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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一六章 始まりの地にて集うは英雄達 Bullet_of_World_Revolution.
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332 数多の祈りを届けるために “Lord_Excalibur.”

 全員が一斉にヨグ=ソトースへと襲いかかっていく中、アーサーは頭に昇った血を下げるために一呼吸おいてから、魔剣を携えた少女に呼びかけた。


「エリナ。やっぱりお前を頼る事になりそうだ」

「うん、王様。行って来るね」

「え? いや、まだ行けとは……っ」

「『魔剣解放(リミットブレイク)』!!」


 全身から黒いオーラと青白い燐光を放つエリナは、アーサーの制止を待たずにその技を使った。瞳から完全に意志の色が消え、ミサイルのように一直線にヨグ=ソトースへと突っ込んでいく。

 そのスピードも驚異的だが、反応速度が常人のそれではなかった。視認も感知もできない速度の触手を完璧に避け、さらに斬り落とすほどの余裕を見せていた。

 今の彼女に意識は無い。彼女自身、今自分が行っている事を理解もしていない。エリナが魔剣を扱うのではなく、魔剣がエリナを扱っている状態、というのが正しい認識だ。解放する前に定めた敵を殺すか、魔剣の力に耐え切れずエリナ自身が死ぬまでこの状態は解けない。他の方法は『魔力掌握』(マナフォース・ワン)による強制解除しかない。だからこそエリナはアーサーの剣、アーサーはエリナの鞘なのだ。


「まったく、準備が出来てないっていうのに……リリアナ・ストライダー!!」


 銀髪ポニーテールの男装の麗人は、名前を呼ばれてこちらに興味を向けつつ少し驚いていた。彼女の方には自覚は無いのかもしれないが、アーサーは『桜花絢爛(クロス・リンク)』で繋がった相手のおおよそが理解できる。おおよそ、といっても名前や人柄くらいだが仲間として関わるなら十分な情報だった。

 いきなり初対面の相手に声をかけられた彼女の困惑は分かる。だがそれを吹き飛ばすくらい、アーサーは彼女の人柄を考えて最も効果的で簡潔な言葉を放つ。


「ヨグ=ソトースを斬り刻んでくれ!! 今の状態なら出来るはずだ!!」

「っ―――わかりました」


 再生と増殖を警戒して刀を抜くのを躊躇していたが、アーサーの言葉で迷いが吹っ切れた彼女は刀を抜き放ってヨグ=ソトースに斬りかかる。今の状態のエリナほどではないが、リリアナも敵を斬る事に関しては天才だ。触手の攻撃をかいくぐり、丁度エリナとリリアナが同時に刀剣の射程距離に入り一閃する。

 近距離で攻撃する二人を中心に、他のみんなは遠距離から攻撃を加えていく。タコ殴りの状態だが、アーサーはさらに追い打ちをかけるために静かに口を開く。


「ソラ、出番だ。『付与』(エンチャント)してくれ」

「はい! 『攻撃力上(ブラスト)昇』『防御力上(ロバスト)昇』『移動力上(ソニック)昇』を皆さんに『付与』(エンチャント)します!!」


 その瞬間、戦場にいる全員の動きが変わる。明らかにヨグ=ソトースへの攻撃の威力が上がり、触手の装甲を吹き飛ばす作業と元に戻る作業が延々と繰り返される。

 アーサーの傍で『オルトリンデ』の武装で掌から魔力弾を撃って攻撃していたサラが苦虫を噛み潰したような顔でアーサーに声をかける。


「また再生してるわよ。これじゃイタチごっこよ」

「いいや、違う」


 ヨグ=ソトースの様子を注視しながら、アーサーはサラの不安を否定した。


「再生と増殖。それが勘違いだった。そもそものヤツの力は増殖だけで、体組織や触手を増殖させる事で、間接的に傷口を塞いで誤魔化している。でも再生や回復じゃないなら、ダメージ自体は通ってるはずなんだ。結祈の話から『この世のモノではない力』が効果的なのは間違いない。『桜花絢爛』の力でダメージを積み重ねて、核にさえ届きさえすればヤツを倒す事ができるはずなんだ」

「……じゃあ、物理攻撃なんてどうかしら?」


 ヨグ=ソトースではなく、別方向の空を見ながらサラが期待を込めた声色で言い放つ。そして彼女の笑みの正体は、こちらに向かって来る無数の飛翔体にあった。


「ようやく来たわね。エイワス、引き続き操作をお願い」

「おいサラ。あれは……」

「お姉ちゃんが用意したドローン? とかっていうやつよ。勝手に使ってるから後でお姉ちゃんに怒られるかもだけど。魔力による攻撃が効かなくても、物理的になら効くんじゃない?」


 そうして、高速でヨグ=ソトースへと向かって行く無数のドローンは周囲を取り囲むように陣形を汲み、エリナやリリアナの邪魔にはならないように一斉に銃撃を開始する。集中砲火と二人の刀剣による攻撃でヨグ=ソトースは成す術もなく攻撃を受け続けている。そんな風にも見える光景だった。

 それなのに、だ。


『「この世のモノではない力」と物理攻撃か……狙いは良い。だが―――』


 それだけ力を合わせ、包囲して攻撃を加えようとも。

 泥のように拭いきれない不安感が、アーサーの胸中を渦巻いて消えないのだ。


『それでも圧倒的なのは、やはり力の差だ』


 その不安を的中させるように、攻撃を受け続けるだけだったヨグ=ソトースが動いた。

 彼がやった事は、とてもシンプルだった。

 今までも行っていた超高速で動く触手の攻撃の速度を格段に上げただけ。それだけで今度はこちらが成す術を失った。ソニックブームを引き起こすほどの速さと硬度を持つ触手が人体を直接叩いて吹き飛ばし、折角サラが呼び寄せた無数のドローンも例外なく叩き落としていく。

 もう感知とか視認とか、そんな次元の話ではなかった。言い換えるなら、どうしようもない自然の大災害に生身で挑むようなものだ。いくら力を合わせても立ち向かいようがない。


『これが力の差だ、人間。有象無象の雑兵がいくら力を合わせた所で、絶対の一には勝てないのだ』


 たった数秒の攻撃で、あれだけ優勢だった立場が完全に逆転していた。いや、そもそも優勢だったという認識が初めから間違っていて、ここまで一度たりともヨグ=ソトースを追い込んでいた訳ではないのかもしれないが。

 すでに戦場で無事に立っているのはヨグ=ソトースだけだった。『ディッパーズ』を筆頭とした彼らは誰もが地に伏している。せめてもの救いは傷は深いが誰も死んでいないという事くらいか。アーサーの『桜花絢爛』とソラの『防御力上昇』のおかげだろうが、命があるといっても今だけの話だ。立ち上がれなければ、彼らの命はすぐにヨグ=ソトースに奪われてしまう風前の灯火でしかない。


『全にして一、一にして全。私はこの世における、絶対の理なのだ』

「……ち、が……う」


 例外無く地面に倒れ、苦痛に身動ぐ彼らの中でその少年は呻き声と共に否定の言葉を絞り出した。

 ぐっ、と体に力を入れてその少年は立ち上がる。それはこれまで何度もやって来た事と同じように。


「俺達は一人の力が弱いから……それを知ってるから、みんなで支え合って……その力を何倍にも大きくするんだ」


 一度背を仰け反らすほどの勢いをつけて立ち上がった少年は、荒れた呼吸を整えようと必死に呼吸を繰り返した。

 そうしてから『手甲盾剣(トリアイナ・ギア)』の盾を展開し、左手を握り締めて『大地(ガイア)』の物理障壁を『桜花絢爛』で繋がった全員に展開して守る。そしてまず一歩、ヨグ=ソトースに向かって足を踏み出した。

 その瞬間、音速を超えた触手が『大地(ガイア)』の物理障壁を一撃で破ってアーサーの体を再び吹き飛ばした。再びボロ雑巾のように地面に転がる。


「っ……ま、だだ……」


 呻き声を上げるアーサーの闘志は、戦況とは裏腹に熱くなっていく。

大地(ガイア)』の物理障壁が効かなくても、どれだけボロボロになろうとも、彼の目の奥にある強い光だけは決して消えない。

 歯を食いしばり、頼りない腕の代わりに盾を杖代わりにしながらアーサーは再び立ち上がる。頭ではなく魂がそうしなければならないと知っているように、彼はいつもと同じように何度でも強大な敵へと立ち向かって行く。


「まだ終わってないぞ、ヨグ=ソトース!! 俺はまだっ、ここに! 立っているぞォ!!」


 背中を仰け反り、激情を全て乗せて天に吼えるアーサー。彼の強い想いに応えるように、全身の青白い光が右手へと集まっていく。

 ローグ・アインザームの力が宿る右手の『魔力掌握(マナフォース・ワン)』と、サクラ・S・(スプリング)アインザームの力である『桜花絢爛(クロス・リンク)』。

 さしずめ『星蓮舞奏』アストラル・カルンウェナンとでも呼ぶべき力。アーサーはそれを宿す右手を弓形に引き絞ってからヨグ=ソトースに向けて力強く突き出す。



『星蓮咆哮拳』アストラル・ディザイアァァァ―――ッ!!!!!!」



 ゴウッッッ!!!!!! とまるで青白い『紅蓮咆哮拳』クリムゾン・ディザイアのような極光が放たれてヨグ=ソトースに直撃した。

 凄まじい力だが、今更そんなものがヨグ=ソトースに効くはずもなかった。それでもアーサーはどこまでも強気で叫ぶ。


「『ディッパーズ』を舐めるなよ! 俺達は絶対に諦めない!!」

『……どこまでも忌々しい男だ』


 ヨグ=ソトースが見た今のアーサーの印象は、その一言に尽きた。すでに勝敗は決しているようなもので、その中でたった一人何度も立ち上がって抗う姿は、確かに敵対者であるヨグ=ソトースにとっては忌々しい以外の何物でもないだろう。


 だけど。

 倒れている仲間から見た印象は違うものだった。


『ディッパーズ』など元から彼を知っている者達は、改めてアーサーの強さの正体を見て嬉しそうに笑みを浮かべていた。

『ナイトメア』など初めて彼の戦う姿を見る者達は、不思議と絶望に染まっていたはずの心が晴れていくのを感じていた。


「……(エン)(チャント)……」


 彼の姿に突き動かされた一人の少女。ソラは最後の力を振り絞り、アーサーに向かって手を伸ばしていた。


「皆さんの残った魔力を全てアーサーさんに『付与』(エンチャント)します!!」


 ソラの言葉と行動に抗う者は、その場に一人もいなかった。急激に魔力を失う倦怠感と共に、最後の『希望』が少年一人の体へと注がれていく。

 二三人分の魔力が流れ込んでくるのを感じながら、アーサーは静かに思う。


(……『桜花絢爛』や魔力を通して、みんなの力や想いが伝わって来る……ああ、そうだ。誰一人、失いたくなんてないよな、アーサー・レンフィールド!!)


 自身を鼓舞し、彼も最後の力を振り絞って右手を頭上に掲げた。

 対してヨグ=ソトースも動く。大量の触手の先端をアーサーの方へ向け、今までの鞭で叩くような攻撃ではなく、槍を突き刺すような勢いで全ての触手をアーサーへと撃ち出した。


「その手は数多の祈りを束ね―――」


 しかしアーサーは取り乱さない。

 自然体のまま、意図した訳ではなく自然と口が動いてその言葉を紡いでいく。


「この世界を黎明へと導く―――!!」


 詠唱。

 同時に掲げた右手がかつてないほどの黄金の輝きを放つ。

 右手に宿る極大の力を自覚しながら、アーサーはゆっくりと右の拳を弓形に引いて構えた。


「貫け―――」


 そして、いつも通りに。

 右の拳を前に突き出すと同時に、集束された強大な魔力が砲撃として撃ち放たれる。



「『数多の祈りを届けるためロード・エクスカリバーに』ァァァ―――ッ!!!!!!」



 ゴッッッバアァァァッ!!!!!! と。

 アーサーの右手から黄金に輝く集束魔力砲が放たれる。

 結祈の『元素飽和集(げんそほうわしゅう)束魔力砲(そくまりょくほう)』に勝るとも劣らない砲撃が、アーサーに向かっていた触手を含めてヨグ=ソトースの全身を呑み込んだ。

 数秒に渡る砲撃が終わり、光の帯が細くなって消えていった後。

 そこには触手の化け物の姿はもう無かった。あるのは元の姿に戻った、ヨグ=ソトースだけだった。


「ッ……」


 今の集束魔力砲は強力だったが、アーサーの右腕にも代償があった。赤く腫れあがり、所々皮膚が剥がれて酷い火傷を負っている部分もあった。

 だがアーサーはそれよりもヨグ=ソトースの方を優先し、ズキズキと痛みを訴えて来る右腕を左手で抑えながら足を進めていく。

 数メートルの距離まで来ても、ヨグ=ソトースから攻撃される事はなかった。代わりに彼はこんな風に呟く。


「……『外なる神』」


 真っ黒に焦げ、一言喋るだけでボロボロと崩れる体に先はない。

 その生涯最期の言葉にしては、不気味すぎる話を彼はアーサーに向けて続ける。


「俺達は形式上そう呼んでいる。名前は魔術的に大きな意味を持つ。だからヤツをそう呼び、自分をヨグ=ソトースとして世に浸透させれば、ゼロ以下の可能性を少しでもゼロに近づける事ができると思った。……その計画もお前に阻まれたがな、『担ぎし者』」


 口調は元に戻っていたので、ここからさらに逆転される事はなさそうだった。しかしアーサーの興味が向くのはそこではない。彼ほどの力を持つ者が、まるで敵わない敵がいると告げているのだ。そんなヤツがいるなど、考えるだけで頭がおかしくなりそうなる。


「お前は全ての『魔神石』を集めてなお、辿り着けない敵の存在を知っているか? まるで玩具感覚で俺達の人生を弄び、暇つぶし程度にしか思わないヤツを」

「何を……」

「『この世のモノでは無い力』の正体だ。俺の触手やお前の『消滅』や右手、『英雄譚』の勇者やヘルト・ハイラントの力も。その全ての源泉が同じだと知っていたか? 全ての元凶にとって運命を弄ぶのは暇つぶし程度の行いで、二次元の存在が三次元に干渉できないように、現存するあらゆる手法を用いても絶対に勝てないと定められている敵の存在を。本来なら、こうして認識して会話する事すらできない超常を超えたモノを」


 ぴく、と右手が自然に動いた。

 そして明確な恐怖が右手から這い上がり、全身を包み込む気持ち悪さに吐き気がしてくる。


「お前らは五〇〇年前の何も知らない。『第零次臨界大戦』の結末を……この世界がどうして今の形を成しているのか、そして英雄(ヒーロー)たちが本当は何に敗けたのか」

「……いいや、勝つよ。勝ってやる。みんなで力を合わせてお前に勝ったように、そのヤツってのにも勝ってやるよ! お前の思い通りになんかならない!!」


 震える体を鼓舞するようにアーサーは叫んだ。しかしヨグ=ソトースは彼が内側に隠した恐怖を見抜き、嘲笑するような笑みを浮かべて、


「お前達では絶対にヤツには勝てない。己の無力さを知りながら、それでも何かを救おうと足掻く……あいつらと同じ目だ。もっと良い方法があったのではないかと、お前はその手から零れ落ちていった命を覚えているんだろう? だから履き違えるなよ、凡人出の紛い物。英雄(ヒーロー)でも全ては救えない、そしていつの日か本当の『絶望』を知る。『外なる神』なんて言葉も生易しい、『無限の世界』インフィニット・ユニバースの全てを統べる本当の黒幕の正体を」


 そして、限界が訪れた。

 ヨグ=ソトースの体の崩壊が早まり、次第に形を失っていく。だが己の死が目前に迫っても、彼は気味の悪い笑みを最期まで浮かべていた。


「……お前のその真っ直ぐな目が『絶望』に打ちひしがれるのを見れないのが残念だ」

「なっ!? 待て、ヨグ=ソトース!! 話はまだ半分だッ!!」


 思わず手を伸ばしたが、それが何かを掴む事はなかった。ヨグ=ソトースの体は完全に崩壊し、塵となって風に舞っていく。その後には何も残らなかった。

 そして、世界に取り残された方の少年は伸ばしかけた手を戻し、じっと右手を睨むような目で見つめて呟く。


「……俺の、『消滅』や右手の源泉……」


 そうして、此度の『タウロス王国』での戦いは終結した。

 アーサー・レンフィールドの未来を占う、不吉な言葉だけを残して……。

ありがとうございます。

ヨグ=ソトース戦は今回で終わり、次回は最後の行間を挟んで残りは二話です。

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