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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第三章 竜臨闘技場解放戦線
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31 表の竜臨祭

 ややあって。

 宿屋を決めて荷物を置いてから闘技場に戻り、アーサーは選手として出場するアレックスと、そのサポーターとなった結祈と別れて観戦席に来ていた。

 目的はただの観戦ではなく、怪しいローブ四人組の動向を探るためだ。もちろんそれはアーサーの勘でしかないので、もしかしたらただの観戦者で杞憂に終わるかもしれない。けれどそれならそれで良い程度のものだった。別にアーサーは彼らを悪者にしたい訳ではなく、アレックスと結祈が無事に戻ってくればそれで良いのだから。

 とりあえず四人組の後ろの方の席に座り、怪しまれ過ぎないように試合を見る傍らでチラチラと確認する。するといくつか分かった事があった。彼らの羽織っているローブはただのローブではなく、隠蔽の効果の付与された魔道具だということだ。何度か顔が見えそうになる度に、黒い影のようなものが顔が見えないように守っているのだ。


(普通の試合観戦にそんなもの着てくるか?)


 ますます怪しくなって訝し気に見ていると、丁度アレックスの試合が始まった。すると意識はそちらの方に削がれていく。

 アレックスの相手は先程見た大量の武器を持つ武人だった。直剣一本のアレックスに対して、武人は右手に槍、左手にアレックスと同じような直剣を持っていた。どんな魔術を使うのかは分からないが、油断はできないだろう。

 試合開始直後、アレックスは『雷弾』と呼んでいる雷の塊の魔力弾を武人に向かって撃つ。しかしアレックスの先制攻撃に怯むことなく、武人は『雷弾』に左手で持っていた直剣を投げつける。


(直剣を避雷針代わりにしたのか……。これはアレックスには少し不利な相手かもな)


 武人は新たな武器を籠の中から取り出し、アレックスは剣を握り直して武人との距離を詰める。遠距離では勝負にならないので、近接戦に持ち込む魂胆なのだろう。

 しかし武人も甘くはなかった。『纏雷』で身体強化をしたアレックスの剣を左手の刀で受け止めて、右手の槍を突き出す。アレックスはその槍を横に大きく飛んで躱すと、足と剣に雷を集中させて『噛業』を繰り出す。武人は避けられないとすぐに察知したのか、敢えて背中を向ける。普通なら愚策のそれも、大量の武器を背負う武人には関係なかった。アレックスの『噛業』は威力と速度は凄まじいが、その速さ故に細かい調整はできない。そこを突かれた事もあるのだろう。アレックスの剣は武人の籠に当たり、それを破壊しながら中に入っていた大量の武器が闘技場に巻き散る。

 アレックスの一撃は当たらなかったが、武人の武器を奪ったのは大きかった。アレックスにもそれが分かっているのだろう。二発目の『噛業』を発動させて勝負に出る。誰の目にもアレックスの勝利が見えた。それは間違いではなかったのだろう。

 ただし、武人に隠していた魔術が無ければ。

 武人はアレックスが吹き飛ばした武器の全てを手も触れずに操り、勝負に出たアレックスにカウンターのようにその全ての武器を向かわせる。


(武器を操る『無』の魔術!? しかも先天性のものじゃなくて『固有魔術(こゆうまじゅつ)』か!?)


『無』の魔術は生まれつき『無』の適正が無ければ使えない。これは他の属性の魔術でも同じだ。

 ただこれには例外がある。『無』の魔術が他の魔術とは違い、アーサーの『何の意味も無い平凡な鎧』のように生まれつき使える魔術と、自分自身で作り出す『固有魔術』がある。この『固有魔術』というのは基本の魔術を極め、更に長い修練を積む事で魔術法則を逸脱しない限りある程度融通の利く自分だけの魔術を作ったものだ。

 これは先天性の『無』の魔術のように生まれつき能力が決まっていないので、自分のスタイルに合った魔術を作れる。つまり『固有魔術』を使ってくるというのは、基本魔術を極めたうえで更に高みを目指しているという事だ。当然、勝負に懸ける思いも違う。


(まずい、アレックス!)


 一度発動した『噛業』を止める事はできない。むしろこの状況では止めてしまう事の方が危険だろう。アレックスにはこのまま突っ込むしか手が無い。

 一対多。その結果は火を見るよりも明らかだ。アレックスには突っ込むしか手は無いが、その先は必敗だ。

 だから、アレックスも奥の手を出した。

 アレックスは地面を思いっきり蹴り、左斜め前へと突っ込む方向を変える。『噛業』はたしかに細かい調整はできないが、このように斜め前くらいなら強引に進路を変更できる。ただしこのままでは肝心の剣が武人には届かない。アレックスはもう一度地面を蹴ると、今度は右斜め前へと方向を変え、くの字のような進路で武人へと迫る。武人の方も武器を操ってアレックスを迎撃しようとするが、いかんせん速度が足りない。どうやら武人の魔術は複数の武器を同時に操れても、素早い動きはできないらしい。

 そうこうしている内に、アレックスの剣が武人へと届いた。そのまま斬っては致命傷になりかねないので、剣の腹を当てて吹き飛ばす。

 それで十分だった。

 壁まで吹き飛んだ武人が動き出す事はなく、観客達の拍手喝采と共にアレックスの勝利が決まった。


(まったく、無茶するよ)


 歓声に片手を上げて応えているアレックスを見て何だかんだほっと胸をなでおろしていると、前の四人組にも変化があった。というか、アレックスの試合に注意が削がれている間にどこかへ消えていた。


(なっ!? この短時間でどこに行った!?)


 アレックスの試合は攻防が激しかったものの、約三○秒程で終わった。しかもひいき目無しに中々の注目度のある試合だった。観戦に来てたとして、そんな試合を普通無視するか?

 いよいよ怪しくなってきた。アーサーは席を立って近くにあった階段で下りると売店コーナーに出る。

 まず入口の方に視線をやるが、四人組の姿は見えない。次に売店コーナーの方を見るが、そこにも四人組の姿は無い。コロッセオは円形なので、売店コーナーもぐるっと一周回れるようになっている。正直、何の確証も無いのに人を追っている事に変な気分を覚えるが、微かな不安を拭うために走り出す。

 相手は目立つ容姿だが、それでも万が一にも見落とさないように人だかりを注視しながら走る。そんな走り方をしているのだから、人にぶつかってしまったのは必然だったのかもしれない。人混みの横合いから出て来たアーサーの胸ほどの高さの人とぶつかってしまった。


「っと、すみませ―――」


 足を止めて謝罪の言葉を述べようとする。しかしその言葉は途中で止まった。それは決して相手に問題があった訳ではなく、ただ単にアーサーが驚いたからだった。端的に言えば、相手が知り合いだったのだ。


「お前、クロネコか? こんな所で何やってるんだ?」


 急に目の前に現れたのは、以前からアーサーが世話になっている情報屋だ。よく好みの本を探す時に頼りにしていて、たまに一緒にご飯を食べに行くアーサー唯一の友人と呼べるほどの仲だ。といっても常に隠蔽付きのローブを身に着けていて、声も中世的なので男か女かも分からずその顔を見た事もないのだが。


「アーサーの方こそ。『ジェミニ公国』以外にいるなんて珍しいね。特に魔族を殺した英雄が追放されるなんて理由でね」

「……相変わらず何でも知ってるな。情報源はどこなんだ? それかなりの秘匿事項のはずなんだけど……」

「それは言えないよ。前に言ったでしょ? 聞かれた事には報酬次第でヒントか答えをあげるけど、身元の詮索はダメだって」


 ここでクロネコが言っている報酬はお金の事ではない。アーサーも何度か世話になったが、クロネコに貰う情報の対価はいつも美味しいご飯だ。手作りでも買ったものでも、その美味さが情報量になる。


「じゃあそこのホットドックでどうだ? 丁度聞きたい事があるんだ」


 アーサーが親指で指したのは後ろにあるホットドックやピザなどのジャンクな食べ物を出している売店だ。並んでいる人も少ないので、そこまでロスにはならないという考えだ。

 クロネコも頷いて了承したので、二人で列の最後尾に並ぶ。


「それで何を聞きたいの?」

「俺が追ってる人達の行方」


 アーサーからは伺えないが、クロネコは驚いたように目を見開いて、


「四人組の正体とか目的は聞かないんだね」

「それは流石に酷いだろ。お前から聞くのは最低限にしとくよ。後は自分で確かめる」

「……アーサーは凄いね。普通は何でも知ってる人がいたら何でも聞きたくなるのに、絶対にその一線を越えないんだから」

「それは言うほど大した事じゃないだろ。ただの錯覚だよ」

「ううん、そんな事ないよ。人は人の役に立つものには目が眩むからね。魔術や科学がここまで進歩したのだって、元を辿れば魔族との戦争に勝つためなんだよ? 今使われている生活の役に立ってる魔術や科学だって、大戦時には何人殺したかなんて分からない。アーサーだってそれは分かってるでしょ?」

「……」

「ワタシを使えば世界の全てを知る事ができる。もしかしたらそこに救える悲劇があるかもしれない。個人じゃ成し遂げられない事も簡単にできるようになるかもしれない。そんな甘い誘惑に勝つのは、生半可な意志じゃできない事なんだよ」


 言い切ったクロネコの言い分にアーサーは浅く溜め息をついて、


「……やっぱりそれはお前の錯覚だよ、クロネコ。俺はお前が言うほど意志が強い訳じゃない。いつも迷ってばかりのどこにでもいるごく普通の少年だよ」

「だからこそ、だよ。意志があるから迷いながら答えを見つけていくんでしょう? それはごく普通の少年なんだとしても、誰にだってできる事じゃないんだよ」


 そこまで言って、クロネコは一つの忠告を告げる。


「でも後悔だけはしないようにね。持てる手札を全て使わないで失敗したら、それは後悔に繋がるよ。それはアーサーの生き方に反してるでしょ?」

「……」

「ちょっと長く話し過ぎたね。本題に戻ろうか、あの四人組の行方についてだよね?」


 こくりとアーサーが頷くと、クロネコは少し先にある扉を指差して、


「あの扉から地下に行ったよ。下は選手の控室に繋がってる他に、別の施設にも繋がってる。あの四人の目的はそっちみたいだよ」

「別の施設?」

「『タウロス王国』は限られた土地を有効に使うために、地下の開発に力を入れてるんだよ。発電所や排水処理設備、研究所なんか一般人の入れないような場所はあらかた地下にあるはずだよ」


 クロネコが話し終ると、丁度アーサー達の順番が来た。アーサーはクロネコの分のホットドックを一つ買って渡す。


「ありがとな、クロネコ。また機会があったら頼む」

「うん。ただし美味しいものと交換でね。次は一緒に食べようね」


 クロネコと簡単に分かれを済ませ、地下へと続く扉の前に立つ。ドアノブに手をかけると鍵は閉まっていないらしく、抵抗なく開いた。アーサーは周りの目を気にしながらさっさと中に入る。

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