35 謎の四人組
アーサーとサラがいる場所とは別のある通路、人気のない地下に四人組の集団がいた。
その正体は最初、アーサーが追っていたローブを身に纏った四人組だ。しかし今はローブは身に着けておらず、四人の内三人が短機関銃を持っている。ただ通常の短機関銃とは違って拳銃弾は使用されておらず、小型化されたライフル弾のような形状の専用弾薬を使用しているもので、建物などの閉鎖空間において使用される火器だ。
残りの一人だけは短機関銃に付いている紐を方に引っ掛けて担いでおり、パソコンとにらめっこをしながらしきりにキーボードを叩いている。
そんな青年を囲む形で、無言で短機関銃を持った三人がパソコンを持つ青年と通路を進んでいく。
「ニックさん、ちょっと良いっすか?」
するとパソコンを叩いていた色白の青年が、戦闘を歩く顔と首の太さがほとんど同じくらいの大柄な男に話しかけた。
「なんだレナート。トイレにでも行きたいのか?」
「真面目な話っすよ。なんであんたはいつも茶化すんすか」
二人のやり取りに舌打ちをする音が響いた。レナートと呼ばれた青年の後ろを歩いていた四人組の中で唯一の女性、ミランダのものだ。
「いつもの事だろ、いちいち突っかかるな。それよりもさっさと本題に入れ」
「ぐっ……! なんで俺の扱いはいつもそんななんすか」
「お前が一番、新人だからだ」
「一年も前から一人も新人が入ってないからだけどね! そろそろ新人から卒業しても良くありません!? てゆうか四人しかいないのに格差をつけるのはどうかと思うんすよねー!!」
「本題」
「あーもう分かりましたよ! 監視カメラに人影が映ったんすよ。それだけです!」
「それはここの人間じゃないのか?」
「二人とも明らかに私服なんで、多分一般人っすよ。もしかしたら選手が偶然道を見つけて入って来たのかもしれないっすね」
「一般人という確実な確証はあるのか?」
「確証はないっす」
足を止めて少し思案するニック。その横から四人組の最後の一人、比較的好青年に見えるマルコが片手で眼鏡を上げてから声を出した。
「……どうしますか?」
「どうするもこうするも、万が一そいつらが俺達の計画を妨害するような存在なら排除しておくに越した事はない。グレーは黒だ」
「そうですか」
マルコの頭には、万が一関係ない一般人だった場合のケースがチラついたが、短機関銃を構え直して思考を払う。
「まあ、あなたが言うなら従いますよ。どこで片付けますか?」
「その辺りはレナートの仕事だ。レナート、そいつらとはどこでかち合う?」
「えっと、ちょっと待って下さい」
指示されたレナートはパソコンを弄るとすぐに答えを出す。
「向こうは今コロッセオの整備倉庫にいるから……ここから二つ先の施設で遭遇するっすね。……というかこいつら進行速度が遅いな。本当に関係者なんすかね」
「無駄な事は考えるな新人。ニックがやるって言ったらやるんだ」
相変わらずレナートに厳しいミランダの調子にニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて、
「さて、悪いネズミ共に仕置きといこうか」
◇◇◇◇◇◇◇
痛む頭を抑えながらアーサーは歩いていた。
地下に降りてから大分経つが、目的の捕まった人達がいるであろう施設には辿り着けない。
貯水場を出てからも大きな施設は何度か通ったが、どこも無人の施設ばかりで地下に入ってから誰にも会っていない。気味の悪さだけではなく、焦りが募る。
そんなアーサーに追い打ちをかけるような事案がもう一つ。
「なあサラ、悪かったよ。頼むから機嫌を直してくれ」
「……別にもう気にしてないわよ。どうせあたしは胸が無いし」
「……悪かったよ、本当に」
自業自得とはいえ、どうにもサラの気にしている部分に触れてしまったらしく機嫌はなかなか直らない。どうやってサラに機嫌を直してもらうかを必死に考えながら次の施設へと入る。
「―――っ」
一歩入った瞬間、サラがアーサーの体を押し倒して床に伏せた。
何が何だか分からないアーサーは軽くパニックを起こす。
「なっ、サラ!? さっきのじゃまだやり足りてないって事か!?」
「違うわよバカ! この施設には誰かがいるわ。今こっちを見てた」
「人がいるのか!?」
「あたしの『獣化』で感知したから間違いないわ」
「なるほど、正に野生の勘って訳だ」
どうやらサラの『獣化』は体の一部を獣のものに変えるだけではなく、身体的な能力だけを引き出す事もできるようだ。つくづく使い勝手の良い魔術で、アーサーの『何の意味も無い平凡な鎧』とは性能を比べるまでもない。
アーサーはサラに覆いかぶさられながら施設を見渡す。今度は貯水場以来の大きめの施設で、置いてあるものからして発電所の類いだった。しかし肝心の人影は見当たらない。
「どうする? 今は誰もいないように見えるけど」
「どうするも何も、いるのは間違いないんだし、十中八九ここの関係者でしょ。今は見えなくても出くわしたらマズイわ。別の道を探すしか……」
ないでしょ、と言葉は続かなかった。
パァン!! と伏せている二人の目の前で銃弾が跳ねたからだ。
(見つかった!?)
伏せていて良かったと思いながらも、動かない訳にはいかなかった。サラはすぐに来た道を戻ろうとするが、
「待てサラ! 今は扉に近づくな!!」
「何でよ!? こんな状況じゃすぐにここを出なきゃ……っ!」
そう言ってアーサーがサラの手を掴んで止めた瞬間だった。
パパン!! ドガガガガダダンッ!! と扉に銃弾が集中して放たれた。
アーサーはぎょっとするサラを引きずる形で、近くにあった機材の裏に身を隠した。
「よく知らない場所でいきなり襲われたら取れる行動ってのは限られるからな。慌ててる相手ならまず外に出ようとするんだ。それが分かってるなら狙うのは簡単なんだ」
「……アーサーって戦闘慣れしてる?」
「その辺りは故郷の村で長老に教え込まれたからな」
そんな風に二人が会話している間も、激しい銃弾の嵐は止んでいない。今盾にしている機材もいつ撃ち抜かれて爆発するか分かったものではない。
「それにしても勧告も無しに銃弾の嵐でお迎えか。こっちに友好的って訳じゃなさそうだな。早く何とかしないと……」
「でも何とかってどうやって? こんな状況で打てる手なんてあるの!?」
「どうにかしないと殺されるんだ! 確かに敵は銃火器、こっちはほぼ無手。どうやってもマトモじゃない。だけど今の内になんとかしないと取返しがつかなくなる!」
「これ以上何が酷くなるっていうのよ!?」
「考えてもみろ。この銃弾の嵐に何かしらの魔術が加わったら? 俺はショボい身体強化しかできないし、お前だってその状況を『獣化』だけで乗り切れるのか!?」
「……っ」
「だから今、何とかするぞ。この最悪の状況一歩手前で!」
言うとアーサーは物陰から少しだけ顔を出して敵の確認をする。
(敵は四人、か……。もしかしてあいつらが俺の追ってたやつらか?)
だが今となってはそんな事はどうでも良い。
今重要なのは、どうやってこの場を切り抜けるのか。そして目の前の敵を倒せば捕まってる人達の行方も分かるという事だ。
アーサーはウエストバッグから『モルデュール』を一つ出すと、機材の影から相手の位置も確認せずに適当に投げる。
「『モルデュール』を起爆させて注意を引く。その間に来た道を戻るぞ!」
「今度は狙われないの!?」
「そのための『モルデュール』だ。それに別の道を行くよりも今来た道を戻る方が都合が良い」
「都合が良い? 一体何の……」
「そんなの決まってる。あいつらを倒すのに、だ」
ゴバッ!! と『モルデュール』が爆発する。爆発はそれほど大きくはなかったが、流石に爆発物が投げ込まれたとあっては四人組も少し怯む。その隙にアーサーとサラは今度こそ入口から逃げ出す。後ろからけたたましい銃声が届いて来るが、構う事なく足を動かし続ける。
「この後のプランは!?」
「サラはあいつらから武器を奪ったら四人同時でも倒せるか?」
「まあ、意表を突ければできなくはないけど……」
「だったら簡単だ。あいつらを倒せるあるものを探す。ここが上のコロシアムの整備倉庫なら必ずあるはずなんだ」
「一体なにを……?」
「答えはシャッターの中にあるはずだ。見つかるまで片っ端から開けるぞ!」
「説明も無しで力を貸せって、随分と横暴ね」
と言いつつも、『獣化』で両手をホワイトライガーのものに変化させる。その表情は楽しそうに笑っていた。
「まあ、何か策があるみたいだし良いけどね!」
アーサーは機器を操作して、サラは『獣化』で力ずくでシャッターを開けていく。しかしなかなか目的のものは見つからない。
四人組の気配が近づいてくる。
時間はもう無い。