291(Reverse) PLACE_OF_DEPARTURE
それから二時間ほど経って、どうやらアユム達は上手くやったらしく、無事にフィリアとアインハルトも保護された状態でまだ何も知らない『アーサー』は『ポラリス王国』へと向かって行った。
「それで、自分を見た気分はどうだった?」
「変な気分だよ。あれが昨日の自分だと思うと尚更」
アーサーはクロノと合流を果たしていた。上手く事が運んだ割には、アーサーの顔は浮かないものだった。
「声を掛けるべきだとでも思ったか?」
「……、やるべき事は分かってる」
声を掛ければ未来が変わり、シエルや『黒い男』の行動が予測不能になる。そうなれば結局シエルを助ける機会を自ら捨てる事になるのだ。
「それよりクロノ。この後の動きはもしかしなくてもローグ・アインザームに会いに行くんだよな?」
「そうみたいだな」
何だか他人事のような言い方に若干引っ掛かったが、それりも移動手段についての方の心配が勝っていたのであまり気にはならなかった。
ここが『リブラ王国』だから『ゾディアック』の中ではローグのいる場所に一番近い。しかし前も歩いて移動した時、余裕で一週間くらいかかった。今日の夜にアユムと合流する予定なので、往復に使える時間は数時間程度しかない。未来では転移などが使える様子は無かったが……。
「じゃあ、行くぞ」
軽い言葉と共に周囲に変化があった。風が止み、木の葉の動く音も消失する。クロノが『時間停止』を使ったのだ。
その瞬間、嫌な想像をしたアーサーは変な汗が止まらなかった。
「……もしかして、徒歩?」
「他に何かあるのか? ちなみにローグが今いるのは『魔族領』ではなく『ジェミニ公国』だ。ここからだと真反対だな」
「……。」
げんなりしても事実は変わらない。結局二人寂しく止まった時の中を歩く事になった。
ちなみに『幾重にも重ねた小さな一歩』で長距離転移をすれば良いと気付いたのは、歩き始めてから数時間後の事だった。
◇◇◇◇◇◇◇
何だかんだ、停止した時の中でもあまり時間がかからずに『ジェミニ公国』に辿り着いた。
思えば『ジェミニ公国』の地を踏むのは本当に久しぶりだ。グラヘルを殺して追放された後からは帰っていない。正確にはここから一〇年後だというのは分かっているが、あの日から本当に色々あったと物思いにふける。
(とはいえ、まさか過去に来るとは……あの日の俺に言っても絶対信じないだろうな)
そんな風に物思いにふけっているのは、この場所も一つの要因だろう。
『ジェミニ公国』の中でも最も馴染みのある場所。つまりオーウェン・シルヴェスターに拾われ、アレックスやアンナと育った村だ。
「流石だな」
「……何が?」
「取り乱さないのか、と思ってな」
移動中に一〇年後のクロノから話でも聞いていたのだろう。視線は前を向いたままのクロノの言葉に、アーサーは肺の中の息を吐いてから、
「……ローグが『ジェミニ公国』にいるって聞いた時から何となく予想はしてたよ。じーさんが『第二次臨界大戦』で戦ったのは知ってたから」
とはいえ、会う覚悟ができたという訳でもない。いざ目の前にしたらどうなってしまうのかは、その時にならないと分からないというのが正直な思いだった。
クロノが迷いの無い足取りで向かうのは、やはり他の家よりも一回り大きいオーウェンの家だった。アーサーは一度だけ深呼吸してから後に続いていく。
今回、クロノは普通に手を使ってドアを開けた。クロノに続いてアーサーは懐かしい気持ちで中に入る。
まるで待ち構えていたように、二人の男はそこにいた。
アーサーとそんなに歳が変わらないように見える黒髪の男に、五○代半ばの白髪が混じった黒と白の髪の男。
ローグ・アインザームとオーウェン・シルヴェスター。
四人が集まった中で、最初に溜め息交じりの声を発したのはローグだった。
「……何度も時を止めないでくれよ、クロノ。俺は動き続けてるんだぞ?」
「お前が生きて来た五〇〇年に比べれば些細な『時間』だ。小さい事を気にするな」
「まったく、相変わらず口が減らない」
溜め息交じりだがどこか嬉しそうな声音だった。
二人は互いに近づいていく。ローグとクロノは同時に手を挙げて、乾いた音を響かせながら互いの手を弾き合った。
「久しぶりだな、ローグ。元気にやってたか?」
「五〇〇年前が嘘みたいに平坦な日常だよ。それで、わざわざ時を止めてまでここに来た用は?」
ローグの質問にクロノは視線をアーサーに向けた。回答権を渡されたと解釈したアーサーは、ローグがこちらを向くのを待ってから静かに口を開く。
「サクラ・S・アインザームの息子のアーサー・レンフィールドだ。一応、初めましてだな、ローグ・アインザーム」
「……。」
正に開いた口が塞がらないといった表現がピッタリの顔でクロノに確認の目線を向けると、彼女は静かに頷いた。そこでようやくローグは口を開く。
「……言葉も出ない」
「出てるから大丈夫だな。良いから話を聞いてくれ。明日起きる、ある事件について」
それからアーサーが何度も過去と未来を行き来している事。そこでサクラに会って話をした事。そして明日起きる全ての事を話した。
ローグは一人、椅子に座ってアーサーの話を聞いていた。一通り話し終わると、ローグは人差し指と親指で目頭をぐいぐい押しながら、
「えー……っと、つまりお前は明日俺に助けられてて、その歴史をなぞるために協力してくれと?」
「あと『黒い男』を倒すのにも」
「なるほどね……お断りだ。一昨日来い」
いきなり発せられたのは、まさかの拒否の言葉だった。明日の事を知っているだけに断られるとは思っていなかったアーサーが唖然としている内に、椅子から腰を上げたローグは二階に向かう階段を昇って行ってしまった。
「……何があったんだ?」
困惑したままクロノに尋ねると彼女も顔に影を落としながら、
「……ざっくりまとめるなら、あいつはサクラを助けられなかった。それを五〇〇年引きずっている。そっちの男もな」
もはや彼女が指し示す男はこの場に一人しかいない。今まで黙っていた男、オーウェン・シルヴェスターは肩を竦めながら、
「『第二次臨界大戦』で私は多くの命を奪った。……傷を舐め合っているのは自覚しているが、前に進む力も出ない。お前がどこの誰かは知らんが……諦めるのが賢明だ」
「……そういう訳にはいかないよ、じーさん」
寂しげな笑みを浮かべて、アーサーはオーウェンの目を真っ直ぐ捉えながら言葉を発した。
「今のアンタが俺を知らなくても、俺はアンタの事をよく知ってる。ずっと未来じゃアンタは俺の恩人だ。諦めるとか、アンタの口からだけは聞きたくない。もしそんな弱音を吐こうものなら、問答無用で鉄拳制裁だろ? じーさん」
「……さっきから気になっているんだが、じーさんというのはもしかしなくても私の事か?」
「未来じゃそう呼んでた。呼ぶと怒られたけど」
いつの間にか、寂しげな笑みは思い出し笑いに変わっていた。
「……本当にありがとう、じーさん。おかげで俺は今も生きてる」
今の彼に言っても意味が分からないだろう。だけど自分の知らない弱っているオーウェン・シルヴェスターを見ていられず、考えるよりも前に言葉が先に出ていた。
「アンタがこれまでどれだけの人を殺したんだとしても……言っておきたかったんだ。アンタに感謝してる人はここにいる。救われた人も。だから『希望』を持って前に進んで欲しい」
「……、」
何か言いたそうだったが、結局オーウェンは何も言わなかった。
アーサーは視線をオーウェンから二階の方へ向けて、次に階段の方へと向かった。
「一人で大丈夫か?」
「まあ、何とかしてみるよ。一応息子なんで。それに一人じゃない」
クロノの心配に適当に答えながら、昇り慣れている階段を上がる。
自分が会いに来たせいで未来が変わった可能性も考えていた。だとすれば修正するのもまた、自分の役目だとも。
ありがとうございます。
次回は289話の(Reverse)です。