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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第三章 竜臨闘技場解放戦線
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30 デートじゃない?

 残されたアーサーは結祈の方に目を向けながら、これからの事について考える。まとまったお金も入ったし、先に今日泊まる宿屋を決めるか、それともアレックスの言ったように何か食事でもするか、どちらにも決め難かった。

 ただ、宿に関してはアレックスの意見も聞いた方が良いような気がしたし、食事もアレックスと揃えておいた方が中途半端な時間にお腹が空く事もないと思っていたので、とりあえず何かを食べに行く事にする。


「結祈は何か食いたいもんとかあるか? どうせならアレックスがいない間に何か食べに行こうと思うんだけど」

「えっ、ワタシが決めて良いの?」

「俺は特に好き嫌いとか食いたいものとか無いからさ、結祈が決めてくれると助かる」


 急に言われた結祈は少し驚きながらも、顎に手を当てて少し考えてから、


「屋台みたいなのも多いし、適当に食べ歩きとかが良いかな。その方が少しずつ色んなものが食べれると思うんだけど……」

「なるほど……じゃあそうするか。最初は何食べる?」

「じゃあ、あれなんてどう?」


 結祈が指差したのは、白牛肉の串焼きの屋台だった。白牛とは全身が真っ白な牛の事で、普通の牛よりも脂の乗りが良い種類の牛だ。漂ってくる匂いだけでも涎が出てくる。


「美味そうだし、あれにするか」

「じゃあ買って来るよ。アーサーはそこで待ってて」


 そう言うと結祈はアーサーが静止する間もなく屋台へ向けて駆け出した。

 今更呼び止めるのも気が引けたので、何となく視線を巡らす。アーサーはこの旅を始めるまで、町といえば村の近くに買い出しに行った事があるだけだ。一応、首都の近くなのでそれなりの人の数はいたが、ここまでの賑わいはなかった。


(こうして見ると『ジェミニ公国』とは大分違うんだな……)

「どうしたのアーサー?」


 人の流れをぼーっと眺めていると、白牛肉の串焼きを買って戻って来た結祈が頭を傾げていた。


「ん? いや、そういえば『ジェミニ公国』の外に出たのは初めてだと思ってさ、中々新鮮だな」

「そっか……。ワタシも初めはそうだったよ」

「結祈は来た事あるのか?」

「うん。……ここくらいまでなら殺しに来てたから」


 その声は凍えるほど低かった。先程までの空気が嘘みたいに結祈の瞳から一切の感情が消える。いや、正確にはその瞳には怒りと殺意が込もっていたのだろう。


「……そっか」


 それしか言えなかった。

 この件に関して、アーサーは伝えるべき事を全て伝え終わっている。そこから先は言葉を受け取った結祈が消化するものであり、これ以上の関与は蛇足にしかならない事が分かっていたからだ。

 だから何となく手持ち無沙汰になった手を結祈の頭に乗せて、くしゃりと頭を撫でる。


「……アーサー?」


 名前を呼ばれてはっとなり、すぐに手を退ける。

 その行動に出た理由はアーサーにも分からなかった。あえて理由を付けるならば、何となくとしか言いようがなかった。


「いやっ……急に悪い。別に変な意味はないんだ」

「……そっか」


 結祈は納得したように頷くと、アーサーに撫でられた部分に自らの手を乗せてはにかんだ。アーサーの方もそれを直視しているのは恥ずかしかったので、話題を逸らす。


「ところで俺の分の串焼きは? 一本しかないように見えるんだけど」

「それは心配いらないよ。はい、あーん」


 そう言って、結祈は串焼きをアーサーの口へ向けた。


「……あの、結祈さん? これは何ですかって言うかかなり恥ずかしいんですけど!?」

「少しずつ色んな食べ物を食べようって言ったでしょ? こうやって一つを分け合えばその分だけお腹に余裕ができるから」

「……確かに」


 納得するとアーサーの行動は早かった。ずっと結祈に串焼きを向けられていると恥ずかしいだけだったのもあり、あっさりと串焼きにかぶりつく。

 数秒の咀嚼後、飲み込む。


「うん、美味い」


 噛んだ瞬間、口の中にじゅわっと肉汁が広がる感覚は焼きたてならではだろう。これにはあまり食に関心の無いアーサーでもまた食べたいと思ってしまう。

 もう一口貰おうと結祈の方を見ると、結祈は何やら顔を赤くして逸らしていた。


「どうしたんだ?」

「どうしたって……アーサーは恥ずかしくなかったの?」

「な……っ! いや、そんなの……っていうかそもそもお前から始めた事だろ!?」


 少し拗ねたような顔で聞いて来る結祈は反則的に可愛かった。流石のアーサーも赤面してしまい、誤魔化すように早口でまくし立てる。

 何となく気まずくなってしまい、お互いに赤面したまま顔を逸らしていると、横合いからわざとらしい咳払いが割り込んで来た。


「あー、お楽しみのところ悪いんだが、ちょっと良いか?」


 その咳払いの主は、つい先ほど別れたばかりのアレックスだった。


「おまっ……飯食いに行ってたんじゃなかったのか!?」

「途中で面白そうなもんを見つけたから教えてやろうと思って戻って来たんだよ。……ただ、まあその、なんだ、邪魔して悪かったな」


 そう言い残して人混みへと戻って行こうとするアレックス。ここで行かせてしまったら何かがマズイと本能的に思ったアーサーは、アレックスの肩を掴んで引き留める。


「お前何か勘違いしてるだろ。これは別にデートをしてたとかイチャついてたとかそういうのじゃなくて、なるべく多くのものを食べるための手段だっただけだからな!? な、結祈!」


 結祈に同意を求めたアーサーだったが、その結祈はアーサーを問い詰めるような目で見やり、


「……ふーん。別にデートじゃない、イチャついてた訳じゃないんだ。ふーん、アーサーはそうなんだ。へー……」

「ゆ、結祈さん?」


 なぜか仲間であるはずの結祈は、凍えそうなほど冷たい目線でアーサーを睨んでいた。

 そのやり取りを間近で見て、アレックスは浅く溜め息をつくと、


「やっぱイチャついてんじゃねえか」

「今のやり取りのどこでそう思った!?」

「何も言わなくても分かってる。照れ隠しだろ?」

「だーかーらー!」

「それで、アレックスの見つけた面白いものって何?」


 必死に弁明しているアーサーとは対照的に、結祈の方は落ち着いて切り返していた。

 その様子にアレックスよりもアーサーの方が驚いていた。


「結祈は冷静なんだな……」

「こういうのは必死になって否定するからアレックスも調子に乗るんだよ? むしろ逆に堂々としてれば良いんだよ。だって、別にデートをしてたとかイチャついてた訳じゃないんでしょ?」

「お、おお……」


 ニッコリと笑って言った結祈の言葉の後半はアーサーを責めるような口調だった。

 アーサーには結祈が何を不機嫌になっているのかは分からなかったが、下手な事は言えないと思い同意も否定もできずに間の抜けた声が出てしまう。


「……悪かったなアーサー。この話は止めてやる」


 どういう訳か結祈の様子を見て、アレックスはからかう気が失せたようだった。今の間にあった事がほとんど分からなかったアーサーは首を傾げるが、そんなアーサーに構う事なく話は続いて行く。


「とりあえず話を戻すぜ。さっきあっちで面白いポスターを見つけたんだ。ちょっと付いてこい」


 ほとんど流されるままアレックスに付いて行くアーサー。メインストリートの人混みを掻き分けて進んで行く。最初の方は進むのに時間がかかっていたが、いつの間にか大きな人の流れに乗ったようで、後半はすいすいと進んで行く。

 その間、結祈はアーサーの腕をずっと抓っていた。しかも怖いくらいの笑顔なだけに、アーサーの方も何も言えなかった。

 そんな二人の様子をアレックスは呆れた表情で見て、


「……テメェは将来、絶対に尻に敷かれるな」

「は?」

「いや、何でもねえ。それより着いたぜ」


 アレックスが連れて来たのは、『タウロス王国』に居れば大体の場所から見える巨大なコロッセオだった。人の流れが行き着く先はここだったのだ。今から何かが始まるのか、そこはメインストリート以上の人でいっぱいだった。


「凄い人の数だな。何が始まるんだ?」

「それはこいつを見れば分かる」


 アレックスが取り出したのは一枚のチラシだった。その紙には大きく目立つ字で『竜臨祭』の文字が書いてあった。


「これって前にお前が言ってた、『タウロス王国』の目玉の闘技大会ってやつか?」

「ああ、なんでも今から受付が始まって、一時間後に始まるらしいぜ。丁度良いタイミングで来たな」

「へぇー。でも『タウロス王国』なのに目玉の闘技大会の名前が『竜臨祭』って言うのはなんでなんだろうな」

「そりゃあ『英雄譚』から取ったんだろ」

「『英雄譚』? それが何か関係してるのか?」

「……お前、本ばっか読んでんのに『英雄譚』は知らねえのか?」

「簡単な内容くらいなら知ってるけど、あんまり詳しくはないかなあ」

「『英雄譚』は実在した三人の英雄のお話だよね。五〇〇年前に別の世界からこの世界に来た勇者、リンク・ユスティーツ、ローグ・アインザーム、ナユタ・ヴァールハイトと呼ばれる人達が、この世界を回って国を作ったり魔神と戦ったりする物語でしょ?」


 首を傾げるアーサーに助け船を出したのは結祈だった。その説明でアーサーもピンと来る。


「思い出したぞ。たしかその中に『タウロス王国』建国時にドラゴンと共闘した話があったな。アレックスはそれが関係してるって言うのか?」

「多分そうだろ。まあ名称なんざどうでもいい。問題なのはこっちの方だ」


 そう言ってアレックスが指差したのは優勝商品の欄だった。アーサーは顔を近付けて


「えっと何々……優勝商品は参加料の一〇倍? なお、参加料については金貨一枚から上限は無しです。……なんだよこれ」

「な? 凄いだろ!」


 目を輝かせるアレックスに対して、アーサーは呆れたように溜め息をついてから、


「あのなあアレックス。金貨が一枚あればどれだけの事ができるか考えてるのか? 負けたらパーなんだぞ」


 この世界の基本通貨は金貨、銀貨、銅貨の三種類だ。それぞれ金貨は銀貨の一〇倍の価値があり、銀貨は銅貨の一〇倍の価値がある。銅貨一枚があれば一食くらいは問題なく食べられるし、銀貨一枚で普通の宿なら一泊できる。金貨の価値はその一〇倍なので、言うまでも無いだろう。一応、その上に金貨の一〇倍の価値のある聖金貨や、さらにそれの一〇倍の価値のある純聖金貨などもあるが、基本的に一般庶民には関わりのない額である。


「そもそもこういうギャンブルみたいのは止めておいた方が良いぞ、十中八九損する。これだって参加料で賞金を賄ってるんだろうけど、どうせ主催者側からも強い選手が出て来て一般出場者に賞金が渡らないようにしてるんじゃないのか?」

「ギャンブルは運任せだしインチキもしやすいからだろ? これは俺自身の手で勝ち取るから問題ねえよ。魔術と武器の使用も許可されてるみたいだしな」

「……まあ、お前が納得してるなら別に良いけどさ」


 アーサーはそれ以上言うのを止めた。そもそも分配し終わったお金をどう使おうが当人の勝手だし、アレックスの魔術ならそうそう大怪我を負うような事はないだろうと思っての事だった。

 一応集まってきている人達にも目を向ける。老若男女問わず様々な人達がいるが、中でも異色を放っていたのは黒いローブを着こみ、フードを顔が見えなくなるくらい深く被っている四人組の集団。背中に背負った籠に白刃を剥き出しにしたままの武器を大量に刺している武人。闘技大会だというのに白衣に身を包んだあからさまな医者。およそまともに戦えるとは思えない六歳ほどの見た目の少女。気味の悪い笑みを浮かべながら電動車いすに乗る老婆。

 そんな変人達が選手専用の入口に向かって行くなか、


(あの四人組は選手じゃないのか……?)

「……」


 ほとんど直感でここはヤバいと思った。金に吊られているアレックスの馬鹿はともかく、結祈を巻き込むのは嫌だった。


「じゃあ先に宿を決めて、それから行って来てくれよ。俺と結祈はそこで待ってるから」


 結祈の手を取ってすぐにコロッセオを離れようとするアーサー。

 しかし、


「それがそういう訳にもいかねえんだよ。ここを見な」


 アレックスが立ち塞がりながら、チラシとは別の紙を取り出した。よく見るとそれは出場用紙だった。いくつかの項目が既に埋められているが、一か所だけ無記入のものがあった。


「……サポーター?」

「ああ、なんでも選手以外の人を補助に付けられるらしい。だからアーサーテメェは俺のサポーターだキリキリ働きやがれ」

「サポーターってそういう雑用とは違う気が……。というかそれって任意じゃないのか? その用紙にも無記入で良いって書いてるだろ」


 そもそもここでアレックスのサポーターになってしまうと結祈が一人になってしまう。それだと本末転倒だ。ここは何としても結祈を連れて離れなければならない。


「悪いけどパス。そんなに出たいなら一人で―――」

「仕方ねえ。じゃあ結祈に頼むか」


 アーサーの言葉を聞き終えるよりも早く、アレックスはそんな事を言った。


「うーん。まあ何がある訳じゃないし、別に良いよ」


 しかも結祈が承諾してしまった。

 最初はまずい、と思ったアーサーだったが、これはこれで悪くはないのではと思った。サポーターなら基本的にアレックスが傍にいるだろうし、外側に関してはアーサーが目を光らせていれば良いのだから。


「で、テメェはどうするよアーサー」

「俺は少し気になってる事があるから観客席から見てるよ。二人で行って来てくれ」

「なんだ? 可愛い子のケツでも追っかけてんのか?」

「……アーサー?」

「いやいや何言っちゃってんのアレックスー! そんなんじゃないからあ! だからそんな殺意のこもった目で見ないで下さい結祈さん!!」


 影ながら支えようとしているだけなのに、なぜこんな目で見られなければならないのか。アーサーはこの世の理不尽の呪った。

 ただ二人も本当にアーサーがそんな行動に出ようとしているとは考えてなかったようで、話題はすぐにこれからの事に移っていく。


「ようし今からお前がサポーターだなんか美味いもんでも買ってこい」

「じゃあ先払いで」


 アレックスは何ら疑う事なく何枚かの銅貨を結祈に渡す。きっと結祈はアレックスの金で何かを食べようと画策しているのだろうが、気付いたアーサーはあえて何も言わなかった。

 世の中には知らない方が幸せという事もあるのだ!

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