行間三:なおも会議は踊る
軽く手を挙げた姿勢のまま、アナスタシアは口を開く。
「ところでその『一二宮協定』の話は、私が聞いていた議題とは違います。クロノからは事前に『時間』に関する話だと伺っていたのですが?」
「私もそうだ。そもそも『ゾディアック』全体の関わる協定は『シークレット・リーグ』の方で対処するしかない。この『イルミナティ』とは少しズレていないか?」
続くようにセラも言う。ともあれ協定の方はどうしようもないのだ。話の流れを変える良いチャンスだと思い、その流れに身を任せる。
「それは俺ではなく、クロノの方からの話だ」
「ああ、『時間』に関する話だからな」
会議の主導権がクロノへと移る。
そして彼女は、結論から話に入る。
「近い内に『時間』に関する事件が起きる。何故分かるのか、なんて無粋な質問はするなよ?」
「……事件とはどのような?」
「起きれば分かる」
「……規模はどれくらいだ?」
「起きれば分かる」
「「……、」」
アナスタシアとセラはあまりにも素っ気ない返答に唖然としていた。対してクロノはおどけるように嘆息して、
「会議の場まで開いて貰って言えないというのは本当に申し訳ないが、あいにくと『時間』には制約が多いんだ。私には『魔神石』による保護能力があるが、他人に言葉にするだけで変化が生じる可能性がある」
「……それなら何故、わざわざ『イルミナティ』を組織し、この場に集めてまで話をしようとしたんだ?」
ハッピーフェイスの推し量るような問いに、クロノは腕を組んで背もたれに体重をかけながら、
「……覚悟だけしておいて欲しかった。その事件の解決には、この場にいる者達の協力が不可欠だからだ。この場にいる者達だけが、世界を『時間』の渦から救い出せる。『ディッパーズ』でも『W.A.N.D.』でも『イビルファクター』でも『シークレット・リーグ』でもない、この場にいる『イルミナティ』だけが……」
言葉尻から悲痛な思いが感じられるのは、きっと勘違いなどではない。
彼女だけには脅威が見えているのだ。誰とも共有できない、破滅に通じる何かが。
「……なんていうか、今日集まったのは具体策というより注意勧告が主なのか?」
凍り付いた空気を溶かそうとしたのか、ヘルトが躊躇いがちに言葉を発する。だがその疑問はアーサーも思っていた事だった。
協定は対策のしようがなく、『時間』は覚悟をしておくだけ。これでは折角集まった意味がない。
そう、思っていた時だった。
「いや、一番話したかったのは今の二つではない。ここにいる者達なら知っているであろう『魔神石』についてだ」
「……っ」
息を飲む気配があった。あるいはそれは、全員が無意識に起こしてしまったアクションかもしれない。特にアーサーはどこに目を向けて良いのか分からなくなっていた。
「この場にも『時間』と『未来』がある。『W.A.N.D.』は『箱舟』を所持しているし、『スコーピオン帝国』には現在『言語』と『無限』がある。……便宜上『魔石』と呼称されてはいるが、あの石が持つエネルギーは桁外れだ。たった一個だけで世界を揺るがし得る可能性がある」
「……だから何が言いたいんだ?」
この場において、自国に最も『魔神石』を有しているセラがハッピーフェイスを睨みながら問う。彼はその目線を受け止めながら、
「『イルミナティ』として出来るだけ多くの『魔神石』を集め、管理した方が良いというのが俺の意見だ。保管には『シークレット・リーグ』にも協力して貰おうと思っているがな」
「……我が国にある『魔神石』は全て『ディッパーズ』に回している。他国への譲渡はできんぞ?」
「こちらの手の中にあるならそれで構わん。問題は我々以外の者の手によって悪用される事だ。例えばクロノ、魔族はどうだ?」
「そうだな……現状、所在の分かっていない『魔神石』は多い。いくつかは『魔族領』にあっても不思議ではない」
元上級魔族としてクロノが発言するが、断定はしていなかった。元々『人間領』のように統治社会という訳ではなく、力の上下関係が全ての世界だ。魔王として君臨していたローグ・アインザームが死んだ事で、より一層全体の動きが分かりにくくなっているのだろう。それを抜きにしたってクロノは『魔族領』から離れ過ぎている。『グレムリン』なども起きている現状を掴み切れていないのは当然なはずだ。
「ただ一つ言えるのは……五〇〇年前に一度だけ一二個の『魔神石』を手にした者がいた。私は最後まで立ち会えず、ローグから聞いただけだが……一言、世界が灼けたと言っていた」
「……」
すっと目を細めて、アーサーが思い出していたのは『リブラ王国』での翔環アユムの話だった。
『一二災の子供達』を造り、そして『魔神石』を巡って起きた『第零次臨界大戦』を終わらせるために利用して使い捨てたと。
今日日『第三次臨界大戦』に近づくこの世界で、確かに『魔神石』の所在というのは目を逸らせない事態のように感じられた。
「これこそ世界の脅威だ。それを取り除くのが『イルミナティ』の存在理由だ」
「……同じですね」
ハッピーフェイスの断言に溜め息交じりに答えたのはアナスタシアだった。
「五〇〇年前、ブルース・スミスも同じような事を言って『魔神石』を集めて管理しようとしていました。その結果、集めた所を奪われて利用されました。野ざらし状態の『魔神石』が危険という意見には賛成ですが、全てを見つけて集めれば奪われるリスクが生じるのでは?」
「そのために俺達や『ディッパーズ』がいる」
「では、私達が束になっても敵わない敵が現れたらどうするんですか?」
「勝つさ」
アナスタシアの拭いきれない不安に対して、アーサーは据わった目で断言する。
「どうせ勝たなきゃ全部失う。どこか知らない場所で奪われて使われるくらいなら、集めて管理した方が良い」
「いや、破壊するべきだ」
アーサーから右に一つ飛んだ席に座るヘルトが、突然そんな風に新たな選択肢を提示した。
「別に全てを破壊するべきだって言いたい訳じゃない。きみ達二人のように命に関わる場合や『W.A.N.D.』の防衛力に関わるような場合を除いた、他の全てを破壊するべきだ。それが一番悪用されるリスクが無い」
「……ふん、破壊できるものならな」
今度の反対意見はクロノの口からもたらされた。
「『魔神石』はこの世の理の外側の産物だ。お前の力やアーサーの右腕のようにな。どれだけ魔力を集めようと、あるいは別の『魔神石』を用意しようと、この世界にいる限り絶対に破壊はできん。守るか、使うか、二つに一つだ」
「……」
会議の場を何度目か分からない沈黙が包み込む。
選択肢はクロノが提示した二つ。会議という以上は結論を出さなければならない。
「……ま、別に今までと変わらないよな」
沈黙を破るようにふっと息を吐いたのはアーサーだった。
別に考えるのを放置した訳ではない。その答えをすでに持っているだけの事だった。
「『魔神石』のせいで苦しんでる人がいたら拳を握る。困っているようなら手を伸ばす。俺達は……『ディッパーズ』は今までそうやって来たんだ。それはこれからも変わらない」
お前だってそうだろ? という意味を込めた目線をヘルトに向けると、彼も緊張を解くようにふっと息を吐いて背もたれに体重をかけた。さらに片手をひらひらと振って後の話は任せるといった態度で目を瞑る。
アーサーはその態度に嘆息しながら、続きを話す。
「集めて誰かを守れる時は集める。放置した方が良い時は放置するし、隠した方が良い時は隠す。今この場で一つに決めるんじゃなくて、臨機応変に対応しないか?」
「……その時その時の選択は、どうやって決めるんですか?」
「決まってる」
アナスタシアの言葉に簡潔に返しながら、アーサーはポケットの中から何かを机の上に出した。
それはどこにでも売っているような、安物のマナフォンだった。
「その時はみんなで話し合えば良い。世界をより良くする。突き詰めてしまえば、それが『イルミナティ』の役割だろ?」
あるいはそれは、灰色の回答だったのかもしれない。ただ単にどちらが良いとも分からない答えを先送りにしただけなのかもしれない。
だけどアーサーは今までもそうだった。
捨てられないものを捨てなかったからここまで来れたのだ。失ったものはあっても、掛け替えのないものを手に入れられたのだ。
「……ま、良いだろう。これが最初で最後の会議という訳でもないんだ」
その言葉が切っ掛けだった。
今回はこれ以上話し合う事もないので、解散の流れとなった。
「それと、くれぐれも協定の件は忘れるなよ? 特に二人はな」
……その最後の一言は、今日の会議で一番頭に残る言葉だった。
ありがとうございます。
次回の行間は会議のあとの各々の行動です。そして次話はアーサーが合流するまでにあった物語になります。