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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一五章 未来とは決められたものなのか? Slaves_of_Fate.
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???(Reverse) 500_YEARS_AGO

時間跳躍(クロノス)』で一日前に戻り、もう一度やり直す。アーサーの考えは言わなくてもクロノに伝わっていると思っていた。

 しかし。


「ここは……どこだ?」


 視界が暗い。手探りで周囲の状況を探るに洞窟の中のようだった。頭上の方から一ヵ所だけ光が差し込んで来る場所がある。


(とにかく、ここから出ないと……)


 力を入れるために深く息を吸い込んで思わずむせた。とにかく空気が悪い。まるで炭の粉を混ぜた空気のようだ。こんなのを吸っていたらいずれ肺を壊すのは自明だった。その思いもあり這うように移動してすぐに上へと移動していく。

 洞窟を抜けると高台のような場所で、三六〇度全ての様子が遠くまで見渡せた。その光景を見た瞬間、アーサーは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。


「……なんだ、ここは……」


 その声は思わずと言った感じで漏れていた。

 一目で分かるほど景色がおかしい。見渡す限りの焦土。所々で木々は燃え、地面は割れて溶岩が流れている場所もある。見上げる空は黒雲に覆われ、日の光は厚い雲越しに薄らと世界を照らしているだけだ。遠くにはゆうに直径一〇〇メートルは越えているであろう巨大な竜巻が蠢いていて、その周囲では雨のように稲妻が降っていた。しかも外に出たのに空気の悪さが変わっていない。そして極め付けは『タウロス王国』で見たようなドラゴンが空を飛んでいる事だ。他にも森の中を異形としか呼べないような形状の生物が群で走っている。まるでこの世の地獄のようだった。


「クロノ? おい、聞こえてるんだろ!? ここはどこなんだ!!」


 なるべく悪い空気を吸わないように口元を抑えながら呼びかけるが応答は無い。こんな場所で孤立しているという事実に身の毛がよだつ。


 と、その時だった。

 背後から轟音と突風、そして地響きがアーサーに届いて来た。


 何かが後ろに落ちて来た。それが何かを察しつつゆっくりと振り返ると―――大きな口を開いたドラゴンがそこにはいた。


「オォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

「うァァァああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」


 叫び声は生存本能が体が硬直するのを嫌ったから咄嗟に出たのかもしれない。アーサーは頭で考えるよりも先に体を動かし、魔力を集束させた拳をドラゴンの開かれた口に向かって突き出した。

 集束魔力砲がドラゴンの体内へと突き抜けて行く―――かと思われたが、そうはならなかった。なんとドラゴンはアーサーの放った集束魔力砲を飲み込んでしまったのだ。


(んな馬鹿な!? 俺が放った魔力を全部喰ったっていうのか!?)


 集束させた魔力量が不十分というのもあったかもしれないが、それでも至近距離から放たれた集束魔力砲を喰うなんて話は聞いた事がない。

 しかも、それだけでは終わらなかった。集束魔力砲を飲み込んだブラックホールのような喉奥が光を放つ。それがすぐに大きくなるのを見て、それがドラゴンの反撃だと気付いたのはすぐだった。


(まずい……マズい、マズい!!)


 アーサーに出来るのは右手を前に突き出すだけだった。

 次の瞬間、ドラゴンの口からアーサーが放ったものよりも何倍も大きな集束魔力砲を放つ。絶体絶命の中、アーサーの背中に魔法陣が広がり、彼は体を思いっきり後ろに引っ張られるような感覚を受けてその場から消え失せた。





    ◇◇◇◇◇◇◇





「―――っ!? はぁ……はぁ! はぁ!!」


 アーサーは生きていた。

 突然、見た事もない場所に移動していたが、アーサーの脳が処理できたのは先程まで全細胞が感じ取っていた恐怖だけだ。

 死んでいた。あのままだったら、確実にドラゴンの集束魔力砲で体が蒸発して殺されていた。それを確信として受け止めており、アーサーは四つん這いの姿勢で何とか乱れた息を整えようとしていた。


「グルゥ……」

「……?」


 荒い呼吸のまま聞こえて来た音の方を見ると、すぐ近くに黒い影があった。

 アーサーが現物でも写真でも見た事がない生物。四本腕の人型で、顔は深海魚のように目は白くギザギザの歯を見せびらかすように口を開き、粘っこい涎を垂らしていた。


「な、ん……だ?」


 正体は分からない。しかし無機質な目からは明確な殺意を感じ取れる。理由はそれだけで十分だった。即座に『愚かなるその身に祈(シャスティフォル)りを宿して(・フォース)』を発動させて顎を思いっきり蹴り上げ、追撃を加えるために両腕を引き絞る。


「『双撃(ツイン)()加速天衝拳(ジェットスマッシュ)』!!」


 ゴッ!! という鈍い音が鳴った。魔力を纏ったアーサーの高速の拳は確かに敵の胸部を撃ち抜いた。

 しかし吹き飛ばない。まるで痛みを感じていないように、四本の腕を広げながらアーサーに覆いかぶさるように飛び掛かって来る。

 対するアーサーは右手を手刀の形にして引き絞り、四肢の魔力を全て集めて解き放つ。


「『白犀刺突剣(ライノ・スティンガー)』―――ッ!!」


 ズドンッッッ!!!!!! と先程よりも大きな音が鳴った。魔力を一点集中させたからか、今度は確実に胸を貫いて後ろに吹き飛ばせた。

 一気に魔力を失った虚脱感よりも、仰向けに倒れているそれに意識がいった。


(結局、コイツは何だったんだ……?)


 軽い好奇心から一歩近づいて、そこで異常に気付いた。

 仰向けに倒れているので、アーサーには腹が全て見えている。そこに縦に真っ直ぐき裂が入り、それがどんどん大きくなっていたのだ。

 嫌な予感がしたアーサーは大袈裟なくらい後ろに飛び退いた。結果的には、その大袈裟が功を奏した。割れたき裂からまるで脱皮をするように、再び元気を取り戻した敵が飛び出て来て雄叫びを上げたのだ。


「くっ、何だこいつ!?」

『戦うな、逃げろ! ここでのお前の役割はそれではない!!』

「……ッ」


 突然、頭に声が響いた。それはクロノの声だった。

 言いたい事は色々あったが、今はとりあえず指示に従う事にして、両足のみに『シャスティフォル』を展開して『瞬時神速(ジェット・ドライブ)』でその場から離れる。意外な事に敵は深追いして来なかった。適当な角を三回ほど曲がった所で敵意も完全に消え、アーサーは移動を止めた。

 しかし安堵は一切感じない。心にあるのはドロドロとした奇妙な不安だけだった。その不安を拭うように、アーサーは意識を内側に向けて声を発する。


「クロノ……一体、何なんだ!?」

『「インヴィジョンズ」と呼ばれる化物だ。寿命は短いがほぼ不死身。アレと会ったら逃げるのが得策だ』

「そうじゃなくて!!」


 思わず声が大きくなっている事に気づいて、アーサーは一度自分を落ち着けるように呼吸をしてから改めて、


「……その『インヴィジョンズ』も、俺が行ってた場所も、今までの常識が全く通用しなかった。あそこは一体……」

『どう思った?』

「そんなの……っ」


 地獄。

 頭に浮かぶのはそれしかなかった。

 アーサーの沈黙で何が言いたいのか察したのか、クロノはその話を切った。


『お前の位置を見失っていたんだ。「時間」の中で彷徨っていたようだが……目的地からあまり遠くなくて良かった。おかげで無事に見つけ出せた』

「……いや、それ結構危なかったんじゃ……」

『言っておくが責任はお前にある。心を穏やかに、を忘れたのか? 今のお前の中には不安と揺らいでいる自信しかない。子供二人の前で強がるのも結構だが、しっかり決意を固め直せ』

「……」


 図星を突かれて何も言い返せなかった。

 今度こそシエルを助けるためにもう一度過去へ飛ぶ。それを決めたが良いが、まだどうやって『黒い男』を打倒するか思い付けていない。そしてそれを思い付かない限り必敗であり、シエルを説得する事もできない。


『とりあえず私の指示通り歩け。お前の不安を解消できる者がいる』

「そういえば、ここってどこなんだ?」


 今の今まで衝撃の連続で深く注意してなかったが、今いる場所も一〇年前の世界とは違っていた。景色は暗く、空気は相変わらず悪い。どちらかと言うとさっきまでいた場所に近い雰囲気だった。


『すぐに分かる……と言いたい所だが、先に言っておいた方が混乱が少なそうだから伝えておく。ここはお前の生きて来た元の時間から……』


 そこで僅かに言い淀み、クロノは気を取り直すように一度呼吸を挟んでから告げる。


『五〇〇年前の世界だ。「第零次臨界大戦」末期、歴史上最も混迷を極めた時代』


 それはアーサーにとって、今まで聞いた事しかない時代。それも断片的なものであんな地獄だとは夢にも思っていなかった世界だ。


「……どうしてそんな所に。俺が跳ばして欲しかったのは五○○年前じゃ……」

『お前が会わなければならない人が待っている。いいから歩け』


 相変わらずの秘密主義のクロノだが、ヘルトと違ってアーサーはいい加減慣れている。まあ何だかんだで従順に従ってしまう辺り、相当毒されてるとは思うが。

 そんなこんなでクロノに指示に従って結構な距離を移動させられると、ここが巨大な建物の中だというのが分かって来た。それどころか不思議と歩いた事のあるような気がしてきた。もしかすると五○○年後で行った事のある場所かと思い記憶を探っていると、どこからか小さな声が聞こえて来た。その声の方に忍び足で近づいていくと、とある一室で二人の女性が何か話をしていた。


「(―――では、後の事はお願いします)」

「(……私は構わんが、どうしても成功率に問題が残るぞ? 仮に全て上手く行ったとして、その子が無事に育つかどうか……)」

「(きっと大丈夫です。この子は私達の『希望』ですから……)」

「(根拠薄弱だな)」

「(だから後の事はクロノさんにお任せしたんです。ローグさんも未来でどうなっているか分かりませんから)」


 どうにも聞いた事のある名前が多い会話だった。まあクロノもローグも五○○年前から普通に生きている訳だし不思議では無いのだが、となるとクロノが会話している女性の方が気になる。しかもその声が、どこかで聞いた事があるような気がするから不思議だった。


「……クロノ。この会話は……」

「……ッ!? 誰だ!!」


 未来にいるクロノに話しかけたつもりが、その小声を聞き取ったこの時代のクロノに存在がバレた。どうしたものかと思案してると、今度は頭の中でクロノの声が聞こえてくる。


『最初と同じだ。私に触れさせろ』

「……本気で言ってるのか? この時代のお前、敵意むき出しって感じなんだけど」

『戦時中だから当然だ。私が話せば分かる……はずだ』

「急に自信無くしやがったよコイツ」

『五○○年前の心境なんぞ一々覚えていない。良いからやれ』


 盛大な開き直りに大きな溜め息をつく。とはいえ隠れたままだと攻撃されるリスクも上がっていくだけなので、両手を挙げて物陰から出る。


「……はいはい分かったよ。おいクロノ! 俺は未来からお前の力で来た。触れてくれ、クロノから直接説明させる!」


 攻撃される前に全ての事情を先に話すと、目の前のクロノが向けて来る感情が敵意から訝しむような感じに変わった。

 目の前に突き出した掌に魔力弾を準備しながら、クロノは警戒しながら口を開く。


「……お前、名前は?」

「アーサーだ。アーサー・レンフィールド。未来じゃアンタの友人だ」

「……っ!?」


 ただ単に名前を言っただけなのに、目の前のクロノは妙に驚いていた。それからアーサーを凝視してぶつぶつ呟く。


「……まさか。いや、そうなるのか……信じられん」


 納得しつつも警戒を完全には解いていないクロノはどう対処するべきか悩んでいるようだった。


「……大丈夫です、クロノさん。その子を通してあげて下さい」


 硬直した状態で声を発したのはクロノの傍でベッドに寝ている女性だった。リクライニング式なのか背中の部分が上がっているので目が合った。二〇代くらいの女性だろうか。桜色の綺麗な髪だった。彼女は初対面のはずのアーサーに笑みを浮かべてきて、アーサーの方が少し警戒してしまった。

 しかし同時に不思議な気分も味わっていた。どこか、記憶の奥底で彼女を知っている気がずっと頭にまとわりついている。見た事がないはずなのに、知っているという確かな実感。まるで夢の中にいるような気分だった。

 そんな二人に板挟みなっているこの時代のクロノは、今の女性の言葉に振り返って信じられないといった様子で首を横に振りながら、


「正気か? いくら名前が同じだからって、コイツが本人だとは……」

「ですから大丈夫です。通して下さい」

「……近くにいるからな」

「遠くにいて下さい。せっかくの二人の会話なんですから、距離感は考えて下さいね」


 優しい笑みだが強い語気で伝えると、クロノは嘆息しながら離れていった。壁に寄り掛かってこちらを見てはいるが、直接干渉する気はないようだった。


「……なんか、お前が説得しなくても何とかなったぞ?」

『……まあ、頼んだ人物が人物だからな。私が最も信頼している人間の一人だ。ある意味では、ローグ以上にな』


 クロノが言っているのは桜色の髪の女性の事だろう。アーサーは僅かに躊躇いながら近づいていく。やはり警戒の色は無く、優しい笑みを浮かべたままだ。

 手を伸ばせば触れられるくらいの距離まで近づくと、その女性は笑みを浮かべたまま楽しそうに薄い口を開く。


「……体中ボロボロで、きっと今も誰かのために戦っているんですね。ローグさんにそっくりです」


 どこまでも優しい声音だった。

 そして何故だろう? その声でアーサーは妙な確信を得ていた。目の前の女性の正体に対して、自分との関係性が間違いなくそうだという確信を。


「ですが男の子ならやんちゃなくらいが可愛いですね。ただ無理はしないで下さい。ちゃんとご飯を食べて、眠って、毎日を健やかに生きているなら私はそれだけで満足です」

「もしかして……あんたは」


 言おうとして、思わず言葉が詰まった。

 視界が熱いもので歪む。

 目の前の女性は、アーサーのそんな様子すら貴重なもののように優しい眼差しで見ていた。


「好きな子はいますか? 大切な人はいますか? ええ、きっといるんでしょうね。その顔だけで十分です。あなたは真っ直ぐ育ってくれた。それだけで十分です」

「あんたは……俺の、母さんなのか……?」


 涙が頬を伝う顔で、アーサーは躊躇いがちに問い掛けた。

 女性は笑みを浮かべたまま、アーサーの問い掛けに静かに頷きながら、


「サクラ・S・(スプリング)アインザームです。アーサー、あなたは間違いなく私とローグさんの子です」

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