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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一四章 安寧の地など何処にもない Story_of_Until_He_Returns.
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282 天敵の正体

 スゥシィ・ストーム。覚悟を決めた少女の体は震えていた。

 彼女は恐怖を感じながら目の前の敵を見据えて啖呵を切った。元々、闘争からほど遠い場所にいた少女。こうなる原因を作ったのは彼女の周りの人間、アクアやアーサーだったのかもしれない。それでも、少女は自分自身の意志で生まれて初めて敵対者へと全力で向き合う。


 アクア・ウィンクルム=ピスケス。決意を固めた少女の握り締められた拳は震えていた。

 全てを奪われ、諦めていた。それでも今一度立ち上がり、ようやくここまで来た。スゥやクロウやアーサー、その他にも多くの人に支えられてここまで来れた。全てを奪ったその元凶への挑戦に、怒りや喜びや哀しみなどいくつもの感情が渦巻き、自然と握り締めた拳が震えていたのだ。


 その瞬間、左右のヒーローに変化があった。

 アーサー・レンフィールドは僅かに身を屈め、小さな笑みを作った。

 クロウ・サーティーンは鎌を担いだまま浅く息を吐いた。

 少女達の意志を聞き届けた二人のヒーローが、同時に思っていた事は一つ。


「「任せておけ」」


 彼らは少女達の決意を尊重する。たとえ辛い道でも、運命に抗うと決めた少女の手を引いて、一緒に最高の結末へと辿り着くために。

 だから。


 だんっっっ!! と七人の集団から二人が矢のように飛び出した。

 まず最初に動いたのはアーサーだった。彼は手を前に突き出して叫ぶ。


「この身は祈りは届くと示す者。―――開け、『夢幻の星屑』スターダスト・オブ・ドリームス!!」


 叫んだ後に踏み出した足の裏から世界が塗り替わる。

 豪華絢爛といった装飾だらけの王宮の一室から、どこまでも広い草原に満天の星空が煌くアーサーの心象世界へと。


「オーガスト・マクバーンを全員この中に閉じ込めた! 一人残らず倒すぞ!!」


 アーサーの号令に応じるように、他の六人全員が動き出す。

 対してオーガストも津波のように襲いかかる。


「『愚かなるその身に祈(シャスティフォル)りを宿して(・フォース)』!!」

「『死神の十三(デス・サーティーン)』!!」

「『白銀の左腕(アガートラム)』!!」

「『流麗纏衣(りゅうれいてんい)』!!」

「『未来観測(ラプラス)』!!」

「『時間停止(クロノス)』!!」


 六人はスゥを囲って中央に残し、オーガストに向かって一斉に駆け出した。

 全員が各々の力を行使し、ただ正面の敵を打ち倒すために。

 一番最初にオーガストとぶつかったのは、飛び出しの早かったクロウだった。本物と思わしきオーガストに向かって鎌を振るう。だが周りのオーガストがその刃を身を挺して止めたせいで届かない。


「おい、全員分かってんな!?」


 クロウは叫ぶ。彼らにとって攻撃が届かなかった事よりも、庇ったという事実が重要だった。その瞬間を見逃していなかったネミリアはクロウが叫ぶ前から左腕を引き絞って準備していた。すると拳の先端に左腕から分解したナノマシンが集まり、集束魔力を纏って白く発光する刀身しかない剣脊の広い剣を形成される。


「敵を討って、『必ず穿つ報復の絶剣(フラガラック)』!!」


 左腕を突き出すと、拳の先端から刃が飛んでいく。それはネミリアの念動力によって操られ、縦横無尽に駆けてオーガストの体を貫いて進んでいく。だがやはり壁が邪魔で肝心の本体まで届かない。


「すみません、レンさん! 本体まで届きません!!」

「問題ない、ネミリアはそのまま数を減らしてくれ!!」


 そう言って、アーサーは腰を屈める。そこから両足の『瞬時神速(ジェット・ドライブ)』で一気にオーガストの群れの中に突っ込んでいく。全方位から囲まれる形だが、加速戦法(ジェット・スタイル)を主体にオーガストでも止められない速度の攻撃で一体ずつ確実に破壊していく。

 その後に続いてラプラスとクロノも突っ込んでいく。『未来観測(ラプラス)』により攻撃が全く当たらない少女と、『時間停止(クロノス)』によって攻撃が当たりそうになると返り討ちにする少女は、無傷のままアーサーへと近づいていく。


「おいアーサー! 星からの集束魔力砲で一気に片づけられないのか!?」

「あれをやると『断開結界(だんがいけっかい)』の持続時間が短くなる。下手に追い込んで解除する事になったらオーガストに逃げられるんだ。このまま全員を叩くしかない! ラプラス、本体の居場所は!?」

「ちょっと待って下さい……っ!」


 弾切れを起こしたのか、両手の拳銃のマガジンを抜くと空中に投げ、その間に新しいマガジンを取り出すとそれも軽く空中に投げる。すると丁度落下してきていた拳銃にすっぽりと填まり、落ちてきたそれをラプラスは両手でキャッチするとすぐに発砲してオーガストを蹴散らす。しかもその間、しっかりとアーサーからの要請にも対応していた。


「オーガストはスゥシィ・ストームさんに近くです。マスター、すぐに向かって下さい!!」

「……ッ」


 しかし、その言葉は周りのオーガストにも聞こえていた。今までよりもずっと強い圧力で三人に襲いかかって来る。


「くそ、邪魔だ!!」


 ここまで深くに来てしまったのが失敗だった。『瞬時神速(ジェット・ドライブ)』を使ってもすぐには脱出ができそうにない。

 一応、スゥの近くにはアクアが『流麗纏衣(りゅうれいてんい)』の水の帯で向かって来るオーガストを迎撃してはいたのだが、本体はその隙間をすり抜けてスゥへと接近していた。


「所詮お前には戦う力が無い。他者へと協力を仰ぐだけで、自分は安全地帯で高みの見物か? そんな無様な姿を晒すだけなら、俺の元で永久に『ピスケス王国』を守る盾になっていた方がマシだろう? こっちに戻って来い」

「……、」


 スゥシィ・ストームは押し黙っていた。

 それはオーガストの言葉を飲み込んでいたからではない。少し前に少年に言われた言葉を思い出していたからだ。

 一歩分程度しか離れていないオーガストは、いつでもスゥの命を奪う事ができるのだろう。彼女はそれを理解していながら、精一杯握り締めた拳をオーガストの腹部に、ぽすっと押し付けるように突き出した。

 ダメージなんて一切ない攻撃。しかしその拳は、何よりも彼女の想いを物語っていた。


「私はっ……あなたの事が大嫌いです!!」

「ハッ、知っているさ」


 スゥの攻撃を意にも介さず、オーガストはこれが本物の暴力だと言わんばかりに拳を振り上げる。

 だが、その拳がスゥへと振り下ろされる事はなかった。オーガストはくるりと横を向き、背後に接近していたアーサーへと拳を突き出す。すると丁度殴りかかっていたアーサーの拳と衝突して衝撃を生み出した。


「俺の力はもう忘れたか?」


 ゾッとする一言だった。

 彼が突き出してきたのは左手。つまり魔力を吸収する左手だ。触れた瞬間に物凄い速度で魔力が吸い取られ、『愚かなるその身に祈(シャスティフォル)りを宿して(・フォース)』が強制的に解除される。さらにオーガストはすぐさま開いた右手をアーサーへと向け、吸い取った魔力を放出する。

 だが、それがアーサーを襲う事はなかった。今度はアーサーの横側から彼を押し飛ばす手があったのだ。


「なっ、スゥ!?」


 叫んだ時にはもう手遅れだった。

 アーサーの代わりにスゥが魔力の放出を食らい、簡単に吹き飛ばされてしまう。

 スゥの体が落下する前にアーサーは駆け、何とか受け止めたが全身が傷だらけになっていた。


「オーガストォ!!」


 ボッッッ!! と怒声と共に水の槍が飛んで来た。近くにいたアクアがオーガストの気を引くために攻撃したのだ。その隙にアーサーはスゥの状態を確かめる。幸いと言っては何だが、最悪の結末は避けられそうな状態ではあった。


「スゥ……どうしてこんな事を」

「……レン君は、みんなの『希望』だから……護るって、約束……。それに……一発、殴ったよ……?」

「っ……そうだな。スカッとしたか?」

「うん……だから、後はお願い」


 ぎゅっ、とスゥがアーサーの右手を強く握る。少し淡い青色の光が煌くと、それがアーサーの右手へと流れていく。しばしの間それが続き、光が消えるとスゥの手から力が抜けた。


「……私の、魔術……レン君を、護る……から」

「おいアーサー! スゥは無事か!?」


 血相を変えて駆け寄って来たクロウはすぐさま蒼い炎をスゥへと当てる。すると盾を修復した時と同じようにスゥの傷が治っていく。

 その様子に安堵しながら、アーサーは周りを見回す。ここまでの奮闘のおかげか、オーガストの数は数え切れるくらいにまで減っていた。後は本体を倒すくらいだ。


「……クロウ。スゥの事を頼めるか?」

「ああ、だからさっさとアクアの援護に行け。アクアまでこうしたら許さねェからな」


 クロウの言葉に無言で頷きながら、アーサーは立ち上がる。

 再び『愚かなるその身に祈(シャスティフォル)りを宿して(・フォース)』を発動させ、オーガストに向かって跳んだ。アクアの水の帯を迎撃していた横合いから、今度こそその横面に拳を叩き込んで殴り飛ばす。


「チィ、アーサー・レンフィールドォ!!」

「オーガスト・マクバァァァああああああああああああああああンッッッ!!」


 すぐさま『加速(ジェット)()鋭足斬撃(レッグシュナイデン)』で追い打ちをかけるアーサーだが、なんとオーガストはそれを体で受け止めた。

 メキメキメキ!! と歪な音が鳴るがそれだけだ。足を掴まれ、それを振り回されてアーサーは投げられる。だが空中で体勢を整え、両手を引き絞って解き放つ。


「『双撃(ツイン)()加速(ジェット)追尾投擲槍(スネークジャベリン)』!!」


 撃ち放たれた二つの『ジャベリン』が何度も動きを変え、オーガストに向かって行く。だが機械化された彼はその動きを完全に見切り、二つとも左手で受け止めて右手から打ち返す。だがその時にはすでに地面を蹴ってオーガストへと向かっていたアーサーは撃ち返された『ジャベリン』を難なく弾き、『加速(ジェット)()天衝拳(スマッシュ)』を放つ。

 しかし、その拳をオーガストは左手で受け止めた。そして今回は魔力の吸収は行わずに叫ぶ。


「お前なら分かるだろう、アーサー・レンフィールド! 『第三次臨界大戦』は間もなく始まる。そのためにはウィンクルムのやり方ではダメなんだ! 良いものは取り込み、それ以外を排除するのはこの国が次の大戦を生き残るのに必要な事なんだ!!」

「ああ……分かるよ。俺は今までも、そんな風に言ってたヤツらと戦って来たからな」


 アーサーは右手、オーガストは左手に力を込める。お互いにビクともしない。


「それでも俺はお前を倒す。俺を助けてくれたスゥに恩を返すために。アクアの国を取り戻すために!」

「だからそれがダメだと言っているんだ! 大戦が起きれば死者の数は測りしれない。お前だって大勢の人間が死ぬのを許容はできないだろ!? 大戦で出る死者は見殺しにするつもりか!!」

「いいや、救える限りの命を救う。護れる限りの人達を護ってみせる!」


 掴まれた右手は解けない。このままではいずれ魔力を吸い取られてしまうだけなので、アーサーは自由に動く手刀の形にした左手を動かした。


「そのために『ディッパーズ(おれたち)』がいるんだ!!」


 バギン!! という致命的な音があった。

 高速の手刀、『加速(ジェット)()斬撃剣(シュナイデン)』によってオーガストの最大の武器とも呼べる左手が肘の辺りから完全に断たれた音だった。

 硬直状態が途絶える。

 事態が動く。


「うォォォおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 そこから先の攻撃を、アーサーは自分でもよく分かっていなかった。

 解かれた右手、そして左手で『加速(ジェット)()天衝拳(スマッシュ)』を交互に、そして一心不乱に突き放つ。どこを殴っているのかも自覚が無い。ただ血の通っていない硬い体表面をひたすらに殴り続ける。

 永遠に続くかとも思われたラッシュだが、意外な事に先に限界が訪れたのはアーサーの方だった。

 突然膝からガクッと力が抜け、踏ん張りが効かずに崩れ落ちてしまったのだ。


「……まさか、魔力よりも先に体力の限界が来るとはな」


 ノイズまみれの声がオーガストの口から洩れた。

 ギギギ、と歪な音を立てて火花をスパークさせながら変形した右手の銃口を構える。

 自分の最大の天敵である少年へと向かって、確実に仕留めるために最大の武器を。


「お前を潰せば流れは絶てる。最大の敵たるお前を潰せば、流れをこっちに引き戻せる……ッ!!」

「……いいや、お前の最大の敵は最初から俺じゃない」


 呟くように返答しながら、アーサーは銃の形にした右手をオーガストに突き付ける。

 オーガストのモノとは違い、その先からは何も出ない。魔術的な意味は何も無い、ただのポーズでしか無い。だけど彼のその行動には大きな意味があった。


「お前の敗因は、たった一つ」


 久々、であった。

 最近はギリギリの戦いが多くて勝利の確信を持てていなかったからか。とにかくそれは、アーサーが勝利を確信した時に見せるポーズだった。


「最後の最後まで自分の天敵に気づけなかった! それがお前の敗因だ!!」


 そうして、アーサーは言い放った。

 凶器を目の前に付きつけられながら、アーサーは不敵に浮かべた笑みを止めなかった。ここでそんな笑みを浮かべてしまう辺り、やはり少年はスゥシィ・ストームと同じ道は歩けない。

 だがそんな少年でも、いやそんな少年だからこそ、守れたものがある。最後の瞬間に、トドメをさせるこの舞台を用意できた。


「がっ、か……ァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 絶叫のような叫び声を上げながら、オーガストは銃口にエネルギーを溜めたまま振り向いた。

 そこにいる者こそが、彼の天敵。

『ピスケス王国』の王女、アクア・ウィンクルム=ピスケス。

 そのヒーローは戦いが始まる前にこう言っていたはずだ。

 奪った全てをここで一つ残らず返して貰う、と。


「やっちまえよ、お姫様」


 その声が引き金だった。

 アーサーと同じように銃の形にした手。だが彼女のそのポーズはアーサーとは違い魔術的な意味を持つ。指の先に渦巻く水が集まると、一気にそれを解き放つ。


「―――『廻龍水槍(ドラゴン・ランス)』!!」


 ゴバッッッ!! と槍の形ではなく龍の頭のような形の渦巻く水の塊がオーガストへと飛んでいく。『廻流水槍(トルネード・ランス)』よりも強力なそれが、オーガストの体を砕かんと突き進んでいく。

 だが、オーガストの動きの方が速かった。左手は無いので吸収はできず、ジェットも先程のラッシュで故障したのか動かない。それでも上に跳躍するくらいの力は残っていた。アクアの攻撃は無慈悲にも彼の下を通り抜けていく。

 だが。

 しかし。


()()()()()()


 再びオーガストの背後で動きがあった。

 体力が尽きた少年の声。だがこれだってオーガストの失念だった。

 誰が彼の天敵が一人だと言った?

 戦いが始まる時の宣言に、アクア以外にもう一人少女がいなかったか?


「この……っ」


 もう一度振り返った時には遅かった。

 アーサーが決定的な行動に移る。


解放(リリース)―――『断絶障壁(イージスウォール)()反射特性(カルンウェナン)』!!」


 その瞬間、アーサーの正面に薄い青の魔力障壁が展開される。

 それは、優しい少女の持つ無害で無敵な力だった。

 それは、倒れた少女がアーサーの身を護るために託した力だった。

 それは、回路(パス)を繋いだ事で強化された力だった。


「化け物がァァァあああああああああああああああああああああああああああ!!」


 アクアの『廻龍水槍(ドラゴン・ランス)』がスゥの『断絶障壁(イージス・ウォール)』に反射して、オーガスト・マクバーンへと突き刺さる。水の龍の開いた口がオーガストの胴体に喰いかかり、その全ての牙が体を削って抉り取る。

 胴体が砕かれたオーガストの動きが完全に止まる。

 ふと周りを見ると、他のオーガスト達も仲間によって全員倒されていた。


 そして、時間が来た。

『夢幻の星屑』スターダスト・オブ・ドリームスの崩壊と共に長かった戦いが終わる。

 まるで全てが一つの幻想であったかのように、眩い光と共に。

ありがとうございます。

いやー、今回の章はここまで長かった。

今回、いつもと違うのはアーサーが止めを刺すのではなく、フォローに徹して舞台を整えた、という所ですね。これがオーガスト・マクバーンにとっては最悪の皮肉になっていると思って頂ければ。

では、残り四話です。

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