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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一六章 始まりの地にて集うは英雄達 Bullet_of_World_Revolution.
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320 極限下の戦い

 しばらくは様子を見るように離れて攻撃を繰り返していた三人だが、それでは触手の壁も『大地(ガイア)』の物理障壁も越えられなかった。ヨグ=ソトースの力の総量は分からないが、自然魔力を用いている結祈(ゆき)はともかく、魔力や弾数に限りのあるサラやラプラスにとってこの状況はジリ貧でしかなかった。足止めが目的の全てなら果たせているかもしれないが、彼女達の本当の目的はヨグ=ソトースを倒す事だ。これでは埒が明かない。

 とはいえ、なにも無駄に攻撃を繰り返していた訳ではない。ラプラスはここまでで分かった事を叫んで状況を打破するべく動き出す。


「触手には『大地(ガイア)』の力は届かないようです。私が弾くので懐に入って下さい!!」

「分かったわ―――『廻纏(かいてん)』!!」


 体中に纏った風を右腕だけに集中させ、さらに『獣化(じゅうか)』で腕の形は変えずにドラゴンの破壊力だけを再現する。


「行くわよ! 『廻纏剛衝拳』かいてんごうしょうけん、バーストォ!!」


 ヨグ=ソトースの懐に潜り込んだサラが渾身の拳を撃ち込み、さらに『オルトリンデ』の機能であらかじめ溜めておいた魔力を消費して強化を施した。

 元々凄まじい威力の拳がさらに強化され、堅牢な『大地(ガイア)』の物理障壁を破壊して殴り飛ばす。その先には剣を構えた結祈がいた。


「『風刃(ふうじん)()雷刃(らいじん)』!!」


 結祈が右手には雷、左手には風を纏わせた剣を並行に構え、飛んで来たヨグ=ソトースの脇腹を斬り裂いた。しかし両足で綺麗に着地したヨグ=ソトースの傷口はすぐに小さな触手が絡み合うように蠢いて塞がった。そして同時に『大地(ガイア)』の物理障壁も再展開される。


「無敵な上に回復持ちとか洒落になってないわよ……」


 それを眺めながら、うんざりしたようにサラは呟いた。その近くでラプラスがあまり期待はせずにこう尋ねる。


「サラさん。『オルトリンデ』の『単発強化(バースト)』はあと何回できますか?」

「六発よ。つまりあいつの障壁を破れるのは最大でもあと六回ね。考えて使わないと……ッ、ラプラス!!」

「―――まさか下ですか!?」


 第六感(シックスセンス)と『未来観測(ラプラス)』でそれぞれヨグ=ソトースの次の攻撃を察知した二人だったが、気付くのがあまりにも遅すぎた。

 突如、二人の足元からヨグ=ソトースが足の裏から伸ばした触手が飛び出して来たかと思うと、それが体中に巻き付いて二人は動きを封じられた。


「サラ!! ラプラス!! くッ……!?」


 二人の事は心配だったが、地面からの触手は結祈にも襲いかかり助ける余裕が無くなった。二人が襲われたのを見ていたので後ろに跳んで躱したが、さらに背後から触手が現れて横からぶっ飛ばされた。

 触手に巻き取られた二人は意識を失うまで何度も地面に叩きつけられ、意識を失うとヨグ=ソトースは興味を失った玩具のように適当に投げ捨てた。


「口ほどにもないな。だが案ずるな。お前達の犠牲はやがて世界のための礎になる。分からないだろうが……そういう風にできている」

「ッ……何を、勝手な事を……」


 ぶっ飛ばされた先で立ち上がる結祈も決して軽症ではなかったが、意識を失うほど叩きのめされたサラとラプラスよりはマシだった。額から流れる血を拭ってから、剣を握り直して立ち上がる。


「負けず嫌いは苦しんで死ぬ羽目になるな。まったく、呆れを通り越して哀れに思うぞ?」

「……心配どうも。でも死なないから大丈夫。ワタシも、みんなも、誰一人だって殺させやしない!!」

「なら守って見せろ、口先だけの人間!!」


 ヨグ=ソトースが向けて来た両腕の袖から大量の触手が結祈一人に向かって来る。対する結祈が取った行動は異常としか言えないようなものだった。


(頑張っても無理なら……無茶をするしかないよね。アーサーみたいに)


 対処する素振りを見せず、脱力した姿勢で目を閉じていたのだ。

 さらに場違いなほど深く息を吐く。


「ふぅー……」

(お願い、力を貸して……この場にある全ての自然魔力!!)


 そう心の中で強く念じると、結祈の体に黒いオーラが纏わりついていく。

 まるでアーサーの『消滅』の力に酷似した、どこまでもドス黒い集束魔力。その力を見に纏い、彼女は目を閉じたままさらに心の中で強く叫ぶ。


(―――『天衣無縫(てんいむほう)()極夜(きょくや)』ッ!!)


 その次の瞬間だった。ヨグ=ソトースが伸ばして来た触手を、目を閉じたままの結祈が体をズラして躱した。

 偶然ではない。さらに目を閉じたまま次の触手を紙一重で躱し、どうしても躱しきれないものは剣で斬って退ける。そうして少しずつヨグ=ソトースの方へと近づいていく。

 今の結祈は周囲の自然魔力を完全掌握しており、その僅かな変動を探知して触手を躱しているのだ。今では色々な派生があり人によって違う場合もあるが、これこそが本来の『天衣無縫(てんいむほう)』の在るべき形だ。

 忍術を極めたさらにその先。近衛結祈が立っているのはそういう場所だ。


「みんなを護るって約束した……」


 迫りくる触手を弾きながら、ようやく結祈がゆっくりと目を開ける。

 その瞳は、透き通るような綺麗な深紅色に染まっていた。


「だから負けない! 『偽法・元素精霊(エレメンタルズ)』!!」


 結祈が力強く叫ぶと、ヨグ=ソトースの四方に『火』『水』『風』『土』の魔力が物凄い密度で集まり、やがて五メートルはある人型の巨人へと変化していく。


「『火精魔人(サラマンダー)』『水精魔人(ウンディーネ)』『風精魔人(シルフ)』『地精魔人(ノーム)』。行って、エレメンタルズ! ヨグ=ソトースを討て!!」


 結祈の声に応えるように、四体の巨人が四方からヨグ=ソトースに襲い掛かる。しかしヨグ=ソトースは何もアクションを起こさなかった。四体の巨人の攻撃はどれも『大地(ガイア)』の物理障壁を突破できずに意味を成していなかったのだ。


「元素精霊……この世の理か。それでは俺に勝てんぞ」

「うん、だからもっと強くする」


 手を前に出した結祈は、さらに膨大な自然魔力を集めながら続けて言い放つ。


「来て、『雷精魔人(ヴォルト)』『光精魔人(グリッタ)』『闇精魔人(シャドウ)』!!」


 結祈の要望の声と共に、さらに『雷』『光』『闇』の属性の権化である三体の巨人が現れた。

 これが結祈の魔術の名が『エレメント・フォー』ではなく『エレメンタルズ』の理由。基本となる四大元素だけでなく、全ての魔力適正で巨人を生み出す力。

 この三体の出現にはヨグ=ソトースの顔色も変わる。


「まさか強引に元素精霊を生み出したのか? お前は一体……」

「『ディッパーズ』の近衛結祈。あなたを殺す人だよ」

「殺すとは……おおよそヒーローらしからぬ発言だな」

「うん、リーダーのアーサーは確かにヒーローだよ。それを支えようとも思うし、同じ道を歩いていきたいとも思う」


 ヨグ=ソトースは『大地(ガイア)』の物理障壁で攻撃を受けつつ、触手も動かして七体の巨人『エレメンタルズ』に反撃をしていた。それを見ながら結祈は『エレメンタルズ』を器用に操って最適な攻撃を加えながら言葉を続ける。


「でもワタシの本質は英雄(ヒーロー)じゃなくて復讐者(アベンジャー)。だからアーサーみたいに躊躇はしないし、平気で命を奪える。こんな風に!!」


 結祈が片手だけでなく両手を前に突き出すと、七体の『エレメンタルズ』の体が一斉に崩れ、純粋な魔力となって結祈の前に集まっていく。

 アーサーやヘルトのように集束魔力砲を使う時に魔力を集めるのではなく、『エレメンタルズ』として個人の体で受け止め切れない量の魔力を間接的に集めてから一ヵ所に集束させる事で、尋常じゃない量の自然魔力を集束させているのだ。

 純粋な魔力ではなく、七つの属性全てを練り合わせた砲弾ができた瞬間、それが自然に爆発するよりも前に前方に向かって一気に解き放つ。



「―――『元素飽和集(げんそほうわしゅう)束魔力砲(そくまりょくほう)』!!」



 カッッッ!!!!!! という白い光の帯が放たれた。

 音の速度を超えて突き進むその集束魔力砲は、七つの属性が絡み合い力を相乗させながらヨグ=ソトースの体を飲み込んだ。『タウロス王国』を破壊しないように少し上に放たれたそれは、どこまでも伸びていき結界にぶち当たった。さらにそれだけでは収まらず、一時的にだが結界に穴を開けて空高くへと消えていく。

 砲撃が終わった後、結祈は伸ばしていた両手をいきなり重りでも掛けられたかのような勢いで下ろした。顔には玉のような汗が大量にあり、珍しく肩が大きく上下するほど荒い息をしていて本当に疲弊していた。

 正真正銘、結祈が使える最大の技だった。『エレメンタルズ』を利用して間接的に魔力を集めるという裏技を使っている事もあり、一発撃つだけでこれほど疲弊してしまうが威力はそれ相応だ。


「……確かに強力だ。まさか『大地(ガイア)』が一瞬も持たないとは」

「っ……!?」


 疲労で俯きがちだった結祈の顔が跳ね上がった。

 ヨグ=ソトースは死んでいなかった。触手で自分の体をぐるぐる巻きにしており、おそらく例の超回復を絶えず使う事で耐えきったのだろう。その触手を解くと中から多少の傷だけ負っているヨグ=ソトースが出てきた。


「通常の元素精霊が仇になったな。もし全てが強引に生み出した元素精霊の攻撃だったなら、今ので終わっていたかもしれん」

(そんな……これでもダメなんて、もうどうすれば……)


 肩で息をする結祈の戦意は折れかけていた。

 すでに体力も限界に近い。それでいて自分が使える最大の攻撃でも倒せなかったのだ。流石にこの戦況で絶望を何一つ感じないのは不可能だろう。


「この世の理から外れた力。『ディッパーズ』で使うのはアーサー・レンフィールドや『一二災の子供達ディザスターチルドレン』だけだと思っていたが……まさかお前もそうだったとはな。ただお前の場合は自覚が無いようだが」

「? 何の話を……」

「お前が使ったのは紛れもなく魔法だ。なのにキーワードを言っていない。お前、自分の出自に関する記憶を弄ったな?」


 すでに結祈が負わせた傷はほとんど治っていた。全てではなくほとんど、という所が重要なのだが、今の結祈にはそれに気づけるほどの余裕はなかった。


「出自って……ワタシは『魔族堕ち』で、お母さんを殺されたから『魔族信者』を殺し続けて……それが全部嘘だって言うの!?」

「お前の事なんか知らん。元々、ここで死ぬお前には関係無い」


 触手が絡み合い巨大な柱のようになった腕を空へと掲げ、それを結祈に向かって一気に振り下ろす。

 しかし振り下ろされる直前、一発の発砲音と共にヨグ=ソトースの背後の地面に何かが撃ち込まれた。そこから電気が伸びてヨグ=ソトースの振り上げた腕を後ろに引っ張るようにして結祈への攻撃を止めたのだ。

 それを引き起こしたのは、左腕がだらりと下がり片目は閉じたまま開いていないラプラスだった。さらにその傍らで、陸上選手のクラウチングスタートのような体勢のサラが思いっきり地面を蹴った。


「さっきから煩いのよ、あんたはァァァあああああああああああああああああ!!」


 獣のような雄叫びを上げるサラはその一撃に全てを懸けた。『オルトリンデ』に溜めていた残りの『単発強化(バースト)』六発分の魔力を全て込めて拳を解き放つ。



『廻纏剛衝拳』かいてんごうしょうけん―――アンリミテェェェッド、バァァァストォォォッ!!!!!!」


 ハネウサギの脚力とブーツのジェットを合わせた高速移動から放たれた一撃が引き起こしたのは、未だかつて聞いた事のない破砕音だった。なにせその一撃でヨグ=ソトースの上半身が完全に吹き飛んだのだ。さらに『廻纏(かいてん)』の余波が引き起こした豪風がヨグ=ソトースの下半身を吹っ飛ばしていく。

 だが、それでもなおヨグ=ソトースは倒れない。吹き飛んだ下半身の断面から触手が絡み合うように這い出てきてすぐに上半身が再生される。もはや魔族でも人間でもない化け物のような有様だ。

 しかしサラはそんな有り得ない光景には目もくれず、傍にいる結祈の方へと意識を移した。


「結祈。あんたの過去に何があったとしても、あんたはあたしの親友よ。アーサーだって絶対に見捨てたりなんかしない」

「ぁ……」


 頼りなさげな声が結祈の口から洩れた。

 なおも言葉を失っている彼女に、近づいて来たラプラスも声をかける。


「らしくないですね、結祈さん。こんな簡単な事、アーサーをよく理解している結祈さんなら一番に気づきそうですが」

「……まったく言いたい放題だね。ワタシ、そんなに二人から信頼されてたんだ?」

「あたし達、親友でしょ? そんなの当然よ」

「それに昨日今日の活躍を見て信頼しない人なんていませんよ」

「そっか……ありがとう、二人とも」


 ぐっ、と疲労で上手く動かない体に鞭を打って結祈は再び立ち上がる。

 よく理解していたつもりだったが、こういう状況で改めてアーサーの凄さが分かってくる。あんな勝てる方法も分からないような相手に、アーサーはこれまで何度だって立ち向かい、倒れる度に立ち上がって来たのだ。ここぞという場面では実力以上の力を発揮するが、常時ならここにいる三人の誰にも勝てないような力しかない少年。

 だけど彼は、いつもある言葉と共に立ち上がるのだ。


「絶対に諦めない……だよね、みんな?」

「ええ。『単発強化(バースト)』はもう使えないから物理障壁は破壊できないけど」

「おまけに残弾も多くないですし、未来を観測しても勝つ道が一つもありません。さらに私は片腕が使い物にならないので、劣勢どころの話じゃないです」

「それでも最後まで諦めない。……ワタシ達、アーサーに影響され過ぎかな?」

「それは疑うまでもないでしょうね」


 こんな状況だというのに、三人の顔には笑みがあった。

 自棄になった訳ではない。ただこれが正しいとは思ったのだ。

『ディッパーズ』として仲間達と世界の敵と向き合うこの道が、アーサーの存在の有無に関わらず正しい行いだと心の底から思えたのだ。

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