348 決裂前夜 Alex_Side.
「最悪だな」
地下から上がって来たアレックスに待っていたのは辛辣な出迎えだった。
『リブラ王国』国王、アウグスト・フロンライン=リブラ。何もしていない割に態度だけはでかい、万人に嫌われそうな男だ。
とはいえこんな男でも一国の長だ。無礼を働けば外交問題に発展する。この場は幼児を相手にしてるように微笑ましく見過ごすスタンスで行こう。まあ容姿が可愛らしい子供ではなくおっさんなので限界はあると思うが。
「どう責任を取るつもりだ?」
「捕まえりゃ良いんだろ? 戦闘は『ディッパーズ』の得意分野だ」
「本当に捕まえられるのか? お前では仲間に手心を加える可能性がある。『W.A.N.D.』の精鋭部隊に任せた方が確実なんじゃないか?」
「言っておくが『W.A.N.D.』の精鋭部隊でもあいつらは止められねえ。止められるのは『ゾディアック』で俺達だけだ。それに次は魔力が使えない部屋には行かねえからな」
「……セラ・テトラーゼ=スコーピオン。少し来い」
アレックスは言いたい事を言った。あとは一国の長同士の話し合いで決めるべきだろう。五分ほど二人の話し合いが終わるのを待っていると、セラだけが戻って来た。
「どうだった?」
「話がついた。『W.A.N.D.』と同時に動く形だが、一応許可は貰った。ただし私達が動けるのは四八時間だけだ。それ以降は全て『W.A.N.D.』が取り仕切る事になる」
「四八時間か……微妙な時間だな」
アレックスは軽く舌打ちをする。
セラも思いは同じようだった。
「こちらは六人で向こうはネミリア=Nも含めれば四人か……。人数では勝っているが油断はできん相手だからな。私は立場上、直接動く事はできないからこれでも少ない」
「分かってる。……他国に頼めば殺される可能性が上がるし、かといって馴染みのある国じゃアーサーに加担しかねねえ。アテはあんのに人員不足ってのは、人徳が現れてるなぁ……」
アレックスは自嘲気味に笑う。
分かり切っていた事だが、ここに来てその差が響いて来ている。戦力的にはリーヴァがいるこちらの方が上だろうが、土壇場でのアーサーの底力は侮れないし、そこそこ長い時間一緒にいるが未だに能力の底が見えない結祈も合流したという。有利な状況というのに変わりはないが、正直言って確実とは言い難い。勝率を安全域まで上げたいなら早急な戦力増強が必須だ。
「私に一人アテがある」
「俺もだ。お前のはどこだ?」
「この建物の中にいる。お前のは?」
「『リブラ王国』だ。『キングスウィング』を持ってくが、構わねえよな?」
だが幸い、二人には戦力にアテがあった。こんな最低と最悪を掛け合わせたような状況で、仲間のアテがあるのは僥倖と言って差し支えないだろう。
さあ、こちらも『ディッパーズ』を揃えよう。
◇◇◇◇◇◇◇
『リブラ王国』のなんてこと無い市街地の一角。
アレックスが求める相手はそこにいた。
「ただいまぁ……」
覇気のない声で、返事は帰って来ない帰宅の台詞を吐き出したのは、アレックス達よりも少し若い一五歳ほどの少年だった。
家に隣接している、本来なら車を停めるためのガレージ。そこが彼の部屋だった。シャッターを開けて電気をつける。あとはテレビを見たりゲームをしたり、いつも通り、この年頃なら普通の娯楽の時間だ。世間は『一二宮協定』で荒れているが、そんなの少年にとっては関係ない。
しかし、今日は違う事が一つだけ。
「よう、ストーン。ようやく会えたな」
「えっ、え!?」
電気を点けると、自分の椅子に誰かが我が物顔で座っていた。
悪びれる様子もなく、彼はこう尋ねてくる。
「俺が誰か分かるか?」
「え……あっ、はい。アレックスさんですよね? 『ディッパーズ』の」
世間に興味が無いとはいえ、流石にそれくらいは知っていた。というか今の『ゾディアック』で『ディッパーズ』の事を知らない人間などいないだろう。それほどまでに、今の彼らの存在は大きい。
「それで、あなたみたいな人が僕ともあろう方にどんな用事が……ごめん、言葉が変だ。やり直すよ。えっと……」
「ピーター・ストーン」
その少年の名前を呼びながら、アレックスは椅子から腰を上げる。
「少し前、この国で銀行強盗があった。その時の映像がこれだ」
アレックスがタブレットで見せた映像は銀行内の監視カメラの映像だった。そこには青い稲妻が吹き荒れ、一瞬の内に強盗団が捕縛される動画が再生される。
「これはお前だろ? コマを分割しても姿が見えなかった。凄いスピードなのか別の力かは判別不能だが、十分過ぎる力だ。明らかに普通の魔術使いを逸脱している」
「……えっと、何かの勘違いじゃ……」
「何も言わなくて良い。答えは分かってて聞いてる。お前の力は簡単に犯罪を犯せる危険なものだが、お前自身は犯罪を止めたりする善良な市民だ。これが一番大きい事件だが、この日以降も人助けをしてるのは知ってる。だから聞いておきたい。なんでやってる?」
もはや誤魔化しがきかない事はピーターにも分かっていた。諦めて一つ大きな溜め息をつくと、改めて真剣な眼差しでアレックスを見る。
「……これはテストですか?」
「そうだ。だから答えろ」
つまり答え次第ではどうなるか分からないという事だ。ピーターは緊張した面持ちで、嘘や誤魔化しが効かないとなんとなく察しながら本音で話し始める。
「……僕は生まれた時から特別な力を持ってて、でも普通の人と同じように育ってきたんだ。他の魔術の適正が無くて落ちこぼれだけど、それでも良くしてくれる友達もいる。だから僕は特別でも何でもなくて、本当にどこにでもいる普通の人間なんだ。……でも『リブラ王国』の治安が悪くなって、アレックスさんが持ってきた映像の時みたいに実際に現場に出くわして、同じ日に盾を持ってるだけの普通の人が誘拐された女の子を助けたってニュースを見たりして……その日以降もニュースで何か事件を見る度に思ったんだ。僕なら銀行の時みたいに救えたかもしれないのに、どうして手をこまねいているのかって……」
「……それで行動を起こしたのか? 多くの人を助ける為に」
「勿論、いくら速く動けても全部を救える訳じゃないのは分かってる。でも止められるかもしれない力を持ってるのに、見て見ぬ振りをして悲劇が起きたら、それは自分のせいだって思ったんだ」
「……、」
アレックスはピーターの言葉を聞いて、じっと固まった。
彼が語った言葉はアレックスの行動原理とも似通っていたからだ。アーサーが消失した後、悪夢を実現させない為に力を尽くして来た。止められるかもしれない悲劇を阻止する為に、だから『ディッパーズ』存続の為に『協定』にも同意した。
全ては組織の存続の為、そして来たるべき戦いの日に備える為に。ここへ来たのもその為の一つだ。
「……だったら、その力を『ディッパーズ』に活かさねえか?」
「……え?」
突然の言葉に思考が止まって変な声が出たピーターだが、アレックスは構わずに肩を竦ませて続ける。
「ま、スカウトってやつだな。今『ディッパーズ』は深刻な人手不足だ。お前さえ良ければだがどうだ?」
「えっ? いや、その……え?」
「どうだ?」
「あっ、はい。その……光栄です」
その言葉を待っていたアレックスは、すぐにシャッターを開けて外へ出る。その上空には『キングスウィング』が滞空していた。アレックスは『ヴァルトラウテ』を起動させていつでも飛び移れるように準備する。
「じゃあ行くぞ。詳しい話はジェットの中でする。今ここで質問は?」
「えっと……これから向かう先にテレビってあります?」
「……行くぞ。荷物はいらねえから早くしろ」
「えっ? ちょっと待ってよ! それって財布やマナフォンも? ねえアレックスさん!!」
声を上げるピーターを無視して掴み、アレックスは頭上の『キングスウィング』に向かって飛んだ。
時間が無いのでルーキーに懇切丁寧に説明している暇は無い。人が泳げるようになるには泳ぎ方を学ぶより水の中に突っ込む方が早い時もあるのだ。という訳で今回はいきなり水の中に突き落とす事にした。
◇◇◇◇◇◇◇
『リブラ王国』に向かったアレックスと別れ、セラはアーサーとラプラスが閉じ込められていた部屋があったフロアへ降りて来ていた。
目的は別室。
そこへ入り、椅子に座ったまま大人しくしている少年と一対一で話し合う体制を取る。
「音無透夜だな?」
入口の扉に背を預けてセラは尋ねる。
透夜は顔を上げた。
「……『スコーピオン帝国』の女帝か」
敵意丸出しの応答に、セラは肩を竦めて、
「女帝と言うのは止めろ。帝国と言っているのはクズ両親の時の名残であって、『スコーピオン王国』に改名しようかと思っているくらいだ。まあ、今回の『一二宮会議』では議題に出す暇が無かったが」
「あっそ。僕にはどうだっていい話だ」
「それで、全てがどうでも良いお前はたった一人で妹を追うつもりか? ロクにアテも無いのに?」
すっと目を細くして、そこだけは譲れない覚悟を持って透夜は答える。
「……ミオは僕が殺す。これは誰にも譲れない。止まる気は無いんだ」
「ならお前は犯罪者だな。どんな理由であれ指名手配中のミオを追い、『W.A.N.D.』の捜査に介入するんだ。無事に妹に辿り着ける保障もない。もしかしたら『W.A.N.D.』の特殊部隊に撃ち殺されるかもな」
「……だから大人しくしてろって? 冗談じゃない。忠告はありがたいけど言ったはずだ。止まる気は無い。それでも止めたいなら力尽くでやってくれ」
この問答は、セラにとって確かめる意味合いも強かった。
彼がミオの捕獲のためにどこまでやれるのか。
その答えは出た。セラは不敵な笑みを浮かべる。
「いいや、止めない。私達の目的もお前と同じだからだ。正確には同じ方向を向いていると言った方が正しいが」
「……どういう意味だ?」
「ミオを探し出し、共に行動しているアーサー・レンフィールド達を止めたい。だが私達に与えられた時間は四八時間だけ。場所の手掛かり自体はあるが、戦力はロクに揃っていない。だから力を貸せ。代わりにお前をミオに会わせてやる」
「……嘘じゃないな?」
「嘘をつく理由が無い。こんな話じゃ無ければ、わざわざ捕まってるお前になど会いに来たりしないだろう?」
「……確かに筋は通ってるな」
圧倒的に不利な状況で、そもそも透夜に選べる選択肢など存在しなかった。
彼は席を立ち、セラの正面まで移動した。
「『ディッパーズ』に協力する」
「なら出所の時間だ。お・に・い・ちゃ・ん?」
嫌味たっぷりにそう告げて、セラは透夜を外に連れ出す。そしてアレックスが帰って来る前に用事を済ませるべく、一度自国である『スコーピオン帝国』へと向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
そしてこちらも集った。
『ポラリス王国』に存在する二つ目の『ディッパーズ』として、八人の少年少女がそこにいた。
最後に合流したアレックスが挙動不審のピーターと共に現れると、セラはあからさまな溜め息をついて、
「その坊主がお前の言ってたアテなのか? 正気とは思えんな」
「言いたい事は分かってる。確かに発展途上だが戦力にはなる。それより『スコーピオン帝国』から持って来てくれたか?」
「ああ、これだ」
セラがアレックスに手渡した物は二つだ。
一つは彼の新しいスーツである『ヴァルトラウテ Ver.04』。もう一つは稲妻を模った形のペンダントだった。
アレックスはそれらを確認すると、今している腕時計を外して新しい『Ver.04』に付け替える。それからすぐにキョロキョロと辺りを見回している田舎小僧にペンダントを投げた。
「ピーター。それを首にかけろ」
「おっと。何これ……?」
「俺が作ったお前の武器だ。『ワルキューレシリーズ』の一つ、『シュヴァルトライテ Ver.01』。『キングスウィング』で聞いたお前の能力を参考にして、それを補助する形で急ごしらえだが作った。いいから首にかけて魔力を流して起動しろ」
言われるがまま、ピーターは『シュヴァルトライテ』を起動させる。するとアレックスの『ヴァルトラウテ』と同じようにペンダントからナノマシンが広がり、藍色のスーツがピーターの皮膚の上に重なるように展開され、さらにフルフェイスのヘルメットまで形作られて一見すると誰だか分からなくなる。これは自分達のように正体がバレても支障がないからではなく、一応は一般人の協力者としての立ち位置の彼を身バレから守るための措置でもあった。
「うわ、これすっご」
「お前の『次元跳躍』ってのはお前が起こせる一回の行動分しか超高速で移動できねえんだよな? だから足の裏には衝撃を加えると大ジャンプできる機構を、両手首の円筒形の武装からはどこにでも引っ掛かるワイヤーが出て、どっちも移動能力を拡張してる」
「武器は無いんですか?」
「そのスーツは非殺傷だ。手首の武装から敵を昏倒できるショックガン、それに掌はスタンガンにもなる。高速移動と併用して使え。それから出動まで馴らしておけよ?」
「了解」
「それと肝に銘じろ。スーツはあくまでお前の補助器具だ。まあ松葉杖みたいなもんだな。だから過信するな。戦うのはお前自身なんだからな。無茶な事はせず、臆病にもなり過ぎるな。その微妙なラインで動きつつ、命令の良し悪しを瞬時に判断して動け。ただし基本は順守だ」
「オッケー了解。……あ、でも他の人達も紹介してよ。仲間の顔くらい知っておきたい」
その意見については一理ある。急ごしらえのチームとはいえ、横に並んで一緒に戦う仲間だ。顔合わせは必要だろう。
「で、誰から知りたい?」
「じゃあ……あの子は? すっごい美人だけど。付き合ってる人とかいるのかな?」
どうやらピーターが知りたい相手は一人だけだったらしい。
セラが溜め息混じりにこちらを見ているのが分かる。アレックスもうんざりしながら目を合わせた。
「……おいアレックス」
「言うな」
「こいつお調子者すぎるぞ。本当に大丈夫なのか?」
「言いやがったよこいつ……大丈夫かどうかは保証できねえが、お前も知ってんだろ? 俺はあの日から世界中にいる驚異となる存在を探して監視してる。その中でこいつ以上に善良で捕獲に向いてるヤツを俺は知らねえ。力は本物だ。それにアーサー側に寝返る可能性がねえ」
「だと良いがな」
セラは溜め息をついた。まあ言いたい事は分かる。この戦いには『ディッパーズ』の命運がかかっているのだ。そこに経験不足の新参者を組み込むリスクは分かっている。
しかしこれ以外に選択肢が無いのだ。
アーサー・レンフィールドは理不尽を覆す説明不能の力を持っている。どんな苦境も逆境でも、僅かばかりの『希望』を見出す奇才だ。
その姿を一番近くで見て来たアレックスには誰よりも分かっている。手加減不要。使える手はどんなに不確かな手でも使わなければ、彼には勝てない。
だから頼りないお調子者にも仲間として応じる。
「あいつはシグルドリーヴァ。リーヴァって呼んでやれ。俺達が造った」
「え……アレックスさんとセラさんの娘?」
「俺達の年齢であの歳の娘がいると本気で思ってんのか? そんな感じだがあいつはマシンだ。特殊な『魔石』で人と同じ知能を持ってる。人として接してやれ」
「もちろん、普通に接するよ。……じゃあ、早速話してきても良い?」
「……まあ、『ディッパーズ』は恋愛禁止って訳じゃねえしな。好きに頑張ってみろ」
リーヴァは確かに人と同等以上の知能を持っているが、恋心を抱くかはアレックスにもセラにも分からない。それに知能が高すぎるのか、あまり積極的に仲間と関わろうとしないし、人間味に欠けるのも事実だ。今は単なる新参者に過ぎないピーターだが、もしリーヴァの心を融かせる事ができるなら言うこと無しだ。
「で、あいつがお前のアテの音無透夜か」
他のみんなと自己紹介しているピーターを中心とした輪から離れ、一人佇んでいる暗い表情の男。おそらくピーター以上にこの場にふさわしくない雰囲気だ。
「信用できるのか?」
「ミオを殺したいというのは本気らしい。人手が足りない以上は頼るしかない。だが一応、用心はしておけ。いざそうなった瞬間に躊躇して寝返るかもしれん」
「分かった。それで出動できるのは?」
「私を抜いた七人だ。お前とフィンブル、ファリエールとクロノにリーヴァ、それに新入りの小僧と妹を殺したい兄貴だ。中々良い人選だろう?」
「……残りは一二時間を切ってる。人員は確保できたが、肝心の居場所は分かってるのか?」
「『W.A.N.D.』が確かな情報を掴んだ。ヤツらは飛行場に向かっている」
「だったら俺達も向かうぞ。今度こそあの馬鹿を止める為に」
信念の違う二つの『ディッパーズ』。
互いに戦力は整い、決戦の地は定まった。
そして、決裂への秒読みが始まる。
ありがとうございます。
今回はアレックス側の『ディッパーズ』が揃いました。第六章の行間で一度だけ登場させたピーター・ストーンもようやく本編合流です。彼には大きな役割が待っていますし、これからばんばん活躍して貰うとしましょう。
ちなみに今回の話は第六章と少し関わりがあります。ピーターの再登場だけではなく、盾を持ってるだけの普通の人に救われた女の子の事も。そして破滅に向かうアーサーをアレックスが止めようとしている構図もあの時と同じです。あの時はアーサーが失敗しましたが、今回はどうなるのやら。
次回は行間を一つ挟み、いよいよ『ディッパーズ』同士の戦いです。