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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一五章 未来とは決められたものなのか? Slaves_of_Fate.
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???(Reverse) I_LOVE_YOU_500_YEARS

「サクラ・S・(スプリング)アインザーム……じゃあ俺の本当の名前はアーサー・S・(スプリング)アインザーム? それにローグが父親って……聞いてないぞ」

『言わなかったからな』


 悪びれる様子も無く脳内に声が聞こえて来た。微妙な表情のアーサーに目の前の女性―――サクラはくすりと笑って、


「混乱しますよね。名乗る時はレンフィールドで良いですよ? 育ての親の名前ですよね。その方は何という名前ですか?」

「……リア・レンフィールド。俺を育ててくれた自慢の母さんだけど……守れなかった。妹のレインも……いつも守れないんだ」

「アーサー……」


 サクラは布団から出した手でアーサーの右手を握った。

 今まで誰かに手を握られた事は何度もあるのに、そのどれとも違う感触だった。冷たいのに温かい、心地良い感覚だ。


「左右の手が違いますね。この右手の感触は……ローグさんと一緒です」

「分かるのか?」

「何度も握った、愛した人の手ですから。分からないはずがありません。どうしたんですか?」


 アーサーは観念したと表すように、肩を竦めながら答える。


「別に大した事じゃないよ。妹を助けるために爆弾で右腕を吹っ飛ばして、その子がローグの右腕をくっ付けてくれたんだ。正直、この手にはかなり助けられてる」

「右腕を吹き飛ばして……」


 右手を握る力が強くなった。そして少し悲しそうな声音で彼女は問いかける。


「……世界はあなたに優しくなかったですか?」


 きっとサクラは右腕を吹き飛ばすような境遇を大した事じゃないと言ってしまえるアーサーの事を心配していたのだろう。今もボロボロの身なりがその懸念を増長させていたのかもしれない。


「……どうかな?」


 世界が優しくなかったか、と聞かれてアーサーはそんな曖昧な回答しかできなかった。それから説明不足すぎたと思ったのか、改めてその答えに至った考えを口にする。


「育ての母さんや、妹や、恩師……友人を失う事もあった。そんな事が繰り返されると、自分の運命を恨む事が何度もあった。だけど……その度に多くの人に支えられてきたんだ。そういう意味じゃきっと、世界は優しくないものじゃなくて……俺は恵まれてるんだ。母さんもその中の一人だよ」

「……そうですか」


 アーサーの考えを聞くと、サクラの表情が少し晴れた。そして悪戯っぽい笑みを浮かべて、


「あなたを支えてくれた人達に感謝ですね。ローグさんのような良い男になりました。きっと未来じゃモテモテですね」

「……母さん。俺の状況を分かってて言ってるだろ」


 茶化すような言葉に微妙な表情で返すアーサーに、サクラはくすくすと笑って謝る。


「ごめんなさい。少し息子をからかいたくなりました。『担ぎし者』なら迷うのは当然ですよね。ローグさんやアユムさんも同じでしたから」


 しかしすぐに真面目な声音に改めて、続けてこう言う。


「ですがあなたには常に傍で想ってくれている子がいる。それだけは忘れないで下さいね?」

「……分かってる」


 彼女達への感謝を忘れた事は無い。そしてそれは、未来で消えてしまった仲間達だけでなく、シエルにだって言える事だ。

 だから助けたい。

 助けたい、のだが……。


「迷っていますね」


 顔に出ていたのだろう。アーサーは誤魔化さずに頷いて、


「……俺は弱いんだ。守りたいものを、守れないかもしれない」

「分かりますよ。ですがそれは、誰しもが通る道です」


 再びサクラの手に力が入った。すると青白く温かい燐光が二人の手を包み込む。


「……『例えあなたが進むべき道を間違えたとしても、それで全ての希望が失われてしまう訳ではありません。あなたがしてきた事と同じように、別の誰かがあなたの事を(たす)けてくれるはずです』」

「何で……その言葉を」


 アナスタシアから貰った言葉を一言一句違えずに放ったサクラは、驚くアーサーにくすりと笑って、


「私にはそういう力があるんです。……そしてその力は、あなたの中にもあります。傷ついた人に寄り添い、支えになろうとする心が。どこまでも逆境に抗い、最高の結末に辿り着こうとする強い意志が。それこそが私達の最大の武器……」

「……『希望』」


 サクラの言葉に続くようにアーサーは答えを呟いた。

 その様子にサクラは満足したように頷いて、そしてアーサーの胸に目を向けた。


「アーサー、胸に傷は残っていますか?」

「……残ってる」


 それはロケットよりもさらに内側にある、アーサー自身いつ付いたのか分からない胸のX字の傷の事だろう。つい先日、ラプラスに指摘されたばかりだから傷の事は強く記憶にあった。


「それはこの時代で付いた傷です。ローグさんが治して命に別状は無かったですけど……その時、私はあなたをクロノさんの『時間凍結』で未来まで守り抜く事を決めたんです。二度とこの手に抱けなくなっても、あなただけは絶対に守ると。正直、不安もありましたが……こうしてあなたが成功を伝えてくれました。誰が何と言おうと、あなたは私にとっての『希望』で、自慢の息子です」

「……、なんでだろう……言葉が出ない」


 正直に言うなら、泣きそうになっていた。

 他の誰に言われても、きっとこんな気持ちにはならないような気がした。

 それだけ目の前の女性は、アーサーにとって大切な存在なのだ。母親というのはどんな子供にとってもそういうものなのだろう。


「もう一度、立ち上がれますね」

「……ああ。ありがとう、母さん」


 一言お礼を言って、アーサーはサクラから手を離した。これ以上は甘えすぎてしまう気がしたからだ。

 まだやる事があって、いくら時間の流れが違うとはいえいつまでも留まっている訳にはいかない。迷いが絶ち切れたのなら、ここに停滞し続けるのはルール違反だ。


「……もう、行ってしまうんですね。何だか寂しいです」

「本当はローグとの馴れ初めとか、五〇〇年前の出来事とか色々聞きたかったんだけど……助けに行きたい人がいるんだ。ずっとここにはいられない。あんまり長居し過ぎると、ここは俺には優し過ぎて毒だ。離れがたくなる」

「そうですか……そうですね。こうして会えた事ですら、私には過ぎた贈り物でした。そちらのクロノさんにお礼を言っておいて下さい」

「ああ、必ず」


 そして数歩、アーサーはサクラから離れた。

 お別れの時間だった。あるはずの無い奇蹟の時間の終わりの時だった。


「最後に一つだけ、あなたに伝えておかないといけない事があります」


 アーサーの足元にはすでに魔法陣が広がっていた。

 時間移動まで数秒という中で、サクラの最後の言葉が放たれる。


「五○○年、ずっとあなたを愛してます」


 その言葉の衝撃を受け止めたアーサーが返答する前に、彼は『時間跳躍(クロノス)』によって五〇〇年前の世界から離れた。

 だけど、笑みだけは返せた。

 きっとアーサーの気持ちは、サクラに伝わっているはずだ。なにせ二人は正真正銘、血の繋がった親子なのだから。

ありがとうございます。

次回から時間はまた戻り、296話の(Reverse)になります。

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