36 交差する思惑
四人がアーサーとサラを追ってくると、そこにあったのは倉庫にあるほとんどのシャッターが無理矢理開けられている悲惨な光景だった。
「……いないですね、やつら。シャッターをいくつも開けて我々を混乱させる狙いでしょうか?」
「その辺りの心配は無用っすよ、マルコさん。カメラの映像はこっちが抑えてますから、すぐに確認できるはずっす」
「御託は良いからさっさとしろ新人」
「分かってますよもう!!」
相変わらずなミランダに急かされつつも、レナートはきっちりと仕事はこなす。
やげてカメラの映像を確認し終わり、いくつもある開いたシャッターの内一つ、雑な大穴の開いたものを指さす。
「そこで間違いないっす」
結論を出すと流石にレナートもパソコンから短機関銃へと持ち替え、ニックを先頭に後から三人も続く。
シャッターの穴を通って倉庫の中に入ると、そこはコロシアムの整備用の土が置かれている場所のようだった。袋にも入っていない剥き出しの砂、それも一五メートルはある天井に届きそうなほど大きな砂の山が目の前に現れた。しかし肝心の二人の姿が見えない。
倉庫は土を運ぶ重機が入るために決して狭くはないが、広いという訳でもない。隠れられる場所は限られている。
つまり。
(扉の裏にはいなかった。だとすると砂の山の裏に隠れたか? それ以外に隠れられそうな場所はないが……)
答えは明白でも、だからこそニックは逡巡した。
待ち伏せしていたのにも関わらず殺し来ず、シャッターを乱雑に開けて入った場所は分かりやすい隠れ場所しかない袋小路の倉庫。逃げるにしろ戦うにしろ、他にも手はあったはずだ。
例えば重機を使えば弾除けになるだろう。業務用のエレベーターもあるのだから、勝ち目がなければ上に逃げてしまえば良い。
どうにも合理性の欠く手段に躊躇していると、耐えきれなくなったマルコが砂の山の裏に回ろうとする。
「待てマルコ」
「? どうしたんですか、ニックさん。敵はあの砂の山の向こうにいるんでしょう? 叩くなら今です」
「少し様子がおかしい。もう少し慎重に行くべきだ」
「ニック、慎重なのは良いが、そんなに時間をかけるべきじゃないぞ。私達は武器を持っている優位があるが、時間をかけると向こうに考える時間を与える事になる。さっきに出口での事を考えると、向こうは勘が良いか頭の回るタイプだ。この手の敵は時間をかけると厄介になる」
「……」
まだ猜疑心は晴れないが、結局ミランダの指摘がニックの迷いを打ち消す事になった。
悩んでいても仕方がないので、ニックとレナート、ミランダとマルコに分かれて砂の山を左右から挟み撃ちにする事にする。
だが行動を起こすよりも早く、状況に変化が起きた。
ボゴッッッ!!!!!! と少しくぐもった爆発音が響き、砂の山の一部が吹き飛んで大量の砂塵を宙にぶちまけた。
「なんだ!?」
いきなりの出来事に四人の間に混乱が走る。その間にも続けて二度目、三度目の爆発が起こり、さらに砂塵を宙に撒き散らす。
(この爆発、砂塵を舞い上げて俺達の視界を奪い、その間に逃げ切る魂胆か!?)
「何も見えないっすよ!」
「落ち着け新人! とにかく今は固まって離れるな!」
「でもやつらに逃げられたら……!?」
「良いからミランダの指示に従って陣形を崩すな! あれだけの爆発ならスプリンクラーが作動するはずだ。この砂塵が晴れ次第ヤツらをハチの巣にするぞ!!」
四人が背中合わせに近付き、それぞれが正面のみを警戒する。
やがてニックの言った通りスプリンクラーが作動し、砂塵を少しづつ晴らしていく。そして視界がほとんど晴れた瞬間、四肢が白い獣のものになっている少女がニックのすぐ目の前に肉薄していた。
「ぐっ……!?」
ニックは焦りながらも正確に銃口を定める。そしてサラの拳がニックに届くよりも先に、引き金を引いた。
勝った、と確信したその時だった。
ガキンッ! という嫌な音がニックの手の中の短機関銃から聞こえた。
短機関銃から放たれたのはその音だけで、銃弾は発射されなかった。
弾が切れた訳でも安全装置を外していない訳でもない。
(弾詰まりか!? こんな時に!!)
ニックの顔に驚愕と焦りの色が浮かんだ瞬間だった。
サラの拳がその顔の中心を捉えて殴り飛ばす。
「ニック!?」
ニックを倒された事に驚き、三人の次の動きは遅れた。その間にサラは三人にも拳を叩き込み、即座に無力化する。
勝敗はそこで決した。
◇◇◇◇◇◇◇
サラによって倒された四人は、倉庫にあった適当な縄で後ろ手を縛られた。
横並びに座らせ、アーサーとサラが正面から睨む。しかし最初に口を開いたのはアーサーでもサラでもなく、大柄の男、ニックだった。
「……どうやってライフルを無力化した」
ニックの疑問はそこに尽きる。あのタイミングであんな都合良く弾詰まりを起こす事など有り得ない。だとしたらどうやってあの状況を作り出したのか。
答えの分からないニックにアーサーはしれっと答える。
「簡単だよ。爆破で舞い上げた砂塵がスプリンクラーの水で泥に変わったんだ。それが短機関銃の砲身に詰まって弾詰まりの原因になったんだよ」
「……なるほどな」
ニックは納得したように頷いたが、アーサー自身やってみるまで本当に弾詰まりを起こすかどうかは賭けだった。その辺りを考えると運が良いのだが、『タウロス王国』に来て一日と経たずにこんな事件に巻き込まれている辺り本当に運が良いのかは疑問だ。
「で、俺達をどうするつもりだ? 拷問して手に入る情報は何もないぞ?」
「そんな事はしない、俺達の望みはただ一つだ。地下に捕らえた選手達を開放してもらうぞ。まさかもう売ったなんて事はないよな?」
「……何のことだ?」
「とぼけるな。お前らは『竜臨祭』に出場して負けた人達を捕まえて、奴隷として他国に売ってるんだろ?」
「それは貴様らの事ではないのか? 元々捕まった人に用があるのは俺達だ。それともお前らは本当にただの一般人だとでも言うのか?」
「……なんだって?」
どうにも話が噛み合わない。
お互いがお互いの素性を勘違いしているような、そんな印象を受ける。
確かに本人達に直接奴隷商人ですか? と確認した訳ではない。あくまで状況証拠を揃えていただけだ。それにいきなり襲われたために話をする機会もここまでなかった。
この場における最悪の可能性が脳裏を過るが、何はともあれ確認しなければならない。
「……仮にアンタらが黒幕じゃないんだとしたら、ここに来た目的は何だ? なんであんな怪しい行動をしてたんだ!?」
「我々はこの国の元親衛部隊だ。この施設とは一切の関わりはない。一年ほど前にここで行方が分からなくなったお姫様の情報を探るためにここに来ただけだ」
普通なら言い逃れをしているだけだと思うだろう。だがアーサーは違った。正面から睨み合っているアーサーには、ニックの言っている事が嘘ではないと直感で理解できた。
本来、彼らは奴隷商人などではなく、むしろ攫われたお姫様を探すために忍び込んだだけで、捕まってる人達を救おうとしているアーサー達と同じような人種ではなかったのか?
そこに考えが至った瞬間、アーサーは弾けたように周りを見渡した。
「まずい……。まずい!!」
そして叫ぶと、せっかく捕まえた彼らの縄に手をかける。
「サラ、こいつらの縄を切るぞ! アンタらも動けるか!? 動けるならすぐにここを出るぞ!!」
「ちょっ、いきなりどうしたのよ。何をそんなに焦って……」
「俺はここが人気のない地下施設で、多少の戦闘音も上の『竜臨祭』の騒ぎでかき消されると踏んでここまでやった。でもこいつらが黒幕じゃないんだとしたら、戦闘音はともかく火災報知器は異常をこの施設のヤツらに伝えたはずなんだ。だから早くここを移動しないと何かが来るぞ!」
言った瞬間だった。
倉庫全体が震え、入口から大きな重低音が倉庫の中にまで届いてくる。六人全員の体が芯から震え、本能的な恐怖が沸き起こってくる。
そして。
何かが、来る。
ありがとうございます。
次回もまた戦闘です。この章は地下施設への潜入がずっと続いていくので、規模は違っても戦闘が多めになりそうです。