302 唯一の突破口
絶大な力が弾け飛んだ。けれど二人の少年は二本の足で地面に立っていた。
前述の通り、彼らは互いの意見を一〇〇パーセント肯定も否定もできない。他でも無い自分自身だからこそ、それができない。
しかしアーサーは、アインザームが一つ忘れているような気がしていた。
「俺の事だから分かるぞ、アーサー・アインザーム」
砂煙が晴れていないせいで本物の荒野のようになった戦場で、最初に言葉を発したのはアーサーの方だった。
「俺はさ、シエルさんみたいな人が好きなんだ。ひたむきに努力ができて、誰かのために行動できる、そんな人が」
「だとしたら何だ?」
否定はされなかった。
アーサーはその事実を確認し、言葉を繋げる。
「お前だって本当は全員助けたいんだ。誰一人、命を無駄にして欲しくない。シエルさんも、彼女を助けた事で失われたみんなも、全部。だからシエルさんの事を名前じゃなくて『彼女』なんて呼んで、今度は情を抱かないようにしてたんだろ?」
「……御託は良い。で、結局お前は何が言いたい?」
「最初から言ってるだろ? 過去も未来も両方救うんだ」
「―――ッ」
ギリィ、という分かりやすい歯軋りの音が聞こえて来た。
「いい加減分かれ! その甘さが『俺』の周囲を殺すんだ!!」
「でも、その甘さは捨てないって決めたんだ。どんな運命も踏破するって決めたんだ! ……『アリエス王国』や『カプリコーン帝国』での決断。それに結祈との約束さえ、お前は忘れているんじゃないのか!?」
「……っ」
そこを指摘すると途端にアインザームは口をつぐんだ。やはりアーサーの推察通り、彼からはその記憶が無くなっていたのだ。
「……言葉はそれで終わりか?」
「ああ、確かに終わりだ―――思い付いたからな」
アーサーが言っているのは彼を納得させられるに足るシエルを助ける方法の事だった。逃がして貰った後にすぐ追いつかれて戦う羽目になっているが、そもそもそのためにローグが稼いでくれた時間だ。何も考えずに無為に過ごしていた訳じゃない。
「シエルさんが『新人類化計画』の要になる事で多くの人が消し飛ぶなら、俺が飛んで来た時代に辿り着くまで世界にいなければ良い。そうすれば結果的に死んだ事と変わらない。今回の件で『新人類化計画』の危険性をすでに知っているシエルさんなら、記憶さえ保持されていれば失敗を繰り返したりもしない」
「……それで? 懇切丁寧に説明してお前は何が言いたい!? そんな都合の良い手段があるとでも!?」
「俺のくせに勘が鈍ってるのか? だからさ」
どこか自信満々に、しかしアーサーは勿体ぶらずに告げる。
「シエルさんを俺の時代に連れて行けば良い。それで全部解決だ」
それがアーサーの導き出した、問題点の無い解決策だった。
シエルを殺す事もない。
シエルが『新人類化計画』に関与する事もない。
シエルが記憶を失う事もない。
しかしそれを聞いたアインザームは信じられないといった感じで弱々しく首を横に振っていた。
「……嘘だ」
「何が」
「成功する訳がない」
「いいや、この方法なら絶対に行ける」
「根拠が無い! また運命のループから抜け出せない!!」
「いいや、ある! だってお前には未来でシエルさんと一緒に生きていた記憶があるか!? 無いならこれが新しい運命への道だ!!」
唯一の懸念があるとすれば、過去の人間を恒久的に未来で生かす事はできるのかという問題があった。詳しい事はクロノに聞かないと分からない。しかし今、この戦いを終わらせるにはこの主張を押し通すしかなかった。
「さあどうするんだ、アーサー・アインザーム!! 全員を助けられる可能性があるのに、それを捨ててまで彼女を殺すのか!? 未来だとそんなにつまらない男なのか、『俺』はァ!!」
挑発を交えて叫び、アインザームが思考する時間を奪う。
彼はしばらく無言だった。その一秒一秒が重くて長い。しかしどれくらい時間が経った頃か、アインザームは掌を天に掲げて静かに口を開く。
「……その考えを一〇〇パーセント受け入れる事はできない」
先程と同じように、いやそれ以上のプレッシャーで一度広がった『黒い炎のような何か』が彼の手に沿うように回転しながら天へと伸びていく。竜巻のような、ドリルのような、塔のような、しかしその槍は間違いなく必殺の威力を秘めている一撃だ。今度こそ防ぐことはできないだろう。
「だから証明してみろ。俺を、この力をっ、その運命を踏破して見せろ!!」
「ああ!!」
だから今度は盾を重ねて受け止めようとは思わなかった。右手に紅蓮の焔が熾り、それが風と共に回転してアーサーの腕の周りを回る。それはアインザームのものよりも規模は小さいが、ドリルのような形態だった。
「……俺の戦いはいつもそうだった」
噛み締めるようにこぼした言葉。呼応するように、右手のプレッシャーが跳ね上がっていく。
「いつも誰かに力を貸して貰って、それで何とかできてきた戦いの連続だった! そしてそれは今回もだ!!」
叫びと共にアーサーは内側から湧き出る想いを全て右の拳に集束させていく。
『桜花絢爛』『紅蓮咆哮拳』『大廻天衝拳』。三つの技を一つに束ね、その拳をゆっくりと弓形に引き絞る。
互いに最大の武器の準備は終わった。
ならば後は、相手に向かって放つだけだ。
「『突き立て喰らう黒渦の牙』ッッッ!!!!!!」
先に動いたのはアインザームだった。天に掲げていた手をアーサーの方に向けると、黒い渦が地面を抉りながら突き進んでくる。
対するアーサーの動きもシンプルだった。目前まで迫った漆黒の槍の先端、そこに向かって渦巻く紅蓮の焔を纏った右拳を全力で叩きつける。
「―――『廻天衝焔滅焦嵐拳』ッッッ!!!!!!」
キュガッッッ!!!!!! という音と衝撃があった。先程よりも大きな衝撃が辺りに広がっていく。
アーサーが拳を突き出した瞬間、右手の焔が膨張して紅蓮のドリルとなって漆黒の槍とせめぎ合っていた。
これがお互いの最大の攻撃。押し敗けた方がそのまま敗北を意味している。
一人の女性の命と未来の全てを懸けた戦い。
決着がつく。
その、直前だった。
ビギィィィイン!!!!!! と何の前触れもなく二人の間の空間にき裂が走った。
その奥から何かが這い出てくる。『黒い炎のような何か』と同じように邪悪な、しかし全く別物の何かが。