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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第三章 竜臨闘技場解放戦線
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37 ねずみ達は働き者

 地下で壮絶な争いが繰り広げられている間も、地上では変わらず『竜臨祭』が続いている。

 アーサーの知らない所でアレックスは順調に勝ち進んでいた。


「いやー順調順調。このままならマジで優勝できそうだな」


 自身の控え室でアレックスは上機嫌だった。


「アレックス、調子に乗り過ぎだよ。トーナメント形式は勝てば勝つほど相手は強くなっていくんだから、あんまり調子に乗るとサラッと負けちゃうよ?」

「大丈夫だって。優勝した時のアーサーの悔しそうな顔が目に浮かぶぜ」


 結祈の忠告も聞かず有頂天になっているアレックス。その様子に結祈軽く溜め息をつくが、それ以上は何も言わなかった。

 結祈からすればアーサーと同じで、アレックスの勝負の行方は正直どうでも良い。内心では早く終わってアーサーの所へ行きたいのだが、


(……まあこれも経験、だよね)


 アーサーは生きる意味を見つけるのを手伝うと言っていたが、その言葉に甘えっきりになるのは違うと思った。

 手伝ってくれると言ってくれたアーサーの言葉は本当に嬉しかった。しかし自分の生きる理由なのだから、極力自分の力で見つけたいというのも本音だった。


(さて、と。一緒に運命を踏破してくれるって言ってくれたアーサーは今どこで何をしてるのかな?)


 ちょっとした悪戯心のような、そんな些細な思い付きだった。

 常人離れした魔力感知でコロッセオ中の魔力を感じ取る。


「……あれ?」


 だからこそ、違和感にはすぐに気が付いた。


(アーサーの魔力がない……?)


 言いようのない不安に駆られながら、『天衣無縫(てんいむほう)』まで使って捜索範囲を広げる。しかしメインストリートや宿屋の方まで探してみてもアーサーの魔力は欠片程も感じられない。

 魔力が感じられなくなったという事は原因は二つに限られる。

 一つは単純に探していない場所にアーサーがいる場合。これは探し続けていればいづれ見つかるだろうし、何ら心配する事はない。

 もう一つはアーサーが死んでいる場合だ。流石に結祈の魔力感知でも死者の魔力まで識別する事は不可能だ。正直このケースは考えたくもない。

 結祈は『竜臨祭』など今すぐに捨ててアーサーの捜索に行きたかったが、


「アレックス・ウィンターソン選手、試合時間です。移動して下さい」


 丁度その時、タイミングの悪い事にアレックスの試合時間が来てしまった。こうなってしまうと、サポーターである結祈はアレックスの試合が終わるまで控え室から出る事ができなくなってしまう。しかも鍵は何かしらの特殊な魔術を用いているらしく、物理的にも魔術的にも内部からは絶対に開けられない牢屋のようになってしまうのだ。

 結祈は呼びに来た係員を制圧して無理矢理にでも控え室から出ようとも思ったが、


「んじゃ、行って来るぜ!」

「あっ、ちょっと待っ―――」


 アレックスの行動の方が早かった。結祈の静止も聞かずさっさと試合に向かってしまう。

 係員も控え室から出て鍵を閉めてしまい、結祈は身動きが取れなくなってしまった。


(……無事だよね、アーサー)


 結祈はぎゅっと胸の前で手を握り締める。

 心臓が握りつぶされるような息苦しさが襲い掛かる。

 今の結祈にできるのは、アレックスの試合が早く終わるのと、アーサーの無事を祈る事だけだった。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 場所は移って地下施設のとある倉庫内。

 こちらはアレックスのようにお気楽な調子でいる訳にはいかなかった。

 乱暴に壊されたシャッターの大穴、唯一の出入り口から重低音を響かせて入って来たのは、


「パワードスーツ……!?」


 作業用ではないだろう。作業用のパワードスーツならば防御力よりも作業のしやすさを優先して装甲に隙間があるはずだ。だが目の前のパワードスーツにはどの角度からも内部の機構が見えないように装甲が張ってあり、両手には巨大なマシンガンも付いている。


「くそっ、何だってこんなのが出てくるんだ!!」

「地下の防衛機能に引っ掛かったんだ!」


 アーサーとニックの叫びが倉庫内に木霊する。しかし叫んだからといって事態が好転する訳でもない。

 近づいて来るパワードスーツから逃げるように後退する。だが狭い倉庫内では後ろに下がった所でたかが知れている。すぐに砂の山の後ろにまで到達してしまう。


「おいアンタ、名前は何て言うんだ?」

「ニックだ。それがどうした?」

「じゃあニック、この状況を打開できるか?」


 残念ながら、今のアーサーの手札にはこの状況を安全に打開する手立てはない。だから望みを四人組の方に任せるのだが、


「無理だな。俺達は魔術なんざロクに使えないし、そもそも武器がほとんどない。どっかの誰かさんのせいでな」


 即答だった。ニックは皮肉を込めて忌々しげに言う。

 ただアーサーの方も悪びれる様子もなく、


「俺は謝らないぞ。水でよく洗えばまた使えるだろうし」

「ああそうかい。今洗う時間があれば良かったな」

「言い合ってないで何とかする方法を考えて下さい!」


 睨みあう二人をマルコが叱咤する。しかしニックは深い溜め息をつくと、


「あのなあマルコ、俺達にはまともな武器もないんだぞ。そもそも俺よりも機械に詳しいお前が突破口を見つけられないならどうにもならない」

「ついでに言うと銃があっても無理だからな。短機関銃の弾丸なんかじゃあの装甲は抜けないどころか、跳弾で俺達の方が先に死ぬ」


 ほとんど諦め調子にも見える二人にサラは嘆息して、


「反論ばっかり息を合わせてないで何か策は無いの? 何だったらまたあたしが突っ込むわよ?」

「ダメだ」


 アーサーはそこだけは強く反論した。


「さっきだって運が良かっただけで、下手したら死んでたんだぞ。お前にはもう無茶な真似はさせられない」

「無茶な真似って……」


 今度はサラがアーサーの言葉に難色を示す。


「あたしは好きでやってるのよ。アーサーに止められる筋合いはないわ!」

「俺はお前の身を心配してるんだ! お前がやるくらいなら今度は俺がやる!!」


 そう言うとアーサーは一人、砂の山の裏からパワードスーツの前に飛び出していく。

 アーサーにはこの状況を安全に打開する手立てが無いだけで、安全にさえ考慮しなければそれなりの手立てはあるのだ。


「ちょっ、アーサー!?」


 アーサーの後を追おうとサラも走り出そうとする。しかしその肩をニックが掴んで止めさせた。


「止めろ。あのガキは囮になるつもりなんだ。あのパワードスーツがガキに集中してる間にこの倉庫を出るぞ!」

「そんなのあたし達だって狙われるじゃない! だったらあたしはアーサーの方に行くわ。生存率はどっちでも同じでしょ!?」

「ここの防衛システムは全てAIが制御してる。まずは目の前のガキから狙うはずだ」

「そんな……ッ!」


 砂の山の裏でそんな口論が行われているのも知らず、アーサーは命の危機を目前にしていた。


「こっちに来い機械野郎! 俺が相手だ!!」


 アーサーはパワードスーツ目掛けて『モルデュール』を投げて起爆し、注意を砂の山から自分に向けさせる。ここでパワードスーツを破壊できていたら話は単純だったのだが、当然そんな事はなくパワードスーツは無傷だった。

 大量の『モルデュール』を同時に爆破すれば破壊できるかもしれないが、ここまでの道中で使い過ぎて残量はもう一つしかない。

 アーサーはほとんど無意味と知りながら、『何の意味も無い平凡な(42アーマー)鎧』を使用する。結祈のアドバイス通り忍術を用いているが、アーサーの忍術の錬度では体内魔力だけで補っていた頃と大して変わらない。


(ユーティリウム製の短剣ならあいつの装甲も貫けるだろうけど、俺のスピードじゃ斬りつける前にマシンガンでハチの巣だな)


 ウエストバッグからいつもの『モルデュール』の代わりにユーティリウム製の短剣を取り出して構えるが、攻撃するつもりはない。あくまで目的はパワードスーツを撃退する事ではなく、なるべく長く生存する事でサラ達が逃げる時間を稼ぐ事だ。


(どっちにしろマシンガンは躱さなくちゃならないんだ。走り続けるしかない!)


 アーサーはパワードスーツの気を引きつけつつ、出口のシャッターに向かって走る。後ろからパワードスーツのマシンガンが駆動する心臓に悪い音が聞こえるが、振り返る事すらせずに走る。

 そして出口を抜けて曲がった瞬間。

 ガガガガガガガガガガダダダダダダダダダダ!! と轟音が鳴り響く。

 チラリと後ろを振り返ってみると、ただでさえ悲惨な姿だったシャッターがさらにボロボロになっていた。


(あんなの食らったらハチの巣どころか骨も残らないぞ!?)


 背筋に冷たいものが走る。けれど足を止める訳にはいかない。それは死に直結する行動だ。

 逃げるだけなら簡単だと考えていたのは甘い認識だった。最悪の場合、正面から立ち向かわなくてはならなくなるかもしれない。


(一応『モルデュール』と短剣でやつを倒す方法はあるけど、俺のスピードじゃ実現不可能だ。もう一つの方法は確実性に欠けるし、何か別の手を考えないと……)


 アーサーはこういう時、まずは手札の確認から始める。

 今の自分には何があるのか、それで何ができるのか。無茶でも無謀でも考えて考えて考え抜いて、その果てで僅かな希望に賭けるのがアーサーの戦い方だ。ギャンブラーだと言われても仕方のない戦法だが、どこにでもいるごく普通の少年がこんな状況を覆すには、それくらいの覚悟が必要なのだ。


(とは言ったもののどうするか……。さっきの貯水場に戻って突き落とすか? あるいは発電施設でマシンガンを使わせて機材の爆破に巻き込むのもありだな。他には確率が低いけど武器庫みたいな施設を探すか……)


 そんな風に考え事をしながら走っていたのが間違いだった。

 逃げる敵を追いかけるだけの単純なAIではなかったようだ。アーサーの行く道の先の角からパワードスーツが姿を現す。


(先回りされたのか!? くそっ、一体どの道を通って来たんだ!!)


 ただ今はそんな事を考えている余裕は無い。来た道を戻ろうにも角に入る前にライフルの餌食になってしまうだろう。


(『何の意味も無い平凡な鎧』で強化すればギリギリ行けるか!? でも行けそうな気がまったくしない!!)


 死、という一文字が頭をチラついた、その時だった。

 パワードスーツとは別に、その背後からもう一つ何かの影が飛び出して来る。

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