336 最悪の『一二宮会議』
『一二宮会議』。それは数年周期で開かれ、一二の国の王達が『ポラリス王国』の一ヵ所に集う唯一の場でもある。
『W.A.N.D.』本部もある世界の中心のビル。本部よりも上層階にある、次元の歪んだフロアに彼らは集まっていた。
一三の椅子が並んだ円卓で、『ポラリス王国』の分の椅子一つ以外に全員が座った所で会議は始まる。
『ジェミニ公国』代表。
マーカス・リチャーズ=ジェミニ。
『タウロス王国』代表。
アリシア・グレイティス=タウロス。
『アリエス王国』代表。
フェルディナント・フィンブル=アリエス。
『ピスケス王国』代表。
アクア・ウィンクルム=ピスケス。
『アクエリアス王国』代表。
タビア・ドーシー=アクエリアス
『カプリコーン帝国』代表。
ルーク・フォスター=カプリコーン。
『サジタリウス帝国』代表。
ダイアナ・ローゼンバウム=サジタリウス。
『スコーピオン帝国』代表。
セラ・テトラーゼ=スコーピオン。
『リブラ王国』代表。
アウグスト・フロンライン=リブラ
『バルゴ王国』代表。
エリザベス・オルコット=バルゴ。
『レオ帝国』代表。
ピアース・ロックウェル=レオ。
『キャンサー帝国』代表。
アンソニー・ウォード=キャンサー。
総勢一二名。誰も彼もが国家を背負った曲者揃い。
とはいえ、今回の会議では異例の事態があった。無論国王も人間なのだから、交代する事もあるだろう。しかしいくら何でも多すぎるのだ。『タウロス王国』『アリエス王国』『ピスケス王国』『カプリコーン帝国』『サジタリウス帝国』『レオ帝国』。一二の国で新参者が半分を占めているのは流石に普通ではない。
「ふん。この重要な会議で半分が新参者とは。『ゾディアック』もいよいよ終わりだな」
「毒づくなアンソニー。六つの国の国王の交代。魔族からの侵略。『ゾディアック』を守る結界の消滅。そして『ディッパーズ』なる武力集団の再結成。ここ数十年でここまで異例尽くしの年は初めてだ。時間は無いが議題は多い。早く始めよう」
「そうやってすぐにまとめたがるのはお前の悪い癖だぞ、アウグスト」
元から交流が深い『キャンサー帝国』と『リブラ王国』の二人から会話が始まった。前回までは『レオ帝国』もこの輪に加わっていたのだが、前国王のネフィロスはデスストーカーに殺害されたのでここにはいないし、新国王のピアースも二人と交友はあるがまだ親しい訳でもないので会話には参加しなかった。
明らかに親しい国王同士の繋がりだって当然ある。別にそれは悪い事ではない。セラ達だって『シークレット・リーグ』なんてものを組織しているのだ。そもそも会議の前に準備して来る方が自然だろう。
「議題は色々あるが、最優先事項は分かっているな?」
「……『ディッパーズ』を名乗る集団についてだろ?」
アンソニーの発言に神妙な面持ちで答えたのは『ジェミニ公国』のマーカスだ。メンバーの中核を成している人物が、かつて自分が追放したアーサーとアレックスだという事に何かを感じているのだろう。
アンソニーはマーカスの微妙な変化に気づきつつも、特に突くような真似はせず話を続ける。
「特に中軸を成してるアーサー・レンフィールドは『ジェミニ公国』で中級魔族を討伐してからあらゆる事件に関わっている。『タウロス王国』『アリエス王国』『ポラリス王国』『リブラ王国』『カプリコーン帝国』『スコーピオン帝国』『ピスケス王国』。ヤツが訪れた国全てで問題が起きている。『タウロス王国』なんかはこの前も事件が起きた。誰もおかしいとは思わなかったのか?」
「……何が言いたい?」
セラは聞き返しながら、内心ではいよいよ始まった、と思っていた。
アンソニーがこの会議で動く事はずっと前から分かっていた。『イルミナティ』の会議の場でハッピーフェイスが『一二宮協定』を持ち込んでおり、その提唱者が『キャンサー帝国』だと分かっていたのもあるが、それ以前にアンソニーはずっと『ディッパーズ』を敵視していた。つまりやましい事をやっているのは間違いないのだが、国王同士が確たる証拠も無しに疑いをかければ戦争が始まるリスクだってある。だからこそセラは流れが悪い方にいくと知っていながら何も言えなかった。
彼女のその葛藤すら見透かし、アンソニーはさらに話を続けていく。完全に彼の独壇場だった。
「俺はこう睨んでる。アーサー・レンフィールドは事件を解決しているのではなく、『ディッパーズ』を結成、維持するために自作自演をしているとな」
「それは違う」
即座に否定の声を上げたのは『アリエス王国』のフェルトだ。それに同意するように頷きながら、隣に座る『タウロス王国』のアリシアも続く。
「ええ、彼は間違いなく私達の国を、世界を救ってくれました。その物言いは彼に対してあまりにも失礼です」
「ふん、新参者が毒されやがって」
アンソニーは吐き捨てるように呟いてから、一度咳払いを挟んで改めて言葉を放つ。
「とにかく問題は『ディッパーズ』だ。今は『スコーピオン帝国』を拠点としているらしいな」
「それが何だ?」
「戦術レベルの違いの話だ。『機械歩兵』に関しては結界がなくなった事もあるし、俺達も独自の防衛手段を取っているから文句は無い。だが『ディッパーズ』なる武装集団まで所持しているとなると話は違う」
どうにもアンソニーは『スコーピオン帝国』を目の敵にしてる節があるし、それは他の国々も分かっていた。
『スコーピオン帝国』は『ゾディアック』で第一位の軍事力を誇っているが、『キャンサー帝国』はそれに続いて第二位の軍事力だ。そして長年、この序列は変わっていないので、自然と目の上のたんこぶである『スコーピオン帝国』を嫌っているのだろう。
「考えてもみろ。お前らが言うように世界を何度も救えるだけの力をヤツらが持っているとして、その武装集団が国境などお構いなしに現れては破壊を撒き散らしていく。それもただでさえ高い軍事力を持つ『スコーピオン帝国』に肩入れする形で、だ。そんな危険な力は我々で管理するべきだ」
「論外だな」
『協定』の話が持ち出される前に、それを潰す目的も含めてセラは言い放つ。
「世界が滅びそうな時、お前は何をしてきた? 彼らはいつだって行動で示してきた。『タウロス王国』のフレッドの暴走も、『アリエス王国』の魔族の侵攻も、他の全てだって彼らがいなければ『ゾディアック』は何度か滅んでいたはずだ。何もしなかった貴様に、彼らを非難する権利は無い」
「随分日和ったな、軍事国の暴君が」
再び吐き捨てるように言いながら、アンソニーは手元のタッチパネルディスプレイを操作した。すると全員の前のディスプレイに資料が表示される。
「『一二宮協定』。これにより『ディッパーズ』は一国家の所属ではなく世界が運用する事になる。どこへ誰が行ってどう対処するのか、それを決めるのはこの場にいる一二の国と『ポラリス王国』だ。つまり安全装置だな」
「安全装置? 馬鹿な。その『協定』は……」
「話し合いは必要ない。すでにこの『協定』の事はどの国も既知であり、考え続けてきたはずだろう? これ以上時間を掛けるだけ無駄だ。決を取ろう」
もはやアンソニーを止める術はセラには無かった。他の『シークレット・リーグ』の面々もこの状況では流れに身を任せるしか無かった。
そして多数決の結果は、事前情報と同じ七対五。つまりアンソニーの意見が可決された事を意味していた。
「では『協定』に従わなければ『ディッパーズ』は解散。それが決定事項だ」
セラなりに悪足掻きはしてみたが、答えは最悪の形になってしまった。
会議はまだ続くが、セラにとっては全て終わったようなものだった。
ヒーロー達に鎖が付けられる。つまり世界は再び個人の利益のために平和から遠ざかる事になるのだから。