向こうの七人も同じように並んで待っていたからだ。
「……それで、どうするの?」
紬の問いかけにアーサーは前を向いたまま短く答える。
「力尽くで押し通る」
◇◇◇◇◇◇◇
迎え撃つアレックス側も彼らの姿を捉えていた。真っ直ぐこちらに向かって来るアーサー達を見据えていると、シリアスブレイカーピーター・ストーンが声を出す。
「あれは投降しないって意味で良いのかな? 逆に僕達の方が両手上げてみる? ばんざーい、やったねー! って感じで」
「くだらねえ冗談言ってんじゃねえよ。こっちだって止まる気はねえ。ヤツらを力尽くで拘束するぞ」
言って、アレックス達もアーサー達に向かって歩みを進める。
互いにそのスピードが上がって行く。最初は歩いていたのが次第に駆け足へ、そして最後の方は全力疾走だった。
その中でそれぞれ戦闘態勢を整える。
お互いの筆頭である二人、アレックスは全身に青い稲妻を迸らせ、アーサーは四肢に魔力を集束させつつ、同時に『手甲盾剣』の盾を展開させる。
数秒後、激突があった。
アーサー・S・レンフィールド。
ラプラス。
近衛結祈。
ネミリア=N。
飛騨久遠。
穂鷹紬。
メア・イェーガー。
アレックス・ウィンターソン。
シルフィール・フィンブル=アリエス。
シャルル・ファリエール。
シグルドリーヴァ。
クロノス。
ピーター・ストーン。
音無透夜。
そうして今度の今度こそ、七人同士の『ディッパーズ』は正面から激突した。
◇◇◇◇◇◇◇
アレックスの拳をアーサーは『手甲盾剣』の盾で受け止めた。凄まじい衝撃に耐えつつ、アーサーは左手を横に払うように動かして弾くと、引き絞って構えていた右手から『加速・投擲槍』を放つ。
それを首を逸らして躱したアレックスは手にナノテクのブレードを作って斬りかかる。しかし不意打ちの攻撃でもないので、アーサーは足の裏で受け止めるとその反動を使って後ろに跳んだ。そして空中で体勢を整えつつ四肢の魔力を右腕に集めて引き絞る。
「『大蛇……!?」
しかし撃つ前に横槍が入った。その言葉の通り、下にいるシルフィーが魔術の槍を飛ばして来たのだ。アーサーは寸での所で右手で受け止めたが、集束させた魔力は霧散してしまった。
「アーサーさんは混戦が苦手ですね。やはり一対一が得手ですか?」
「ああ、自覚はある……よッ!!」
言葉と一緒にシルフィーの魔術の槍をそのまま返す。
しかし素早く正面に出てきたリーヴァがそれを弾くと、そのままアーサーに飛び込んでくる。が、その前に雷速の結祈と光速の紬がリーヴァを正面から受け止めた。
「「アーサー(アーくん)はやらせない!!」」
「ッ……厄介ですね、本当に!」
リーヴァの強襲は二人が防いだが、それでアーサーへの脅威が無くなった訳ではない。シャルルが放った魔力の矢がアーサーへと向かい、右手を向けた彼に接触する前に爆発してアーサーを吹き飛ばす。魔力を掌握する事で魔術は打ち消せるが、今回のケースで言えば爆炎と衝撃という結果は打ち消せないという、アーサーの弱点を的確に突いた攻撃だった。
地面に叩きつけられた彼にシャルルは追撃の矢を放つ。しかしそれらは着弾する前に白い光に包まれて動きが止まった。ネミリアの『共鳴』の念動力に似た力で矢の動きを掌握し、反転させてシャルルの方へと向けて返す。シャルルはそれを跳んで躱すと、さらなる追撃がラプラスからもたらされた。数発の弾丸が腹や胸に着弾する。無論実弾ではなく着弾時に衝撃を与える非殺傷の特殊弾だ。しかし衝撃はボクサーのパンチ並みに強いので、数発も撃ち込まれたシャルルは後ろに数歩後退って倒される。
それを見ていたピーターが『次元跳躍』を使ってラプラスに向かって突っ込む。アレックスが彼に与えた『シュヴァルトライテ』の掌はスタンガンになっている。この超高速空間であれば確実に敵を行動不能にできるはずだった。
ただし、それが未来を観測できる相手でなければの話だが。
ピーターがラプラスに近づくと、同時に彼女の顔の横から弾丸が現れた。それも真っ直ぐピーターの脳天目掛けて飛んでいる。あらかじめ放っていた『反射弾』だ。高速移動中とはいえ弾丸の威力が変わる訳ではない。必死にそれを躱そうと身をよじってからピーターは自分のミスに気が付いた。『次元跳躍』で高速移動できるのは行動一回分。咄嗟に攻撃ではなく回避を優先したため、そこで能力が切れてしまったのだ。
通常の時間経過に戻り、ラプラスの隣を飛び込むような恰好で通過していく際、彼は確かに聞いた。
「そこへの回避も観測済みですよ」
もう一発、今度こそ正面からピーターの顔面に弾丸が直撃した。
スーツのヘルメット部分のおかげでダメージ自体は少ないが、それでも衝撃で訳も分からず錐揉みしながら吹っ飛んでいく。
しかし得意気だったラプラスの体が直後、突然襲って来た魔力弾によって吹き飛ばされた。
「『未来』を観測できても『時間』が止まれば対処不能だろう?」
「がっ……く、クロノ……ッ」
「同じ『一二災の子供達』同士、お前の相手は私がしよう」
ラプラスは内心で歯噛みしていた。正直な所、ラプラスではクロノと相性が悪すぎるのだ。というより『時間』を止めるクロノは大体の相手にとって最悪と言って良い存在だ。
ラプラスの目の前で再び時間が止まる。
瞬きすらしなかった刹那、唐突に現れたアーサーがクロノの追撃を受け止めていた。お互いに腕を合わせながら、特にクロノはアーサーの右手に触れないように鍔迫り合っていた。
「それは反則だろクロノ……ッ」
「お前の右手も大概な!!」
お互いに弾き合って距離が生まれる。
そこでアーサーは右手に疼きを感じた。周りを注視すると視界の端でアレックスとシャルルが共に魔力を集めているのを捉えた。すぐにアーサーは叫ぶ。
「結祈、久遠さん! 一緒に防御魔術を!!」
「うん、一緒に!!」
「わかりました!」
応じる声が上がって、三人は同じ魔術を用意する。
その間、先にアレックスとシャルルが動いた。
「轟け―――『悉くを打ち砕く雷神の戦鎚』!!」
「穿て―――『先端ヨリ出ル不可避ノ星矢』!!」
凄まじい魔力を内包した稲妻と矢が上空から降り注ぐ。
僅かに遅れて、アーサー達も動く。
「―――『妄・穢れる事なき蓮の盾』!!」
「―――『偽・穢れる事なき蓮の盾』!!」
「―――『穢れる事なき蓮の盾』!!」
バッギャァァァアアアアアアアアアアン!! と。
凄まじい衝撃が巻き起こった。
集束魔力砲と同等の威力を持つ落雷に、因果反転の魔法の矢。その極大の威力を持つ二つの攻撃に対して、三枚の花弁の盾は上空に並べて展開していた。
まずアーサーの盾が数秒で砕かれると、結祈の盾がそれよりも粘って二つの攻撃の威力をなるべく削ぎ落とす。そうして二枚の盾で威力が落ちた攻撃を、正真正銘最後の防壁である久遠の盾が受け止める。結局、ヒビ一つ入らず受け止め切った久遠だが流石に疲労の色が窺えた。
攻撃を受け止めた所で戦いは終わらない。上に注意が向いていたアーサー達の足元から鎖が飛び出て来て拘束しようと向かって来る。結祈は持ち前の反射神経で機敏に察知して躱し、アーサーは右手で迎撃する。しかし反応が遅れた久遠は周囲を囲まれて逃げ場を失っていた。
「くそっ……ネム、頼む!!」
少し離れた位置にいたネミリアに助力を求めると、彼女は久遠の周りの鎖の動きを止めた。その隙になんとか久遠も移動して難を逃れる。
その間、アーサーは透夜のいる方向に向かって手刀の形を取った右手を引き絞っていた。今度こそ全身の魔力を集束させて『大蛇投擲槍』を放つ。躱そうとしてもアーサーの任意で動きを操り、透夜の足元へ直撃させて衝撃波で吹き飛ばす。
「隙だらけだぜ、アーサー!!」
「させない!!」
アーサーに斬りかかるアレックスの背後から声が上がったと同時に、黒いワイヤーが振り下ろされようとしていたアレックスの剣を縛って動きを止めた。
「今だよレンくん!!」
「ああ―――『灰熊天衝拳』!!」
再び魔力を集束させた拳を身動きの取れないアレックスの胴体に撃ち込む。アレックスは咄嗟に剣を手放すと両腕を交差させて受け止めたが、その威力で吹き飛んで行った。
しかし反撃を成功させながら、アーサーは内心で歯噛みしていた。
周囲を見渡せば、最初は固まっていたはずなのに仲間達との距離がどんどん離れている。しかしそれでも戦闘が終わる気配は無い。
こうしてアレックス達と正面から戦えばお互いに消耗戦になるのは分かっていたが、向こうには永久機関のリーヴァがいる。しかも時間を掛け過ぎれば彼らには『W.A.N.D.』や他の国々からの援軍が来るだろう。どちらにせよこのままではジリ貧だ。
連続で集束魔力の攻撃を行ったせいで無視できない疲労感があった。一息ついている暇も無いが、アーサーは一度息を整えるために深く呼吸をした。するとネミリアが近づいて話しかけて来る。
「……少しずつですか確実に押されています。このままでは彼らの打倒はおろか突破も難しいです」
「分かってる。それにこうしてる今もミオに危険が迫ってる。とにかくアレックスとリーヴァを止めないと……っ」
それが絶対条件だ。そうしなければ『ジェット』で飛んで逃げた瞬間に撃ち落とされる。
こちらの勝利条件は変わらない。どうにかして二人を止めないと敗北へと一直線だ。それはそのまま、少数の犠牲を強いる世界の完成でもある。
いよいよ全員で突破ではなく、捕まるのを覚悟で足止めに誰かを犠牲にする方法にも目を向けなくてはならない。
「俺が暴れてアレックス達の気を引く。『消滅』の力を使えば出来るはずだ。その間にみんなは『ジェット』に向かえ。『ポラリス王国』を出たら俺も撤退する」
『それでは意味がありません! ネムさんは勿論、マスターもここから脱してミオさんの元へ向かうべきです!!』
アーサーの作戦にすぐさま異を唱えたのはラプラスだ。それにアーサーが反論するよりも前に、彼女は新たな策を構築する。
『マスターはネムさんと一緒に「ジェット」に向かって下さい。残った私達で彼らを足止めします!!』
『ううん、ラプラスも行って! 三人で行くべきだよ!!』
しかし今度は結祈が異を唱えた。
理由としては至極単純なものだった。
『二人は「ジェット」を飛ばせないでしょ? ネミリアは飛ばせるだろうけど洗脳の危険があるし、「レオ帝国」でもラプラスの力はきっと必要になる。だからここでの戦いはワタシ達に任せて!!』
『結祈の言う通りです。ここでの戦いが本番ではありません。戦力を半分にする意味でも四対三は理想的です』
「……みんなはそれで良いのか?」
結祈と久遠の提案は確かに理に適っている。しかしそれはそのまま四対七の戦いになるという事で、捕まるのは確実という意味だ。
『どっちみち、アーくんは捕まってるみんなも救い出すつもりなんでしょ? だったら一時的なものだし大丈夫、後であたし達を助けに来てね』
『とりあえずレンくんが抜ける分、彼らの気を引く役は私に任せて。過剰攻撃しない程度にアレを使う。だからレンくんは約束通りネミリアちゃんをお願い』
メアが言っている約束というのは『ピスケス王国』の『水底監獄』で交わしたものだ。
ネミリアを救う。彼女に頼まれたからだけではなく、アーサー自身の誓いとして。記憶喪失だった頃の自分を支えてくれたように、今度はアーサーがネミリアを支える番だ。
「任せろ。ネムは俺が必ず守る」
理想的では無いが、現状で考えられる最善の動きは決まった。アーサーはネミリアの肩に手を置いて転移の準備をする。
直後、メアが叫んだ。
『じゃあ始めるよ。来て―――「バルバトス=ドミニオン」!!』