351 似た者同士
「作戦失敗ですね」
一旦アレックス達との戦闘から離れ、適当な飛行機の格納庫の中で再開した七人の中でラプラスは溜め息交じりに言った。
「音無透夜とピーターという少年。戦闘前は観測外だったあの二人の介入で、アレックスさんとリーヴァさんの無力化が果てしなく困難になりました。再度『未来観測』を使った所、サブプランも成功率は五割といった所です」
「……しかもサブプランは成功したとしてもこっちへの打撃が大きすぎる。それに……」
アーサーは言いながら視線を結祈の方へ向ける。彼女だけは座ったまま体力の回復に努めていた。
メインプランもそうだったが、サブプランでは結祈の力がさらに必要になる。その要の消耗が予想以上に激しい中でサブプランを実行して良いものか不安が残る。
「……ワタシなら大丈夫。やろう」
「待ちなさい結祈。あなた、もう『天衣無縫』も使えないんじゃないですか? その状態でどうやって戦うつもりですか?」
「それは……でも」
心配する久遠から視線を外し、結祈はネミリアを見る。
「ワタシ達がやらないと、もう誰も立ち向かわない。裏で糸を操ってる人は、必ずまた行動を起こす。ミオとネミリアだけじゃなくて、大勢の利用できる人を使って。そんなのワタシをここへ送り出してくれたみんなに顔向けできない」
ここにいる者達だけが『協定』に反してネミリアとミオを救おうとした訳ではない。『ディッパーズ』本部でリーヴァから結祈を逃がした者達だって、紛れもない彼らの同士だ。
その想いを、結祈は誰よりも背負っている。
「だからやる。例えアーサーやみんなが諦めても、ワタシの全存在をかけて必ずやり遂げる! そのためにリーヴァを絶対に止める!!」
「―――いいや、きみ達は諦めるべきだ」
バッ、と七人は同時に格納庫の扉の方を見た。すると透明だったものが次第に姿を取り戻すように、二人の人物がそこに立っていた。
これといった特徴のない少年と、白髪に深紅色の瞳を持つ少女。ヘルト・ハイラントと卯月凛祢だ。
「どうしてここに……」
「ここにぼくがいるのは意外か? ユキノから話は聞いたよ。彼女はあまり人を信用しないと思ってたんだけど、きみは随分と彼女に気に入られてるようだね」
「……俺達を止めに来たのか?」
「そうだって言ったら?」
「ッ……させない!!」
挑戦的な台詞と共にヘルトは威圧目的の魔力を放った。即座に反応したのは結祈だった。両手に袖から出した剣を握ると一気に突っ込む。
「それはこちらの台詞です!!」
しかし彼に剣が届く前に、それを両手で受け止める少女が割り込んだ。
互いに深紅色の視線が交差する。結祈は自分が疲弊しているとはいえせめぎ合っている少女に驚いていたし、凛祢は今の結祈の状態で動いている事に驚いていた。
互いに一歩も譲らない状態のまま、結祈は尋ねる。
「……名前、訊いても?」
「卯月凛祢です。アナタは?」
「近衛結祈だよ」
直後、互いに弾き合って距離が生まれた。
しかし視線は外さない。
「……なんだか、アナタとは他人って気がしない」
「ワタシもです。不思議ですね。こうして言葉を交わすのは初めてのはずなのに……」
「まあ、理由は分かってるけど」
結祈の視界にはヘルト、凛祢の視界にはアーサーが入っていた。
お互いの立場は似ている。人助けを生業にしている人の近くで、共に『魔族堕ち』。そういった事も含めて他人な気がしないのだろう。
「……ワタシ、アナタとなら良い友達になれそうな気がする」
「そうですね。……ですが今は無理そうです。アナタとは戦わないといけないみたいですから」
結祈と凛祢が腰を低く落とし、再び衝突しようとした直前だった。
「ストップ」
「そこまでだ」
アーサーは結祈、ヘルトは凛祢の前に出て動きを制した。
話があるのはアーサーとヘルトだ。いつまでも代理戦闘を続けさせる訳にはいかなかった。
二人の少女が臨戦態勢を解いたのを確認してから、まずアーサーが口を開いた。
「……ヘルト。お前はヒーローの時代は終わったって言ったよな?」
「それが何か?」
「なら、お前は正義ってなんだと思う? 何となく答えは想像できるけど、お前の口から直接聞きたい」
「……、」
ヘルトは僅かに考えてからこう答える。
「立場にもよるだろうね。それは人の数だけある。正義なんて結局、個人のエゴでしかないんだからさ」
「お前ならそう言うだろうと思ったよ。でもそれなら、ヒーローの時代は終わってなんかいない。俺達のエゴがまだ残ってる」
予想通りの答えに僅かに笑って、アーサーはそう言い放った。
「俺やお前の使命は正義の実行だ。考えられるだけの手を尽くして、持てる力を振り絞って、決して妥協せずにやり遂げなくちゃいけない。だから俺達に終わりはない、妥協もできない。お前の正義がミオを殺す事で完遂できるなら、俺の正義はミオを助け切って完遂できる。だから向かって来るなら相手になるぞ」
なんというエゴイズムだろうと、アーサーは言っていて自嘲した。
正義なんて言葉で正当化して、結局は誰かを見捨てる強さがない言い訳だ。あとで後悔して後味の悪い思いをしたくなくて、人間なら誰もが少なからず持っている自分の為に他者を見捨てる行為ができないだけ。代わりに周りを巻き込んで誰かを助けようとしているだけ。
褒められる行為ではない。異端者である事も分かっている。しかしアーサーにはこれしか選ぶ道が無かったのだ。
「……ぼくはより多くの人の為に、そしてきみは世界に切り捨てられた人達の為に拳を握る。その考えは変わらないのか?」
「ああ、俺は信じてるんだ。この世界は誰かを苦しめる為だけにあるものじゃないって。どんなに遠くて小さな可能性でも、きっと救い出せる可能性は残されているって」
「……、」
ヘルトの溜め息交じりの問いかけに、アーサーは一瞬の逡巡もなく答えた。ヘルトはもう一つ溜め息を重ねた。
「……アクア・ウィンクルム=ピスケスは知っているな?」
「……? ああ、友人だ」
唐突にその名前を出されて驚くアーサーに構わず、ヘルトは簡潔に続ける。
「彼女に話を通しておいた。全てが済んだら『ピスケス王国』に匿って貰える。『アリエス王国』や『カプリコーン帝国』ほどじゃないけど、あの国も閉鎖的な方だ。隠れるにはもってこいだろう」
「ヘルト……」
「言っておくがきみの為じゃない。あくまで世界とそこに住む人達の為だ。どうせどこにいても『ディッパーズ』の活動は続けるんだろう? ぼくらの不安定な協力関係も」
おそらくアーサーとヘルトの関係は健全ではない。一〇〇人が見れば九九人が間違っていると言うだろう。しかしその一人を助けるために、彼らは歪だとしても妥協はしない。
「ぼくを含めた世界がミオやネミリア=Nを殺す事で平和を守ろうとするなら、きみはそんなものに左右されず二人を救え。例えどんなに無茶で無謀で困難な道だろうと」
「最初からそのつもりだ」
握手も労いも何もしない協力関係。けれど二人の関係はこれで良い。
同族嫌悪し合っている似た者同士。誰かを助けたいという思いさえ共有できていれば、どれだけ憎み合っていても関係ないのだ。
そしてそんな歪な二人のやり取りを一番近くで見ている二人の少女がいた。
「えっと……つまり和解したから争う理由は無いってこと?」
「そうみたいですね……」
結祈と凛祢は同時に嘆息して、それから顔を見合って笑った。
向こうが似た者同士なら、こちらもこちらで似た者同士なのだ。
「凛祢ちゃんは彼の事が好きなんだよね?」
「はい、大好きです。結祈さんもアーサーさんが好きなんですよね?」
「うん。確かにアーサーは善人とは言えないかもだけど、少なくともワタシは救われた。そして世界にはワタシと同じようにアーサーの行動で救われた人達がいる。たとえそれが少数でも、ワタシはアーサーを支えて一緒に助けたい。それに誰かが支えないと今回みたいに危なっかしい行動ばっかりするから」
「そうですか……ヘルトさんも似たようなものです。自分の事より他人の事ばっかりで、だから誰かがその代わりにヘルトさんの心配をしないといけないんです。嘉恋さん達もいますけど、ワタシは誰よりも傍で支えたいんです」
「そっか……同じだね、ワタシ達」
「はい、同じですね」
もう一度、二人は揃って笑う。
アーサーとヘルトが別れるのを見て、二人もそれぞれに付いて行く為に移動しようとする。しかし直前、二人は同時に足を止めて振り返った。
「ねえ、凛祢ちゃん。向こうが和解したみたいだしさ」
「はい、結祈さん。ワタシも思いました」
そして示し合わせるように、二人はこれも同時に言う。
「「ワタシと友達になって欲しい」です」
三度笑い合って、二人は今度こそ別れた。
どちらも答えなかったが、それは答えるまでも無かったからだった。