行間三:救援依頼
「―――ああ、分かった。すぐに救援を送ろう」
『タウロス王国』から連絡を受けて即座に行動を始めたのは、『アリエス王国』を挟んだ向こう側にある『ピスケス王国』だった。
アリシアが同じ『シークレット・リーグ』で隣の『アリエス王国』ではなく、わざわざ遠くの『ピスケス王国』に連絡を取った理由は明白だ。そもそも今の状況で二つの国の違いといえば、『魔装騎兵』の有無くらいしかないのだから。
(だが、はたして頼って良いものか……)
椅子の背もたれに体重をかけながら『ピスケス王国』の王女、アクア・ウィンクルム=ピスケスは思案していた。
あれを湖の底から引き上げた日から可能な限り調べたが、分かった事はほとんど無い。そもそも今回の『ディッパーズ』の調査で分かった事を『ピスケス王国』にも共有してくれるという話だったのだ。それがこんな事態になるとは思いもしていなかった。
(とはいえ助けない訳にもいかん。一体どうすれば……)
「アクアちゃん」
「うおっ!?」
と。
その少女はいつの間に部屋に入っていたのか、考え込んでいたアクアに全く気付かれずに正面に立っていた。
「お主、いつの間に……体はもう大丈夫なのか?」
「おかげ様でね。それより問題発生?」
単に無邪気で能天気なだけかと思えば、その瞳の奥には燃えるように真っ直ぐな煌きがある。性別も性格も何もかもが違うが、その瞳の奥の決意だけはあの少年にそっくりだった。
だからこそ、つい彼女には口が軽くなってしまう。
「ああ。『タウロス王国』が攻め込まれているらしい。結界とやらを破壊して連絡ができるようになったらしいが、『ディッパーズ』『オンブラ』『ナイトメア』全員で戦っても倒すには至らない魔族が相手だ。どうやら『魔神石』を持っているらしい。助力したいが間に合うかどうか……」
「じゃあ、私が行こっか? 『バルバトス』を使えばずっと早く着けるだろうし」
『バルバトス』。それが湖の底から引き上げた緋色の『魔装騎兵』の名前だった。それを駆れるのは彼女だけで、使うと言われればアクアに止める手段は無い。しかし懸念もあった。
「アレをいくら調べても詳細が分からない。もしかしたら何かしらの副作用があるかもしれん。それでも使うのか?」
「うん。だって『タウロス王国』でみんなが助けを求めてるんでしょ? じゃあ行かないと。アクアちゃんもよく知ってる彼なら、一瞬の迷いもなくそう言うと思うよ?」
「……、いや待て。お主、話の本質を逸らそうとしてないか!?」
「バレちゃったか。でもちょっと遅かったね」
アクアが言葉を失っている間に、彼女はアクアの後ろにある窓を開け放ち、その縁に足をかけて身を乗り出していた。
「おい!」
「心配ばっかりかける居候でごめんね。でもきっと、全部このためだったんだと思う」
窓から吹き込む風に長い髪をなびかせて、彼女は笑みを浮かべて続ける。
「『バルバトス』が私を選んで助けてくれたのも、『N』として生まれたのも、きっとこの時のため。だからこの力は正しく使う。みんなを守るためにね」
彼女の揺るぎない覚悟を前に、アクアはあらゆる懸念を振り切って重い息を吐いた。
「……妾にお主は止められん。それに止めたとしても行くのだろう?」
「流石、よく分かってるね。……じゃ、行って来る」
出立の言葉を言い放って、彼女は窓枠を蹴って空へと身を投げ出した。
そして、強く叫ぶ。
「来て―――『バルバトス=ドミニオン』!!」
彼女の呼びかけに応じて、緋色の『魔装騎兵』が現れると彼女は光に包まれて胸に吸い込まれて行く。
『バルバトス』のコックピットは椅子ではなく、バイクのように前傾姿勢で跨るようなタイプだった。奇妙なほど馴染むその場所で、彼女は慣れた手つきで『バルバトス』を操縦すると『タウロス王国』に向かって飛んで行く。
ヨグ=ソトースに対抗する、二四人目のヒーローとして。