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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第三章 竜臨闘技場解放戦線
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34 タウロス王国の裏の顔

 何気なくめくった次のページ。

 そこに書かれていたある項目の数字の変化に、アーサーはどうしようもない違和感を覚えた。


「……サラ。ちょっとこっちに来てくれ」

「どうしたの? 地図でも見つけた?」

「いや、地図はまだ見つけてないんだけど、この行方不明者数の所を見てくれよ。この一年で異常なほど増えてないか?」

「行方不明者数?」


 アーサーに呼ばれたサラは、再び横からファイルを覗く。


「ほらここ、この一年だけでそれ以前の数倍の数の人が行方不明になってるんだ。変じゃないか?」


 それを見るとサラは少し目を細めて、


「……そういえば聞いた事があるわ。『タウロス王国』は裏で奴隷商業をしてるって。まあ証拠は無かったらしいんだけど、これを見ると……」

「じゃあ、あの四人組は奴隷商人だったって事か?」

「それは分からないわ。でも関係はしてるとは思う。もしかしたらこの地下施設もそのためのものかもしれないわね」

「……」


 ただの嫌な予感が確信に変わった瞬間だった。

 コロッセオとこの地下施設が繋がっていたという事は、そういう事なのだろう。

 おそらく『竜臨祭』は効率の良い拉致方法なのだ。アレックスが戦った武人のように、戦闘後に動けなければ拉致も簡単だ。そうやって捕まえた人間を他国に売る。いなくなって騒ぎになっても、名目上は試合の傷での死去で、死体は処分済みと言われたら非難こそされ奴隷商業には行きつかないだろう。


「あんたに付いてきて良かったわ。おかげで本当の事を知れた。もう地上に戻る意味はないわね」

「なんとかしないと『竜臨祭』に出てるみんなが危ない。捕まってる人達も助け出さないと」

「ええ、そうね。奴隷商業なんて許される事じゃないわ」


 今度は寄り道せず地図を探す。数分ほど探すとサラが紙の束の中から四つ折りの地図を見つけた。

 地図は二枚で一組になっており、一枚目は巨大な迷路のように細い通路と大きな施設が入り組んでいる地下の地図。もう一枚は半透明の紙で地上の地図が書いてあった。重ね合わせれば地下でも地上のどの位置にいるのかが分かる。


「これでようやく動けるわ。最初はどこに行く?」

「まずはカメラに見つからないように進んでみよう。幸いこの部屋の近くはカメラがないみたいだ。何とか捕まってる人達を開放できれば良いけど」


 とは言ったものの、カメラに見つからなくても人に見つかったらおしまいだ。ひとまず一番近くの大きな施設に向かって慎重に進んでいく。


「そういえばサラはどうして『竜臨祭』に出てたんだ? やっぱり賞金目当てか?」

「まあそうね。ずっと旅をしてるんだけど、先立つものは必要だから手っ取り早くお金が欲しかったのよ。あんたの友達の方は?」

「こっちも賞金目当てだよ。俺達も旅をしてるんだけど、まあサラみたいに旅の資金って訳じゃなくて個人のお金を増やしたいだけだけど、その目的も頓挫しそうだな」


 悪友の顔を思い浮かべながら、『竜臨祭』の真の目的を知ったらどんな反応をするかと思うと苦笑してしまう。


「ふーん。それにしてもアーサーも旅をしてるのね。この国にはどこから来たの?」

「『ジェミニ公国』から。目的地は魔王のいる『魔族領』かな」

「『魔族領』!? なんでそんな所に……」

「ちょっと約束があってな。それから魔王に確認したい事があって」

「『魔族領』ってそんな軽いノリで行くものだったかしら……」

「そういうお前はどうなんだよ。目的地とかあるのか?」

「特には無いわね。一人で色んな所をぶらぶらと旅してるわ」

「……寂しくないのか?」

「もう長いこと一人だしね。流石に慣れたわ」


 アーサーはもうずっとアレックスと一緒にいるし、今は結祈だっている。長期間一人っきりになった事のないアーサーにサラの気持ちは分からないが、一人に慣れてしまうのはとても悲しい事だと思った。

 だから何となく、つい思った事が口に出た。


「なら一緒に来るか?」

「『魔族領』に一緒に来いって? 面白い勧誘するわね、あんた。まあ特に目的も無いし、それも良いかもしれないけど」


 サラは冗談だと思ったみたいだが、アーサーは本気だった。

 今はアレックスと結祈の三人だが、女の子が結祈一人だけだと何かと同性にしか分からない事情には対処できない。それにアーサーは結祈に生きる目的を見つけて欲しいと言った。そのまず第一歩として友人を作るのはどうだろうかと考えたのだ。


「まあ考えといてくれ。……着いたぞ」


 辿り着いた施設はかなり大きかった。地図で見て大きいのは分かっていたが、実際に見てみると圧巻だった。

 天井までは八○メートル近くもあり、自分の歩いていた地面の厚さはたった二○メートルほどしかなかったのだとゾッとする。壁の端は遠く、軽く一キロはありそうだ。

 クロネコの言った通り『タウロス王国』は地下の開発に力を入れているようで、ここは雨水や汚水を浄水し、『タウロス王国』の生活水を溜める巨大な貯水場なのだろう。アーサー達の目の前には大量の水があった。

 近くの壁にこの施設の詳細が書いてあった。見てみると入って来たのとは別の入口や、昇降機の場所などが記載されていた。そこには貯水槽の詳細も書かれており、なんでも水深は一○○メートル以上あるらしい。中に入って溺れたら二度と浮き上がって来れないだろう。


「ここにも人がいないわね……。ねえアーサー、やっぱり変よ。いくらなんでも警備がずさん過ぎる」

「確かに引っ掛かるけど、こっちにとっては好都合だ。やりたい事がある。エレベーターもあるし天井に行こう」

「えっ……天井に行くの?」

「何か問題あるのか?」

「べ、別にないわよ!」

「?」


 サラの様子が明らかに変だったが、あまり気にせず二人してエレベーターに乗り込む。業務用のエレベーターなので台に手すりが付いているだけだ。その代わり昇って行く様子がずっと見られる。さっきまで立っていた場所が遠のいていき、遠かった天井が近づいてくるのは不思議な気分だった。


「エレベーターって知ってはいたんだけど、乗るのは初めてなんだよねえ。サラは乗った事ってある?」


 アーサーは手すりを掴みながら半分体を外に出して興奮気味に言う。だがサラはエレベーターの中央で頭を抱えて震えていた。心なしか顔色も悪いように見える。


「どうしたんだサラ。もしかして乗り物酔い?」

「ちょっと今話しかけないで」

「んん???」


 ますます意味が分からなかった。そこまで乗り物酔いが酷いのだろうか。少し理由を考え、エレベーターの上昇と共にサラの様子が悪化していくのを見て、ようやくサラに何が起きているのかが分かった。


「もしかして高い所が苦手なのか?」


 言われた瞬間サラの体がビクンと震えると、壊れたゼンマイ人形のような動きで首をアーサーの方に向ける。


「……悪い?」


 涙目で体は小刻みなのに強気な調子は変わらない。プライドが高いのだろうが、アーサーから見ると強がっている小動物のように見えて面白い。


「別に悪くはないけどなんか以外だと思ってさ。サラってこういう状況でも楽しみそうなイメージだったから」

「だって落ちたら死ぬのよ!? 足が竦むくらい良いじゃない! あたしだってこんなものじゃなければ楽しんでるわよ!」

「別に責めてないだろ。ただ『獣化』で翼を出せば良いじゃないかなーって思ってさ」

「『獣化』は人に無い部位は再現できないのよ! できても尻尾が限界なの!!」


 おそらくその辺りはサラ自身のイメージにもよるのだろう。尻尾に関しては妊娠二週間くらいの頃には生えているというし、尾てい骨という痕跡もある。だが翼に関しては人と無縁の部位だ。イメージもしづらいだろうし、よしんばできたとしても動かして飛べるかと言われれば別の話なのだろう。


「無理に連れてきて悪かったよ。怖かったら俺の腕でも掴んで―――」


 言い終るよりも早く、サラは腕を掴むどころかアーサーの腰にしがみついた。サラにとっては恐怖心を紛らわせるための行動なのだろうが、アーサーにとっては急にしがみつかれてバランスを崩したものだからそれどころではなかった。


「だぁっ!? 馬鹿! いきなり飛びつくな、危ないだろ!!」

「だって掴んで良いって言ったじゃない!!」

「飛びついて良いとは言ってない! あんまり騒ぐと落ちるぞ!」

「ちょっと怖い事言わないでよ! 落ちたらアーサーを踏み台にして飛ぶからね!?」

「それ酷すぎないか!?」


 二人が騒いでいる間にもエレベーターはしっかりと働いている。乗った位置から七○メートルほど昇った所でエレベーターは止まった。アーサーはもっと低い場所で止まると思っていたが、天井の点検の事も兼ねているようで意外にも上の方に来た。

 サラにとってはこの高さは恐怖以外に何も無かったが、アーサーにとっては都合が良かった。サラにしがみつかれたままエレベーターを降りると裏に回り、ウエストバッグから『モルデュール』を取り出す。


「それはなに?」

「『モルデュール』。簡単に言うと爆弾だ」


 アーサーはしれっと答えると『モルデュール』を電源部に設置していく。その答えにサラは目を見開いて、


「ちょっ、ここを爆破するつもり!? そんな事したらこの国の生活水が!」

「だからこそ、だよ。これだけの重要施設ならこの規模であと二、三個は絶対にある。どれかが機能不全を起こしても大丈夫なようにな。だとしても何か異常があればそれなりの人員で調査する事になるだろうし、通路が塞がれてもここから脱出できる。その方が俺達が逃げる時に有利になるはずだ」

「逃げる時……?」


 疑問顔のサラに対して、アーサーは少しだけ表情を曇らせると、


「……サラはこの国が間違えてて、俺の行動が正しいと思ったから協力してくれてるんだよな? だとしたら後の事は考えてるのか?」

「……何の事よ」


 サラはそう言ったが、内心では分かっているのだろう。

 今行っている事は、『タウロス王国』の重要施設への不法侵入どころか奴隷商業を潰そうとしている国賊のそれだ。見つかれば国外追放どころか捕まって死刑になってもおかしくはない。


「俺達が暴こうとしてるのはこの国の闇の部分だ。そんなものが表に出たら上のお偉いさん方は当然困る。それこそ俺達を殺して口封じくらいは簡単にやるだろうな」

「そんな事……ッ!!」

「やるんだよ。国ってのは平穏のためなら個人の命なんてものにはこだわらない」


 アーサー自身、それで『ジェミニ公国』から追放されている。

 あの時に選んだ事に対して後悔はない、結果的には多くの命を救ったはずだ。けれどそんな事は国にとっては些細な事でしかない。今回の行動だって奴隷にされている者にとっては救いになるだろうが、奴隷商業に携わっている国にとっては迷惑以外の何ものでもない。


「正しい行いっていうのが、他の全てに人に良い結末をもたらす訳じゃないんだ。むしろ本当に正しい行動っていうのは、ほとんどの人にとってマイナスの方が大きい。人は自分自身で思ってるほど正しい生き物じゃないからな」

「……」

「お尋ね者になるのが嫌ならここで引き返せ。別に恨んだりしない、むしろここまで協力してくれて感謝してるよ」

「……ここまで来たら最後まで付き合うわよ。あたしだって別にこの国に特別な思い入れがある訳じゃないし、他の人が傷つかない方法なら別の国に逃げる結果になっても問題ないわ」

「そうか……。じゃあ頼む」


 若干重苦しい空気になったが、アーサーは作業を進めていく。一応それなりの量を持って来ているが、『モルデュール』だって無限にある訳じゃない。天井近くの通路を移動しながら、電源部などの少量でも大きな爆発を生み出せるような場所に設置していく。


「よし、あらかた終わった。そろそろ下に降りて捕まってる人達を探しに行こう」


 何だかんだ言いつつ天井に着いてから腰にしがみつきっぱなしのサラを連れてエレベーターに再び乗り込む。


「それにしても地下で高所恐怖症ってのも不思議だよな」

「……悪いわね。ずっとしがみついたままで」

「別に良いよ。むしろサラの控えめな胸が押し付けられて役得って感じだがばはっ!?」


 腰にしがみつかれたままサラのジャーマンスープレックスが炸裂する。

 鉄の床に頭から打ちつけられたアーサーの運命やいかに!?

ありがとうございます。

今回はこの章でアレックスの代わりにアーサーの相棒を務めるサラとの絡みを主題にしてみました。ところでジャーマンスープレックス。あれは遊びでもやっちゃダメ、絶対。

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