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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一七章 戦いでしか終われない Dissension_War.
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338 『ディッパーズ』の口論

「こんな一方的な要求、呑める訳ないじゃない!!」


 アンソニー・ウォード=キャンサーからの通告が終わり、すぐに『ディッパーズ』内での話し合いをする事になった。すぐに始めたためフィリア達は呼んでいないが、それでも話し合いは憤りを隠しきれないサラの言葉から始まった。


「あたし達、別に悪い事なんて何もしてないのよ? それなのにどうして犯罪者みたいに四六時中監視されなくちゃならない訳!?」

「……ヤツも言っていただろう? ようは保険が欲しいのさ。自覚が無いようだから言っておくが、ここにいる一一人で仮にどこかの国に攻め込んだ場合、どの国かにもよるが高確率で落とせる。強力な武器には安全装置が無ければ世界は納得しないし受け入れない」


 興奮するサラを宥めるように、彼女とは対照的に冷静な口調なのはサラの姉のセラだ。しかしその言葉にサラはますます興奮して、


「お姉ちゃんはどっちの味方なの? あたし達じゃなくてあのアンソニー・ウォード=キャンサーとかいう胡散臭いヤツを信じるの!?」

「言っておくが、私は『協定』に反対だし会議の場でもその姿勢を貫いた。そもそもこの『協定』を提唱した『キャンサー帝国』が胡散臭すぎるからな。だが一国の王女として、会議で決まった内容に違反する訳にはいかない。『ディッパーズ』に残された選択肢は、今サインに応じるか、それとも引退するかのどっちかだ。そして私の場合はサインに応じるしかない。分かってくれとは言わないが仕方ないんだ」

「……一つ、判断材料になる話を良いですか?」


 口論を続けている姉妹を止める意味合いも込めて、シグルドリーヴァは静かに手を挙げた。サラとセラだけでなく、他のみんなも彼女の次の言葉に注目して視線が集まる。


「本来、普通の人間では逆立ちしても勝てないとされていた魔族。それをアーサーさんとアレックスさんが二人で倒してから、同じように魔族に渡り合える者達が世界の表舞台に何人も現れて来ました。そして同時に『ゾディアック』内外において世界を滅ぼすほどの事件の数も加速度的に増えています」

「……俺達が原因だって言うのか?」


 呟いたアーサーの方に視線を向け直し、シグルドリーヴァは小さく首を左右に振って、


「いいえ。単に卵が先か鶏が先か、という話です。事件が起きたから我々が動いたのか、それとも我々が動いたから事件が起きたのか。いくら検討しても答えは出ませんが、我々の存在と大きな事件に何らかの繋がりがあるのは確かです。特にアーサーさんは『担ぎし者』ですからなおさらです。結論から言って……我々の手綱を世界に預けるのも一考すべきかと」


『担ぎし者』の話題を出されるとアーサーとしては分が悪い事この上なかった。詳しい事は彼自身にも分かっていないが、身近な者を死に近づけるというのは確からしいし、普通では考えられない頻度で問題に巻き込まれているのも否定できない。仮にそれを抜きにしても、アーサーは自分達が中級魔族を打破した余波が世界に広まっている事をこれまでの事件で知っている。シグルドリーヴァに言い返せるような糸口は何も無かった。

 だけどここで退く訳にもいかなかった。『イルミナティ』の会議でも示したように、この『協定』だけは受け入れる訳にはいかないのだ。


「……ここで明言しておくけど、俺は『協定』に反対だ。この『協定』が言ってるのは、つまり人助けをした人が捕まるって事だぞ? そんな世界は終わってる。今までを思い出してみろ、俺達が動いたからこそ救われた命だってあったんだぞ」

「だがそれは運が良かっただけだ」


 アーサーの発言に対して静かに反対の意見を出したのは、意外にもアレックスだった。これまでずっと共に戦って来た親友がまさか反対して来るとは思っていなかったアーサーが驚いて何も言えずにいると、アレックスは今度こそアーサーの方をしっかりと見据えて言葉を放つ。


「俺達は常に自分達の考えが正しいと思って行動してきた。だがそれが本当に正しかったって保障はどこにある? 俺達が間違いと断じて叩き伏せて来た意見の中に、もしかしたら世界にとってより良い結果に繋がる可能性もあったんじゃねえか?」

「そんな可能性の話をしたって仕方ないだろ。そんな事を百も承知で俺達は選び取って来たんだ」

「ああ、特にお前がな、アーサー。俺達の意見って言うが、基本はお前が押し通して来た意見だ。可能性の話だってお前に賛同した俺達が自分達の手で摘んで来た。世界を救った気になって、実はイタチごっこを繰り返してるだけじゃねえのか?」

「それは……」


 アレックスの意見を否定できるだけの材料をアーサーは持っていなかった。

 闘争は一度始めたら終わりの無い、出口の無い一方通行。アーサーはそう思っているが、それだって単に自分が辞められないだけの話でしかないのかもしれないとも思う。

 決定的な瞬間に動いて来たから何かを救えたのか、それともただ場を掻き乱して来ただけなのか。その答えはアーサー自身にだって分からない。


「それに……独自の判断で勝手に動かなきゃ、アンナはああならなかったかもしれねえ」

「……ああなる事は誰にも予測できなかった。それに誰にも縛られて来なかったから救えた命だってある。そのおかげでアリシアを二度も守れた」

「だがアンナは……ッ」

「アレックス。この仕事には危険が付きまとうし、それはアンナだって分かってた事だ。あいつは『ディッパーズ』としてアリシアを守り切ったんだ」

「ッ……そんな冷たい言葉で片付けられんのか? テメェにとってアンナはその程度の存在だったのか!?」


 言ってから自分の失言に気づいたアレックスだが、もう止まれなかった。振り絞るように最後の一言を親友へと放つ。


「……テメェは、悲しくねえのかよ……」

「……それ、答える必要あるか?」


 悲しくないかなんて、アーサーの答えは決まり切っている。流石にアレックスも言い過ぎたと思ったのか、アーサーに対してはそれ以上何も言わなかった。そしてアーサーもそれは同じだった。


「……アレックスは一つの命を軽く見過ぎだよ。より多くの人を助けるのも大事かもしれないけど、そのために一人を犠牲にしたら何の意味もない」


 その代わりに声を発したのは結祈だった。しかしアレックスは彼女の発言に怒ったような表情を浮かべて吐き捨てるように、


「命を軽く見てる? ハッ、テメェこそどの口が言ってんだ? アーサーの死を引きずって『グレムリン計画』の時に何もしようとしてなかったお前が、今さら命がどうのって話をするんじゃねえ。虫唾が走るぜ身勝手野郎が」

「そこには私も同意見だな」


 仏頂面でアレックスに同意したのは意外にもクロノだった。誰も想像していなかっただけに視線が一気にクロノに集まるが、彼女は動じずに話を続ける。


「結祈だけじゃない。サラ、ラプラス、レミニア。そしてここにはいないがフィリア、エリナ、カヴァス、ソラも。この八人は意見がアーサーに偏り過ぎる危険がある。自分の意志が希薄で、アーサーが言っている綺麗な理想に惹かれているだけなら発言力は皆無だ」

「……お前が賛同してくれるなんて意外だな。てっきりお前もアーサーの味方をすると思ってた」

「私を馬鹿にしてるのか? 物事の正誤の判断くらい自分の意志でできる。五〇〇年を甘く見るな」


 珍しい組み合わせの会話をするアレックスとクロノを尻目に、限りなく本音に近い痛い所を突かれ、ただでさえ発言していなかったラプラスとレミニア、それにサラもぐうの音も出ずに黙り込んでしまった。しかし結祈だけは強い姿勢を崩さずに答える。


「ワタシは自分の意見を言ってるつもりだよ」

「つもりなだけだ。心の奥ではそうじゃない」

「そういや結祈。お前、前に『タウロス王国』で言ってたよな? 俺の事も仲間だと思ってるが、もし俺とアーサーが敵対したら迷わずアーサーの側に付くって。今でも気持ちは変わらねえんじゃねえか?」

「ワタシだってあれから成長した。自分の意見だって持ってる。もしアーサーが間違いを犯すなら、力尽くでも止める覚悟がある」

「どうだかな。口では何とでも言える」


 どれだけ言い返してもアレックスとクロノは結祈の発言に懐疑的なままだった。とはいえ今までの行動や発言が巡っての事でもあるので、誰が悪いという話ではないのだが。

 不穏な空気が流れる中、次に発言をしたのは今まで沈黙して話し合いの流れを静観していたシルフィーだった。


「……私はアーサーさんに感謝しています。初めて会った時、種族も違う見ず知らずの私をさも当然のように助けてくれましたし、『アリエス王国』とフェルト兄様を救って欲しいという無茶なお願いを最後までやり遂げてくれました。そういう点で見れば、やはり救われた人達は大勢いるんだと思います」


 優しい声音で、心の底から本当に感謝しているようにシルフィーは告げた。その思いが現れているからか、穏やかな雰囲気が彼女から周囲に伝播していく。

 しかし、続けて、


「ですが」


 否定の言葉を言い放った。それと同時に穏やかだった空気が一気に張り詰めたものに変わる。


「本当に正しいのは、いつもアレックスさんの言い分の方でした。こう言っては何ですが、アーサーさんはこれまで結果的に上手く行って来ただけです。そこがアーサーさんの凄い所なんでしょうが、それは綱渡りとなんら変わりません。『リブラ王国』の時のように、いつまた踏み外すか分からない危険性も孕んでいます」


 そして彼女は有無も言わせない強い語気で、自らの意志を表明する。


「これは私も王族だからというのもあるかもしれませんが、私はこの『協定』に賛成です。もしも自分の意志だけに沿って戦い続けたい、そのために野放しでいたいと言うなら、それが危険だと自覚して下さい」

「……まあ、フィンブルの意見は正しいだろうな」


 ふんっ、と鼻を鳴らして彼女に同意したのは、彼らと敵対した経験も持つセラだった。『協定』には反対だが、強制的に賛成の立場になってしまった彼女は、複雑な気持ちを抱きながら口を挟む。


「『ディッパーズ』になる前、お前達と戦った身だからこそ言うが、正義と悪は紙一重だ。我々が世界から犯罪組織と見なされる日だって無いとは言い切れない」

「でもそれって責任を転化してるって事じゃないの? ワタシ達が自分の意志で行動した結果の失敗を、全ての国家で分散しようって言ってるようにしか聞こえないよ。ワタシ達の失敗はワタシ達が受け止めないと、そんなの被害者がやり切れない」


 それは彼女自身、『魔族信者』に母親を殺された恨みを他の『魔族信者』にぶつけていた過去があるからこその言葉だったのだろう。どれだけやろうと首謀者だったパラズリー・スチュワートを殺さなければ、気分も何も晴れないという経験則があったからこその発言だった。


「ちょっと待って結祈。それは流石に言い過ぎだよ。誰かの考えに乗っただけでも、ここにいる人達が失敗に罪悪感を感じない訳ないよ。ボクよりもみんなとの付き合いが長い結祈なら分かるでしょ?」

「……そうだね。シルフィー、ごめん」

「いえ……結祈さんの言い分も正しいと思いますから」


 しかし経験というのは結局味わった本人にしか分からない。客観的に見れば結祈の意見はシャルルが指摘したようにシルフィーとセラを貶めるような言葉だ。いくら意見が違って口論しているとはいえ、それでも結祈にとってシルフィーも大切な仲間で友人だ。ここは素直に謝罪した。

 その様子を眺めながら、セラは時計を見て呟く。


「……そろそろ調印式に行く時間だ。とりあえず今の時点での結論を出そう」

「え? 流石に時間が無さすぎない?」

「『キャンサー帝国』や『リブラ王国』が時間を寄越さなかった。あいつらは我々の事を邪魔者扱いだからな。できれば引退して欲しいというのが本音だろう」


 何となく、セラの言葉は『協定』に賛同していない者達に言っているようにも聞こえて来た。暗に、ヤツらの思惑に乗るつもりなのか、と。

 しかしそれでも、やはりアーサーは『協定』に賛同できなかった。その意志を口に出して言おうとしたその時だった。まるで彼の言葉を遮るかのようにポケットの中のマナフォンが震えた。

 アーサーは取り出して発信元を見ると、話し合いの途中だというのに構わず席を立った。


「悪い、呼び出しがかかった。行かないと」

「誰からですか?」


 部屋を出て行く寸前、ラプラスの問いにアーサーは一度だけ振り返って答えた。


「ヘルト・ハイラント長官だよ。多分『協定』と『MIO』についてだ。ラプラスも付いてきてくれ。レミニア、転移を頼む」

「分かりました」


 何だかんだレミニアもずっと発言する機会が無かったし、体を動かす事に積極的だった。アーサーとラプラスがみんなから少し離れると、すぐに『転移魔法』を発動させる。


「ああ、あとセラ。俺はサインしないからよろしく」

「私も同じです」


 最後にそれだけ言い残して、アーサーとラプラスは『ポラリス王国』へと転移した。

 セラは一つ溜め息をついてから、


「……アインザーム。あとで私にもそれを頼む」


 結局、アーサーがいなくなる事とセラの時間が来た事も相まって、彼らは結論をすぐに出す事になった。

『協定』に応じてサインするのかしないのか、残された彼らは自分の意志でそれを決める事になる。

 彼らそれぞれの結論は、すでに出ていた。

ありがとうございます。

アーサーとアレックスの対立構造は物語が始まった当初から考えていた事なので、ずっと昔に結祈が言った言葉の伏線をようやく回収する事ができました。

口論について、アレックスは三人の主人公の中で最も平凡で現実的な立ち位置なので、ぶっちゃけ運の良いギャンブラーのアーサーとは当然のように意見が割れます。実際、アーサーはこれまで何度か失敗して来てますし。

狭い視野で見ればアーサーの意見は正しいですが、広い視野で見ればアレックスの意見が正しいのが難しい所。次回はもう一人の主人公のヘルトの立ち位置を示したいと思います。

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