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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一四章 安寧の地など何処にもない Story_of_Until_He_Returns.
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273 外側の世界の戦い

「……つまり要点をまとめると、お前は『ピスケス王国』の王選に首を突っ込んで色々やった挙句、この『断開結界(だんがいけっかい)』は『グレムリン』と呼ばれる魔族の集団によるものだと?」


 アーサーがピクシーの魔法により『ピスケス王国』から追放された後。錯乱した所をラプラスに止めて貰い、意識を取り戻した事で遂に彼らは合流を果たした。

 敵はすでに、こちらにも被害が及ぶ形で動き出している。いや、そもそもアーサー達がここに来る前からずっと動き出していたのだろう。それぐらいに向こうの行動はスムーズだった。

 クロノの確認の言葉に正気に戻ったアーサーは頷きながら、


「……ああ、体は動かせなかったけど会話は聞こえてたからな。その単語だけは間違いない。先にネミリアに忠告して貰ってて良かった」


 アーサー達は起きた場所で情報共有していた。持っていたカロリーチャージを食べて腹ごなしをしながらだが、さすがに二人の理解のスピードは速かった。

 食すのも早かったラプラスは、最後の一欠片を口に運んで飲み込んでから、責めるような目をアーサーに向けた。


「なるほど……ようするにアーサーさんは目を離した隙にまた新しい女性の方と関係を持った訳ですね。本当に手が速いです」

「……ちょっと待ってラプラス。関係を持ったとか傍から聞いたら誤解を生むようなこと言わないでくれ。一緒に行動してただけだ」

「ですが、どうせ救うとか何とか誓ったんでしょう?」

「いや、それは……」


 ほら、みたいな顔でラプラスは言い淀むアーサーを見る。


「いやでもスゥは俺の命の恩人であって恩返しするのは当たり前の事で、ネミリアの事はメアに頼まれたし……」

「なるほどなるほど。さらに二人も新しい名前が出てきましたね」

「ちょっ!? いや……」


 どんどん追い込まれて行くアーサーを救ったのは意外にもクロノだった。というより心底呆れた様子で聞こえるくらい大きな溜め息を吐いた。


「夫婦漫才なら余所でやれ。私としてはどうでも良いが、『ピスケス王国』を救いたいならさっさと動いた方が良いと思うぞ? 私が言うのもなんだが『時間』は有限だ」


 最後の冗談はさておき、アーサーはその助け船に心の中で精一杯の感謝をしながら、


「分かってる。けど結界の中に入れるのか?」

「普通は無理だがお前には右腕がある。それで『断開結界(だんがいけっかい)』の特異点に接触すれば中に入れるはずだ。ラプラスがいれば簡単に見つけられる」

「……よし、それじゃあ始めよう」


 アーサーも最後の一欠片を口に放り込んで立ち上がる。


「記憶が無い時はやられっぱなしだったけど、そろそろ反撃開始と行こう。ラプラスとクロノがいれば百人力だ。案内を頼む」

「盛大に話を逸らされた気がしますが……分かりました。探してみます」


 溜め息まじりに『未来観測(ラプラス)』を使った、その時だった。


「へー、ほーん、ふーん。その子が私のセンパイかー。もっと大人な女性を想像してたけど、見た目は意外と幼いんだね」

「……ッ!?」


 三人は跳ねるように頭上から聞こえて来た声の方に目を向けた。アーサーに至っては『シャスティフォル』まで発動させていた。

 警戒の理由は、その声を知っていたからだった。


「どうしてお前がここにいるんだ……ノイマン!!」

「あなたを追いかけて来たって言ったら少しはときめく? ……なんてね」


 冗談めかすように言って、ノイマンは木の上から飛び降りた。正体が分かっても警戒は解かない。ラプラスとクロノも同様だった。その理由はアーサーのような直感ではなく、彼女の姿が問題だろう。

 全身の所々が血で真っ赤になっているのだ。まるでついさっきまで戦争でもしていたかのように。


「じゃ、殺合(やろ)うか」


 拳銃とナイフを取り出してノイマンは言う。

 色々と手順を飛ばしたようなその言葉にアーサーは異を唱える。


「……正直、お前の事は気に食わない。だけど今は戦う理由だって無い。先を急いでるならなおさらだ」


 至極当然の事を言ったつもりだった。それなのに、ノイマンは訳が分からないといった風に首を傾げた。


「戦う理由が無いと戦わないの? 戦いなんて、命を削り合う行いを楽しめばそれで良いじゃない」

「……その全身の血も、そんな風に笑いながら戦ったのか?」

「ええ、ただそれでも『セレクターズ』参加者に絞って我慢したんだけど。本来なら『ピスケス王国』全体を血の海に沈めたかったんだから」


 冗談、のようではなかった。彼女は本当にやりかねない。というより、やらなかった事の方が奇蹟みたいなものだった。

 それほどまでに、ノイマンは殺しの愉悦に浸っている。相手を理解する事で拳を握るアーサーが、理解する事ができないほどに。


「……お前は完璧に狂ってるよ」

「ええ、そしてあなたはまとも」


 返って来た言葉は意外なものだった。

 しかし、そこでは終わらない。


「でもあなたはまともなまま人を殺して来た。『タウロス王国』の国王や、多くの魔族を。あなたと私は間違いなく似た者同士よ。だけどよく考えたら、あなたの方が怖くない?」

「……、」


 アーサーは何も答えない。いや、答えられないと言った方が正確か。

 決して、殺戮の愉悦に浸っていた訳ではない。だが弁明の余地を与えず殺したのは自覚している。その事に後悔しているのは結祈(ゆき)のおかげでもう分かっている。だからその言葉に対しては自分に何も言う資格は無いと思っていた。


生命(いのち)生命(いのち)を奪う。肉食動物は草食動物を、草食動物は草木の生命(いのち)を奪う。でもそれは生きるために、あくまで自然の摂理として。だから何も間違ってはいない」


 ピッ、とアーサーの方を指さして糾弾するようにノイマンは続ける。


「だけど、人間だけは違う。いたずらに生命(いのち)を奪い、必要以上の生命(いのち)を奪ってはゴミのように捨てる。それが人間の本質。それはたとえ、あなたであっても例外ではない」


 きっとそれは、誰もが感じ取れる闇なのかもしれない。

 アーサーは目を閉じて言葉を噛みしめる。彼自身もきっとそうだった。覚えていない子供の頃、食す訳でもなく理由も無しに虫を殺したりしていたはずだ。食料だって人間はただ生きているだけで、賞味期限を切らして捨てたりしている。ノイマンはそういう部分も含めて言っているのだろう。もしかしたらそれは、知性と引き換えに背負ってしまった人類共通の罪なのかもしれない。


「ねえ、どうして? どうしてあなたは人を助けようとするの? この世界に一番いらない生命体は人間だって、馬鹿でも少し考えれば分かる。それなのに、どうして命を賭けてまで他者を救おうとするの、アーサー・レンフィールド?」


 問いかけられた疑問。

 その答えは、すぐに出た。


「……それが人間なんだ」


 目を開きながら答えて、ノイマンを真っ直ぐ見据える。


「お前が言っている事は一つの真実だと思うよ。お前の言うように、俺だっていくつもの命を奪って来た。人は生命(いのち)を奪わなければ生きていけない、それは認めてる」

「それは認めてるんじゃなくて、諦めてるんじゃないの?」

「いいや、諦めてなんかいない。だから俺は拳を握るんだ。誰かを傷つけるのも、誰かを救いたいと思うのも、全部人間の本質なんだ」


 あるいはそれは自分への言い訳だったのかもしれない。

 自覚は、ある。

 だけど。

 それでも。


「俺は人間の善性を信じてる。でもお前は悪性を信じてるんだな。それはすごく悲しいって思うよ」

「……そんな同情、初めてされた。吐き気がすると同時に、心が震えるわ」


 それも本音だったのだろう。その証拠に彼女は舌なめずりをしながら拳銃とナイフを構え直す。


「あなたが私と戦う理由はちゃんとある。だからまずはその気になるまで一方的に(なぶ)ってあげる!!」

「……ああ、だったら付き合ってやるよノイマン。お前が大好きな暴力で」


 アーサーもそれに応じる。

 今回もまた、拳を使った暴力で。

 先手はアーサーからだった。『シャスティフォル』の力を宿した右手を振るい、集束魔力の槍をノイマンに飛ばす。ただ直線に進む攻撃はどんなに強力でも未来を予測できるノイマンには当然当たらない。横に跳ばれただけで攻撃の意味が無くなる。

 だがそんな事は分かっていた。

 今、ここにいるのは記憶の無いレン・ストームではない。数多の死闘を切り抜けて来た経験を記憶しているアーサー・レンフィールドなのだ。

 振り抜いた右手の拳を、改めて強く握り締める。『シャスティフォル』ではなく『カルンウェナン』に意識を集中させる。

 すると直線にしか進まないはずの『ジャベリン』がカクンと曲がる。それは綺麗にノイマンが飛んだ方向へと。


「おっと、『予測演算(ノイマン)』」


 ノイマンは再び射線から逃れるために横に跳ぶ。

 だが。


「まだだ、絶対に逃がさない! 『追尾投擲槍(スネーク・ジャベリン)』!!」


 ノイマンの避けた方向に『ジャベリン』が再び曲がる。今度の今度こそ、ノイマンは避け切れなかった。代わりに右手のナイフでそれを受け止める。

 ダメージはほとんど無い。だけど彼女に攻撃を当てた、その事実が重要だった。


「なるほど……これが本来のあなたの力、か。最初の時が上限じゃないくてホントに良かった」

「どうでも良いだろそんなの」


 いつものアーサーだったら、何か会話をしていたはずだ。会話をしている間に何か策を考えるのは常套手段で、こうして向こうから話しかけてくるのはアーサーにとってプラスに働くはずなのだ。

 それなのに、アーサーは言葉に応じず再び『ジャベリン』を飛ばした。


「ラプラス! ノイマンの動きを教えてくれ!!」

「っ、はい! 『未来観測(ラプラス)』!」

「させない、『予測演算(ノイマン)』!」


 アーサーはラプラスの指示を待って『ジャベリン』を操作しなかった。その結果、何も言わないラプラスに合わせて『ジャベリン』はノイマンに躱されて後方へと飛んで行った。


「おい? ラプラス、どうしたんだ?」

「……ダメです」

「ダメって、何が……」


 呟いたラプラスの方を見ると、彼女の顔は驚愕に染まっていた。今『ジャベリン』を飛ばしている僅かな間に何かが起こっていたのか、ただならぬ気配がそこにはあった。


「未来が……観測できません。観測した傍から未来が消えて、どんな未来も最後まで観測ないんです!!」

「それが能力のコンフリクトって呼ばれてるものだよ、センパイ? 同系統の能力がぶつかり合って矛盾した時、どちらの能力の効果も破棄されるか、全く別の現象に成り代わる。今回は打ち消し合う方に傾いたみたいだけど、まあこっちの予測通りかな」


 ラプラスは歯噛みした。ノイマンはこの結果を予測していたが、ラプラスは見当も付いていなかった。それは一つの事実を表す。

 つまり、ノイマンの方がラプラスよりも能力が上だ、という風に。


「結論から言うと、私はセンパイの『魔神石』の力を抽出して造られた『造り出された天才児デザイナーズチャイルド』。ナユタが言うには性能は私の方が上らしいよ?」


 事実として告げられるそれに、ラプラスは表情を曇らせる。


「はあ? お前、何言ってるんだ?」


 しかしアーサーは心の底から湧き出てくる怒りを抑えながら、


「俺が世界で一番頼りにしていて信頼してる超絶可愛い完璧美少女、俺のラプラスがお前みたいな最底辺クソ野郎よりも下な訳がないだろ。っていうかそもそも一緒の括りにするな。泣いて謝っても殴り続けたくなる」

「なんだか『水底監獄(フォール・プリズン)』にいた時よりも嫌われたみたいね。ま、心地いい悪意だから別に良いけど。やっぱり血くらいは落としておくべきだったかなー?」

「……意識は、あったんだよ」


 おどけるノイマンに対して、アーサーは奥歯をギリッと鳴らした。

 すぐさま足の裏で『瞬時加速(エアリアル・ドライブ)』を発動し、ノイマンとの距離を一気に詰めて『シャスティフォル』を纏う右手で殴りかかった。


「お前が後ろからメアを刺した時だって、意識はあったんだ!! 目の前で見ていたのに止められなかった自分が許せない。ただそれ以上に、面白半分であいつを刺したお前の事を許せないッ!!」


 拳は躱されて空を切る。いい加減『シャスティフォル』による攻撃は有効打にならないと判断したアーサーは右腕を元に戻す。


「なーんだ、しっかり見てたんだ、あれ。いやー良かった良かった。一番見て欲しかった人が気絶してると思ってたから、ちょっとガッカリだったんだよね。ま、どちらにせよタイミングはあの時が最高だったから刺した訳だけど」

「そういう所が許せないんだよ! 『その担い手は(フェイト・)運命を踏破する者(ホライズン)』!!」


 代わりにアーサーは自身が持つ最強の強化魔術を使う。

 単発の攻撃ではノイマンには当たらない。そこでアーサーは『鐵を打ち、(ウェポンズスミス)扱い統べる者(・カルンウェナン)』を用いて無数の剣を周囲に構える。


「……俺はさ、何を背負おうとも、できれば戦う相手の事は理解したいって思うんだよ。フレッドの時はそれで失敗したからな」


 その失敗を活かしてきたつもりだった。最終的に拳を交える事になっても、相手を知ろうとする努力は怠っていないつもりだった。


「だけど、お前は別だ。理解してやる事なんてできない。許す事も、認める事だってできやしない!!」

「うーん、あなたに理解して貰う必要も、許して貰う必要も、認めて貰う必要もないんだけど」


 アーサーは言葉に付き合わず、すぐに無数の剣を射出した。

 手数による攻撃だが、やはりノイマンは余裕を持って躱していた。余裕と言ってもアクロバティックに跳ねたり、両手のナイフや銃を使ってだが、それでも確実にアーサーの方へと近づいていく。

 そして遂に、彼女はアーサーに向かって銃口を向けて弾丸を放つ。


「『幾重にも重ねた(ワンヤードステップ)小さな一歩(・カルンウェナン)』!!」

「予測通り!!」


 転移前にノイマンは叫んでいた。その言葉通り、アーサーが転移した時にはすでにそちらに向かって走っていた。すぐに攻撃できるように間近に転移したので、ノイマンにとってもそこは十分に射程圏内だった。

 しかし、


「こっちだって、それくらいは読んでるんだよ!!」


 アーサーは叫び、右手に再び『シャスティフォル』を発動させる。さらに『颶風掌底(ぐふうしょうてい)』を生み出してそれを握り潰す。すると黄金の風が彼の右腕にまとわりついていく。

 それを引き絞り、さらに重ねる。


「ラプラス、未来を観てくれ!!」

「ッ」


 でも私の力は効きません、と叫びたい衝動を押し留めた。

 アーサーだって分かっているそんな事をわざわざ頼むなど、そっちの方が信じられなかったからだ。だから何か意味があるのだと信じて、躊躇わずに力を使う。


「『廻天衝拳(ドリルスマッシュ)』!!」

「無駄だって、私には当たらない! 『予測演算(ノイマン)』!!」

「―――『未来観測(ラプラス)』!!」


 直後だった。

 ギャリィッッッ!! という切削音が響く。アーサーの拳がノイマンの持っていた拳銃を削って壊し、そのまま頬に拳を食いこませた音だった。

『シャスティフォル』を挟んだ状態では、『カルンウェナン』を用いた敵の魔力を掌握するという条件は果たせない。しかしそれを必要としないくらい、今の右拳の威力は絶大だ。回転の力は銃を破壊した時に発散してしまったようだが、拳そのものの力でノイマンを殴り飛ばして吹き飛ばした。


「……あは」


 地面に仰向けに倒れたまま、ノイマンの口からは笑みがこぼれた。


「ああ……なるほどねぇ。センパイの力を使って強制的にコンフリクトを起こして、私が予測した未来を消したんだ。まさかついさっき教えたばかりの事象をすぐに応用して反撃してくるなんて、流石としか言いようが無い。センパイがご執心するのも納得かなぁ」

「……?」


 アーサーは違和感を覚えていた。

 これは敗けた者の態度じゃない。まだ何か手を隠しているような態度だ。あるいはノイマンが狂っているからそう見えるだけで、ただの気のせいである可能性もあるが。

 しかし、ノイマンは高らかに嗤う。


「……良いのよね? 良いのよね!? 『()()』の時まで全力は絶対に出すなって言われてるけど、あなたになら使っても良いわよね!?」

「何だ……? 何を言って……」

「マスター!!」


 ノイマンの言葉の真意を計っていると、焦るようなラプラスの声が飛んで来た。


「右手で彼女に触れて下さい、今すぐにッ!!」

「っ!?」


 その言葉の真意を考えるまでも無かった。

 それはアーサーも直感で何か感じたという訳ではなく、ラプラスが言うならその通りにしなければならないと、理由を考えるまでもなく信じているからだ。

『シャスティフォル』を解いて、今度こそ魔力を掌握するためにノイマンへと右手を伸ばす。


「『魔の力を以て世界の法を覆す』―――『重力操作グラビティ・コントロール』!!」


 だが一瞬、間に合わなかった。

 その言葉が意味するのは魔法の使用。最凶の最強が放たれる。

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