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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一五章 未来とは決められたものなのか? Slaves_of_Fate.
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REVERSE_TIME:END

『アーサー』と別れたシエルはビルから出て目的地を決める事なく歩いていた。ただこうしているだけで、死神が来るという確かな予感があったからだ。

 どれだけの時間歩いていたか分からない。数時間だったような、あるいは数分程度だったような気もする。

 前方に現れたそれを視認して、彼女は壊れた機械のように動かし続けていた足を止めた。


「……覚悟は良いか?」

「……うん。もうとっくに」


 抵抗するつもりは無かった。そもそも抵抗した所で無意味なのも分かりきっていたので、『アーサー』を裏切った時から覚悟は決めていた。

 しかし『黒い男』は呆れにも似た溜め息をついて、


「アンタに言った訳じゃない。そっちのお前にだ」

「え……」


 シエルは一つだけ分かっていなかったのだ。

 自分が自分の命を諦めても、絶対に諦められない人がいたという事を。

 薄暗い物陰から出てきた姿を見て、シエルは込み上げてくる何かを堪えるように両手で口元を抑えて呟く。


「そんな……アーサー君?」

「……ああ、シエルさん。こうして話すのは二日ぶりくらいだな」

「……っ」


 時間についての研究を重ねたシエルには、その一言だけで全て通じたようだった。あれから過去を遡って、再びやり直して来たという事を。

 アーサーに続いて『黒い男』の周囲を取り囲むように、『アーサー』を過去に送る役割のあるクロノ以外の三人が現れた。


「……翔環アユム。ローグ・アインザーム。オーウェン・シルヴェスター……」


『黒い男』は一人ずつ値踏みするように視線を向けると、最後にアーサーの所で動きを止めた。


「そして、アーサー・レンフィールド。なるほど壮観だ。数時間足らずの猶予でよくこれだけ集めたもんだ」

「もう負けたくないからな」


 言葉を発しながら、足取りはゆっくりとシエルの前に向かって行く。前と同じように壁になるように、背中側にシエルを隠した。

 そうしながら、アーサーは何かを決意するように息を吸う。


「……ここに戻ってくるまで、お前の正体についてずっと考えてた」


 全身を『黒い炎のような何か』で覆っていて、外見だけでは全く正体を掴めなかった。

 だが同時に外見以外のヒントは多かった。体の使い方や喋り方、能力や戦い方。その全てが一つの答えを指し示していた。


「クロノはお前を知らなかった。でもお前はシエルさんを狙ってる。なら答えは一つ、お前はもっと未来から来た何者かだ。……じゃあ、お前は誰なのか。俺の出した答えに断言に足る根拠は無いんだけど……確信に似た思いがある」


 何度も何度も思考した。

 同じ答えに辿り着く度に否定し、自分の知らない誰かだと言い聞かせようとしてきた。

 だけど、もう逃げない。

 目を逸らさず、辿り着いた事実を受け止めて言葉にする。



()()()()()()―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」



 それがアーサーの辿り着いた答えだった。

 その言葉に『黒い男』は無言だった。しかし動きはある。顔の部分を覆って隠していた『黒い炎のような何か』を解いたのだ。

 初めて、その顔が明らかになる。

 髪は真っ白で、瞳の虹彩は深紅色に染まっていた。だけど見間違えるはずがない。産まれた時から付き合って来た顔を見間違えるはずがないのだ。


「随分とあっさりバラすんだな」

「……まあ、バレるのは知ってたしな。それから未来じゃアーサー・アインザームって名乗ってるんだ。紛らわしいだろうし、アインザームって呼んでくれ。俺はお前をレンフィールドって呼ぶから」


 肩を竦めるのを見て奇妙な気持ちになった。

 今の答えはあらかじめ他の四人には伝えてある。だから彼を取り囲む三人に困惑の色は無いが、肝心のアーサーが一番動揺していた。


「他にも、とっくに気づいてるんだろ? 今回の事件のシステムを」

「……」


『黒い男』―――否、その仮面を脱ぎ捨てたアーサー・アインザームの言葉にアーサー・レンフィールドは何も言葉を返せなかった。

 その無言は、肯定を意味しているのと同じだった。


「ループしてるぞ」


 念押しされるように答えを言われて、アーサーは観念して息を吐いた。


「……やっぱりお前も通ったのか、この道を?」

「ああ、何年も前にな」


 アインザームは答えながら自分の体を覆う『黒い炎のような何か』を見下ろしながら続ける。


「この力を使って……長い間戦って来た。人間がいなくなった『ゾディアック』で、『新人類化計画』に囚われた人達を魔族から守るために何年も。記憶の欠落に気づいたのはしばらく経ってからだ」


 その言葉にはアーサーも少なからず驚いた。『担ぎし者』には記憶保持能力がある。そう聞いていたのに、まるで話が違ったのだから。それともあの『黒い炎のような何か』には『担ぎし者』をさらに蝕む力でもあるのだろうか?


「……怖かったよ。自分が守りたかった人を忘れるのは。それを自覚しているのが。……お前にも分かるだろ?」


 びっくりするくらい弱り切った声音に、アーサーは細かく頷きながら、


「……だから思い付いたんだな? 過去を修正して全てを取り戻す方法を」

「昔、俺はお前の立場で俺自身を打ち倒して彼女を救った。その結果、未来で全てを失った。残っていた仲間……結祈、クロノ、そしてヘルトも殺された。もう俺しか残ってない。こうする事でしか、俺の世界は救えない」


 ……きっと、アインザームが言っている事は普通なのだ。今こうしてシエルを守ろうとしているアーサーの方が異常なのであって、彼は遠い未来でその事を後悔したのだろう。

 仲間を失い、記憶を失い、未来を失い、彼は今回の考えに至ったのだ。

 他の誰の為でもなく、自分自身の為に戦う。きっとそれは、正しい事なのだ。


「俺の……お前の人生は不幸の連続だ」


 多くのものが詰まった、重い言葉がアーサーの耳にも重く響いて来た。


「何かを守るために戦っては何かを失い、失い続けて最後には全てを無くす。仲間も居場所も何もかも。平和も守れない。未来の世界は地獄のようで、ついに電力不足のせいで毎日多くの人達が電源を落とされて苦しむ暇も無く死んでいる。今のお前には想像もできないほど悲惨な世界だ。……全ては、彼女を助けてしまったせいで」


 アインザームの鋭い眼光がアーサーとシエルを射抜く。しかしアーサーはそれを真っ直ぐ受け止めながら、呆れたような溜め息を溢した。


「……助けて、()()()()()()()、か……。ホント、未来の俺とは信じられないくらい情けないヤツだな」


 奇妙な笑い方をしている自覚はあった。

 だけど構わず、アーサーは言葉を繋げる。


「誰かのせいにするのは楽か? シエルさんに全ての責任を押し付けて殺すのは言い訳が欲しいからか? 言っておくけど、シエルさん一人の生死で終わる程度のものなら、今回の件を何事も無かったように終わらせたとしても、どのみちこの世界は近い内に終わるよ」

「かもしれない。だけど、今回の件を見過ごせば間違いなく世界は終わる」


 アーサーとアインザームは互いの意見を一〇〇パーセント否定しきれない。同一人物だからこそ、相手の意見を理解できてしまうためにそうする事ができない。

 だが対立しているのは分かっていた。

 アーサーは『力の在る言葉』で体に『黒い炎のような何か』を纏った。

 アインザームは全身の『黒い炎のような何か』を体の周りにも広げた。


「断言してやる。俺はそんな風にはならない」

「……お前はあの未来を知らないからそんな口が利けるんだ」

「ああ、俺は確かにお前がどんな目に遭って来たのか知らないよ。だけどさ、それでも俺は自分の不幸を他人のせいにするようなダサい男にはならないよ。そうじゃなきゃ、俺は俺を(たす)けてくれた人達に顔向けできない」


 この数日だって多くの人に助けられてここまで来れた。

 クロノ、ラプラス、結祈、セラ、ヘルト、アナスタシア、ハッピーフェイス、ダイアナ、クロネコ、フィリア、アインハルト、アユム、ローグ、オーウェン、そしてサクラやシエルも。

 彼らがいたから自分が今も戦えている事は絶対に忘れてはならない。目の前の自分はそれを忘れている。そんな感じがした。


「ついでにもう一つだけ断言してやる。そんな方法でみんなを取り戻しても、お前はきっと納得できないよ。その取り戻した世界ってやつで、お前だけは心にずっとしこりを抱えるんだ。そんなのは取り戻したなんて言わない」


 前述の通り、二人は互いの意見を一〇〇パーセント否定する事はできない。しかしだからといって、全ての意見を受け入れる事もできない。

 だからこそ、会話だけの時間はこれで終わりだ。


「よし、行くぞ」

「ああ、来いよ」


 そうして。

 アーサー・レンフィールドとアーサー・アインザームは、同時に宣言する。


「「俺は俺の未来を取り戻す!!」」


 瞬間、全てが始まった。

ありがとうございます。

今回で【REVERSE_TIME】は終わりです。

次回からはタイトルナンバーが戻り、三〇〇話から再開です。

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