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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一六章 始まりの地にて集うは英雄達 Bullet_of_World_Revolution.
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311 七二機の『魔装騎兵』

 二人揃って城に向かうと、中に入るまでもなく他の者達は外で待っていた。アーサーが一緒に来た六人と、さらにもう二人加わった計八人だ。

 アーサーとアリシアの姿を視認すると、その輪の中から一人がこちらに向かってぱたぱたと駆けて来た。


「おかえり、アーサー。こっちの準備は整ってるよ」

「ありがとう」


 一言だけお礼を言ってからアリシアと結祈(ゆき)の間で視線を動かした。結祈が今回『タウロス王国』に来た目的の一つはアリシアに会う事だったはずだ。となるとこの場の部外者はアーサーになる。女性二人の会話に男が交わるものではないだろう。


「俺も話をしてくる。結祈もアリシアと話があるんだろ?」

「うん、ありがと」


 今度は逆にお礼を言われたアーサーは笑みだけ返して他のみんなの方へと向かって行った。

 残った結祈はアリシアの方へと視線を移す。


「久しぶり、お姫様。傷も治ったみたいで良かった。あれから会いに来る機会が無かったから」

「お姫様は止めて下さい、結祈さん」

「あっ、そうだった。国王陛下って呼べばいい?」

「いいえ、そういう意味ではありません。敬称無しのアリシアで良いです。これでも私はあなたの事を友人だと思っているんですよ?」

「じゃあアリシアもワタシの事は呼び捨てでお願い。友達だもんね」

「分かりました、結祈」


 本当に聞くつもりは無かったのだが、二人の会話はアーサーにも聞こえていた。思わず彼は笑みを浮かべていた。

 思い出していたのは、近衛(このえ)結祈という少女に出会った時の事だ。母親を殺されて復讐しか無かった彼女に、別の生きる目的を見つけて欲しくて行動を共にするようになった。友人をもっと作って、楽しいことや嬉しいことを経験して欲しかった。こんな風に昔の事を思い出して感傷的になってしまうのは、ここが『ジェミニ公国』を出て最初の事件に関わった『タウロス王国』だからだろうか。

 今のさっきでは滑稽な話だ。自分の生き方も見つけられていないのに、別の誰かの生き方を模索したいなど、愚か以外の何物でもないだろう。


「アーサー、どうしたの?」


 名前を呼ばれてハッとすると、いつの間にかみんなの傍まで戻って来ていた。

 改めてみんなの顔を見て思う。


「……いや、みんながいてくれて良かったと思ってさ」


 自分の人生なんて言われてもピンと来ない。

 だけど、この場所にいる事は間違いでは無い。それだけは断言できた。


「相変わらず何考えてるか分からんヤツだ」

「アンタは筒抜けだもんな」


 無愛想な調子で言葉を発したのは、顔と首の太さがほとんど同じくらいの大柄な男だった。互いに憎まれ口を叩き合っていたが、別に険悪な間柄という訳でもない。すぐに笑い合うと、ハイタッチするように手を出して握り合った。


「久しぶりだな、ニック。出所したようで何より」

「ああ、お前も。この短期間で色々あったようだな」

「本当に色々あったよ。ああ、後ミランダさんも久しぶりです。ところでもう二人は?」

「別件だ。これから先の案内もニックのみ。私の仕事はアリシア様のお迎えだ」


 ミランダの視線がアリシアの方に向けられる。アーサーもその視線を追ってアリシアを見ると、苦笑いを浮かべながらこっちへと歩いて来た。そのままミランダに連行される形で城の方へと向かって行く。

 その途中、最後に一度だけ振り返ってアリシアは声を上げて言う。


「それでは皆さん、調査の方はお願いします! お気をつけて!!」


 全く一国の王女様のようには見えない扱いだったが、まあ彼女と『オンブラ』の関係はそんなもので良いのかもしれない。従順な者が傍にいるより、気兼ねの無い者が傍にいる方がアリシアのような人間には動きやすいのだろう。

 合流した結祈はアーサーの隣で去っていくアリシアに手を振っていた。


「話はもう良かったのか?」

「うん、これで最後って訳じゃないから。今日の仕事が終わったら会う約束もしたしね。泊まって行って良いって」

「そうか……前はゆっくりできなかったし良い機会かもな」


 ふっと息を吐いてアーサーは思う。

 ここ数日の休暇で改めて、穏やかな日々のありがたさが分かった。戦いが起これば誰かが傷つく。死んでしまう事だってある。でも穏やかな日々の中では誰も傷つかない。何も失わない。その辺り前の尊さを味わえた。


(それでも、だ)


 ぐっと、アーサーは軽く手を握った。

 甘えた事ばかりは言っていられない。戦いが起きれば、再び拳を握る覚悟はある。

 この、自分が心の底から望んだ訳ではない人生の中で。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 地下へ行くのに前は闘技場から入って行ったが、あれはドラゴンとの戦いでアーサーが誘導して破壊してしまった。その跡地に調査用の建物を建設したのか、巨大なホールのような構造の建物ができていた。そこからは忙しなくトラックが出入りしている。

 アーサー達は作業員たちの横を抜けながら建物の中へと入って行く。調査が終われば取り壊す事を想定しているのか、中は鉄骨なんかが剥き出しの作りで天井まで遮る物が無かった。特徴的なのはトラック数台が入っても余裕のある大きなエレベーターだろうか。重量級のトラックが何台も昇降していく様は壮観だった。

 ニックが案内してくれたのはその近くにある作業員用のエレベーターだった。壁はなく手すりがついているだけで、床も金網状で底の様子が窺える。全員が一度に乗り込み下降が始まると、高所恐怖症のサラは青白い顔でアーサーと結祈の腕を掴んで胸に抱き寄せ、小刻みに震えていた。

 しばしの間は大地の部分である壁が流れていく様を見るだけだったが、やがて地面の部分を抜けると広大な地下施設が姿を現す。壁の先は一キロ以上先にあり、幅も広大で地上と合わせると二つの街が上下で存在しているような感じだ。この光景を初めて見る者達は言葉を失っている。


「……あんたら、『ジェミニ公国』を出てこんな場所で暴れてたのね」

「暴れたっていうよりはこっそり忍び込んだ形だけど」


 アンナの感想に言葉を返しながら、アーサーは浅く息を吐いていた。


(戻って来たんだな……ここに)


 一番最初に関わった大きな事件は何かと聞かれて、アーサーが思い付くのはやはりここだった。

 今でもよく思い出しては想像する。『ジェミニ公国』を出て初めて訪れた国で、初めて関わる事になった世界と国の存亡を懸けた戦い。あの時もし失敗していたら、世界は今と全く別の形になっていただろう。『魔族領』で暴れたドラゴンが世界に災厄を招いていたはずだ。当然、『ディッパーズ』だって結成していなかっただろう。


「……全部、繋がってるんだね」


 いつの間にか隣に来ていた結祈がアーサーの考えを読んでいたように呟く。もしかしたら彼女もアーサーと同じような事を思っていたのかもしれない。

 ここで関わった事件も、この後に関わった事件も、その全てがあって今『タウロス王国』の地を再び踏んでいるのだ。そう思うと数奇な運命を感じる。


「奇蹟なんてないように見えて、実はそうじゃないって思うよ」

「……そうだな」


 やはり感傷的になっている自覚があった。しかもアーサーだけではなく、あの日の事件に関わった結祈もそうだった。

 どうにもいつもと調子が違う事に戸惑いはあった。しかし仕事は続いている。エレベーターの下降が終わり、サラも調子を取り戻して全員が地下に足を着ける。そこから先は再びニックの後を付いていく形になった。

 アーサーは頭を切り替えて、ニックの背中に疑問をぶつける。


「それで、今さらだけどわざわざ俺達を呼んだ理由は何なんだ? ただの地下の調査に他国に助力を仰ぐとは思えないんだけど。それも専門家でも何でもない俺達を」

「当然の疑問だろうな。だが口で説明するよりも実際に見て貰った方が速い」


 結局、それ以降の会話はなかった。次第に作業員の姿も見えなくなってきて、コツコツと床を踏みしめる無機質な音だけが響く時間が続く。

 それから三〇分近く歩き続けた頃だろうか。まず最初に違和感に気づいたのは結祈とレミニア、そしてアーサーとサラだった。四人の顔色が同時に酷いものに変わり足も止まった。


「凄い自然魔力……濃度に作為的なものを感じるよ。まるで集束魔力を留め続けてるみたい。それに……」

「わたしと同じ魔力を感じます。『無限(パンドラ)』の力、何故こんな所に……」

「それだけじゃない。右腕が疼く。この先にあるのがロクなものじゃないのは確かだな」

「同感ね。あたしの第六感(シックスセンス)も危険を伝えてる。……ところでみんな、回れ右って言葉知ってる?」


 何か不吉なものを感じている四人の言葉に、他の三人の足も止まる。それからニックもようやく足を止めて振り返り簡素に答える。


「今の所、危険が無いのだけは確かだ。とにかく見てくれ」


 ニックは壁に触れると、その部分が開いてディスプレイ型のキーが表示される。続けてそのディスプレイを操作すると、今度は人が通れるほどの大きさに壁が開いて格納庫のような別の広い部屋に通じていた。

 明らかに隠してあった場所。おそらく『タウロス王国』でもこの場所を知っているのは限られた人物だけだろう。扉が現れる前から感じている危機感と、中に何があるのか詳しく知りたい好奇心が混ざり合って、恐る恐る足は前に進んでいた。

 ニックの隣を抜けて最初に格納庫の中に踏み込んだアーサー。

 そこで、彼が見た物は……。


「これは、一体……」


 目の前にあったのは、三つの機械人形だった。

 それぞれ灰、蒼、赤の色に染まった一〇メートルに近い巨体。三機とも鋭利なフォルムで人型なのは同じだが細部が違う。アーサーの足がまるで引き寄せられるように自然と動き、灰色の機体の前で止まった。


(……何か書いてある。えっと……)


 機体の表面、胸の側面辺りに何か文字が書かれていた。

 じっと目を凝らし、まるでそれの名前を告げているかのように刻印されている文字列を読み取る。


(『MARCHOSIAS(マルコシアス)』……?)


 そこにはそう書かれていた。

 その名を読んだ瞬間、胸の中心が呼応するようにどくんと跳ねた。同時に機械人形の目が一瞬だけ光ったような気がした。高い所にあるので、本当に気のせいかもしれないが。


「数日前、『ピスケス王国』の湖畔にこれと同じ機械人形が打ち揚がった。こいつ自体はずっと前に見つかっていたが、『ピスケス王国』にこれが打ち揚がる数日前に全てが魔力を発したまま待機状態に入った。その理由を知りたいからお前達を呼んだんだ」

「……それで、分かってる事は?」


 ニックの言葉でアーサーは我に返って声を発した。

 まるで魅了されていたような気分だ。引力、という表現が一番しっくり来るだろうか。もしニックが声を出さなければ、ずっと見上げていたような気さえしてくる。


「ほとんど無い。素材は鋼などの一般的な物から、所々にユーティリウムとアダマンタイトを合わせた特殊合金が使われているのは分かっているが、生成方法は全くの謎だ。それと内部には魔力炉のようなものが確認はされている。だが関節部分も含めてどこも開けないから確認のしようがない。というか開こうとして何が起きるか分からないから手が付けられない状態だ」


 ここにきて、ようやく『ディッパーズ』を呼んだ理由が分かった。『タウロス王国』としては調査の途中でこの機械人形が動き出す懸念があったのだろう。もしそうなった時にこれを止める、または破壊するために『ディッパーズ』へ要請があったのだろう。


「アリシアは……」

「嬢ちゃんは最後まで反対していたが、周りの意見は他国へ要請を頼む事だった。そこで俺が説得してお前を呼ぶ事にしたって訳だ。全ての国を候補に入れた時、一番信用できる相手がお前達だった。恨むなら俺を恨め」

「別に恨んじゃいないよ。仕事はする。ラプラス、これを見て何か分かるか?」


 アーサーを含め、扉の外で反応を示した四人に分かるのはこれが危険という事だけだった。詳しい事は知る為には、やはり人並外れた演算能力を持つ彼女が適任だろう。

 しかしおかしい。いつもならアーサーがこの手の頼み事をするとすぐに返事をして力を貸してくれる彼女からの返答が一向に無いのだ。見るとラプラスは先程までのアーサーと同じように機械人形を見上げて呆然としていた。嫌な予感がしてアーサーはラプラスの傍まで移動して肩に手を置く。


「おい、ラプラス? 大丈夫か?」

「っ……は、はい……」


 少し揺すると反応があった。

 機械人形を見上げたまま、彼女は躊躇いがちに言葉を発する。


「これは『魔装騎兵(まそうきへい)』です。……まさか、もう一度見る事になるとは思っていませんでした」


 ようやく、ラプラスはアーサーの方に顔を向ける。しかし暗い。どうにも浮かない表情のままだった。アーサーは確認のために改めて問いかける。


「知ってるのか?」

「はい。五〇〇年前にリンク達によって造られたものです。全て破棄したと聞いていたんですが……探した人がいるんですね」

「……ラプラス、ちょっと」


 彼女の背中を押してみんなから少し離れていく。彼の心の内の焦りを示すように、どんなに気を付けても早足になっていた。

 アーサーは周りに誰もいない事をよく確認(特に五感が並外れて鋭いサラが一番遠くにいるのを視認)してから、一度溜め息を挟んでこう切り出す。


「……数日前に話した事を覚えてるか?」

「過去に跳んだ話ですか? 勿論、覚えていますが……皆さんに聞かれたらマズいんですか?」

「話したいのは五○○年前の事だ。お前かクロノにしか話せない」


 あの日の事件の事は、みんなと合流した後で『ディッパーズ』と『イルミナティ』には話していた。ただし『イルミナティ』のメンバーにはシエルの件を含めて全て話したが、『ディッパーズ』には時間の改変を修正した事だけを告げていて秘密にしている事も多い。

 ラプラスは前者の『イルミナティ』に属しているので、アーサーが過去で何をして来たのかは全て話していた。さらに個人的な事なので報告していない、一〇年前の事だけではなく五〇〇年前に母親と会った事も含めて全て彼女には話している。だからこの場で五○○年前の事を相談できるのは、当時の世界を知っているラプラスだけだ。


「五〇〇年前の世界は当たり前のようにドラゴンが闊歩している上に、空も大地も全て灼けていて、まるで地獄みたいだった。あの『魔装騎兵(まそうきへい)』っていう機械人形は、あの時代で戦う為の兵器なんだろ? だったらあれの力はドラゴンの比じゃないんじゃ……」

「……ええ、そうです」


 アーサーが感じた懸念を、ラプラスは否定しなかった。

 その前提を含めたうえで、彼女は続ける。


「全てで七二機。それぞれに特徴があり、同じ性能の機体は一つもありません。とはいえ、私はあれの詳細をほとんど把握していません。どうして待機状態になっているのかも謎です」

「翔環ナユタは意図的にお前には隠してたのか……流石に知らなかったって事はないよな。つまり……なるほど。なるほどな」

「……何に納得しているのかは分かりますが、今は突かないでおきましょう。流石に今のアーサーの考えは怖すぎる仮説です」

「だけど多分、事実に近いぞ?」


 アーサーとラプラスは互いに分かりきって話している事だが、他の者が聞いても何の事を言っているのか分からないだろう。

 アーサーはナユタが『魔装騎兵(まそうきへい)』を破棄ではなく武器として確保している可能性を示唆していて、ラプラスはその可能性を否定しなかった。つまりその可能性は大いにあるということだ。

 全てで七二機。ここにある物を除けば残り六九機。もしも仮に万が一その全てをナユタが掌握しているとしたら、『第三次臨界大戦』は今までのアーサーの想像よりもずっと悲惨なものになるはずだ。

 無論、存在を知っていただけで関与していない可能性だってある。あるいは他の何者かが利用している可能性も。考えだしたらキリが無い。唯一絶対に言い切れるのは、ドラゴンと渡り合える兵器が誰かに悪用されたら、考えただけでもゾッとするという事だ。


「とりあえず、今ここでした話はみんなには内緒にしてくれ。無駄な恐怖を広めたくない」

「……はい、そうですね」


 二人だけの秘密……なんてドキドキするようなものでは決して無かった。むしろ他の意味でドキドキする、胸の奥で不安だけが渦巻く秘密になった。

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