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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一五章 未来とは決められたものなのか? Slaves_of_Fate.
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304 時間旅行の結末

 クロノに案内されたのは、自分とシエルが『特異点』だと知らされたあの大通りだ。あの時、シエルを突っ込んで来た車から助けたのが未来が変わった原因なのだから、いわゆる始まりの場所と言っても過言ではないのかもしれない。

 さらにクロノの後に付いていくと、彼女はどこかの建物に入って行く。すでに中にはローグ、アユム、オーウェンの三人が揃っていた。

 極彩色のステンドグラスの装飾に、綺麗に配列された長椅子。すぐに教会だと分かったが、籠城には向かないような気がした。


「アーサー、寄越せ」

「ん? 何を……」

「『箱舟(ノア)』だ。自分自身から渡されているんだろう? ポケットの中を見ろ」


 言われてポケットに手を突っ込むと、小さくて硬い何かが手に当たった。取り出してみるとそれは水色の光を放つ『魔神石』だった。覚えがあるとすれば、アインザームが『影男』に飛び込んでいく直前、肩がぶつかった時だ。あの一瞬で『箱舟』をアーサーに託していたのだろう。その理由について考えていると、クロノはアーサーの手の中から『魔神石』を奪い取って強く握り締める。すると彼女の手から水色の光が教会の中に広がったかと思うと、全面をコーティングするように薄い膜が張り付いた。


「これで多少の時間は稼げるか……」

「おいクロノ。あの『影男』のこと何か知ってるんだろ? いい加減教えてくれ」

「……覚悟はできてるのか? 教会を選んだのは……そういう理由だ」


 不吉な前置きと共にクロノは深い溜め息をついた。そしてアーサーとシエルの方を見て重い口を開く。


「あの影の正体は、時空の番人『ウォッチャー』。あらゆる『多元宇宙(マルチバース)』を監視、管理している存在だ。魔力や物理法則は一切通用しない。『箱舟(ノア)』があれば触れる事くらいはできるし、こうして時間稼ぎくらいはできるが……倒せはしない。この世の存在である限りな」

「……なるほど。考えてた以上に最悪だな。それで、どうしてそんなヤツが今……」


 しばし言葉を失っていたが、すぐに気を取り直して質問を返した。実際彼女が言っている事を全ては理解できていなかったのだが、今は先を促した。

 クロノは再び溜め息を挟んでから、


「……シエルとお前を『特異点』とした度重なる次元への干渉。さらにこの時代には『アーサー・レンフィールド』が四人も存在して、その内二人のお前が『この世のモノでは無い力』を駆使して衝突した。そして極め付けはアーサー、お前の出した答えだ。死ぬ運命にある人間を別の時代に移して延命させる。それは時間軸への影響が大きすぎる許されない行いなんだろう。他にも理由があるかもしれんが、今言った条件だけでヤツが動くには十分過ぎる理由だ」

「……いや、待ってくれ。その言い方じゃまるで……っ!!」


 クロノの方に一歩近づきながら声を荒げたアーサーの想像が正しいと告げるように、一度だけ頷いてから答える。


「シエルはどうやっても救えない。分かってくれとは言わんが……諦めろ」

「……、いや……まだ、何か……何かあるはずだろ!? シエルさんを救える方法が何か!!」

「方法は無い。ゼロだ。無理なんだよ、アーサー。外を見ろ」

「外って……」


 重い足取りでアーサーは窓に近づいていった。そこから外の景色を眺めると、普通ではない事が起こっていた。

 先程現れたようなき裂がそこら中に現れ、そこから何人もの『ウォッチャー』が這い出てきていた。彼らは人々や建物に襲いかかると全てをき裂の中に呑み込んでいる。

 攻撃も防御も逃走も許さない無敵の存在による侵略。それは五◯◯年前とは違う地獄絵図だ。


「『ウォッチャー』はこの次元を破壊する。修正されない限り、彼らも行動を止めない。修正する方法は……」

「……アタシが死ぬこと、でしょ?」


 アーサーと同じように窓から外を眺めていたシエルは静かに呟いた。アーサーから見える横顔は無表情で、不自然なくらい落ち着いた様子だった。


「シエルさん……」

「……大丈夫。ずっと覚悟していた事だから。アタシの代わりに、これ以上誰かが傷つくのは耐えられないの。アーサー君ならこの気持ちが分かるでしょ……?」

「……っ、けど……!!」

「もう一度外をよく見て」


 叫び出そうとしたアーサーを静かに制止し、シエルは外を見るように促した。言われてもう一度外へと目を向けると、傍の大通りで妙な事が起きているのが見えた。き裂は他と変わらないのに、そこから出てくるのが『ウォッチャー』ではなく一台の車だった。運転手もちゃんといるその車は真っ直ぐ走ると別のき裂の中に消えていく。するとまた最初に出てきたき裂から出て同じように道の先のき裂の中に消えていく。それを永遠とループして同じ道を何度も何度も走っていた。それだけでも異様なのだが、一番異様なのは運転手の様子だ。車と同じように何度も何度も同じように、ある地点で驚いた顔を浮かべているのだ。


「あれはアタシを轢くはずだった車。あそこに飛び込めば全部元に戻るんだと思う。そうでしょ?」

「ああ」


 シエルの疑問にクロノは首を縦に振って答えた。それを確認してからシエルはアーサーの隣に移動して肩に手を置く。


「……これしか、方法が無いのか? みんな救うには、本当にこれしか……」


 窓の外から肩に手を置くシエルに視線を移したアーサーの顔は今にも泣き出しそうなものだった。対照的にシエルは優しい笑みを浮かべて答える。


「みんなじゃない。アタシはキミの未来を救いたいの」

「俺は……っ、くそ……ちくしょう」


 吐き捨てるように呟いて、アーサーはそれ以上、言葉を発する事ができなかった。

 敗けを認める以外に、もう選択肢は無い。

 そうだ。最初から全部自分の我儘でしかなかった。シエルだって自分の死を認めていたし、協力してくれた人達だって全部丸く解決する事など諦めていただろう。

 これ以上はダメだった。そもそも仮に今回の件でシエルを助けたとして、その後にアーサーを待っているのは地獄だ。アインザームから聞いた話以前に、時間を移動して一人を救えばキリが無くなるという意味で、だ。

 シエルを救えるなら次の一人を救わない理由は無い。そして救おうと見捨てようとアーサーは心身を削っていく。

 時間について研究しているシエルにはそれが分かっているようだった。そういう意味でのアーサーの未来を救うという言葉なのだろう。


「気にしないで。最初からこうなることは決まっていた。それを先延ばしにして、あちこち駆けずり回って……そしてキミに恋をした。最後に心地良い夢を見させて貰えた。だからアーサー君が気に病む必要はないんだよ」

「……なんで、そんな落ち着いていられるんだよ……。俺のせいでシエルさんはこんな辛い決断をする事になって、なのに俺はアナタに救われるだけで、何も返せないのか……?」

「それは違うよ。アーサー君が気づいてないだけで、アタシだっていっぱい貰ったよ? ……もしそれでもアーサー君が足りないっていうなら、一つだけお願いをしても良い? ちょっとした心残りを」


 そんな風に言われて断れる訳が無かった。無言で頷くとシエルは嬉しそうに心残りを託す。


「もしも未来でアタシの妹が困っていたらお願い。どうにかして助けてあげて」

「……妹がいるのか」


 もう絶対にシエルは救えない。

 だからこそ、彼女にとって最愛の相手を託そうとしている。今の時代ではない、未来に生きる自分に全てを託して。


「……その人の名前は?」

「アタシの妹の名前は―――()()()()()()()()()()()()()

「―――っ」


 その名前を聞いて、思わず息を呑んだ。

 彼女の名前を知っていた。過去に関わった事件で、その女性と直接会った事はないが首謀者だった事は覚えていたからだ。

 だけど今は関係ない。シエルが彼女の救済を望むのなら、例えこれが贖罪でしかないのだとしても、断る道理はどこにもなかった。

 そして彼は答える。


「……ああ、任せてくれ。シエルさんの妹を……そしていつか、どんな方法かも分からないけど、シエルさんの事だって、きっと救ってみせるから」

「まったく、アーサー君は本当に……」


 と、仕方ないといった感じの笑みを浮かべて彼女はアーサーの首に腕を回して抱き着いた。アーサーもシエルの背に手を回して抱き締める。

 言葉は交わさなかった。アーサーは口を開いたらシエルを止めようとしてしまう気がしたし、シエルも口を開いたら躊躇してしまう気がしたからだ。

 そんな不純な抱擁だが、シエルにとっては人生の最後の人との繋がりでもある。それくらいの不純さは許されるはずだ。


 そして、シエルは名残惜しそうにアーサーから離れた。改めて見る彼女の表情は涙で少し濡れていた。

 だけどアーサーももう止めない。決めた覚悟が揺らがない内にシエルから視線を切って他の四人の方を向く。


「……みんなも付き合ってくれてありがとう。話した通り、未来の事は頼んだ」


 彼らはアーサーの言葉に頷いた。それを見届けてから、シエルは外へ出るためのドアに手をかける。地獄への門か、あるいは天国への門を。


「……()()()()、アーサー君」

「ああ……()()()、シエルさん」


 扉を開け放ったシエルは躊躇う様子も見せず、子供を助けた時と同じように一直線に大通りへと飛び出していった。

 そして当たり前のように彼女の体は車に撥ねられた。最後の瞬間まで、アーサーは目を逸らさなかった。吹き飛ばされ、頭から取り返しのつかない量の血を流しているシエルに頼りない足取りで進んでいく。彼女の傍で膝を着き、体を抱き上げて息を引き取っているのを確認した。

 それだけだった。たったそれだけで人の命は終わる。今さら確認しなくても分かりきっていた事だ。命は助けるのは非常に困難なのに、奪うのは恐ろしいほど容易い。そんなルールを改めて突きつけてくるかのように、まるで予定調和の一欠片のようにシエルの命は終わりを告げた。

 同時にアーサーの体から淡い光が放たれる。元々存在しえない時間軸からその根幹を支えていた『特異点』の少女の喪失により、アーサーも元の時間軸へと戻されるのだろう。辺りにいた『ウォッチャー』もき裂を通ってどこかへと消え、二度と現れる事はなかった。

 そしてアーサー・レンフィールドはその身に新たな呪いと後悔を背負いながら、元の世界へと帰還していった。

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