301 紅蓮咆哮拳 Crimson_Desire.
殴られた事で数歩後退したアインザーム。アーサーはすぐに彼に向かって駆け出した。しかしそれは追撃を加えるためじゃない。『黒い炎のような何か』を広げるようにしてアーサーを迎え撃とうとしたアインザームのすぐ横を、アーサーはスライディングしながら抜けた。そして再び反対側にいたシエルの壁になるように立ち塞がる。
「……ああ、全く。初めて俺が戦って来た相手の気持ちが分かったよ」
静かな言葉だった。しかし真剣のような鋭さも併せ持っている声だった。
「こういうのを同族嫌悪って言うのかな? 失敗すると教えても、何度も何度も何度も、そうやって『俺』は立ち塞がる。間違い続けていると自覚しているくせに、誰かのためになると信じて愚直に」
彼の立ち振る舞いが少し変わった。何か力を蓄えているような雰囲気。直後に『黒い炎のような何か』が周りに広がった。『桜花絢爛』で保護されている二人に『消滅』の力は通用しないのは知っているはずなのに、意図が読めない行動だった。
「愚昧極まるな、アーサー・レンフィールド。そうやって動き続けていれば正しい行いができていると信じているのか? それは思考停止しているのとなんら変わらないのがどうして分からない?」
彼を中心に広がった『黒い炎のような何か』が渦を巻きながらアインザームへと戻っていく。まるで彼が竜巻の中心に立っているかのように、掲げた右手に沿って天に伸びていくドリルのように『黒い炎のような何か』が集束されていく。それはまるで巨大な塔でもあり、槍のようでもあった。
「今は分からなくてもそれで良い。どうせいつか知る事になる。この『直列次元』でお前を殺せば俺も死ぬから手加減はするけど……邪魔をするなら喰い尽す。このクソッたれな力で」
全身の細胞が訴えていた。
アレは、今までのとは訳が違う。食らうのは絶対にマズイと。
(くッ―――『鐵を打ち、扱い統べる者』!!)
これも『桜花絢爛』の恩恵の一つなのか。『その担い手は運命を踏破する者』を使用していない状態でも魔術を強化された状態で使えた。おかげでほんの数秒だがロスを減らせた。
シエルの体をいくつもの盾を繋ぎ合わせて創った球体状の檻の中に閉じ込める。そして思いっきり横に飛ばして逃がした。次に逆方向、アインザームとの間にいくつもの巨大な盾を創って地面に突き刺して立てる。さらに両手に魔力を集めて突き出し、『妄・穢れる事なき蓮の盾』を展開した。
迎撃の準備は整った。
アインザームはそれを待っていたかのように、天に掲げていた手をゆっくりと下ろしてアーサーに向かって伸ばした。
「―――『突き立て喰らう黒渦の牙』」
ゴウッッッ!!!!!! という衝撃が向かって来た。
『黒い炎のような何か』は竜巻とドリルを合わせたような形でアーサーに迫る。二人の間に挟まれた盾をまるで紙を千切るような抵抗の無さで突き破り、花弁の盾と衝突した。
一秒も耐えられなかった。『消滅』の力は効かないはずなのに、盾はすぐに削り取られてアーサーの体は黒い渦に呑み込まれて吹き飛ばされる。
『消滅』の力とは別の純粋な削り取る力が凄まじかった。アーサーは全身を斬り刻まれ、鮮血を撒き散らしながら空中を錐揉みして地面に落ちた。
「……どうせ立つのは分かってる。来るなら来いよ。その心と全身の骨を叩き折ってやる」
アインザームは何かを試すような姿勢で待っていた。
血溜まりに倒れるアーサーは、動かない。
◇◇◇◇◇◇◇
気がつくと、どこまでも白い空間に立っていた。
戦いの最中、気を失ったのを思い出した。
―――諦めるのか?
「いいや、諦めない。諦められる訳がないだろ」
どこからか聞こえて来た声に、アーサーは迷わずに答えた。
自分の体が薄い青の光を放っている。おそらくこれも『桜花絢爛』の力の一部なのだろう。ならば警戒する必要はなかった。
―――だったらいつまでも俯いてんじゃねえよ、『担ぎし者』。やるべき事はわかってるはずだ。
「……ああ、そうだな。その通りだ」
顔を上げると、目の前に誰かが立っていた。
自分と同じくらいの歳の少年。しかし佇まいはずっと大人びている誰かだった。そして妙に懐かしい気分になった。
「あんた……誰だか分からないけど、俺と同じ匂いがする。もしかしてあんたも、俺と同じように戦って来たのか……?」
―――俺は■■■■■。お前の力で繋がった別の世界で、『担ぎし者』だった時の意志の残滓だ。お前の行く末を知っている先駆者って所か。お前がいずれ戦う事になる敵を知ってる、な。
一部、ノイズが走って声が聞き取れなかった。
しかし、重要そうな言葉は聞こえていた。
「俺がいずれ戦う……?」
―――その話はまたの機会があればするよ。少なくとも今じゃないのは確かだ。
はぐらかされたような気がしたので、追及しようとすると突然右腕が発火した。不思議と熱さは感じなかったが、紅蓮の焔が腕を燃やしている様は心臓に悪かった。しかし彼はアーサーが何か口にする前に説明してくれる。
―――俺の力を貸してやる。だから勝て。そして『ヤツ』を倒せ。俺が出来なかった事を、お前ならきっとやり遂げられると信じてる。
「『ヤツ』って……あんたは一体何者なんだ!?」
彼の言う『ヤツ』がアインザームの事ではないのは何となく伝わっていた。
何者かも分からない彼は答えない。代わりにこう叫ぶ。
―――さあ、時間だ。起きろ!!
◇◇◇◇◇◇◇
『……おっと、どこかで繋がったみたいだね。そうかそうか、やっぱりきみがぼくへと繋げるのか……■■■■■』
◇◇◇◇◇◇◇
「……ッ!? はぁ、はぁ!!」
一度だけ大きな痙攣をしたかと思うとアーサーの意識が戻った。ざっと周囲を見渡して状況を確認する。どういう訳かアインザームはこちらが気絶していたタイミングでシエルを攻撃していなかった。まるで自分が起き上がるのを待っているかのように、そこに佇んでいたのだ。
「……アインザーム」
「やっと起きたか。敵を前に一〇秒も気絶するなんて致命的だぞ。そんな様で本当に彼女を救えると思ってるのか?」
「……俺が起きるのを待ってたのか?」
「ああ、どうせ『俺』は絶対に邪魔をする。だからお前を完璧に倒してからやるよ。だからかかって来い」
「お前……」
彼の中で何かが起きているような気がした。変化なのか、それとも元に戻って来ているのか。今なら話し合いの余地があるような気がした。
「アイn―――」
「説得しよう、とか考えてるなら甘いぞ? 別に彼女を殺すのを躊躇ってる訳じゃないからな」
「……ああ、分かったよ」
何はともあれ、結局戦わなくては会話が出来ないのだろう。彼も自分を倒して何かを確認したいのかもしれない。
そこでふと思う。彼も彼で、シエルが生き残って世界が終わる運命を乗り越えたいのかもしれない、と。
「……似た者同士だな、俺達」
「そりゃそうだろ。同一人物なんだからな。起き抜けで寝ぼけてるのか?」
「いや……」
右手に意識を移す。
先程の不思議な感覚は確かに残っていた。
(……借りるぞ、名前も知らないセンパイ!)
ぐっ、と拳を握ると同時に右腕から紅蓮の焔が噴き出した。
それを見て明らかにアインザームの顔色が変わる。
「っ、なん、だ……その右手の『焔』は!?」
「……そうか、お前には無い力なんだな、これは。だったら少なくとも俺は、運命のループを抜けられたって事かもな」
アーサーは落ち着き払って茶化すように言うが、アインザームの方は動揺を隠せていなかった。
「……『俺』の魔力適正は『無』と『風』だ。忍術だって別系統の魔術を使えるほど使いこなしてる訳でもない。どこから持って来たんだ、その『焔』は!!」
「悪いな、俺自身にもよく分かってないんだ。……でもやっぱり、シエルさんを助けようと思ったのは間違いじゃなかったんだ」
何度倒れても、他の誰かが力を貸して佐けてくれる。
だからきっと、この選択は間違いなんかじゃない。シエルを助けたいと思ったのは、決して間違いではないのだ。
「行くぞ、アーサー・アインザーム!!」
右拳を引き絞り、それを一気に前に突き出した。
集束魔力砲のような、しかし魔力ではない砲撃が放たれる。『焔』の力を纏った熱線が大地を灼きながら真っ直ぐアインザームに向かって行く。彼はそれを『黒い炎のような何か』を盾のように展開して受け止めた。そうしてお互いの力を打ち消し合い、アインザームの『黒い炎のような何か』が晴れた。
「その右手の『焔』……ッ!! 『消滅』と同じ……いや、この力に相対する力か!?」
「さあな、詳しくは知らないって言っただろ? まあ、センパイはその力とぶつかった事があるのかもな」
言いながらアーサーは足を動かしていた。アインザームへと近づき、少し離れた位置で再び紅蓮の焔が纏う右手を引き絞る。
対してアインザームは開いた手を前に突き出した。その掌に黒い球体状に『黒い炎のような何か』が集束していく。
「アインザァァァあああああああああああああああああああああああああムッ!!」
「くッ、レンフィールドォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
お互いの攻撃は同時に繰り出された。
アインザームの開いた掌からはドス黒い極光が。
アーサーの突き出した右拳からは灼熱の熱線が。
「―――『た■その■■を■け■■めに』!!」
「―――『紅蓮咆哮拳』!!」
『黒い炎のような何か』と『紅蓮の焔』が正面からぶつかり合う。
凄まじい衝撃が辺りに撒き散らされた。ただ二人の少年を除き、周りの全てが吹き飛んで行くほどの凄まじい衝撃が。