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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一五章 未来とは決められたものなのか? Slaves_of_Fate.
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300 桜花絢爛 Cross_Link.

 アーサーは突き出した手から『黒い炎のような何か』を噴射する。

 ローグは自分の周囲に展開した無数の魔法陣から魔力砲を射出する。

 アユムは『ユニコーン』を操ってアインザームに向けて飛ばす。

 オーウェンは全てを燃やす金色の炎の獅子を操って攻撃する。


「無駄だ」


 ローグとオーウェンの攻撃はそもそも魔力なので通らない。アーサーの『黒い炎のような何か』は干渉はできるが絶対量が違うので決定打にはならない。アユムの『ユニコーン』は『消滅』はしないが突破できるほどの力は出ていなかった。


「確かに無駄なのかもしれない。だけどお前は勝ったんだろ? だったら俺にだってお前に勝つ手段があるはずだ!!」

「ああ、確かにあった」


 小さな声なのに、奇妙なくらい耳によく響く声だった。

 ゴバッッッ!!!!!! とアインザームを中心にして『黒い炎のような何か』が全方位に高波のように広がった。


「くっ……!?」


 対処の仕方は四人それぞれで違った。

 最も相性が悪いであろうオーウェンは金色の獅子を『黒い炎のような何か』の波にぶつけて僅かな時間を作り、その近くにいたアユムは冷静に足場を操作してオーウェンを掴んでから空へと飛んで逃げた。

 逃げの選択をした二人に対して、他の二人の選択は違った。信じられない事に、ローグは突き出した右手一本でそれを受け止めていた。そしてアーサーは突き出した右手から漆黒の花弁の盾を展開して『黒い炎のような何か』の波を受け止めた。たとえ逃げたとしても距離の『消滅』がある以上、どこへも逃げられないというのを知っていたからかもしれない。


「俺が俺に勝った手段は覚えてる。お前には使えない」


 同じ『消滅』の力でもやはり密度が違う。き裂が入るような事は無いが、少しでも力を抜けば後ろにいるシエルと共に『黒い炎のような何か』の波に呑み込まれる確かな予感があった。


「その前までの勝ちの手も、俺は俺が倒した俺自身に聞いている。俺達はループを重ねる度に強くなる。だから今回で詰みにするぞ。お前を倒して証明してやる」

「くっ……そッ!!」

「……もう、やめて」


 言い返す余裕もなく奥歯を噛み締めて必死に耐えていると、背後から弱々しい声がこぼれた。


「こんなの意味が無い……アタシのせいで大勢が死ぬ。アーサー君だって傷ついて……あんな風になっちゃう。それにアタシはアーサー君に助けられても、アーサー君の事を忘れちゃうんでしょ!? それならアタシはアーサー君の事を覚えたまま『未来』を守りたい!!」

「……さいッ」


 ぎちり、とアーサーの奥歯で音が鳴った。

 その力が全て込められたかのように、アーサーは盾を支える右手とは逆の左手に『黒い炎ような何か』を集めて一気に突き出した。


「うるッ……せェェェえええええええええええええええええええええ!!」


 怒声と共に漆黒の砲撃が放たれる。

 襲いかかって来ていた波が晴れた。しかしアーサーの中の煮えたぎるような思いは晴れない。


「……誰か死ななくちゃ気が済まないのかよ。世界のためなら友人を見捨てなくちゃいけないのかよ! 俺の事を好きだと言ってくれた人を見殺しにしなくちゃいけないのかよ!!」


 我慢がならなかった。

 シエルが自分をここまで追い込まなくてはならないほど、狂っているとしか思えない運命がどうしても嫌だった。


「確かに意味なんて無いのかもしれない。アイツの言う最悪の未来に向かうのかも……『イルミナティ』のみんなだって、俺のこんな行動を望んで過去に送り出してくれた訳じゃない」


 後ろのシエルに話しているのと同時に、その言葉は眼前でこちらに殺意を向けている未来の自分自身にも放っていた。


「俺だってみんなを失うのは嫌だ。でも、シエルさんを死なせてみんなの元に帰るのだって違う。過去も未来もどっちも大切で、どっちも捨てたくないから、俺は戦ってる。今までだって、それの連続だったはずだろ……?」

「……だから間違って来たってのも理解しての発言だよな?」


 無論、そんな事は言われなくても分かっていた。

 確かに何度も間違って来たし、今回のこの選択だって間違いなのかもしれない。そしてこれから先の人生も間違い続けて行くのだろう。

 だけど、間違いじゃなかったのも分かっていた。その選択で少なくない人達を守れてきたのも、彼は経験として知っているのだから。


「あるはずなんだ、その方法は。シエルさんを生かしたまま未来を取り戻す、そんな何かがあるはずなんだ!」

「ああ、あるよ。その方法を俺は嫌って言うくらい知ってる。長く『消滅』を使ったせいで一部の記憶が無くなってる俺を思わず納得させてしまうような方法を! でもそれじゃ運命のループに嵌まるだけなんだ!!」

「だったら思い付いてやる! お前も出せなかった方法で、どんなに否定してもこれ以上ないくらい完璧な答えを!!」


 そしてアーサーは握り締めた拳を未来の自分に突き付け、宣戦布告のように宣言する。


「今回で詰みにする。運命のループを抜けてそれを証明してやる。惨めったらしくすがってやる、手にしてみせる! 最後の最後まで、俺は諦めない!!」

「……いいや。証明するのは俺の方だ」


 返答の直後、アインザームの周りの『黒い炎のような何か』が彼の頭上に集まって一つの形を成していく。まるで漆黒の太陽のようなそれを、彼は手で差し示すようにしてアーサーとシエルに向かってそれを飛ばした。

 とてつもない圧力。あれが直撃すれば体が一片も残らず『消滅』してしまうとすぐに理解した。再び『深淵よりも穢(イクスティンクト・)れた蓮の盾(ブラックロータス)』で受け止めようとした時、カクンと球体の軌道が突然変わる。ほとんど直角に曲がって向かう先にいるのは、ローグ・アインザームだった。彼の突き出した右手の掌にはオレンジ色の球体があり、それに吸い寄せられるように漆黒の太陽は向かって行ったのだ。

 先程の攻撃を受け止めた正体もこれだったのだろう。大きさなど関係なくローグの掌に吸い込まれるように漆黒の太陽は消え失せ、対照的にオレンジ色の球体がローグの体以上に大きくなっていた。


「―――『祈りを束ねる珊瑚星(アークトゥルス)』」


 まるで一つの恒星のようなそれが、ローグの掌から放たれてアインザームへと向かって行った。彼が『黒い炎のような何か』で受け止めた瞬間、凄まじい衝撃を発してアインザームの体が吹き飛んで行った。


「行け、アーサー。時間は稼いでやる。だからその方法ってのを探し出してアイツを説得しろ。それしかない」

「ローグ……頼んだ」


 すぐにローグの意見に乗り、アーサーはシエルの体を抱きかかえてこの場から脱出するために走り出す。ローグの隣をすれ違うように抜けようとした所で、囁くような言葉が放たれた。


「……俺みたいに生きるなよ。辛いぞ、その先は」

「ああ……」


 五〇〇年の重みがある忠告に僅かに言い淀みながら、しかしアーサーはすれ違いが終わる直前にはこう返答していた。


「それでも、進み続けるって決めたんだ」


 その答えを聞いたローグの表情は、すでにアーサーの位置からは窺えない。

 だけど何となく、彼は複雑な笑みを浮かべていると思った。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 どうせ向こうには距離の『消滅』がある事は分かっているので、彼らの戦いの余波が届いて来ない程度の位置で逃走は止めた。シエルを地面に下ろして一度だけ息をつく。


「……それで、さっき言ってた方法は何か思いついたの……?」


 少し躊躇いがちにシエルは質問してきた。

 アーサーは素直に首を横に振った。


「……まだ何も。これから考える」

「さっきの人達は? 未来のキミと戦ってどうするつもりなの?」

「あの人達なら大丈夫。それにそっちもなんとかする」

「相変わらず具体性の欠片も無いな」


 と、二人の会話に割り込む声があった。

『黒い炎のような何か』を纏った少年、アーサー・アインザーム。もう追い付いて来てしまったのだ。軽い口調とは裏腹に、アインザームは細く伸ばした『黒い炎のような何か』を鞭のように振るった。アーサーは腕を交差させて受け止めるが、その威力に体ごと吹き飛ばされてしまう。


(くっ……まずい、俺が離れたらシエルさんが……ッ!!)


 しかしその懸念は杞憂に終わった。アインザームは『消滅』を用いた瞬間移動で吹き飛ばされている最中のアーサーの正面に現れ、すぐさま拳をアーサーの腹に叩き込んだ。角度が代わり地面に打ちつけられたアーサーは数回弾んでからようやく止まった。


「どうせ『俺』に邪魔されるのは分かってる。だから先にお前を倒してからゆっくりシエルを殺すよ」

「くっ……させるか!!」


 アーサーは右手に『黒い炎のような何か』を集中させ、アインザームに向かって突き出すと同時に細い光線を放つ。しかしアインザームはそれを片手で受け止めた。


「この『黒い炎のような何か』の力は絶大だけど不安定だ。記憶に障害は出るし、今のお前みたいに使い続ければ力は弱まっていく。分かっているんだろ?」


 彼の言う通りだった。今だって腕の太さ程度しかない光線を放ったのは、集束魔力砲のような巨大な攻撃はもうできなくなっていたからだ。こうして放出を続けている今だって、少しずつ威力が落ちて光線が細くなっているのが分かった。

 そして遂に、限界が来た。体にはまだ少し『黒い炎のような何か』が残っているが、掌から放出するのは無理そうだった。


「限界だな」


 再び『黒い炎のような何か』を鞭のように振るいながらアインザームはつまらなさそうに呟いた。アーサーの体が吹っ飛び、今度はシエルの方へと飛んで行った。


「アーサー君!!」


 倒れたアーサーにシエルが近づいて様子を窺う。まだ防御が出来ていたので、『消滅』の力で体を抉られるような事にはなっていなかった。しかし体にまとわりついている『黒い炎のような何か』は風前の灯火だった。アインザームの力を山火事と形容するなら、アーサーが発動した当初は焚火、そして今は消えかけのマッチの火のようだった。


「……アーサー君。もう……」

「……いいから、俺の後ろに下がってくれ。今度は絶対に守るから」


 四つん這いに姿勢のまま顔を上げると、アインザームはゆっくりとこちらに向かって来ていた。アーサーは彼を見ながら絞り出すように声を発する。


「……彼女は友人だ」

「……俺だってそうだった」


 何かを噛み締めるように答えたアインザームは、『黒い炎のような何か』を尾のように伸ばすとアーサーの体に巻き付けて持ち上げ、自分の頭上叩くまで持ち上げてからシエルとは反対側の地面に思いっきり叩きつけた。肺の空気が全て体外に吐き出され、全身が軋むような激痛が走った。辛うじて意識は保ったが、脳の命令が上手く体に届かず身動きが取れない。


「寝てろ。これが最後の警告だ。立ち上がるようなら四肢を消し飛ばす」


 アインザームは警告を飛ばすとシエルの方へと足を進める。顔を上げるとシエルが見えた。彼女は近づいて来るアインザームではなく倒れているアーサーの方に視線を向け、こちらを安心させるような笑みを浮かべていた。

 しかしアーサーはそれを見て安心などできなかった。むしろ胸の内から熱い怒りが込み上げてくる。


(……そういう顔が、嫌なんだ……っ)


 泣きたいのに無理やり笑っているその表情。運命を受け入れて諦めてしまった妥協の色。

 嫌だった。負けたくなかった。失いたくなかった。

 いつだってそうだった。だけど運命は強大すぎて、毎回のように奇蹟が起きて大逆転できる訳ではない。それはこれまでの結果が示している。

 だけど今はまだ、結果は出ていない。このまま倒れていれば運命はアーサーを打ち負かすだろうが、今はまだ敗けていない。


「……っ、ぁぁ……!!」


 アーサーは苦悶の声を漏らしながら、地面に張り付いた体を引きはがすようにして立ち上がった。その様子に気づいたアインザームは大きな溜め息をついてこちらを振り返った。それを確認しながらアーサーは腕を持ち上げて拳を握って構える。


「……絶対に諦めない」

「だろうな。よく知ってるよ」


 ゆらり、とアインザームの周囲に『黒い炎のような何か』が揺らめいていた。対するアーサーの体にはもう『黒い炎のような何か』は無い。先程の攻撃を受け止めるので完全に打ち止めだった。


「この、身は……」


 アインザームがこちらに向かって近づいて来る。

 アーサーは言葉に詰まり、呼吸を挟んでから続ける。


「この身は、祈りは届くと……示す者」


 先刻は『黒い炎のような何か』を発動できた言葉。しかし今のアーサーに変化は無い。

 アインザームの拳が目前に迫る。アーサーは手を挟み込んで受け止めようとした。すでに『消滅』の力が無い以上、その手は彼の宣告の宣言通り消し飛ばされてしまうだろう。


 パァン!! という音が鳴った。

『黒い炎のような何か』同士が弾き合うような音ではなく、拳を掌で受け止めただけの軽い音だった。


 もはや受け止められない。そのはずだった。

 しかし黒ではなく青白い光を纏ったアーサーは確かに拳を受け止めていた。


「なるほど……」


 納得したようにアインザームは呟いた。そして急にアーサーから飛び退いて距離を取った。


「同じ『担ぎし者』の呪いじゃ勝てないと見て、そっちの力が溢れ出たか……母親から受け継いだ方の能力(ちから)が!!」

「……母さん」


 今の自分の体の状態に覚えがあった。たしか五〇〇年前の世界に行っていた時、手を握られた時にサクラの手が同じような光を放っていたはずだ。


「……お前はこの力を知っているのか?」

「ああ、『桜花絢爛(クロス・リンク)』。母さんの力だ。信頼し合った相手と繋がって、お互いの能力を上げる技だ」


 ちらりと後ろを向いたアインザームに釣られて彼の後方を見ると、シエルの体も今の自分と同じような淡い青の燐光を放っていた。

 この力の正体については後でクロノ辺りに聞かないと分からない事の方が多い。しかし『消滅』の力よりもずっと安心できる力なのは確かだった。それに『消滅』の力に対抗できるなら、それ以上言う事は何もない。


「じゃあこれでお前を殴れるな」

「触れるようになっただけでもう勝ったつもりか? 戦闘経験の差ってやつを教えてやるよ」


 この力のおかげなのか、体には動ける力が戻っていた。もしかしたら後でツケを払って動けなくなるのかもしれないが、そんな心配は今更だ。今動けるのなら、動かない手は無い。拳を握り締めて突き進み、アインザームと接触する。

 アインザームもこちらのスタイルに合わせたのか、真っ直ぐ右拳で殴りかかって来た。アーサーはそれに応じて右拳でクロスカウンターを狙うのではなく、左の拳をフックのような軌道で撃ち出してアインザームの右腕の軌道を逸らした。右の頬を掠めていく拳の外側からこちらも右拳を振りかぶり、今度こそ交差させるように撃ち出していく。


(―――ありがとう、母さん)


 心の底からそう思う。

 そして湧き上がる激情を全て乗せ、硬く握りしめた拳を力いっぱい振るう。


(俺も五〇〇年愛してる!!)


 五〇〇年前、言えなかった言葉を心の中で思いっきり叫んだ。

 直後、現在の自分の拳が未来の自分の頬に突き刺さる。そして攻撃が届くならまだ戦える。未来の不甲斐ない自分自身をぶっ飛ばす事ができるのだ。

ありがとうございます。

今回からタイトルナンバーが戻り、ついに三〇〇話!! ……まあ、実際投稿数300はとっくの昔に過ぎている訳ですが。それでも感慨深い!!

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