324 『ラウンドナイツ』
この部屋で注目の的になっているアーサーも、こちらを見ている少女達を順番に見た。
一番右にいるのはピンク色のショートカットに紫紺の瞳の少女。後ろ髪の一部を黒いリボンで結んでいて、黒いマフラーを首に巻いている。
その隣にいるのは深紅色の瞳で、腰まで届く美しい黒髪の魔族の少女。背には剣がかけられている。
さらにその隣にいるのは少し小柄な少女で、アッシュブラウンのボサボサの長い髪に深紅色の瞳をしている。何故か高圧的な視線をこちらに向けていた。
最後は長い白髪の一番小柄な少女で、無表情のままこちらを見ていた。
「では、紬から順番に自己紹介を始めましょうか」
「りょーかい!」
軽い返事をしたのはピンク色のショートカットの少女だった。
「穂鷹紬。ローくんに直接鍛えられた忍だよ。特技は戦闘、情報収集、その他いろいろ。まあその辺りはおいおい見せていくよ」
「忍術使いか……じゃあ紬も全属性の魔術を使えるのか?」
アーサー自身も長いこと忍術を使っているが、練度が足りないのか未だに『風』意外の魔術は使えていない。だが結祈は全属性の魔術を使っているし、彼女もそうだろうと思って言葉にしただけで他意のある疑問ではなかった。しかし紬は引きつった笑みを浮かべて、
「……その人、どんな天才? 確かに忍術には魔力適正が関係しないけど、全属性ってなると凄い才能だよ。あたしは『光』に特化してるから、できる事といえば……」
言いながら紬は腰の後ろに手を伸ばして短刀を引き抜く。刃渡り三〇センチの刃がきらりと光沢を放ったかと思うと、目の前から少女が消えた。
「とまあ、こんな感じかな。まさに目にも止まらぬ速さだけどすっごい体力を使うし、移動中はほぼ実態が無いから攻撃できない。実際に移動しながら攻撃するには滅茶苦茶速度を落とさないといけないけど、気づかなかったでしょ?」
続けられた声は背後から聞こえて来た。振り向こうとすると頬の横に刃が見える。
アーサーは今の紬の行動が『光』による光速移動だとすぐに看破した。だが分かった所で躱せたかは分からない。先の動きを直感できる戦闘勘があっても、脳の神経伝達速度を超える動きをされてしまえば普通は対処のしようがない。戦闘が特技というのは嘘ではないようだった。
「初対面で刀を向けたのは無礼が過ぎたかな。ごめんね」
「いや、別に気にしてないよ。敵意が無いのは分かってたし」
アーサーには敵意や悪意を鋭敏に感じ取る特技がある。もし紬に敵意があったなら、間に合うかどうかの話は置いておいて、消えた時点でアーサーは時を止めていた。そういう意味も含めて命に危険があった訳ではないから気にしていなかったのだ。
別にアーサーにとってはその程度の事だったのだが、紬はさらっと許したアーサーの言動を好意的に受け止めたようだった。
「ふーん。なるほど、やっぱりそういう人なんだ……」
何か含みのある笑みを浮かべながら刀を腰の後ろの鞘に収め、アーサーから離れていった。とりあえず彼女の自己紹介は終わりらしい。
「じゃ、次はエリナの番だね」
明るい笑顔と共に名乗りを上げたのは、腰まで届く美しい黒髪の魔族の少女だった。無邪気な少年っぽさを見せつつも、同時に清楚な気品も漂わせる不思議な少女だった。
「エリナはエリナ・アロンダイト。ちょっと魔術が暴走した所を魔王様に救われて保護されてたんだけど、死ぬ前に魔王様の代わりを王様がするって言われたから『ラウンドナイツ』になった感じかな」
「ん? ちょっと待て。王様って俺の事か?」
「うん。だって魔王様の子供なんだから王様でしょ?」
「全然違う!」
色々言いたい事はあったが、とりあえず一番引っ掛かったのは彼女の自分に対する呼称の件だった。
「大体、王様ってのはそれ相応の事をしたヤツに与えられる称号だ。何もしてない俺を王様なんて言うのは止めてくれ」
「うーん、でも聞いた話だけでも王様は王様っぽいと思うけど? その辺りはエリナの主観だから受け入れて欲しいかな」
そう言われたら何も言えなかった。王様っぽくなった覚えも何も無いのだが、個人の主観を否定する権利はアーサーには無いのだから。
「……分かった。じゃあそれで良いよ」
「うん。じゃあよろしくね、王様」
頭を切り替えるために、アーサーは髪を掻きながら浅く溜め息をついて思う。
(魔術の暴走云々ってのも気になるけど、まあ後で個人的に聞いてみるか。何となく事情は察せるし)
魔術の暴走もローグやアーサーの『魔力掌握』』なら止められる。というかそれ以外に自分とローグの共通点がアーサーには思い付かない。どんな魔術が暴走したのかは疑問だが、今の関係でそこまで踏み込もうとは思えなかった。
そうして、視線は自然と次の少女に向かう。、アッシュブラウンのボサボサの長い髪の少女。相変わらず深紅色の瞳にはこちらへの敵意の色が浮かべられていた。
「チッ……カヴァスだ。後はレイナに聞け」
「えっと……」
アーサーの視線に気づいた彼女は吐き捨てるようにそう名乗って目を逸らした。かつて命を救ってくれた小さな白い友達と同じ名前なのが気になったが聞ける雰囲気でもない。レイナに困った視線を向けると彼女は溜め息交じりに、
「カヴァスの事は後で説明します。最後にソラの自己紹介をお願いします」
「……はい」
小さな返事を返したのは一番小柄な白髪の少女だ。どこか他の少女とは違う雰囲気を帯びていて、カヴァスの敵意とは違う値踏みにも似たような目線をこちらに向けている。
「ソラ、です……よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
カヴァスとソラは一言交わすだけの簡単なものだったが、とりあえず自己紹介は一通り終わった。それをしていないのはここに一人だけだ。
「私達はアーサー、あなたの力になるために集められました。現在、あなたが対処している問題にも力になるつもりなので、状況を説明してくれますか?」
「そうだな……でも、その前に俺も自己紹介をしておくよ。ローグに聞いて知ってるとは思うけど、自分の口から言いたいし」
言いながら、改めてこの名前を誰かに名乗るのは初めてだな、と思いながら彼は四人の方を見てこんな風に自己紹介をする。
「俺はアーサー・S・レンフィールド。『ディッパーズ』のリーダーで……近しい者を死に近づける『担ぎし者』だ」
『スプリング』を名乗った瞬間、カヴァスが反応を示したと思ったが一瞬の事だった。少し気になったがレイナに聞く事にして今は保留する。それよりもアーサーには自分に力を貸してくれると言ってくれている彼女達に言っておかなければならない事があった。
「ここにいるみんなが協力してくれるのは嬉しいし正直助かる。でも俺と一緒に戦うと、ここにいるよりも確実に死に近づく。ローグに頼まれただけが理由なら考え直してくれ。……頼む」
それだけ言ってアーサーは外へ出た。とりあえず顔合わせは終わった事への安堵と不安に、外の空気を吸ったそばからすぐに全て吐き出した。するとレイナが後を追うようにすぐに追いかけて外に出てきた。
「レイナ母さん……俺は」
「少し歩きませんか? 話は歩きながらにしましょう」
アーサーは無言で提案に頷いた。
二人で森の中へと入って行く。穏やかな空気は心地良いが、今は無言が辛かった。
「それで、どうしてあんな事を言ったんですか?」
まるでこちらの心など見透かしているかのようにレイナはタイミングを見計らって問いかけてくる。アーサーは隠す事もせず分かりやすい溜め息を吐きながら答える。
「今回の敵は分からない事が多すぎるんだ。こっちの攻撃は何も効かないのに、向こうの攻撃は理解を超えた何かだ。ローグが結んでくれた縁ってだけで、一緒に死地に来てくれとは頼めない」
使えるものは何でも使って戦うのが自分のスタイルだと理解はしているが、そこに人の命までは含められない。それくらいの倫理観はアーサーにだって残っている。特に今はシエル・ニーデルマイヤーの件が尾を引いているのだ。失敗を恐れるのは当然だろう。
「一人でやれば力不足だ。でもみんなに協力して貰えば、大切な人達を危険に晒す。全員を救えないのは分かってるし、この生き方を辞めるつもりもないけど……まったく、この世界は本当にままならないよ」
『リブラ王国』の時は一人で先走って、一〇年前の世界では多くの人に力を貸して貰ったのに失敗した。
正解なんて分からない。成功する時は成功するし、失敗する時は失敗する。全員が無事に生き残る場合もあれば、誰かの命が失われる場合だってある。
誰だってハッピーエンドが好きだ。でも実際はいつも上手く行くとは限らない。この仕事をしている以上はどこかで折り合いをつけなくてはならないのだろうが、アーサーにはまだそれが出来ていなかった。
「……前にローグさんが言っていました。絶望に抗い続ける者。希望を絶やさない者。前へ進み続ける者。そういった者達を人は時にヒーローと呼ぶ、と。あなた達が五〇〇年前から戦っているものは……きっと私達の想像よりも巨大で強大なものなんでしょうね。……ローグさんはあなたの事をずっと気にかけていました。特に『担ぎし者』の呪いの事を……」
「……ローグ・アインザームか。正直、父親って実感は無いんだよな。でも……」
良い人だったんだろうな、とは思う。『ラウンドナイツ』と名乗ったフィリア達を保護して育てていたように、きっと『魔族領』に引き籠ってただけじゃなくて大勢を救っていたのだろう。
その成果がきっと多くの魔族が暮らすこの場所だ。実力主義の世界とは思えない、穏やかで懐かしい匂いを生み出しているのだ。
「……みんなを失いたくない。そのためにはヨグ=ソトースを倒す力が必要だけど、そのためにはみんなの力が必要で……こういうのってジレンマって言うのかな?」
言いながらレイナに向けたアーサーの表情は、泣き顔と笑顔を無理矢理合わせたようなくしゃくしゃなものだった。
こんな人生を送っている以上、永遠に付きまとうもう一つの呪い。
その重さをレイナは理解できない。ヒーローではない、誰かの母親である彼女には理解してやる事ができない葛藤だ。
「……私にはあなたに答えを示す事はできません。ですがあなたへ助言する事くらいはできます」
いつの間にか二人の足は止まっていた。正面で顔を見合った状態でレイナは続けて言葉を吐き出す。
「カヴァスはサクラさんと契約を交わしていた魔獣です。五〇〇年、一人で生きていて……ローグさんが保護した時には怒りで満ちていました。素っ気ない態度をあなたに取ったのは、サクラさんの息子だから何かを見定めているのでしょう。エリナもあなたの力が無いと次に魔術が暴走した時に死ぬでしょうし、フィリアはあなたに会うのをずっと楽しみに待っていました。紬にもあなたと関わろうとする理由があります。そしてソラに関しては深い事情までは知りませんが、『担ぎし者』であるからこそ力になりたいと思っているのは間違いありません」
先程の顔合わせでは知らされなかった五人の事情。アーサーは何も言わずに静かに聞き入っていた。
「あなたが関わろうとしなくても、あなたの周りには人が集まってきます。失いたくないなら、あなた自身が傍で守るのが最善だと私は思いますよ? それに彼女達にはあなたが、あなたには彼女達が必要です。ローグさんの代わりになれるのはアーサーだけなんです」
「……その資格が俺にあるのか分からない」
だけど、と彼は続けて。
「せめて相応しく在れるように努力はしてみるよ」
どのみち選択肢は彼女達に託したのだ。アーサーに今できるのは、どうやって攻撃の効かないヨグ=ソトースを倒すのか考える事だけだ。