294 F.黒幕の追及
『ポラリス王国』の巨大な地下空間。
その一室で三人はヘルトの次の言葉に注目していた。
「これを知っているのか?」
「ああ……前に『新人類化計画』っていうのを止めた事がある。その時に調べた」
「ぁ……」
一番に反応を示したのはラプラスだった。彼女にとってそれはアーサーと出会う切っ掛けになった思い出深い事件でもあった。
『新人類化計画』。挫折も苦痛も病気も失恋も、そういったあらゆる不幸が無い全ての願いが叶う電脳世界に人間を閉じ込めるという、エミリア・ニーデルマイヤーが人類を苦痛から救うために進めていた計画。結果的にヘルトがアウロラを守り切り、エミリアを脅すという形で収束を見せた事件。
「このカプセルは電脳世界に入るための装置だ。この地下空間全ての個室がこうなら、どれだけの人が電脳世界に入ってるのか想像もできない。でも間違いなく人口が減ってる原因はこれで間違いない」
「……消えた人達の多くは、ここにいるって事?」
結祈は確認しながら自然魔力感知を使って探し始めた。しかし成果は芳しくなかったようであからさまに表情が曇った。
「……どうしてこうなったんでしょう?」
ラプラスからすれば解決済みの事件で、しかも事件の中核に関わった者達はここにいる。それなのにどうして防げていないのだろうという疑問が尽きなかった。
それに答えたのは意外にも同じ事件に関わったヘルトだった。
「多分、この世界はぼくとアーサー・レンフィールドが間に合わなかった未来なんだろう。ぼくがこの世界に来てなくて、アーサー・レンフィールドが『ジェミニ公国』から旅立つ前に『新人類化計画』が完遂されていた。つまり過去が変えられた原因は、本来この計画に関わらなかった人が推進に関わった事なんだ」
「……確かに、筋は通っていますが……それなら私は次で消えるかもしれませんね」
物憂げな表情で呟いた。ラプラスがアーサーと出会ったのは『新人類化計画』が切っ掛けだ。その事件にアーサーが関わっていないとなれば、当然二人の接点は消える。
ラプラスはアーサーの事を信じているので、彼が過去を修正に失敗する事は疑っていない。ただ一時とはいえアーサーの事を忘れるのが嫌なのだ。
「それで、この後はどう動く?」
ラプラスの感傷などどこ吹く風でヘルトはクロノに尋ねる。別に彼女はヘルトにとって大切な人ではないし、またアーサーと想い合っているのも見ていて分かっている。自分に何を言われた所で別に嬉しくないだろうと思っての事だった。
この辺りはアーサーと違う部分だ。もし彼が今のヘルトの立場にいて、ラプラスの位置に凛祢がいたとしたら、ヘルトと同じ考えに至ったとしても、やはりアーサーは何かしらの声をかけるだろう。
「……本当に似てるんだか似てないんだか」
クロノは呆れたように呟きながら頭上を指さした。
「入口には『インヴィジョンズ』がいる。成果は得た事だし、とりあえず上の連中と合流しよう。……お前には少し話があるしな」
「それはここじゃダメな話なのか?」
「ダメだ。まだその時じゃない」
全く譲ろうとしないクロノの調子にヘルトは大きな溜め息を吐きながら、
「……初めてアーサー・レンフィールドを尊敬するね。きみみたいな秘密主義者とよく付き合ってるよ」
「それは同感だ。あいつらは本当にお人好しだからな」
珍しく柔らかい言葉で話したのも束の間、咳ばらいを挟んでいつもの調子に戻った。
ヘルトは特に言及する事なく、異空間から剣を取り出すと、今度は頭上に来た時と同じように集束魔力砲を放った。
◇◇◇◇◇◇◇
「……なるほど。そっちの成果はゼロ、か……」
地上に上がって来たクロノ達と、地上に下りて来たセラ達はアーサーを送った喫茶店に再集合していた。袋小路にはまったクロノ達もそうだが、セラ達もあの後どうやっても上下に移動できなかったので、諦めて入った穴から外に出て来ていたのだ。
「ああ。あのビルの上には昇れない。何かがあるとも思えん」
落胆している声音では無かった。
どこか責めるような口調で、セラは続ける。
「……本当は全て知っていたんじゃないのか、クロノ?」
「……、根拠は?」
「不自然さを感じるからだ。底抜けに甘いレンフィールドや、何だかんだ言って甘いハイラントとは違い、私は仲間にも甘いとは言えない。だからいい加減ハッキリさせよう」
一歩前に出るが、ハッピーフェイスもアナスタシアも止めはしない。実はここに来る前、今からしようとしている話をセラはあらかじめ二人に話していたのだ。
二人の同意はすでに得ていた。
次のセラの言葉を、不信感を捨てきれていないヘルトも待った。
「情報を得るだけなら、過去のお前に聞けば済んだんじゃないのか? だとするなら疑問が残る。何故わざわざレンフィールドを過去に送ったんだ」
「ああ……確かに疑問は多いね」
セラの追及に便乗する形で、遂に堪えきれなくなったヘルトも口を開く。
「そもそも時間遡行のルールはどれに則ってるんだ? いくつかすぐに思い付くけど、ぼくは勿論アーサー・レンフィールドだって説明を受けていない。それはきみがぼくら全員を急かしたからだ」
「……、」
クロノは何も答えない。腕を組んだまま目を閉じて、じっと佇んでいる。
答えないならそれが答えだ。しかし今は『イルミナティ』という組織の一員でもある。ヘルトだってできる事なら波風は立てたくなかった。
「答えてくれ。きみは何を知っている?」
「……全てだ」
自虐的な笑みと共にクロノはラプラスの方に視線を移した。
「『未来』……だがお前の観測した『未来』はアーサーと出会って変えられるようになった。しかし私は違う。常に確定している『時間』の流れの中で生きている。私が死ねば全てが終わると思ったが、どうやっても私は助かる。『担ぎし者』でも変えられない。私は……いや、私達は誰もが『運命の奴隷』だ」
「一体何の話を……」
セラが追及の言葉を発したその時だった。強制的にその口が閉じられる。ヘルトが違和感に気づいて振り向いた時には、すでに彼女の体は塵となって消えていた。
「……『時間』だ」
クロノの呟きで全てが加速する。
次は最も自分の消滅を危惧していたラプラスだった。彼女は一瞬だけ物憂げな表情を見せたが、受け入れるように瞳を閉じて消えていった。
さらに次はハッピーフェイスだった。彼はクロノの葛藤を理解していたのか、特にアクションを起こす事なく潔く消え失せた。
最後はアナスタシアだった。手の先から塵に変わっていくのを見て、その視線はすぐにクロノに向けられた。
「クロノ。どうか、アーサー君を信じて……」
そして、消えた。
辺りの景色も再び変わる。ちらほらと見かけた人達も完全にいなくなり、廃墟のようになってしまった『ポラリス王国』で三人だけが取り残されていた。
人が使わなくなれば、煌びやかな建物も廃れていくものだ。おそらく人類の大多数、あるいは全員かもしれないが、彼らは電脳世界に住居を移してしまったのだろう。まるで世界の終わりに取り残されたような気分で、ヘルトは呆然と口を開いた。
「……ぼくらを騙していたのか?」
「『時間』は色々複雑だと伝えたはずだが?」
「つまり全部無意味だったんだな? 最初からぼくらにはどうしようもない事だった。こうなる事は一〇年前から決まっていたんだろう?」
「……ああ」
肯定の言葉にヘルトは異空間から鋼色の剣を取り出すと、その切っ先をクロノの喉元へと突きつけた。間近で見ていた結祈はどう行動すれば良いか迷っているようだった。
「だがまだ全ての『希望』が絶たれた訳ではない。僅かだが『希望』は残っている。運命を変えられるかもしれない可能性が……」
「それは一体なんだ? いい加減勿体ぶらずに教えてくれ!!」
剣の切っ先を向けられたまま、クロノは指を真っ直ぐ横に向けた。剣を構えてクロノから意識を途切れさせないまま、ヘルトはそちらの方を向いた。
そこには一人、人間がいた。
廃墟と化した街で、こちらに向かって歩いて来る。
「あの人は……」
「未来がこうなった元凶の一人だ」
その、人物は……。