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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一四章 安寧の地など何処にもない Story_of_Until_He_Returns.
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278 いざ決戦の地へ

 クロウ・サーティーンという少年は呪われている。アーサーのように目に見えない形ではなく、目に見える形として。もしかするとそれが彼にとっての一番の不幸だったのかもしれない。

 死神―――彼自身がそう呼んでいるそれと出会ったのは、もうずっと昔の事だ。すでに顔も思い出せない、だが確かにいた両親と弟を殺され、自分も死にかけていた時にそれは目の前に現れた。現れた死神が言うには、自分達を殺した人達はどうやら父親と因縁のある相手だったらしい。

 だがそんなものは、家族を奪われた少年には何の関係も無い事だった。


 だから力を求めた。彼らに復讐できるなら何でも差し出すと。

 死神は応えた。それなら契約しろと。


 そうしてクロウは『死神の十三(デス・サーティーン)』という力を手に入れ、あっさりと復讐を果たした。

 彼に残ったものは孤独と力と契約だけ。

 彼が死神と交わした契約はこうだ。


『そうだな……復讐を手伝う代わりに、オマエはオレに代わって四四四個の契約を果たせ。それまでは絶対に逃がさん』


 それは―――死からも。





    ◇◇◇◇◇◇◇





「―――悪ィな、同輩。オレはオマエみてェに普通じゃ死ねねェんだ」


 頭部の半分の肉が焼き爛れて骨が丸見えになった状態の顔で、青い炎に包まれたクロウは嗤うように言った。


「あるいはオマエならオレを殺せるのかもしれねェが……今回は譲ってやるよ。オマエの名前も知らねェが、そこから解放してやる」


 同輩、とクロウはずっとウィリアムの事をそう呼んでいた。それはつまり、彼も自分と同じように契約したという事だ。そして同時に、未来の自分の姿でもある。

 クロウは記憶が薄らいできているのを自覚している。自分が死神と契約するに至った大きな要因である家族の顔さえ、もう思い出せないほどに。だから無機質な佇まいの彼がその延長線上だと直感で分かったのだ。このまま死神との共存を続ければ、四四四の契約を果たす前に自分もいずれこうなると。


「だから、オレがそこから解放してやる!」


 その言葉を言い終える前には、クロウの顔の肉は完全に燃え尽きて無くなって骸骨となっていた。それはウィリアムの炎ではなく、彼自身の炎のせいだ。頭部にはメラメラと青い炎が残っており、暗い目の奥には青い光が灯っていた。

死神の十三(デス・サーティーン)』。彼自身がそれになったようだった。その様子をさらに近づけるように、死神が扱っていた鎌をクロウ自身が握り締め、思いっきり振り抜いた。まだ距離があったはずだが、持ち手の先端の方が外れてウィリアムの方に向かって行く。持ち手の割れた部分からはとても細い持ち手に内蔵されていたとは思えない長さの鎖が現れ、それが手元と先端を繋いでいた。その鎖の部分がウィリアムの体をぐるぐる巻きにして拘束し、最後に先端の刃の部分がウィリアムの胸の中心に深々と突き刺さった。

 そして、クロウは決定的な言葉を発する。


「『断絶結界(だんぜつけっかい)』―――『絶対ナル死ヲ貴方ニ(アズライール)』。こいつは慈悲だ」


 クロウが『断絶結界(だんぜつけっかい)』と言ったそれは、今この国を覆っている、世界を自分の心で塗り替える『断開結界(だんがいけっかい)』と似たようなものだが、少しだけ違う。世界を覆うのではなく、敵の内側に『断開結界(だんがいけっかい)』を直接ぶち込む荒業だ。敵が誰だろうと、何だろうと、世界のルールから引きはがし、こっちのルールに引きずり込んで必ず殺す。

 必殺。その名の表す通り、敵を必ず殺すための技。だが今回の相手に対しては、それが救いとなるのだ。それはクロウ自身が一番よく分かっている。


「……ああ、殺してやるよ。嬉しいだろ? ……って、もう答えられねェか」


 いつの間にか、鎖で拘束してたはずのウィリアムの姿が消えていた。最初から存在感の無い半透明な姿だったが、今回は完全に消えていた。隠し玉でもない限り、確実に死ねたという事だろう。

 戦いの終わりを悟り、クロウの全身から青い炎が消える。同時に骸骨のようだった顔が再生していき、元の人間らしいものに戻っていく。

 踵を返して次の目的へと移ろうとしたその寸前だった。


 ―――ありがとう


 後ろからそんな声が聞こえて来た気がしたが、クロウは特に反応を示す事はしなかった。ただ僅かに息を吐く。

 周りを見回せば人魚たちが見えなくなっている。どうやら状況はまた変わったらしい。

 元は人魚をどうにかするのが目的だったが、こうなると目的が変わって来る。

 次の目的地は、すぐに決まった。


「……さて、天王山だ」


 見上げる先にいるのはオーガスト・マクバーン。

 そこへ向かうのは国のためじゃない。全ては契約のため、アクアの周りの世界を守るために。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 二人の魔族を倒しても全てが終わる訳じゃない。湖の中からアスクレピオスが奇声のような雄叫びを上げながら浮上してくる。魔族が倒れて制御が効かなくなったのか、先程よりも暴れて湖が荒れる。


「アクア!」


 その状況で最も早く動いていたのはアーサーだった。ピクシーの近くから全力で走ってアクアの肩に右手で触れる。


「魔法を使ってくれ。あいつを止められるのはお前だけだ」

「いや……だが、(わらわ)は魔法の制御が……」

「分かってる。だからその制御は俺がやる。俺の右手は触れた魔力を掌握して操る事ができる。上限はあるけど、アクアの体内魔力くらいなら問題は無い」


 安全ではある。間違いなく魔法は暴走しない確信がアーサーにはある。

 だがそれはアーサー側の視点だ。アーサーの力を詳しく知らないアクアからすれば、根拠の無い言葉に全てを預けるのに等しい。


「信じてくれ。これは絶対に必要な事なんだ」

「……お主は行動で信頼を示してくれた。なら(わらわ)も応えるのが筋だな」


 その前置きは自分の中で魔法を使う理由を補強するためのものだったのだろうか。続けてすぐに魔法を使うためのキーワードを口にしたが、やはりその後が続かない。冷や汗が噴き出して固まったかのように動かなくなる。

 そんな時間を制御を失ったアスクレピオスは見逃さない。今度は拳ではなく、巨大な尾を横薙ぎに振るって来る。


「『時間凍結(クロノス)』!!」


 パキン! と凍り付いたようにアスクレピオスの動きが止まった。それを引き起こしたのは両手を前に突き出してるクロノだった。険しい表情で小刻みに震える両腕を必死に伸ばしながら怒声を飛ばす。


「もう限界だ! お前がやれ、アーサー!!」

「ダメだ、説明しただろ!? これはアクアがやらなくちゃ意味が無い!!」

「だったら急いでそのPTSD王女を何とかしろ! 咄嗟の事で魔力をあまり込められなかったし、元々が防御魔法だからな。こういう使い方じゃ長くは保たない!!」

「っ……」


 歯噛みするが、アーサーの目的のためにはこの状況を打破するのはアクアでなければならない。だが肝心のアクアがこの状態では難しいだろう。

 焦るアーサーに救いの手を差し伸べたのは、傍らにいたネミリアだった。すっと手を伸ばしてきて、アーサーとは逆にアクアの左肩に手を置く。すると淡く赤い光がアクアを包み込み、その様子が次第に落ち着いてくる。


「……『共鳴』の力でアクアさんの心を落ち着けました。この状態なら使えるはずです」

「アクア!」

「……ああ、分かっておる」


 アクアの体から濃い青の魔力が浮き出てくる。


「―――全ての生命(いのち)は水より始まった。その流れは川のように、留まる事なく流れては、やがて全てが巡るだろう。それはある種の生と死のように、全ての生命(いのち)は水へと還るだろう」


 流れるような詠唱が終わると、湖からアスクレピオスの以外の何かが飛び出てくる。巨大で長い胴体に、口を開けば獰猛な牙が除くその生き物。


「『世界呑み込む円環の蛇(ウロボロス)』!!」


 巨大な水の蛇が、生まれ出る。

 そして固まったままのアスクレピオスへと絡みついていく。クロノの限界が来たのかアスクレピオスは再び動き出すが、すでに全身を固められていて振り回そうとしていた尾すら動かない。

 しかも、この魔法は生きている水の蛇というのが本質ではない。絡みつかれたアスクレピオスの様子が変わっていく。まずアーサーが穿った胸の傷が消えていき、それから装甲が少しずつ無くなっていく。


(分解……じゃないな。まるで、時間を巻き戻してるような……?)


 右手がその予想が正解だと告げるようにぴくりと震える。

 アスクレピオスもその現状をマズいと感じていたのか、暴れて『ウロボロス』の体を引き千切る。とはいえ相手は水だ。ダメージらしいダメージは見られず、すぐに元に戻って絡みつく。

 問題と言うならこちらの方だった。アクアの様子が疲弊しきっていて、今にも崩れ落ちそうになっていたのだ。


(向こうが完全に無になるのが先か、こっちの魔力が尽きるのが先か……)


 どうあれ、アーサーにできるのは魔法が暴走しないように魔力を制御する事だけだ。そこから先は祈る事しかできない。

 しかし変化が突然訪れた。小さい黒い球体がアスクレピオスを胸の辺りに生まれたかと思うと、そこに吸い込まれて完全に消えてしまったのだ。

 唐突過ぎる終わりに唖然としながら、限界が来たアクアはその場に膝を着き、ネミリアがそれをフォローする。

 一応は勝利。だが釈然としない顔がいくつかあった。


「……マスター」

「分かってる。あいつだ」


 目を細めたアーサーが想像したのは先刻倒したばかりの狂人だ。『時間回帰(クロノス)』の影響で彼女の魔力を掌握した事実も消えていたのだろう。とっくの昔に右手からノイマンの気配は消えていた。

 向こうの事は気になったが、彼の中の優先順位はあくまでスゥの奪還とオーガスト・マクバーンの打倒だ。すぐに思考を切り替えてみんなの方を見る。


「『グレムリン』の残り人数は?」

「……把握はしていません。ですが少なくてもあと一人、水の人魚を操る人がいるはずです」

「あと一人か……」


 アーサーの疑問にはネミリアが簡潔に答えた。それを踏まえたうえで、アーサーは今後の動きを考える。


「ラプラス、クロノはさっき説明した通りに動いてくれ。ネミリア、アクアは回復を待ってからもう一人の魔族の捜索だ。見つけても無理に戦おうとはしなくて良い。その時はラプラスとクロノを呼んで一緒に対処して、捜索も三〇分くらいで成果が得られなかったら切り上げて城に来てくれ」

「……それで、お主はどうするつもりだ?」

「俺は……」


 返答しながらアーサーは視線を先へと向ける。そこはオーガスト・マクバーンが待ち受ける城だ。自然、アーサーの拳に力が込もる。

 そして、その激情に逆らわずに彼はここに宣言する。


「先にあのクソ野郎をぶん殴りに行って来る!!」

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