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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一七章 戦いでしか終われない Dissension_War.
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345 逃亡

 ネミリア=Nによる『W.A.N.D.(ワンド)』本部の襲撃。その目的はおそらくミオだろうと結論付けられたが、幸い『レオ帝国』への移送が始まってここにはいない。だから向こうが目的を達する事はないが、それでも好きにさせる訳にはいかなかった。


「一体何をやっている!! アンソニーを殺した犯人なんだろ!? 早く始末しろ!!」

「で、ですが地下は魔力を封じています。下手に飛び込めば返り討ちに……」

「それはヤツもそうだろう!? 良いからさっさと突入しろ!!」


 今はこの状況への対策本部となった場所で叫んでいるのは『リブラ王国』国王、アウグスト・フロンライン=リブラだ。親交が深かった『レオ帝国』と『キャンサー帝国』の国王が死に、次は自分の番ではないかと焦っているのだろう。焦っているのは単に自分可愛さからだ。

 アーサーの言った通り、自分にとっての損得勘定でしか物事を判断しないクソ野郎。そんなヤツに『ディッパーズ』が追い詰められていると思うとイライラしてくる。

 その鬱憤を吐き出すように溜め息をついて、アレックスは一歩前に出た。


「俺が先に行って様子を見てくる。突入部隊の用意だけしておけ」


 一方的に言い切って、アレックスは一人で動き始めた。魔力が使えず尻込みしている突入部隊の間を抜けて対策本部の外へ向かう。すると出口付近でセラと目が合った。


「スーツは持って来てるのか?」

「ああ、勿論」


 言いながら左手の甲が見えるように手を顔の前に出した。手首にはタッチパネルタイプのデジタル腕時計が巻き付いている。


「『ヴァルトラウテ Ver.03』。『Ver.01』の機能向上版だ。少し心許ねえが、向こうが魔力を使えねえなら十分だろ」


 セラの問いかけに適当に答えたアレックスは、改めて地下へと移動を始める。廊下を進み、普段は使われていない非常階段から下りていく。

 結局、独りっきりだ。地下ではネミリアがミオを一時的に留置していた場所へ移動していて、これから戦いが待っているというのに心の温度はどんどん下がっていく。

 仲間達を犯罪者にしたくない一心で動いて来たのに、自分の周りからはどんどん仲間がいなくなっていく。分かってはいた事だが、いざそうなると何が正しいのか分からなくなって来る。


(……それでも認めねえ。あいつのやり方じゃ、いつか確実に仲間は死ぬ)


 世界と仲間と他人を天秤にかけた時、アレックスは迷わず仲間を取る。

 世界と仲間と他人を天秤にかけた時、ヘルトは迷わず世界と仲間を取る。

 世界と仲間と他人を天秤にかけた時、アーサーは迷わず全てを取る。

 どれが正解かなんて分からない。だから結局、自分が信じた道を往くしかないのだ。アーサーやヘルトのような特殊な力を持っているなら複数を選ぶ事も可能かもしれないが、どこまで行っても所詮凡人のアレックスには二つ以上を取るなんて贅沢は言えない。例えそれで、守りたい仲間と決別する事になったとしても。


「……、」


 階段を下り切ってアレックスは施設内を歩く。

 長い廊下にはネミリアが倒した警備員が何人も倒れていた。しゃがんで呼吸を確認するがしていない。二、三人調べて諦めた。このフロアにいた警備員は全員殺されている。


「……悪いが俺は甘くねえ。『ピスケス王国』でアーサーが世話になったらしいが関係ねえ。これだけの事をしでかしたんだ。もう条件は十分だよな、ネミリア=N」


 通路の奥。

 アレックスが睨みつける先にはネミリアが佇んでいる。

 アーサーは何度か交流があるみたいだが、アレックスがこうして面と向かって会うのは初めての事だった。

 彼女に対しては色々な感情がある。彼女は現状、アーサーの暴走の原因になっている半分だ。この場で彼女を排除できれば、残る問題はすでに拘束済みのミオだけになる。是が非でもここでネミリアを止める必要があった。

 理由はある。

 援軍はない。

 だから今だけは、私情を優先させて吼える。


「テメェに個人的な恨みはねえが、殺す気で行くから覚悟しろ!!」


 走り出すと同時に腕時計のディスプレイを二回タップすると、腕時計が分解して全身にスーツが広がっていく。走りながら『ヴァルトラウテ』が完全に起動すると『纏雷(てんらい)』を使用しつつ地面を蹴って飛んだ。そして飛翔しながらネミリアへと殴りかかる。

 感情任せの大振りが当たる訳もなく、軽く体をズラされるだけで躱される。もし『雷光纏壮(らいこうてんそう)』か『雷神纏壮(ニョルニル)』でも使っていれば素早くないネミリアを制圧する事なんて簡単だが、なにせ使用している魔力は『魔石』に蓄えたものしかない。そんな大技を使えばすぐに枯渇してしまう。


「……排莢(バースト)―――『白銀の左腕(アガートラム)』」


 機械のような平坦な声でネミリアが呟き、左腕から薬莢が飛び出すと白く光り輝く。

 アレックスとは違うが、外部からの魔力供給。それによりこの空間でも魔力を使って戦えているのだろう。すぐにアレックスのスーツと同じようにナノマシンが流動し、柄の無い幅広の剣へと変化して宙に佇む。アレックスも応じるように右手に剣を作って握る。


「……『必ず穿つ報復の絶剣(フラガラック)』」


 ネミリアが作り出した剣は、彼女の意のままに高速に動く。アレックスはそれを弾くために剣を当てる。が、甲高い音を鳴らしてアレックスの剣の方が弾かれた。


(くそッ、硬え!! ユーティリウムか!?)


 お互いが強度の落ちるナノテクだが、同じ条件で単なる魔力の付与と集束魔力の付与では勝負にならない。

 アレックスは後ろへ飛び、剣を仕舞うと掌から雷光の光線を放つ。しかしネミリアは左手を前に突き出して半透明のシールドを発生させると光線を受け止めた。アレックスはすぐに左手からも光線を放つが、それでもシールドは破れない。そこまで来てアレックスは歯噛みした。


(常時ならともかく、今の状況じゃ相性が悪すぎる!!)


 どっちみちジリ貧だ。もう覚悟を決めて、僅かな魔力を一撃に込めるしかない。

 再び右手に剣を作って握ると、腰を低くして構える。

 拘束する事なんて考えていない。狙いは首、その一点のみ。


「―――『雷光纏壮(らいこうてんそう)』!!」


 まさに刹那。

 ネミリアが気づくどころか瞬きする暇も与えず、命を刈り取る凶刃を振る―――ったはずだった。


(な、に……!?)


 刹那の隙に割り込むように、雷速状態のアレックスでさえ知覚できない何かが起きた。

 あと数センチで喉を掻っ切る所まで行ったはずなのに、まるで転移したように忽然と消えたのだ。

 ネミリアは反応していなかった。つまり第三者が割り込んだという事だ。そして誰が割り込んだのか、姿は見えなくても予想は容易にできた。


(アーサーの野郎か!!)


 雷速が終わり、突進していた体を止める。

 振り返ると予想していた相手が佇んでいた。その腕の中にはすでに意識を失ってぐったりしているネミリアを抱き留めている。


「アーサー……テメェ、一体何をしやがった」


 傍にはラプラスもいたが、彼女の方には目もくれずアーサーを睨む。

 彼は頭痛でもするのか頭を軽く押さえながら、


「……上から転移してきて時を止めただけだ。そんな事よりアレックス、お前今、俺が入らなかったらネムを殺してただろ? 一体どういうつもりだ」

「ネムだと? その女と随分親しいみてえだな。だが周りをよく見ろ。その女が昨日今日でどれだけの人を殺したと思ってんだ? 明らかに正気じゃねえのは見て分かるが、操られてるなんて理由だけで見過ごせるレベルはもうとっくに超えてんだよ!!」

「ここでネムを殺せば黒幕は止められない。そしたらまたネム以外の誰かで同じ事を繰り返す! 今やるしかないんだ!!」

「その言い訳は上でしろ。理由や経緯はどうあれ、侵入者のネミリア=Nを捕らえたんだ。テメェは悪いようにはされねえ」

「ネムを渡す気はない。それよりお前の方こそこっちに来い。一緒にネムを操った黒幕を止めて『MIO』(エム・アイ・オー)を破壊しよう」


 ネミリアを抱き留めている手とは逆の右手を伸ばして来るアーサー。しかしアレックスは迷う素振りすら見せず首を横に振って拒んだ。


「……俺がそっちに付いてどうなる? 俺が抜けた所で、その穴はセラや他のヤツが埋める。だがそっちはテメェ一人が拳を下げれば終わる話だ。今は『協定』に賛成してないヤツらだって、テメェが一声かければ同意する」

「みんなを甘く見過ぎだ。俺が『協定』に同意したって対立するよ。それにお前の言うように全てが終わるとしても、それは二人の罪の無い命と一緒にだ。そんなの認められない」

「罪が無い? いい加減にしやがれ!! テメェの言う二人が一体何人殺したと思ってんだ!?」

「二人の意志じゃない。利用されてるだけだ!!」


 アーサーはそう言うが、アレックスからしたら根拠のない妄言だ。それを信じて大量殺人をした相手を逃がす訳にはいかない。


「……もしも仮に万が一その通りだとしても、ここじゃ魔術は使えねえ。大人しくついて来い」

「それは分かってる……だから裏技を使わせて貰うぞ!」


 そう言ってアーサーが右手を上に掲げると、魔力とは別の力で紅蓮の焔が噴き出した。


『紅蓮咆哮拳』クリムゾン・ディザイア!!」


 ゴウッッッ!!!!!! と。

 床に叩きつけた拳から焔の極光が放たれ、足元に大きな穴が開いた。どうやらそれがアーサーの考えた脱出ルートらしい。


「……なあラプラス。一応聞いておくけど、地下は安全なのか……?」

「以前、クロノに聞いた話ではとても危険らしいです。ですが今は選択の余地はありません」

「……ならせめて幸運を祈っておこう」


 覚悟を決めたというよりは何かを諦めたような感じで、アーサーは自身が開けた穴へと一歩近づく。彼が最後の行動に移る前に、アレックスは声を上げた。


「待てアーサー、どこに行くつもりだ!? テメェ、今そいつを連れて逃げたらどういう立場に置かれるか分かってんのか!? 本当に世界中から犯罪者扱いされんだぞ!!」

「アレックス……」


 その顔には明らかな葛藤が見られた。

 だがその上で、彼は声を絞り出す。


「……すまない」


 そして、跳んだ。

 アーサーはネミリアを抱えたまま、ラプラスは彼の後に続いて躊躇なく。

 アレックスは後を追わなかった。いや、追えなかったというのが正しいか。追った所で今と同じような口論になるのは分かっている。むしろ魔力を使える分、もっと荒々しくなる可能性もあった。いくら対立しているとはいえ、なるべく荒事を避けたいのも事実だった。


「……、」


 二人が消えて行った穴から意識を切り、報告の為に来た道を戻って上に向かう。

 丁度、アーサーとは逆方向に行く形で。

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