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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一四章 安寧の地など何処にもない Story_of_Until_He_Returns.
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275 最凶が仕掛けた罠

 時間停止前、彼らはこんな会話をしていた。


「絶対に嫌です!!」


 そんな風に断固拒否の構えをしていたのはラプラスだった。その理由を語るには、まずアーサーが思い付いた策について話さねばなるまい。

 アーサーの提案とは、つまりクロノと回路(パス)を繋げばラプラスと回路(パス)を繋いで限定的な『未来観測(ラプラス)』が使えるようになったのと同じように、限定的な『時間停止(クロノス)』を使えるようになって停止時間を水増しできるのではないか、というものだった。

 しかし、ここでラプラスが嫌がる一つの問題が浮上する。


「結祈さんやサラさんみたいな他の女性ならともかく、クロノとキスしたら契約を結ぶみたいじゃないですか!! マスターの相手は私だけのはずです!!」


 そう、肝心の回路(パス)を繋ぐ方法がキスという事だった。

 ラプラスにとってアーサーが他人とキスをするのは多少許容できるようだが、自分の特別性が奪われるような相手なのは嫌なのだろう。

 ……まあ、それ以前にアーサー自身がこのような形で誰かとキスをするのを嫌がっているのだが。


「……なるほどな。たしかにそれなら出し抜ける可能性もある」


 しかし、一人だけ乗り気なヤツがそこにいた。


「ヤツは私が『時間停止(クロノス)』発動中に攻撃して来なかった。おそらく予測された未来に辿り着かなくなる時間停止はヤツとの相性が良いんだろう」

「ちょっと待って下さい、何を乗り気になってるんですか!?」

「……ラプラス」

「この気持ちが私の身勝手でも何でも良いです! とにかく、マスターとクロノがキスするなんて……ッ!!」

「ラプラス」


 二度目は強い語気で名前を呼ぶとラプラスはぐっと押し黙った。

 アーサーは少し申し訳なさそうに、


「これしかない。今やらないと、全員殺される」

「……分かってますよ」


 それっきり、ラプラスはぷいっとそっぽを向いてしまった。

 本来なら自分をマスターと慕ってくれる少女に対してフォローなり何なりするべきなのだろう。しかし今は時間が惜しい。その数秒がノイマンにとってどれだけの時間になっているのか分からない以上、行動はすぐに起こすべきだった。


「クロノ、時間を止めてくれ。回路(パス)を繋ぐのはその時で良い」

「良いのか? 貴重な一秒をそこに使って」

「……一〇秒です」


 と、呟くようにラプラスが言う。


「今の状態のマスターが走れば一○秒の地点にノイマンはいます。マスターがどれだけ時間を止められるかは分かりませんが、きっと大丈夫です」

「……ラプラス。ありがとう」


 背中を向けたまま助言をしてくれるパートナーの頭を軽く撫でてから、アーサーは改めてクロノの方を見る。


「頼む」

「ああ、『時間停止(クロノス)』」


 何度目かになる時間停止。アーサーは『カルンウェナン』のおかげでそこへと入る。

 軽い眩暈を覚える慣れない感覚に耐えていると、背の低いクロノに胸倉を掴まれて思いっきり引き寄せられた。


「ほら、さっさとするぞ」

「へ……? いや、ちょっと男らし過ぎ……ングッ!?」


 奪われた。

 紛いなりにも異性とのキスだというのに、情緒もへったくれもなかった。

 だが新たな力が流れ込んでくる感覚は確かにあった。一秒にも満たない短い口付けが終わると、クロノはアーサーをノイマンのいる方へと投げるようにして手を離す。


「走れ、あと八秒だ!」

「……ッ、ああ!」


 色々言ってやりたかったが、そんな時間も無かった。

 全力で一直線にノイマンの方へと走る。


(三……、二……、一……!!)

「九秒、今だ!」

「ああ―――『時間停止(クロノス)()星霜世界(カルンウェナン)』!!」


 九秒に重ねるように、今度はアーサーが時間を止める。

 その瞬間、ガクッと体中から力が抜けるような感覚があった。


(『その担い手は(フェイト・)運命を踏破する者(ホライズン)』が解けた!? 俺自身が発動すると生身になるのか……!?)


 だがそんな事はどうでも良い、とアーサーは体勢を整えて拳を硬く握り締める。

 生身だろうと何だろうと、目の前に固まった敵がいる。ならやるべき事は一つだった。

 無防備なノイマンの顔面に、思いっきり振るった拳を叩き込む。

 合計一二秒。

 時が、動き出す。





    ◇◇◇◇◇◇◇





「ああ……そうだったそうだった。その情報が欠けてたから予測外の事が起きたのかー。まったく、難儀な力よねぇ。あなたはそうは思わない、センパイ?」


 その台詞で気づく。いつの間にかラプラスとクロノが近づいていたのだ。

 殴った後、ノイマンにはすでに右手で触れて動きは封じてあるから脅威は無い。すでに魔法も壊してあるし、『予測演算(ノイマン)』を使う事だってできないはずだ。


「……私もマスターに出合うまでは、未来を知る事は全ての希望が絶たれる事だと思っていました。ですがこの力は希望を未来に繋ぐ力だと気づいたんです。……きっと、私とあなたの違いはそこなんでしょうね」

「あははっ、誰かに出合って存在価値を見出すなんて反吐が出る! 私達は製造者の思惑で造られただけだろうに」

「生まれた理由はそうなのかもしれません。ですが、生きていく理由までを決められる謂れはありません。それは自分で決めます」


 きっと、二人の違いなんていくらでもある。

 同じ源泉でも、この二人の性格はまるで違う。それは製造者とやらが違うからなのか、それとも生きて来た環境の違いが原因なのか、おそらく両方なのだろうとアーサーは思った。

 と、そんな風に考えているとノイマンが視線をアーサーの方へと移して突然こんな事を言い出す。


「アーサー・レンフィールド。あなたは一つ、大きなミスを犯した」

「ミス……?」


 それは、とても敗者の様子とは思えなかった。溶けた鉛のような重さが胸の内に生まれ、正体の分からない嫌な予感が大きくなってくる。


「あなたには分からなくても、そっちは分かるわよね、セ・ン・パ・イ?」


 最初は眉根を潜めてノイマンの真意を推し量っていたラプラスだったが、じわじわとその言葉の意味を理解してきたのか、その顔が蒼白に染まっていく。


「そんな……まさか!?」


 ラプラスの狼狽した様子を見て満足したのか、狂人は張り付いたような笑みを浮かべて口を開く。


「センパイや私の力は知らない情報があると精度が落ちる。つまり言い換えれば、余分な情報があっても正誤が判断できなければ精度が落ちてしまう。それこそ足し算と掛け算を合わせた計算の中に、かっこで括る部分があると計算結果が違ってしまうように。私は意図的に情報を滑り込ませた」


 何となく聞いていただけのアーサーにも状況が読めて来た。つまりこの性悪女は戦いに来た時点で何かを仕込んでいたのだ。

 罠。その一言で十分だろう。この敵は敗ける事までも予測に入れ、その先を見据えて準備をしていたのだ。


「私を倒さないといけない。誰がそんな事を前提に組み込んだの? 私を倒せば『ピスケス王国』の問題が解決するって誰かが言ったの? いつまでもこんな所で油を売ってて良いのかな、『担ぎし者』? 今頃『断開結界(だんがいけっかい)』の中は地獄絵図だと思うけど」

「……っっっ!!!???」

「全ての科学を終わらせる。……別に科学の消滅に興味は無いけど、面白いモノにはつい惹かれちゃうよね? それが私がオーガスト・マクバーンと『グレムリン』に協力した理由だよ。さあ、アーサー・レンフィールド。あなたは一体、何を選ぶのかな?」

「ッッッ……クソッたれ!!」


 もはやノイマンに構っている時間は一秒足りともなかった。もしかしたらこの話は、自分が逃げ出すために用意した嘘なのかもしれない。だが可能性が一パーセントでもある話なら、無視する訳にはいかなかった。現に『断開結界(だんがいけっかい)』の中で何がどうなっているのか、アーサーは何一つ知らないのだから。


「ラプラス、クロノ! そいつに構うな、すぐに『断開結界(だんがいけっかい)』の中に入るぞ!!」

「良いのか? こいつはこいつで十分に脅威だぞ?」

「俺が意識を失わない限りは魔力を掌握してる。それより中が問題だ。ラプラス、場所の特定を頼む!」


 アーサーが焦りに任せて叫ぶが、当の本人であるラプラスは浮かない表情で俯いていた。


「私のせいで……」


 当然、アーサーは彼女のせいだと思っていなかった。

 今度こそフォローのためにラプラスの両肩を掴んで至近で叫ぶように伝える。


「良いか、よく聞けラプラス。俺はお前の事を、世界中の他の誰よりも信頼してる。アレックスや結祈よりもずっとだ。俺のラプラスはあんなヤツの思惑に負けない、絶対にだ!」

「マス、ター……?」

「だから俺はどんな状況でもお前に頼る。ラプラス、みんなが生き残るための『未来』を俺達にくれ!」


 最後の方は一方的な物言いだとは理解していた。

 だけど、彼女に対しては今の言葉だけで十分だと理解していたのだ。アーサーとラプラスはそれくらいの信頼関係はすでに築いている。


「……良いんですか?」

「何が?」

「もしかしたら、私ではノイマンに敵わず、みんなを死なせてしまうかもしれないんですよ?」

「俺が絶対に守る。……それに、もし俺がお前の言葉で死ぬ事になっても後悔は無いよ。お前は俺の一部で、その判断は俺の判断と同じだ。誰よりも信頼してるっていうのは、そういう事だろ?」


 誰よりも信頼している。

 つまりは自分自身よりも。

 それを真摯に伝えようと真っ直ぐ目を見据えると、少し時間を置いてラプラスは小さく頷いた。


「……付いて来て下さい。先導します」


 その言葉に従い、アーサーとクロノはラプラスに付いて行った。

 思いのほか遠くなかったその場所についてすぐ、クロノは呟いた。


「……手遅れみたいだな」


 何が、と聞き返す前にクロノは答える。


「『断開結界(だんがいけっかい)』はすでに解除されている。何かが起きたらしいが、どうやら手遅れのようだ」

「……どういう意味だよ」


断開結界(だんがいけっかい)』の中で何があったのか分かっているような発言にアーサーは詰め寄る。しかしクロノの調子は変わらない。


「そのままの意味だ。状況はもうすでに手遅れ。多くの人間が死んでいるかもしれんし、どうあれお前には耐えがたいほどの異常が起きているだろう。ノイマンの時間稼ぎは成功した訳だ」

「っっっ……だったらなおさら早く中に!!」

「だから少し待て。私の力でその解決策を提示してやる。やはり『時間』はノイマンと相性が良いらしい。(……それともヤツはここまで予測していたのか? 倒した事実が無くなるのは少々気にかかるが……やむを得ない、か)」

「クロノ……? さっきから何を……」


 一人でぶつぶつと喋り、最後は一人で納得して説明なしに命令を飛ばして来る。


「二人とも私の体に触れろ。置いて行かれるぞ?」


 ラプラスは疑いもなく肩に手を置いた。疑問に思いながらもアーサーは彼女に続いてクロノの肩に手を置く。それを確認してからクロノは手を前にかざすと、彼女の前に魔法陣が浮かぶ。

 そして変化はクロノが手を反時計回りにゆっくりと回した時に起きた。風向きが変わり、落ち葉が浮き上がって枝に戻っていく。


「これは一体……」

「『時間回帰(クロノス)』。私達以外の時間を巻き戻しているが……魔力が足りるかどうか」

「問題ありません、私が保証します」

「……」


 自分も異常者と呼ばれ大概常人離れしている自覚があったが、彼女達に比べるとまだ常人の範疇なのだと思った。

 普段は意識していないが、『一二災の子供達ディザスターチルドレン』の名を関する者としてはこちらの方が正常なのかもしれない。この世の理から外れた魔法。それは簡単に理不尽を覆す。

 やがてクロノが魔法を止めた。まだ間に合う『時間』に戻ったという事だろう。そこから先は語る必要も無いくらいスムーズだった。

 ラプラスが『断開結界(だんがいけっかい)』の穴を見つけ、アーサーが右手で破壊して『ピスケス王国』の隔離を解いて中に入る。

 そして『担ぎし者』は、今度こそ完全なアーサー・レンフィールドとして舞い戻ったのだ。

ありがとうございます。

次回からは元の時間軸、戻って来たアーサーの話からになります。


ところで前回の投稿では全く気付かなかったのですが、いつの間にか投稿話数が三〇〇を超えていました。どうにも表記している話数とズレているため見逃していたんですね。いつの間にか二五話分もズレが大きくなっていたとは……人の視野ってホント狭いですね。

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