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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一四章 安寧の地など何処にもない Story_of_Until_He_Returns.
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281 突き抜けた想い

「ぅ……、ん……?」


 何かの気配を感じて、スゥシィ・ストームは目を覚ました。

 目を開いてまず最初に飛び込んで来たのは、大量の機械の残骸。それからこちらに背を向けて息を荒げている少年だった。


「……レン、くん……?」


 紛うことなきその姿に名前を呟き、それから意識がハッキリしてくる。


「レン君!?」


 両手を広げてすぐに魔力障壁を展開する。その瞬間、糸が切れたようにアーサーの両手足の輝きが霧散して消える。


「……良かった。目を覚ましたんだな、スゥ」


 疲弊しきった表情に優しい笑みを加えて、アーサーは振り返ってそう言った。


「……レン君、そんな……わたし」


 聞きたい事はいっぱいあった。

 どうしてこんな所まで来てしまったのか。

 どうやって『水底監獄(フォール・プリズン)』から脱出したのか。

 どうして今、そんなにボロボロになっているのか。

 そして、言いたい事もあった。

 無事で良かったと、言いたかった。

 だけど目の前で、明らかに自分を庇っていたであろう彼を前にして、そんな能天気な事は言えなかった。呑気に意識を失っている間に何があったのかは知らないが、きっと彼はまた無茶を繰り返してきたのだと分かってしまったから。


「私に、力があれば……」


 そうすれば、こんな事にはならなかった。

 いつだって戦う事を避けて来た。アクアが囚われた時も、アーサーが目の前で倒れた時も、まず戦わない選択しかしてこなかった。

 そのツケがこれだ。

 アクアもアーサーも、大切な人がいつも傷つく結末にしか辿り着かない。


「……良いんだよ、スゥはそれで」


 だけど。

 暗い闇に囚われそうになっていたスゥを引き留めるような、そんな一言を少年は口にした。

 アーサーはスゥの方に向き直り、片膝をついて目線を合わせる。


「一度拳を握ったら終わりはない。闘争は出口の無い一方通行だ。たとえ辿り着くゴールが見えていたとしても、そこへ辿り着いたとしても、きっと終わりは無い。誰かを傷つける度に自分も傷つけて、心も体も擦り減らしていく。どんな大義名分があったって、戦いなんてどこまで行ってもそんなものでしかない」


 少年は大切なモノを守るために戦い続けてきた。

 だけどそれは最初の選択が戦う事だったからだ。もし最初に逃げる選択をしていたら、きっとこうはならなかった。今頃『キャンサー帝国』辺りでアレックスやアンナと傷を舐め合って生きていたはずだ。

 今の自分とあの時の選択に後悔はない。だけど心の底から誇れるものだとは思っていなかった。


「俺は村が魔族に襲われた時、敵を倒すっていう選択肢しか浮かばなかった。でもお前は誰も傷つけないで終わらせたいってずっと願ってたんだろ? 誰かが傷つくくらいなら自分が傷ついた方が良い、お前はそう思ってたんだろ? だったらそれで良い。それは俺には選べなかった強さだ。きっとそう選べる人の方が少ない、尊べる強さなんだ」


 暴力で解決するなんて簡単だ。でもそれだけじゃ世界は終わる。力の強弱で全てが決まるような世界になったら、それはもうこの世の地獄でしかないだろう。

 暴力で全てを解決してきた少年にだって、それくらいの事は分かっている。暴力に頼らずに解決できる方が、いつだって良いに決まっていると分かっているのだ。

 だけど選んで来なかった。結局、そこがアーサーやヘルト達の限界なのだ。大切な者達に被害が及ぶ可能性がチラついた瞬間、一番安易で簡単な選択肢に逃げているだけなのだろう。

 でも、スゥシィ・ストームは違った。端から見たら逃げているだけに見えるかもしれないが、彼女はいつだって戦わない選択肢を選んで来た真の強者なのだ。


「俺はさ、スゥ。そんなお前の事を心の底から尊敬してるんだ。……ま、あれだけやられたんだから一発くらい殴ったって誰も責めないとは思うけどな」


 最後は冗談めかすように言い、アーサーは再び立ち上がる。

 前のように魔力障壁を右手で破壊するような真似はしない。だけどスゥには彼が絶対に止まらないと分かっていた。


「まだ……戦うの?」

「戦うさ」


 最後の確認に、アーサーは迷わず答えた。


「この国に来たのは偶然なのかもしれない。でも、俺はここに来られて良かったって心の底から思うよ。そしてなにより、俺を助けてくれたのがスゥで良かった」


 あの時、スゥの家で目覚めて記憶の喪失に気づいた時、全身にまとわりつくような恐怖があった。それに押し潰されなかったのは、間違いなく背後にいる少女のおかげだ。アーサーはそう断言できる。


「今の俺の命は、全部スゥに貰ったものだ。使うならスゥのために使う。スゥに力を貸したい、アクアを助けたい、この国を護りたい。そう思ったのは間違いじゃ無かったって、俺の魂がそう言ってる」


 だからここを開けてくれ、と。

 彼は右手を使えば魔力障壁を破壊できるはずなのに、あえてスゥに頼んだ。

 スゥは立ち上がりながら、呟くように言う。


「……ううん」


 否定の言葉。

 しかしそれは、魔力障壁を解かないという意味ではなかった。


「今度は私も一緒に戦う。レン君を護ってみせる!」


 前とは違う選択。

 盾が弾け、二人は安全地帯の外側へと飛び出す。

 その瞬間を待っていたかのように、近くに四体のオーガストが一斉に襲いかかる。

 だがその攻撃が二人に届く事は無かった。何の前触れもなく四体のオーガストの動きが停止し、その場に崩れ落ちたのだ。


「ふう……マスターは一人になるといつもピンチに陥りますね」

「言ってやるな。こういう手合いは一人で何でも片づけようとする性があるんだ」


 白いコートを羽織り、両手に硝煙が立ち昇っている拳銃を持つ少女ラプラスと、全体的に黒い装いでこれといった武器を持っていないクロノが突然そこに現れた。クロノは他人に触れている状態で時間を止めると、アーサーのような力が無くても停止空間に同行させる事ができる。その力を使って時間停止中にラプラスがオーガストを倒したのだろう。


「二人とも最高のタイミングだ」

「はい、あなたのラプラスですから当然です。マスターの指示通り、仕込みも万全です」

「あれを仕込みと呼べるのか? 洗脳に近いと思うがな」


 そんな会話をしていると、別方向でも動きがあった。

 クロウへと山のように襲いかかっているオーガストに向かって水の槍が飛んでいき、クロウごと吹き飛ばしたのだ。


「……アクアさん。やり過ぎではありませんか……?」

「クロウは不死身だからな。こっちを心配させた分、これぐらいで丁度良い」

「にしてもやり過ぎだろォがオイ! 不死身っつっても痛みはあるんだからな!?」


 一緒に吹き飛ばされた機械の残骸の山からクロウが元気に飛び出てくる。不憫だとは思うが、不死身を上手く使うという面で見るならこの戦い方はアクアの方が正しいので、誰も突っ込まない。

 新たに現れた面々とクロウ、彼らの足取りは自然とアーサーとスゥのいる場所に向かって行く。そして近くに来ると白髪の軍服少女、ネミリアは頭を下げる。


「すみません、レンさん。もう一人の魔族は見つけられませんでした」

「いや、多分アスクレピオスを倒した時点で離脱してたんだ。無駄足踏ませてごめん。探してくれてありがとう」


 頭を下げるネミリアに顔を上げるように言ってから、その頭を撫でる。どうにも彼女の身長はこうして手を置くのにちょうど良い高さで思わずそうしてしまうのだ。


「……ですが、わたしはレンさんに恩返しも出来てないですから……」

「別に恩返しとかは良いんだけど……まあ、気になるならもう少し力を貸してくれ。ここが大一番だ」

「わかりました。力の限りを尽くすので、レンさんも死なないように気をつけて下さい」

「了解。死なずに生き残って勝つ、だな。慣れてるよ」


 いつも生き残れる確証は無いと分かっていながら、冗談めかしてそう言った。それでもその言葉にネミリアは少し安心したようで、硬すぎた体の緊張が良い具合にほぐれていた。

 そして臨戦態勢を整える彼の傍で、別の会話もあった。


「……久しぶりだな、スゥ。その……元気だったか?」

「うん……アクアこそ、思ったより元気そうだね」


 少し気まずい空気はあったが、それは念願の再会だった。

 ひとりぼっちの少女のたった一人の友人との再会だった。

 話したい事がいっぱいあった。一晩中でも話したかった。思わず目頭が熱くなり、涙が溢れそうになる。


「……話は、後だね」

「ああ、(わらわ)達にはまだやる事が残っているからな」


 だけど、スゥシィ・ストームは目元を拭って前を見る。

 アクア・ウィンクルム=ピスケスは静かに敵を見据える。


「……ようやく会えたな、クソ野郎(オーガスト)

「ふん、牙を折られたまま閉じ込められていれば良かったものを」


 彼らに対するように、オーガスト達もアーサー達のいる側とは反対側に集まっていく。その中の一体に毛色の違う個体がある。雰囲気も佇まいも他と同じだが、今までのオーガストと若干違う魔力が感じ取れる。その辺り機械と生身を完全に同一にする事はできないのかもしれない。

 だが、もう関係無い。

 どれだけ数を並べようと、一体一体の戦闘力が高かろうと、本体が表に出てこようと、今の彼らには関係無いのだ。


 アーサー・レンフィールド。

 クロウ・サーティーン。

 ネミリア=N。

 アクア・ウィンクルム=ピスケス。

 ラプラス。

 クロノ。

 そして、スゥシィ・ストーム。


 何の因果か、この最終決戦の場に居合わせた七人。

 彼ら彼女らは一列に並び、最後の敵と真っ向から向き合う。

 アーサーは動かなかった。クロウも口を挟まなかった。

 彼らの成すべき事はここに至ること、そしてここから先の戦いだと分かっていたから。

 だから、任せた。

 その想いを受け取った少女達は並んで一歩前に出る。

 もう泣き寝入りなんかしない。

 ヒーロー。その資格を持つ確かな一つの存在として、今度こそ己の運命に打ち克つために。


「返して貰うぞ、オーガスト・マクバーン」


 アクア・ウィンクルム=ピスケスとスゥシィ・ストーム。

 迷いを振り切った彼女達はそれぞれ傍らにヒーローを携え、どこまでも強く宣言する。


「「(わらわ)(わたし))達から奪った全てを、ここで一つ残らず返して貰う!!」」

ありがとうございます。

次回、オーガスト戦、決着です。

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