321 三体目の『魔装騎兵』
地下における最後の一組がいたが、他の二組と比べればかなりマシな状況だった。
アリシア・グレイティス=タウロス。
ミランダ。
マルコ。
ネミリア=N。
ユキノ・トリガー。
彼らの頭上にも大量の瓦礫が降り注いでいたが、それらは全てネミリアの『念動力』によって防がれていた。
「……ありがとうございます、ネミリアさん。おかげで助かりました」
「いえ。『ディッパーズ』と協力する約束ですし、『タウロス王国』の王女を守るのは当然です」
『念動力』のバリアの上に積み重なった瓦礫を吹き飛ばし、ネミリアは服に付いた汚れを払いながら感情の色が見えない平坦な口調で言う。
「それにしても、ニックとレナートとははぐれたか……」
「あの二人なら大丈夫ですよ。それより早く地上を目指しましょう」
ミランダの不安げな声にマルコは眼鏡をくいっと上げて位置を戻しながら声を出した。しかし、その発言に異を唱える者が一人。
「地上に上がるよりも『魔装騎兵』を探した方が良いんじゃないかな? ラプラスさんも結界解除の方が重要だって言ってたし、落ちた他のみんなも心配だから」
「だが、アリシア様をこんな危険な場所に連れ回す訳には……」
「問題ありません。ミランダ、ここはユキノさんに従いましょう。幸い『無傷剣』は持っていました。丸腰では無いので足手まといにはなりません」
「アリシア様のそういう血気盛んな所が心配なんだが……命令なら従いますよ」
ミランダが折れると彼女の部下に当たるマルコもそれに従う事にした。
では早速移動しよう、という頃合いで移動を始めようとした三人だったが、ネミリアとユキノは全く別の方向を向いていた。そしてネミリアは片手を、ユキノは拳銃を前に出して構える。
「ユキノさんも気づいていましたか」
「職業柄、他人の気配には敏感だから。そこにいる人、今すぐ出てきて。じゃないと撃つ」
「……やれやれ。音に釣られるんじゃなかったぜ」
物陰から出てきたのは、相変わらず気怠そうな様子のクロウ・サーティーンだった。見知った顔の登場にユキノは少しだけ気を緩めたが、それでも銃は下ろさない。
「あなたは……」
「オマエとは昨日ぶりだな。それにそっちはネミリア=Nだったか。『ピスケス王国』以来だからそんなに前じゃねェが、まさかオマエも『タウロス王国』に来てたとはな」
「……貴方もわたしを知っている人ですか?」
顔見知りのはずのネミリアの他人行儀な態度に一瞬だけ眉を潜めたクロウだったが、その原因に思い至ると一人で納得したように頷きながら、
「なるほどな。『ポラリス王国』に戻って記憶を消されたのか。まあオレにはどォでも良い話だが。それより武器を下げてくれ。不死身っつっても痛みはあるんだからな?」
「「……、」」
二人は無言で頷き合ってから、警戒心はそのままに手と銃を下ろした。といってもクロウの様子は別に武器を向けられていた時と何も変わらない。
「で、何が起きてるか説明くらいはしてくれよ。代わりに力を貸してやるからよ」
「上から目線なのが気になるけど……仕方ないか」
ユキノは溜め息をつきつつ今の状況を説明した。
地上でいきなり襲われた事や、消えた『魔装騎兵』を探し出して結界を解除したい事など全て。はっきり言えばまだ信用しきった訳ではないのだが、万が一戦いになったとしても不死身相手に勝てる手段を持ち合わせていないので、今は協力して貰う方向で話を進めるしかなかったのだ。
「なるほどな……結界解除の目的はオレと同じって訳だ」
全ての説明を追えると、クロウは一人で頷いてから踵を返した。
「じゃあ付いて来い。その消えた『魔装騎兵』ってヤツの所まで案内してやるよ。オレも丁度向かってた所だしな」
「待って、場所を知ってるの?」
「あァ、そう言ったが?」
「あなたの目的が結界の破壊なら、どうしてまだ破壊していないの?」
「実際に見りゃ分かるが、見つけた時は結界を破壊する手段が無かったんだ。そっちを探し終わって戻ってた途中でオマエらと会った。タイミングが良いのか悪いのか分かんねェよな?」
「……、」
どうにもクロウの軽い調子はユキノとの相性が悪いようだった。移動を始めた後も、ユキノはクロウの背中に付いていつでも撃てるように心の準備はしていた。
一方で、同じくクロウを警戒していたネミリアだったが、彼女の場合は別の事に意識が向いていた。
「クロウさん……でしたね。わたしの事を知っているみたいですが……」
おずおずと自身の事を聞こうとしていたネミリアだったが、クロウは足を進めたまま面倒くさそうに頭を掻いて、
「オレにその手の質問はすんな。オマエを知っちゃいるが、特別親しかった訳じゃねェ。記憶についてはアーサーに聞け」
「やはりアーサー・レンフィールドですか……」
むぅ、と唸りネミリアは再び考え込んだ。彼女自身、自分の記憶やアーサーの話になると感情の片鱗が見えている事には気づいているのだろうか。
そんなこんなで、ここのチームは崩落で生き埋めのリスクがあった訳でも『人型の触手』に襲われる事もなく、クロウを先頭に順調に地下施設の中を移動していく。唯一の懸念は上の方から度々聞こえる音だが、ヨグ=ソトースとの戦闘音だと大体の予想はつき、誰が戦っているのか分からないが早くしなければと焦燥感だけが募る。
そうして十数分ほど歩いた頃だろうか。前の方から途轍もなく大きな魔力とプレッシャーを感じるようになってきた。
やがて、格納庫と同じくらいの大きな空間に出た。
肝心の『魔装騎兵』は目の前で座すように佇んでいる。赤色ではなくヨグ=ソトースが最初に乗って来た肌色の『魔装騎兵』しか無いのが少し気になったが、その全身からは茶色いオーラが溢れていた。ヨグ=ソトースを直接見た者がいない六人には伺い知れないが、その色は『大地』の物理障壁と同じ色合いだ。
「これを破壊すれば良いんですね? それなら私の『無傷剣』で……」
言いながら刃の無い剣を上段に構えて魔力を溜めるアリシア。だがその行動を止めるようにクロウが彼女の前に手を出した。
「無駄だ。いくら魔力を込めよォが、そんな攻撃じゃどれだけやっても『魔装騎兵』の装甲は破れねェよ」
「それならあなたには良い案があるの?」
相変わらず強い当たりのユキノだが、クロウは気にした様子も無く笑みを浮かべて答える。
「当たり前だ。オレが何のために一晩中地下に籠もってたと思ってんだ? この忌々しい結界を壊す準備は整ってんだよ」
そうして彼は、手を頭上へと伸ばしていく。
次いで、こう言い放った。
「来やがれ―――『シメイス=カサルティリオ』」