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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一六章 始まりの地にて集うは英雄達 Bullet_of_World_Revolution.
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312 全にして一、一にして全

 調査をするためにここまで来た訳だが、実際力になれるのはラプラスくらいだ。その彼女がほぼお手上げ状態の時点で『魔壮騎兵(まそうきへい)』について、これ以上分かる事は何もなかった。


「あまり気は進みませんが、いっそ『リブラ王国』にいる彼に話を聞いた方が早いかもしれませんよ?」

「うーん、そうだな……」


 ラプラスの指摘はアーサーも考えていた事だった。というかアユムよりも前にクロノに聞くという手もある。ラプラスと違って五〇〇年間フリーで活動できていた彼女ならこの場にいる誰よりも何かを知っている可能性があった。

 布越しにポケットの中のマナフォンに触れる。『ゾディアック』内ならどこからどこへでも通じるものだと聞いているが、地下深くはどうなのだろうか。そんな事を考えながら改めてポケットの中に手を突っ込んだ時だった。


 ビィィィ―――ッ!! とけたたましい音が施設中に鳴り響いた。


 思わず耳を塞ぐほどの音だ。頭よりも先に本能が危険を感じて身構える。見ると何の警報なのかを知っているニックはマナフォンを用いて外部と連絡を取っていた。どうやら地下深くでも問題無く通じるらしい。


「ッ、アーサー!!」


 鳴り響き続ける警報にも負けないくらいの音量で、サラが鬼気迫る形相で叫ぶ。


第六感(シックスセンス)が振り切ったわ! これは……マズイ、上から何かが来る!!」

「上!? ここは地下一〇〇メートルはあるんだぞ! そこまで来る何かがあるのか!?」

「ああ、確かだ」


 その声はマナフォンから耳を離したニックのものだった。簡潔に事実だけを伝えてくる。


「高魔力反応体が高速でこちらに向かっているらしい。空を飛んでる何かが一直線にここを目指して」


 その言葉の直後。

 ズッズン!! という大きな縦の揺れがあった。次いでラプラスが叫ぶ。


「地上に何かが接触しました! 時間がありません、全員上空に警戒を!!」

「もう避難してる時間もない! 結祈、アンナ、迎撃するぞ!! 『妄・穢れる事プロテクションロータスなき蓮の盾(・カルンウェナン)』!!」

「ええっ、『滅炎の(スローター・)金獅子(エンブレオ)』!!」

「『偽装三重・(トリプルフェイク・)穢れる事なき(プロテクション)蓮の盾(ロータス)』!!」


 三人の魔術と魔法が上空に展開される。

 一番上に円状に広がる金色の炎。次いで三枚の透き通る花弁の盾。最後に上の三枚よりも純度の低い光沢を放つ花弁の盾が一枚。

 接触はすぐにあった。降って来たモノが何であるか確認する暇はなかった。

 それは全てを燃やし尽くす魔法の炎を吹き飛ばし、すぐに花弁の盾とぶつかった。金色の炎よりは粘っているが、ほんの一秒で砕け散る。二枚目も一秒ほどで砕けるのを見てアーサーは悟った。

 防ぎ切れない。結祈の盾で一秒しか持たないなら、アーサーの盾では〇・五秒も持つか分からない。

 もっと力がいる、と自ら求めた瞬間に全身から『黒い炎のような何か』が噴き出した。アーサーはそれらを操り、右手の前に展開している綺麗な盾をドス黒く染め上げていく。

 一秒後、漆黒の盾と落下物が衝突する。しかし受け止め切れないのはすぐに分かった。結祈の盾よりは長持ちしているが、徐々に削り取られて行くのが感覚で分かった。

 どうするべきか短い時間で考えていると、アーサーと盾の間に巨大な魔法陣が浮かび上がった。


「兄さん、盾を解除して下さい!!」

「……ッ」


 レミニアが叫んだのと同時、アーサーが解除するまでもなく漆黒の盾が粉々に砕け散った。

 直後、落下して来たモノが魔法陣と接触して目の前から消え失せる。そしてレミニアがもう一つ横向きに用意していた魔法陣からそれが飛び出して来た。

 床にぶち当たるはずだったそれが、真横に吹っ飛んで格納庫の壁に衝突して動きを止めた。レミニアの機転で最悪の事態は免れたが、壁に衝突した時に起きた衝撃で傍にいた彼らは軽々と吹き飛んだ。とはいえ離れていたので大したダメージは無い。倒れた各々がそれぞれすぐに立ち上がる中、何故かアーサーにだけ不幸が降り注ぐ。降って来た何かが壊した天井から鉄骨が降って来たのだ。


「うおっ!?」


 咄嗟で動けなかったので『その意志はただ堅牢で(マナ・プロテクション)』を使って受け止めようとしたのだが、鉄骨が届くよりも前にニックがアーサーに覆い被さり代わりに背中で鉄骨を受け止めた。

 常人なら死んでもおかしくない行為だが、ニックはあっけらかんとした様子でこう尋ねてくる。


「無事か?」

「そりゃこっちの台詞だろ。……それは硬質化の魔術か?」

「前の事件以来、何か魔術を覚えようと思って手を出した。便利なもんだろ?」


 そう言ってからニックはアーサーの上から退いて立ち上がった。それからアーサーもニックが差し出して来た手を握り、引っ張って貰う形で立ち上がる。


「それで、結局何が降って来たんだ?」

「ミランダや上の連中も確認できてない。実物を調べるのが一番早そうだ」


 二人揃って壁に激突した落下物の方に顔を向けた。爆発の煙が次第に晴れてくると落下物の正体があらわになる。

 傍にある三機と同じ機械人形。新たに現れた肌色の『魔壮騎兵(まそうきへい)』だった。再びそれが動き出すとこちらに振り返って膝を着いた姿勢で止まった。それから丁度胸の辺りから淡い光が出てきたかと思うと、床の傍で弾けて『転移魔法』でも使ったかのように突然一人の男が現れた。

 手が隠れるほど長い袖のコートを羽織った長い髪の男。手入れのされていない伸びたボサボサの髪と髭をたずさえ、前髪の奥には獣のような目が爛々と光っていた。


「あれは……」

「ニック」


 値踏みするように目を凝らしていたニックの隣で、アーサーは静かに声を放った。


「みんなを避難させろ。この地下施設から全員を地上に逃がすんだ」

「待て、いきなり何だ? お前はあいつを知っているのか?」

「魔族だよ、それも魔力だけなら上級魔族レベルだ。良いから早く動いてくれ」


 慄くニックに構っている余裕はない。ラプラスの方を見ると彼女は静かに頷いた。とりあえず相手と言葉を交わしたいというアーサーの考えを読んだ上で、それを肯定したのだろう。改めてアーサーは魔族の男へと視線を戻して声を上げる。


「アンタは―――」

「『魔神石』」


 と。

 相手の放った一言でこの場が凍り付いた。


「大人しく寄越すなら見逃す。抵抗するなら蹂躙するだけだ」

「―――っ」


 アーサーは対話を切り上げた。件の『魔壮騎兵(まそうきへい)』を駆る上級魔族並みの魔力を持った相手が『魔神石』を欲している。それだけで敵だと断定するには十分だった。

 何かアクションを起こされるよりも前に、アーサーは一人で飛び出した。

 この襲撃者の脅威はひしひしと皮膚を刺すような魔力が表している。だがアーサーの右手で触れられれば、それだけで魔力を掌握できる。どんな相手だろうと確実に。

 動けなかったのか、それとも動かなかったのか。結局アーサーの拳が届くまで動かなかった魔族に、魔力に対して絶対の力を持つ右の拳が振るわれる。

 だが、


「それは魔王の力だろ? 俺には効かない」


 何かのエネルギーのようなものを殴った手応えは確かにある。しかし魔力を掌握できない。

 となれば簡単な話だ。彼は魔力ではなく、全く別の力をフィルターのように展開して『魔力掌握(マナフォース・ワン)』の力を防いでいるのだ。『この世のモノでは無い力』。その単語が脳裏に浮かぶ。


「お前は一体……」

「ヨグ=ソトースだ。『魔神石』は貰って行くぞ、アーサー・レンフィールド」

「っ、誰が渡すか!!」


 ヨグ=ソトースと名乗った魔族は簡単に『魔神石』などと言っているが、ここにあるのは『未来』と『無限』の二つで、それぞれラプラスとレミニアの核となっているのだ。ただの『魔神石』以上にこれだけは渡せない。

 しかし右手の力が効かないのも事実だ。

 必殺の一撃が効かないなら、アーサーが次に取る手は決まっていた。


「直接ぶっ倒す!! 『愚かなるその身に祈(シャスティフォル)りを宿して(・フォース)』!!」


 ボッッッ!! とアーサーの四肢が輝いたかと思うと、『ジェット』で加速された両拳が連続で何度も撃ち放たれる。かつて三発で魔族の一人を戦闘不能にしたその拳を、本人ですらどれだけ撃ち込んでいるのか分からない、嵐のような連撃で突き出し続ける。

 だが何故か、苦しそうな顔をしているのはアーサーの方だった。

 そもそも拳一発で相手を吹き飛ばす『加速(ジェット)()天衝拳(スマッシュ)』を何発も撃ち込むこの技は、敵の背中が壁に張り付いていないと成立しない。それなのにヨグ=ソトースは立ったまま耐え続けていたのだ。そのせいで拳を一発撃つ度にアーサーの心に不信感が募っていく。


「っ―――いい加減吹き飛べ、『灰熊天衝拳』グリズリー・スマッシュ!!」


 しびれを切らしたアーサーは四肢に纏っていた魔力を全て右手に集め、全力の一撃をヨグ=ソトースに叩き込む。

 しかし。

 それでも。

 アーサーの最大の一撃を受けてなお、ヨグ=ソトースは傷一つ負っていないどころか一ミリも後退せずに受け切ったのだ。


「どうした? チマチマと遊んでないで必殺の一撃でも打ち込んでみろ」

「ッ、この……!!」


 もはやなりふり構っている場合では無かった。

 再び引き絞った右腕に溢れ出る『紅蓮の焔』が纏わりついていき、アーサーはそれをヨグ=ソトースの胸に向かって撃ち込む。


「―――『紅蓮咆哮拳』クリムゾン・ディザイア!!」


 アーサーの右腕の『焔』が吹き荒れ、ヨグ=ソトースへと放たれる。

 彼が持ちうる切り札の一つ。彼自身の力ではないが、それでも必殺と言える一撃だ。

 それなのに。


「……気は済んだか?」

「ぁ……!?」


 熱線の内側から軽い声が聞こえて来た。

 次の瞬間、吹き飛んだ―――アーサーの体が凄まじい速度で後方へと。


「っ、マスター!?」


 ラプラスが反応できたのは、アーサーが凄まじい速度で吹き飛ばされて灰色の『魔壮騎兵(まそうきへい)』に激突した後だった。遠目で見ただけだが、ラプラスには完全に意識が無くなっていると分かってしまった。

 いくら全魔力を右腕に集中させた後だといっても、決して打たれ弱くないアーサーが一撃で敗けた。あまりに現実味のない状況にラプラスの思考が停止する。


「パンチとはこう打つんだ」


 静寂が場を包み込む。

 パンチ、なんて生易しいものじゃない。ヨグ=ソトースの拳は人間の大きさじゃなかった。今まで見えていなかった袖の奥、そこから吸盤の無いタコの足のような触手が伸び、絡まって拳の形を成した巨大な拳でアーサーを殴り飛ばしたのだ。


「全にして一、一にして全」


 うぞうぞうぞうぞ、と拳の形を成していた触手が不気味に蠢き、内側から弾けて辺りに残骸が散らばった。すると今度はその残骸から何本もの触手が伸び、絡まり合って人型になっていく。

 質量の保存も無視した、この世のモノとは思えない異様な光景だった。彼の一挙手一投足はそれだけで見ている者の奥底にある恐怖を引きずり出して体を硬直させる。


「……マズいね。これは一旦逃げた方が良いよ」


 そんな状況で、一番初めに言葉を発したのはシャルル・ファリエールだ。彼女は魔力の弓を手に作りながら、腰を低くして呟くように言い放った。

 状況は敵であるヨグ=ソトースが、こちらのリーダーであるアーサーを一撃で倒したのだ。戦力的な問題以外にも士気の問題がある。それにヨグ=ソトースの強さも触手の化け物がどれだけ増えるのかも未知だ。この場で総力戦になれば敗北は必至だろう。

 それを一早く判断したシャルルの英断に、何か言いたげだったラプラスだったがぐっと唇を噛んで堪え、すぐに能力を使った的確な指示を飛ばす。


「この場は撤退します! レミニアさん、マスターに『転移魔法』を。場所はお任せします!!」

「ッ、はい!」

「シャルルさんは目隠し、アンナさんは炎で壁を!!」

「もうやってる!」

「任せて!」


 こちらも立ち直ったレミニアが『転移魔法』を発動して倒れたままのアーサーを逃がす。すぐに意識の無い彼はどこか安全な場所へと消えていった。

 その隙にシャルルが『着弾した瞬間に煙を発生させる』能力を付与した矢をいくつか飛ばし、目隠しをする為に煙を生み出す。さらにアンナが金色の炎の壁を作って向こうとこちらを完全に二分する。


「それで次はどうするの!? ワタシが戦う!?」

「結祈さんでも勝てません! あれは、あの力には効きません。シャルルさんの言う通り、ここは一時的に撤退します! 『未来観測(ラプラス)』で先導するので付いてきて下さい!!」


 踵を返して七人全員が同じ方向へと駆け出す。炎の向こうの様子は窺えないが、ヨグ=ソトースは追って来るつもりは無いようだった。


「……逃げたか。賢明だな」


 アンナの生み出した炎が完全に消えた後。格納庫にはヨグ=ソトースと彼自身が生み出した触手の化け物しかいなかった。彼は逃げた者達に拘泥することなく足を進めて移動を始める。目的の場所はすぐ近く、赤い『魔装騎兵(まそうきへい)』の前だった。

ありがとうございます。

今回の章の敵の登場により、アーサーが一発KOされました。ここから先が今回の章の本番です。まあ、前書き六話は長かったような気がしますが。

アレックスは別件、ヘルトは休暇、そしてアーサーは離脱しました。という訳で次回から主人公のいない話が続きます。

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