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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一五章 未来とは決められたものなのか? Slaves_of_Fate.
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REVERSE_TIME:START

 雨は―――止んでいた。

 体に力が戻って来ても、アーサーは壁際に移動して座り込んだまま微動だにしなかった。

 あれからかなりの時間が経ってしまった。もうすでにシエルは殺されているだろう。全ては規定通りで、そもそもアーサーが過去に来た目的で、そして未来は元に戻っているはずだった。

 変わってしまったものを修正しただけ。

 だけど、アーサーの気分は晴れなかった。

 達成感なんて一つもない。むしろ喪失感しか無かった。


「……いた」


 声が聞こえて来たのはそんな時だった。声の主の選択肢は多い。パッと思い付くだけでローグ、アユム、クロノ、『黒い男』。そして万に一つの可能性として、戻って来たシエルというのもあった。

 だけど、彼の予想は全て外れていた。その声の主は、あまりにも意外な人物だった。


「探したよ、レン」

「……フィリア?」


 顔を上げると入口にいたのは二人の少女だった。それはこの世界に来たアーサーが最初に出会ったフィリアとアインハルトの二人だ。服装が少し乱れていて、顔には疲労の色が見える。あの場所でアユムに保護されたと思っていたのだが、ずっとアーサー達を探していたような口ぶりだった。

 何度も転移を繰り返したアーサーにはイメージし辛いかもしれないが、この開発放棄地区まではかなりの距離があったはずだ。それも子供の足となればなおさらだろう。


「どうしてここに……」

「わたしの唯一の力。『アリアドネの糸』。触れた相手はみんなが教えてくれる」


 フィリアがアーサーにも見えるようにしたのか、彼女の手からアーサーの腰辺りに伸びる、光が当たってキラキラと輝いている細い魔力の糸が現れた。長距離を途切れること無く子供の魔力量で保ったのは、『みんなが教えてくれる』という言葉から察するに自然魔力を使っているのだろう。きっと無意識にだろうが、フィリアには忍術の才能があるのかもしれない。


「いや、方法じゃなくて、どうして俺を追って来たんだ。俺はお前らを置き去りにしたのに……」

「ええ、それはショックだったわ。でもレン兄に事情があるのは分かってたし」

「ん……そうじゃなきゃ、わたし達を助けてくれた意味が分からなかったから」


 二人から真っ直ぐな信頼を向けられて、アーサーは顔を伏せて重い息を吐いた。


「……シエルさんを失った。助けられなかった……だから二人からそんな言葉をかけて貰える資格は、俺には無いんだ」

「そんなことない」


 入口から近づいて来たフィリアがアーサーの正面にしゃがみ込み、俯いたアーサーの更に下から顔を覗き込んで目を合わせた。


「わたしもハルも、レンが助けてくれなかったら一人で死んでた。レンがどこから来てどこに帰るんだとしても、その事実は変わらない」

「ええ。だからレン兄に会いに来たのは、これでお別れになったとしても、最後に一つだけ伝えたい事があったから」


 フィリアの隣にアインハルトも同じように座り込んで、二人は一度だけ互いに目を合わせて頷きあってからアーサーに視線を戻す。


「家族に見捨てられたあたし達を……」

「あの時、死ぬはずだったわたし達を……」


 アーサーの目を射抜くように真っ直ぐ見据えて。

 二人の少女はその言葉を告げる。



「「助けてくれて、ありがとう」」



 それは偽りの無い、二人の心の底からの想いだった。

 実を言うと、アーサーは何となく彼女達の口から告げられる言葉を予想していた。だけど予想していたのと、正面で直接伝えられるのとでは全く違った。

 ただの言葉なのに。

 空気を震わせている振動に過ぎないのに。

 それはアーサーの心を深く揺さぶる。傷ついた心を癒す光のように差し込んでくる。


(……例え進むべき道を間違えたとしても、別の誰かが(たす)けてくれる、か……)


 それはかつて、『カプリコーン帝国』でアーサーが立ち直るに至った言葉だった。

 あの時の自分の決意を改めて思い出すと、今の自分が不甲斐なさすぎて思わず笑えて来た。


(本当に情けない。この二人の前でいつまでも落ち込んでるなんて、感謝してくれた二人に申し訳ない)


 腑抜けた体に力が戻って来た。

 足に力を込めて、アーサーはその場に立ち上がる。


「ありがとう、フィリア、ハル。俺の事を(たす)けてくれて。おかげで俺は、もう一度立ち上がる事ができる」


 アーサーの言葉にキョトンとしている二人に笑みを返して、どこにいるとも知れない彼女に叫ぶ。


「おいクロノ! どうせ近くにいるんだろ!? 出てきてくれ!!」

「……そんな大声を出さなくても聞こえている」


 鬱陶しげに呟きながら、クロノは入口の影から出てきた。


「今回の事件は『時間』が複雑すぎる。でもお前は知ってたんだろ、全部」

「ああ。一〇年後の私から全て聞いていた。そしてこれから起きる事も」

「じゃあ、俺が何を頼みたいのかは分かるな?」

「『時間跳躍(クロノス)』だろう? 言われなくても使う。そうしなきゃならない理由がこっちにもあるからな」


 もっと交渉が長引くかとも思っていたのだが、すんなりとクロノは了承してくれた。二人は互いに距離を詰め、クロノはアーサーの肩に手を置いた。


「準備は良いか?」

「あ、ちょっと待ってくれ」


 魔力を解放し始めたクロノに制止を呼び掛けて、アーサーはフィリアとアインハルトの方に視線を向けた。


「もし良かったら二人とも、一〇年後にまた会ってくれ。その時は俺の仲間に紹介するよ。俺を助けてくれた小さなヒーローだって」


 一〇年後なんていう、まだ一〇年も生きていない子供達には想像もつかない時間を待つ恐怖。そしてそれまでは絶対に会えないという確かな予感。

 深い事情を知らない二人は、不安でいっぱいの顔で尋ねる。


「……行っちゃうの?」

「置いて行くような真似をしてごめん。でも行かないと。俺も二人みたいにヒーローだから、人を助けに行って来る」

「……うん」

「……ええ」


 長い沈黙を挟んでから、二人はそれでもアーサーを尊重して頷いた。

 両親のように完全に捨てられる訳じゃない。

 再開の約束がある分、僅かに『希望』を持つ事ができたから。


「じゃあ、一〇年後にまた会おう」


 そしてアーサーは再び『時間』の渦に身を委ねる。今度こそ、助けたいと思った相手を助けるために。

ありがとうございます。

今回のように、次回からも九話ほどタイトルの話数表記が少し変化します。

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