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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一六章 始まりの地にて集うは英雄達 Bullet_of_World_Revolution.
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329 CONVERSION

『ディッパーズ』を筆頭に、この場に集った二三人のヒーロー達は一斉に駆け出した。そして同じように『人型の触手』の大群もこちらに向かって一斉に動き出す。

 一番最初に接触したのは『ラウンドナイツ』の紬だった。腰の後ろから短刀の『光凰剣(ガラティーン)』を引き抜くと、自身も光を身に纏って大群の中を縦横無尽に駆けながら『人型の触手』を斬っていく。

 しかし、それではいくらやっても倒せない。(つむぎ)が斬った分だけ『人型の触手』は再生と増殖を繰り返して数を増やしていくのだ。

 そうして、他のみんなも『人型の触手』と衝突した。アーサーと『ラウンドナイツ』以外の面々はすでに再生と増殖について知っているので、斬るのではなく魔力で吹き飛ばすか物理で殴る方向に戦術をシフトしていた。


『オンブラ』はニックが『身体硬化』を利用して『人型の触手』と殴り合い、アリシアが『無傷剣(むしょうけん)』で魔力の塊をぶつけて一度に大量の『人型の触手』を吹き飛ばし、ミランダ、レナート、マルコが銃撃で彼女を守る陣形を取っていた。


『ナイトメア』ではリリアナが言葉通りに『人型の触手』を塵のようになるまで細かく切り刻んで消し飛ばしており、ユキノとミリアムはその近くで列を抜けられないように『人型の触手』を撃って足止めしていた。


『ディッパーズ』はすでに疲弊している結祈(ゆき)、サラ、ラプラスは控え目に応戦していたが、アンナとシャルル、そしてレミニアが一騎当千の活躍をしていた。

 アンナは『滅炎の(スローター・)金獅子(エンブレオ)』で『人型の触手』が回復できないほど燃やし尽くし、シャルルもそれに習って刺さると内側から燃やす特性を付与した矢を敵の頭上から雨のように降り注がせる『天空ヨリ舞イ降(メテオリック)ル流星ノ矢(・シャワー)』として放つ事で敵の数を減らしていた。さらにレミニアは無尽蔵の魔力を二丁の『魔導銃(まどうじゅう)』で放つ事で『人型の触手』を吹き飛ばし、どうしようもない場合も『魔導銃』を用いた『遠隔転移魔法』で大群の後方へと強制的に退去させていた。


『ラウンドナイツ』で最も活躍していたのはカヴァスだ。自身の体を二〇メートルくらいの狼に変化させ、『人型の触手』を踏み潰して動きを抑えていたのだ。さらにフィリアは『無限琴弓(フェイルノート)』で無数の『人型の触手』を吹き飛ばしていた。


 そして、誰もが全力を尽くして戦うそんな中、自分の攻撃が無意味だと悟った紬はアーサーの傍に戻って来て素直な感想を率直に述べる。


「これキリがないよアーくん。どうするの?」

「私に任せて下さい」


 紬の質問に答えたのはソラだった。彼女が手を前にかざすのを見て、質問した側の紬は納得したように小さく声を漏らした。


「その花は深き泥の中より咲き誇り、天空を目指して世界をどこまでも覆うもの」


 ソラの詠唱と共に、傍にいたアーサーは肌寒さを覚えた。

 それは錯覚ではなかった。よく見れば白い冷気が戦場の一部を覆っている。


「―――『絶対零度の青蓮華』ブルーロータス・オブ・アブソルート!!」


 叫んだのと同時に、一瞬にして戦場の何割かが氷の蓮華を咲き誇らせながら凍り付き、そこに立っていた『人型の触手』も同じように凍り付いて動かなくなる。倒せた訳ではないが、増殖を防いで無力化するには最善手だろう。


「……こんな事もできたのか」

「はい。ですが消耗が激しい技です。残りも同じように、とはいきません。やはり回復と増殖を何とかする必要があります」

「だったら回復させなければ良い。エリナ!」

「りょーかいっ!」


 ドッ、と軽い返事と共に地面を強く蹴ったエリナは漆黒の魔剣『断魔黒剣(アロンダイト)』を抜き放ち『人型の触手』を両断した。アーサーの右手と同じように魔力を消去する効果のある魔剣だが、どういう訳か『人型の触手』は関係無く再生と増殖をした。それが意味する答えはたった一つ。


「王様! この触手の化け物、魔力を使ってないよ!!」

「ああ、俺も確認した。……ラプラス。こっちも魔力じゃない別の力を使えば攻撃は通ると思うか?」

「別の力ですか? それは……」

「効くと思うよ」


 ただの魔力の衝撃波で『人型の触手』を吹き飛ばしながら、アーサーの疑問に答えたのは近くに跳んで来た結祈だった。


「ワタシの『元素飽和集(げんそほうわしゅう)束魔力砲(そくまりょくほう)』。強引に作り出した元素精霊の攻撃は効いてた。それをヨグ=ソトースは……この世の理から外れた力って言ってたよ」

「よし、もう一つ確認だ。ヨグ=ソトース本体を倒せば『人型の触手』も消えると思うか?」

「それは私が保証します。あの『人型の触手』はヨグ=ソトースから生まれ、私とマスターのように回路(パス)が繋がっています。それは彼自身が言っていました。全にして一、一にして全、と」

「ならやるべき事は決まったな。クロウ!!」

「大声で呼ばなくても聞こえてるっつーの」


 蒼炎を纏いながら鎌を振るっていたクロウは、アーサーの呼びかけに応じて遠くから飛んで来た。話しながら適当に『人型の触手』を斬る彼だったが、やはりその攻撃では再生と増殖は発揮されていない。これで一応、結祈の話の保証になった。


「で、なんだ?」

「分かってるだろ? この中でヨグ=ソトースを倒せる力があるのは俺とお前だけだ。だから……やるぞ」

「あいつか……」


 クロウが向いた先。『人型の触手』の大群の遥か向こうには最悪の敵がいる。

 死の恐れない彼の顔が強張っている。自分達と同じ『この世のモノではない力』を使う相手に、何か思う所でもあるのだろうか。


「それからレイナ母さん。頼みたい事が……」

「ええ、分かっています。『人型の触手』は一匹たりとも通しません」


 言って、彼女は両手を左右に大きく伸ばした。

 莫大な自然魔力をその身に宿し、それを解き放って告げる。


「―――『赤き十字架は穢れなくロード・ブラッドクロス』」


 彼女が解き放った魔力は『タウロス王国』を横断し、戦場から自分達の後ろに『人型の触手』が抜けないように壁を張る。

 それを確認し終わってから、アーサーは『手甲盾剣(トリアイナ・ギア)』から剣を出して呟く。


「ソラ、力を貸してくれ」


 その呼びかけに応じるように、ソラの体が魔力の塊になってアーサーの左腕の『手甲盾剣』に吸い込まれて行った。

 これが魔法生命体として、彼女が言っていたオプションの一つ。回路(パス)を繋ぐ事で『手甲盾剣』と融合し、アーサーの一番近くでその力を発揮する。


『道は私が開きます。行って下さい、アーサーさん』

「ああ、頼りにしてるぞ」


 全ての準備を整え、アーサーは一歩、ヨグ=ソトースの方へと踏み出した。

 その隣にはクロウが並び立つ。


「……最初に断わっとくが、今後もオレが助けてくれると思うんじゃねェぞ? 『ディッパーズ』に入る気もさらさらねェからな?」

「分かってるよ、一匹狼君。……じゃあ、行くぞ」


 二人は前に共闘した時と同じように同時に駆け出した。

 敵は無限に増え続ける。対してこちらはたったの二三人。長引けばそれだけ状況は悪化する。だからこそ脇目もふらずにただ一直線に駆ける。


「行くぞソラ、『()()()()()()()()()』!!」


 左腕を突き出すと、手甲の周りに渦巻いた風が前へと伸びていく。それが『人型の触手』の大群を吹き飛ばし、ヨグ=ソトースへ向かう一直線の道を作り出す。


「今だ! ソラ、足の裏に風を集中!!」

『はいっ!!』


 アーサーは片足に『シャスティフォル』を発現させると、ぐっと腰を低く落とす。さらにアーサーとソラの風が混じり合い、それがアーサーを弾丸のように飛ばす。


「『(シン)()瞬時神速(ジェットドライブ)』!!」


 ドッッッ!!!!!! とミサイルのように放たれたアーサーの体が一瞬でヨグ=ソトースへ肉薄し、手甲剣を『大地(ガイア)』の物理障壁に突き付けた。

 しかしそれではヨグ=ソトースへ攻撃は届かない。しかしとっくに分かっている事に対して、何の策も無い訳がなかった。


「お前が相手なら一ミリも躊躇う必要は無いからな。『た■その■■を■け■■(イクス・カリバー)めに』ァァァ―――ッ!!」


 入れ替えるように突き出した右手から漆黒の極光が吹き荒れる。クロウの死神の力と同じ、アーサーの持つ『この世のモノではない力』だ。それは『大地(ガイア)』の物理障壁を消し飛ばし、ヨグ=ソトースの半身を抉り取った。

 しかしその代償も大きかった。ただでさえ『黒い炎のような何か』を纏ったこの状態はいつ理性が吹き飛んでもおかしくないのに、初っ端から大量に放つ大技を使ったのだ。すでに両目は深紅色に、髪には白い部分が混じっていた。

 一瞬、力を引っ込めるかどうか悩んでから、すぐに目の前のチャンスを逃す手は無いと判断に至った。これも冷静さを失いかけている弊害なのだろうか? そんな思考も闇の中に溶けていく。


「食らえ―――『消滅(イクス)()貂熊斬撃爪(ウルヴァリンクロウ)』!!」


 五指の『黒い炎のような何か』が伸びたの鋭い漆黒の爪をアーサーは横薙ぎに振るった。その爪はしっかりと振り切られ、ヨグ=ソトースの体はいくつかに斬り裂かれる。

 しかし効かない。吹き飛んだ半身も再生し、斬り裂いた断面もすぐに伸びた触手同士が絡み合って元に戻る。


(くそッ……もう限界だ)


 爪と同時にアーサーは全身から『黒い炎のような何か』を消した。途端に瞳と髪の色が戻り、思考もクリアになる。

 だがそれで目の前の問題が解決した訳じゃない。ヨグ=ソトースはすでに反撃の構えを見せている。


「チィ……オマエは本当に世話がやけるな!!」


 ようやく追いついて来たクロウがアーサーの前に飛び出すと、彼の代わりに触手の攻撃を『死神の十三(デス・サーティーン)』で受け、同時に巨大な鎌でヨグ=ソトースを吹き飛ばして距離を作った。


「クロウ……助かった」

「ああ、だがアテが外れたな。オレやオマエの力でも、ヤツ本体には傷をつけられねェ……ってのによォ」


 言いながら、クロウは『死神の十三』で受け止め切れなかった触手が掠めた頬を拭った。彼の手の甲には血が付いている。それだけなら普通なのだが、クロウにはどんな状態からでも回復する不死身の力があるはずだ。その出血は普通ではない。


「まさか……冗談だろ?」

「いいや、ヤツの攻撃でオレはダメージを負う。まったく割に合わねェな。……いや、これってもしかして普通に死ねる千載一遇のチャンスか?」

「クロウ。それこそ冗談止めてくれ」

「冗談じゃなく、オレにとっては文字どォり死活問題なんだがなァ……」


 溜め息を吐きつつ呟くが、戦闘意欲が無くなったという訳では無いらしい。この辺りクロウの根はやはり良いヤツなのだろう。


「……厄介だな」


 たった今、『死神の十三』に負わされた傷も完全回復したヨグ=ソトースは、アーサーとクロウの姿を交互に見て忌々しげに呟いた。

 そして、おもむろに手を頭上に掲げる。


「クロウ・サーティーン……『魔装騎兵(まそうきへい)』を使って俺の『グラシャラボラス=カナフ』を破壊したようだが、俺が駆れる『魔装騎兵』はアレ一つだけじゃない」


 その言葉の意味について考えるアーサーだが、クロウの方は一瞬で理解していたようだった。珍しく表情が強張っている。


「……マズいぞ。おいアーサー、もう一度黒い炎を使え! 今度は同時攻撃だ!!」

「遅い」


 だがアーサーとクロウが行動に移るよりも前に、ヨグ=ソトースの方が先に動いた。


「血で染め上げろ―――『アモン=ゼヴメレク』」


 その言葉の直後、ヨグ=ソトースの後方に巨大な赤の魔法陣が広がった。レミニアの『転移魔法』を思わせるようなそこから、地下の格納庫で見た赤い『魔装騎兵』が這い出てくる。そしてヨグ=ソトースが光に包まれるとそれの胸の部分に吸い込まれて行き、今度は『魔装騎兵』全体を覆うように茶色い『大地(ガイア)』の物理障壁が広がる。

 流石に近くにいたらマズイと思った二人は距離を取るが、どれだけ離れても安心できなかった。『魔神石』の力はヨグ=ソトース本人が使っていた時よりも明らかに強くなっていたのだ。


「……クロウ。お前の蒼の『魔装騎兵(まそうきへい)』で倒せるか?」

「無理だな。『魔装騎兵』にも強さのレベルがある。あいつはどォ見ても別格だし、しかも『魔神石』のエネルギーを直に注いでやがる。勝ち目はねェ」

「それでもここで倒さないと、世界はヤツに蹂躙される」

「分かってる。……だからオマエも呼べ」


 ん? と思わずアーサーは間抜けな声を漏らした。しかしクロウの顔は真面目だ。ふざけて言っている訳ではないらしい。


「俺も……? いや、俺は『魔装騎兵』を使えないぞ!?」

「地下の灰色はオマエの魔力に同調してた。名前はもォ知ってんだろ? 呼べば応じるはずだ、こんな風に。来やがれ―――『シメイス=カサルティリオ』!!」


 そう叫ぶと待機していた『シメイス=カサルティリオ』がクロウの元まで飛んできて、彼は光に包まれ胸の部分へと消えていった。

 わざわざ実演をしてくれたクロウには悪いが、アーサーはまだ半信半疑だった。


「……ソラ、戻ってみんなのフォローをしてくれ」

『アーサーさんはどうするんですか?』

「クロウに言われた事をやってみる。ダメ元だけどな」

『……分かりました。ですが無理はしないで下さいね?』


 最後に注意だけ促して『手甲盾剣』からソラが分離してレイナのいる方へと飛んで行く。そうして向こうで人型に戻っているはずだ。

 残ったアーサーは二機の『魔装騎兵』を見上げながら、地下の格納庫に訪れた時の事を思い出す。クロウに言われて思い出したのだが、今思えば何故か灰色の『魔装騎兵』に引力を感じたのは事実だ。それを意識しながら、アーサーは胸の前で拳を握って懇願するように叫ぶ。


「もし俺に力を貸してくれるなら……頼む、来てくれ―――『マルコシアス=オーディナリー』!!」


 ドッッッ!!!!!! という振動が足の裏に伝わって来た。

 ヨグ=ソトースの時のように転移はして来ない。物理的に地下深くから這い上がり、灰色の『魔装騎兵』は地面を突き破って大空へと飛び出した。さらにアーサーの体も光に包まれ、上空の『マルコシアス』へと吸い込まれて行く。

『魔装騎兵』のコックピットはガラス張りでもないのに三六〇度全方位の景色を見る事ができるようになっている。その中央部分にある椅子にアーサーは座っていた。


「これが……『魔装騎兵』の中か?」


 少し手を伸ばせば左右にいくつものボタンやトリガーの付いた操縦桿があり、試しに二つとも握ってみる。


『搭乗者ノ存在ヲ確認。生体リンク、開始―――』

「うおっ!?」


 突然、コックピットの中に声が響いた。驚いて操縦桿から手を離そうとしたが、まるでくっ付けられたように離れない。そうして困惑している間にも声は続いていた。


『資格……k、ザ―――ガッ、ky―――i来」「時間」「????????」ヲ確認。起動者トシテ認証、登録完了。「マルコシアス=オーディナリー」―――起動シマス』


 そして、地上へと着地した三機目の『魔装騎兵』の制御は完全にアーサーのものになっていた。

 頭痛を引き起こしながら直接頭に流れ込んで来るのは、『マルコシアス』に関する全ての情報。動かし方や使い方など、触れた事もないのに一瞬で全てを理解できた。


「……呼びかけに応じてくれてありがとう、『マルコシアス』」


 情報のインプットが終わり、頭痛に顔を歪ませて俯いていた彼は、改めて顔を上げてしっかりと前を見据える。すると顔のすぐ横側にウィンドウが現れ、そこにはクロウの姿があった。


『無事に乗り込めたみてェだな』

「クロウ? ……そうか、『魔装騎兵』同士で通信ができるんだったな」

『その様子だと使い方も分かってるみてェだな』

「ああ、ここに乗った瞬間に全部理解した。問題無く行ける」


 隣に並んだクロウの『シメイス』は死神の鎌を巨大化したものを持っていたが、今の『マルコシアス』は無手で武装がない。流石に心許ないので『鐵を打ち、(ウェポンズスミス)扱い統べる者(・カルンウェナン)』で両手に『手甲盾剣』のような手甲剣を創り出す。

 そして灰と蒼の『魔装騎兵』は同時にヨグ=ソトースの赤の『魔装騎兵』に向かって駆け出した。まるで自分の体を動かすような感覚で操作されたそれは、二人同時に刃を突き立てる。

 しかし通らない。より強力になった『大地(ガイア)』の物理障壁は『魔装騎兵』二機分の攻撃を食らっても貫けない。


『無駄だ。その二機じゃ「アモン」には勝てない』


 同じ『魔装騎兵』だからだろう。クロウの時のようにウィンドウは出て来なかったが、ヨグ=ソトースの声がコックピットの中に響く。


『やべェ、下がるぞ!!』

『遅い。「スネークブレード」!!』


 キュィィィン!! と甲高い音と共に『アモン』の腰の下辺りからワイヤーに繋がれた槍のような武装が高速で飛び出して来た。それがまるで意志を持っているかのように縦横無尽に動き、後ろへ飛んだ『マルコシアス』の左肩を吹き飛ばす。


「ッッッ!!!??? が、かァ……ッ!!」


 その瞬間、コックピットの中にいるアーサーの口から言葉にならない絶叫が溢れた。

 皮肉にもその感触を彼は知っていた。間違いなく左腕が吹き飛んだと思ったが、幸いにも自分の五体に異常はない。吹き飛んだのはあくまで『マルコシアス』の左腕だ。

 まるで『マルコシアス』のダメージがアーサーに反映されているような現象だが、そうなった理由をアーサーは知っていた。


(こ、これが生体リンクか……ッ、便利だけど良い事ばっかりじゃないな……)


 アーサーは『マルコシアス』と魔術的な回路(パス)を繋ぐ事で小難しい操作方法などを一瞬で理解し、今もこうして『魔装騎兵』を操ることが出来ているが、そのために五感レベルで同調しているせいで『マルコシアス』の負ったダメージが痛覚としてアーサーにも反映されてしまっているのだ。


『「魔装騎兵」にもそれぞれ特色がある。「グラシャラボラス」は飛空戦闘型。「アモン」は近接特化型。「シメイス」は特殊技能型。そして「マルコシアス」は汎用型試作機だ。平凡、と名乗るだけはある』

「……だから勝てないって? 関係無いよ。無い物ねだりをするつもりも、力不足を嘆くつもりもない。今ある力でお前を倒す。いつも通りに」

『そこに勝手にオレの命もベットされてんのがなァ……まあ、死なねェけど』


 軽口を叩きながらクロウは全く油断していない。アーサーも左腕に痺れを感じつつも改めて操縦桿を強く握る。

 その時だった。突然コックピットの中に甲高い警告音が響く。『マルコシアス』だけでなく、通信を通じて『シメイス』や『アモン』の方でも同じ音が鳴っているのが分かった。


「……なんだ?」

『上だ。だがこの反応は……』


 クロウの言葉につられて上空を見上げる。

 それはヨグ=ソトースが『グラシャラボラス』に乗って来た時と同じように空から降って来た。この場では四体目となる緋色の『魔装騎兵』は『マルコシアス』と『シメイス』の少し前に降り立ち、『アモン』と向かい合う姿勢を見せていた。

 味方なのだろうか、と疑問に思っているとその答えは新たに表示されたウィンドウによって明らかとなった。


『―――久しぶり。レンくんとクロウくんだよね?』


 一瞬、自分の目と耳を疑った。

 けれど間違えるはずのない彼女の姿と声に、思考が追い付くよりも前に言葉が漏れる。


「……まさか、メア……? お前、メアなのか!?」


 そこに表示されていたのは、長い赤髪の少女の姿だった。アーサーもクロウも知っている彼女は、本来ならそこにいるはずがない。彼女はあの時、崩落する『水底監獄(フォール・プリズン)』でみんなを助けるために犠牲になったのだから。

 それでも現実は彼女の、メア・イェーガーの生存を告げている。その事に間違いはない。


「……良かった」


 ようやく頭の整理がついたアーサーは、心の底から安堵するように呟いた。

 聞きたい事は沢山ある。けれど最初に想う事はやはり決まっていた。


「生きていてくれて、本当に良かった……っ」


 特別に仲が良かった訳ではない。共に過ごした時間だって全て記憶を失っていた頃のレン・ストームの方だ。記憶を共有しているとはいえ、アーサーにとっては他人の知り合いという印象が強い。

 誰かを救えない事は何度もあった。それと比べるのが不適切なのは分かっているが、やはりデスストーカーやシエル・ニーデルマイヤーの時と比べれば精神的なダメージがそれほど大きくなかったのは否定できない。

 それでも、やはり嬉しかった。

 死んだと思っていた友人が生きていたのは、掛け値なしに嬉しかった。


『そこまで喜んでくれるなんて感激だね。まあ、確かに本来なら助かりっこなかったけど、湖の底にあった「魔装騎兵」のおかげ何とか生き延びたって感じかな』

『なるほどな……湖の底で同調した訳か。まさか適正があるとは思わなかったが……にしてもどォしてここに来たんだ? オマエが来る脈絡が分からねェ』

『「同盟」って言えばレンくんには分かるんじゃないかな? それに「ナイトメア」は私の古巣だから、脈絡はちゃんとあるよ』


 思えば、今回の仕事の始まりがアリシアからセラへの『同盟』を通しての依頼だった。こうなった時点で、他国へ救援を求めていても不思議ではない。あらかじめ『ピスケス王国』に『魔装騎兵』がある事を知っていたのだから、結界解除と同時に『ピスケス王国』に救援を頼んだのは辻褄が合う。


「じゃあメア。毎度毎度悪いけど、力を貸してくれ」

『もちろん。任せてよ、「ディッパーズ」のリーダーくん』


 からかうような言葉の直後、緋色の『魔装騎兵』に動きがあった。背中からワイヤーに繋がれて先端が矢尻のようになっている『アンカー』のような武装が一〇本ほど飛び出す。先程の『アモン』の『スネークブレード』と似ていたが、その数が違う。さらにメアには糸状のモノを操る魔術がある。それによって一〇本の武装はメアの意のままに操られていた。


『さあ行こう、「バルバトス=ドミニオン」。みんなを守るよ』


 言葉と共にメアが一〇本の『アンカー』を『アモン』へと向けていく。『アモン』の『スネークブレード』は強力だが一本だ。手数では『バルバトス』が勝つ。さらに『シメイス』の幻惑能力で『バルバトス』の『アンカー』の幻を無数に作り出し、『アモン』が簡単に対処できないようにフォローしていく。

 しかし、それではいくらやっても『大地(ガイア)』の物理障壁は破れない。だからこそアーサーは二人の攻撃には加わらず、密かに準備を整えていく。

『マルコシアス』に『アモン』との通信を切って貰い、それから呟くように呼び掛ける。


「……ソラ、聞こえるか?」

『はい、問題ありません。何か問題ですか?』


 頭の中に直接声が響くのは、回路(パス)を繋いだおかげで出来るようになった念話だ。ソラに備わっていたもう一つのオプション、といっても良いかもしれない。

 その秘密の会話で、アーサーは彼女に今後して欲しい動きを伝える。


「近くに白いコートを着た小柄な女の子がいる。ラプラスっていうんだけど、そいつに大砲の準備を頼むって伝えてくれ。それで分かるはずだ」

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