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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第三章 竜臨闘技場解放戦線
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32 裏の竜臨祭

 明滅している蛍光灯の明かりを頼りにしばらく進むと、等間隔に扉が配置されている長い廊下に出た。おそらく選手の控室なのだろう。薄い壁の向こうからガチャガチャと物音が聞こえてくる。

 上のコロッセオとは違い、地下は円を描いてないらしい。そのお陰で遠くではあるが、探していた四人組の背中が見えた。四人組は丁度角を曲がったようで、後を追うためになるべく足音を立てないようにして走る。

 そうして少し進んだ時だった。

 手前の角から足音と共に人影が見えた。おそらく巡回をしている警備員か何かだろう。このままでは見つかってしまうと焦ったアーサーは、手近にあったドアを開いて中に入る。ドアに耳を当てて警備員の足音が遠ざかっていくのを確認すると、ほっと胸をなでおろす。


「……あんた誰?」

「え……?」


 ただし次のピンチはすぐに訪れる。

 声のかけられた方を振り向くと、タオルで体を隠している着替え中の少女がいた。

 タオルの隙間から白くスラッとした健康的な四肢が見える。髪は腰まで届くほど長い綺麗な銀髪で、今は羞恥と怒りで顔は赤く染まっているが、整った顔立ちの可愛いと言うよりは綺麗な少女だった。

 それでは今の状況を確認しよう。

 アーサーの目の前にはほぼ半裸の少女。アーサーは少女の着替え中に突然入って来た部外者で、今は唯一の入口を塞いでいる。

 アーサーはそれを確認して背中に嫌な汗が伝うのを感じながら、


「あっはっは、部屋を間違えましたー……なんて」


 おどけて答えるアーサーの顔面に拳が飛んで来たのは、それからすぐの事だった。





    ◇◇◇◇◇◇◇





「それじゃあ人様が着替えてる最中に突然部屋に入って来た理由を聞こうかしら」


 それからアーサーは着替え終わった少女の目の前で頬を真っ赤に腫らして正座をさせられていた。正直こんな事をしている場合ではないのだが、誤解も解かずに強引に部屋の外に出ようものなら問答無用で警備員を呼ばれてしまう。ここは大人しく言う通りにするしかなかった。


「この部屋に入ったのはただの偶然で、着替えを除くつもりじゃなかった」

「へぇ……」


 アーサーは正直に言ったつもりなのだが、少女の目から疑いの色が取れる事はなかった。そして次の質問が飛んでくる。


「それであなたはどこの選手?」

「選手じゃない、さっきまで上で観戦してた一般人だ」

「一般人? なら立ち入り禁止じゃない。どこから入ったのよ」

「扉から普通に。というかこんな話をしてる場合じゃないんだ。俺はここに怪しい四人組を追って来ただけで、他に目的なんて無い」

「怪しい四人組?」

「隠蔽の付与のローブをずっと身に着けていて、試合観戦に来た訳でもなく、立ち入り禁止のエリアに足を運んでるんだ。今もこの廊下の先に進んでる」

「この先? おかしいわね。この先は何もなかったはずだけど……」


 少女は顎に手を当てて思案顔になる。アーサーはその様子を黙ってみていると、その視線が気になったのか、少女は思い出したようにアーサーの方に向き直るとさらに質問をしてくる。


「……仮にそれが本当だとして、どうしてあんたは追って来たのよ。口ぶりからして、その人達は怪しいだけで正確に何をしようとしてるのかは分かってないんでしょう? それに仮にその人達が何か事件を起こそうとしてたとして、普通そんな危険な事に首を突っ込まないわよね?」

「知り合いがこの大会に出場している。それだけじゃ理由にならないか?」

「……」


 少女はしばらくアーサーの顔をじっと見つめたまま動かなくなった。アーサーはその間身動き一つ取れなかった。少しでも動いたら今の状態が決定的に悪い方向へ傾いてしまう予感があったからだ。

 しばらくそうしていると、不意に部屋のドアがノックされた。


「サラ・テトラーゼ選手、そろそろお時間です」


 どうやら選手である少女を呼びに来ただけらしい。ただアーサーにはこの状況はまずかった。

 下手に動けば目の前の少女に制圧されるだろう。かといって誤解を解いていない状況では少女がドアの前にいる人に警備員を呼ばせるかもしれない。

 八方塞がりだった。そんな風に身動きが取れないと、すぐにドアが開いて名簿を持った係の男が入って来た。

 男はまず少女の存在を確認すると、次にアーサーに鋭い目を向ける。


「そちらの少年は? 名簿には無い顔のようですが……」

「……」


 こうなると強引にでも部屋を出るしかなくなった。アーサーはゆっくりとウエストバッグに手を伸ばすと『光の魔石』を掴む。一瞬だけ視界を奪い、その隙にドアから外に出て廊下を駆け抜けるしかない。

 アーサーはすぐに動けるように少しだけ腰を浮かせる。しかし実際に行動に移る事はなかった。


「この人はあたしのサポーターよ。所要があって遅れていたんだけど、さっき到着したのよ。正式に登録はしてないけど大目に見てくれない?」


 なんと少女がアーサーを庇ったのだ。

 少女がアーサーの肩を抑えて動けないようにし、しれっとそんな事を言う。少女の意図を掴みかねている間にも話は進んでいく。


「所要、とは?」

「この人の家族に少し不幸があってね。だから仕方なく一人で来てたんだけど、律儀に約束通りサポーターとして来てくれたのよ。だから彼の思いも汲んでくれない?」

「……」


 男は少女の言葉を値踏みしているようで、アーサーの方をじっと見ながら微動だにしない。アーサーは気が気じゃなかった。ウエストバッグの中で『光の魔石』を強く握りしめる。

 その緊張状態が数秒ほど続いた後、男はふっと気を抜いた。


「……分かりました。ですが今回だけですよ。次からは正式に登録して下さい」

「ありがと」


 少女が適当に礼を述べると、それ以上は何もなく男もすぐに部屋から出て行った。そこに至ってアーサーも深く息を吐く。


「……助かったよ、ありがとう。じゃあ俺はこれで……」


 この流れに便乗して部屋から出ようとするアーサーの肩を少女が強く掴んだ。どうやら助けてくれても逃がす気はないらしい。


「あたし、これから試合だから」

「ああ、そう。じゃあ頑張ってな」

「あ・た・し、これから試合なんだけど?」

「……俺に何をしろと?」


 それは少女が望む言葉だったのか、少しだけ満足げに微笑む。


「あんたの人探しを手伝ってあげるから、あたしの試合が終わるまでここで待ってなさい。詳しい話は後で聞かせてもらうから」

「助けてくれた事には感謝してるし、手伝ってくれるのもありがたい。でも悪いけど待ってる時間なんかない、やつらをすぐにでも追わないと完全に見失う」

「あんたの言う事は間違ってないと思うけど、次に誰かに見つかったらどう言い訳するつもり? また誰かがあたしのように庇ってくれるとは限らないわよ。捕まったら人探しどころじゃなくなるのは分かってるわよね?」

「……」


 そこに関しては何も言えなかった。そもそも何か計画があって忍び込んでいる訳ではない、完全なアドリブだ。全てのイレギュラーに対応できる訳ではないこの状況で目の前の協力者の申し出はありがたかった。


「だから少しの間、大人しく待ってなさい。そうしたらあたしが協力してあげるから」


 それだけ言うと時間なのだろう、少女は扉に向かって行く。鍵をかけられるものでもないので、少女がいなくなった後ならいつでも部屋を出て行ける。


「なあ」


 ただアーサーには気になる事があった。それを聞かないとこれからの行動が決まらない内容だった。だからドアノブに手をかける少女の背中に質問を投げる。


「さっきの言葉を返すようだけど、なんで俺に協力してくれようと思ったんだ? 普通はこんな事に首は突っ込まないんだろ?」


 出ていくのか、留まるのか。その答え次第で今後の行動が決まる。

 真剣な面持ちで少女の答えを待つアーサーに、少女は振り返ってさも当然の事のように言い放つ。


「だってあんた、困ってるんでしょ? 他に理由っている?」


 そう答えて、少女は今度こそ部屋を出て行った。

 残されたアーサーの行動は、その答えで決定した。

ありがとうございます。

前回、今回を合わせて新しい登場人物が二人出てきました。サラもクロネコもこの章だけでなく、それ以降でも重要な役を担っている人物です。

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