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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一四章 安寧の地など何処にもない Story_of_Until_He_Returns.
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268 素敵な終わり方

 一応は戦いが終わり、四人は急いで第四階層へと上がった。理由はアーサーが空けた大穴だ。あそこから水が大量に流れ込んできて溺れる前に上に上がる必要があったのだ。今は壁の自動修復の機能で塞がっているはずなので、とりあえずこの『水底監獄(フォール・プリズン)』が水没する心配はないだろう。


「……結局、アレは何だったんだ?」


 クロウはネミリアとメアの方を見て呟く。しかし彼女達は首を横に振るだけだった。


「……わたしは知りません。少なくとも、事前情報には含まれていませんでした」

「私も同じ。それにあれ自体、レンくんが自分の意志でやってたのか不明瞭な部分があるし、多分本人に聞いても分からないんじゃないかなあ?」


 メアは微動だにしないアーサーを見て言った。生気の無い目を開いたまま動かないので、気絶しているというよりは死んでいるのではないか? という心配も中にはあった。

 アレは本能が忌避していたが、アレが無ければ死んでいたのも事実だ。そう思うと少し複雑な気持ちになる。


「やあやあ、みんなお待たせ」


 静かな空気を全く読まない声が突然響いた。

 その声の主はノイマン。今の今までどこにいたのか、最もギリアスと相性の良かった彼女は今頃になって現れた。


「そいつ誰だ?」


 初対面のクロウとアクアは警戒していた。メアはそれを解消するためにこちらに向かって歩いてくるノイマンの方に手を向けながら、クロウとアクアの方を見たまま話し始める。


「紹介するよ。この人はノイマン。一応協力者で、ここには一緒に侵入しt


 その時だった。

 ドシュ、という変な音があった。

 それに合わせて、メアの言葉が突然止まる。


「メア、さん……?」


 異変に気づいたネミリアの口から不安そうな声が漏れる。

 その直後、メアは口から血を吐いて前に倒れた。


「メアさん!?」


 疑問混じりだった声が驚愕に変わる。

 状況自体はシンプルだった。後ろから歩いて来たノイマンが、ナイフでメアの腰辺りを突き刺したのだ。その動かぬ証拠として、ノイマンの右手には刀の部分が真っ赤に染まったナイフが握られていた。


「あはは……なるほどね。ここで裏切り、か……」


『部隊殺し』。それは知っていたので、この行為に対して驚きのなかったメアは乾いた笑いと共に呟いた。唯一驚くべき点があるとしたら殺気の無さだろう。メアは暗殺者としての性質上、殺気を機敏に感じ取る。それは異常な人生を歩んでいるアーサーよりも鋭敏に。その彼女が刺されるまでナイフの存在に気づけなかった。ノイマンはただ歩いてきて背後に近づき、普通にナイフを突き刺しただけ。それがあまりにも自然な動作すぎて、全く気づけなかったのだ。


「ええ、最高のタイミングでしょ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ここまで我慢してて本当に良かった。まあ、一番面白い反応をしてくれそうな人が気絶してるっていうのがちょっと残念だけど」


 所詮、裏切り者は最初から裏切り者だった。彼女はアーサーやネミリア達と協力する以前から、すでに『ポラリス王国』を裏切ってオーガストと繋がっていたのだ。

 種明かしを終えて、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて語るノイマンはナイフを仕舞い、代わりに円筒型の機器を取り出す。その先端には赤いボタンが付いており、ノイマンは躊躇せずに親指でそれを押した。


 その直後。

 ゴバッッッ!!!!!! という凄まじい爆発が支柱の数ヵ所であった。


 この『水底監獄(フォール・プリズン)』の支柱には外壁と同じ自動修復機能が備わっている。しかしそれでも、何ヵ所も同時に損傷する事など誰も予期していなかったのだろう。支柱の所々にき裂が走っていき、それは外壁にも作用して『水底監獄(フォール・プリズン)』全体が軋む。


「……どこに行ってたのかと思ってたけど、まさか爆弾を仕掛けてたなんて……」

「私から目を離したのが失敗だったね。自動修復機能のおかげで全力で階段を駆け上れば生き残れる可能性もあるかもだけど、確実に生き残れるのは『予測演算(ノイマン)』を持ってる私だけ。動けないお荷物二つ抱えて、一体何人生き残れるかな?」

「チィ―――ッ!!」


 あからさまに舌打ちをしたのはクロウだった。

 即座に『死神の十三(デス・サーティーン)』を発動させ、死神が大鎌を構えて飛んでいく。


「おっと」


 対するノイマンが取った行動は後ろに少し跳んだだけだった。それだけで、横薙ぎに振るわれた大鎌を紙一重で躱した。


「死神が本体から離れられる距離は五メートル、そこから鎌を最大にまで伸ばしても九メートルが限界って所でしょ? そこまで離れれば、あなたの力は無力」

「……どォして知ってるんだ?」

「『予測演算(ノイマン)』。あなたの戦いはしっかり見てたから」


 その後、ノイマンはワイヤーガンを取り出して上に向かって射出する。それが支柱の階段の手すりに絡みつき、彼女の体が上に飛んでいく。


「それじゃ、生きてたらまた会おーう! アデュー」

「クソ……ッ!!」


 軽い声と共に一足先に逃げていくノイマンにはまだまだ言いたい事があったが、こちらもすぐに行動に移らなければ危険だった。クロウはぐったりとしたまま動かないアーサーを肩に担ぎ、アクアとネミリアがメアに肩を貸して支柱の階段を昇っていく。男で肩に担ぐだけのクロウの方はあまり問題ないのだが、メアの方が深刻だった。運ぶ事はアクアに任せっきりで、ネミリアは能力でメアの傷口を塞ぐ事に専念していた。ご丁寧に急所を刺されているせいで、治療しなければ地上に辿り着く前に手遅れになるからだった。

 そんなギリギリの状況で階段を昇り続け、第二階層の中間辺りまで来た時にようやく少女が声を発した。


「これは……流石に全員帰還は無理じゃなかなあ?」


 声の主はメアだった。ネミリアの治療のおかげか声を出す余裕は出てきたようで、そうして放たれた言葉は誰もが目を逸らしていた事実だった。

 いつ限界が訪れるとも知れないこの状況で地上までの距離はまだ半分ある。断続的に来る揺れの感覚はどんどん短くなっており、このままの速度で進み続ければ手遅れになって全員が死んでしまうのは自明だった。


「レンくんの力はまだ必要だし、ここは私が犠牲になるよ。置いて行って」

「ふ……ふざけるなッ!」


 あはは、と乾いた笑いを溢しながら言うと、すぐ傍でアクアが強く反応した。


(わらわ)を助けに来てくれた者を犠牲にできるか!! 全員地上に連れて行く、レンもお主も全員だ!!」

「うーん、アクアちゃんはあれだね、良い王女様になれるね。できるならその姿を見てみたかったって心の底から思うよ」


 体がくっ付いているほどの至近にいるのに、明らかな温度差がそこにはあった。

 メアは背中側で治療に専念しているネミリアの方に意識を向ける。


「ネミリアちゃん……レンくんと出会って、少しずつ感情が生まれてるのは分かってるよ。それは私も通って来た道だから。『ポラリス王国』に戻ったらまた記憶を消されちゃうかもだけど、どうかこれだけは覚えていて」


 そう言って、まるで別れの言葉のようにメアは告げる。


「ネミリアちゃんはこれから多くのものを見て、多くのものを知って、多くの事を経験する。そして何度も選択を繰り返して行く。それが人生、それが生きるっていう事なの。そうやって、ネミリアちゃんはこの世界に生きた証を残して、また次の命に繋いでいく。だから芽生えた感情を大切にして、恐れることなく自由に未来を選び続けて。それが試験管の中で生まれた命だとしても、『人間』になるっていうことだから」

「メア、さん……? 分かりません、一体何の話を……」

「うん、今はそうかもね。だからこれは私からの宿題。レンくんに協力して貰って、答えを見つけて」


 そんな風に一方的に告げて、メアはアクアの体を押した。より大きく移動したのはメアの方で、その動きを止めるように腰に当たった手すりに逆らい、むしろそれを基点として頭の方から外側へと落ちていく。


「それとレンくんに伝言をお願い。私に名前をくれてありがとう、凄く嬉しかったって」

「なッ、メア!!」

「メアさん!?」


 咄嗟にネミリアが伸ばした手はメアを掴む事は叶わず空を掴むだけに終わった。

 メアの体が重力にしたがって頭から真下に落ちていく。その落下の最中、メアの右腕からは大量のワイヤーが吐き出され、それが支柱に絡みついて簡易的にだが補強していく。

 これができるという点でも、メアは自分を切り捨てるのが一番適切だったと改めて思った。そう思いながら、両目をゆっくりと閉じる。


(うん……悪くない、むしろ良い。この終わり方は、想像してたどの終わりよりもずっと―――)


 暗殺者という性質上、自分がいつ死ぬかは分からない。暗殺対象に返り討ちにされる事だって考えられたし、恨みを買った相手に闇討ちされることだって想像していた。他にも色々、毎日のように考えていた。

 だけど、この終わり方だけは想像していなかった。仲間を守るために自ら死を選ぶなど、数日前までの『ナイトメア・イェーガー』には考えられない選択だった。

 その変化の理由は、ひどく単純なものだった。

 自然と頬が緩みながら、思い出したのはある瞬間だった。

 自分が自分である証を手に入れた瞬間、生まれて初めて『メア・イェーガー』という名前を貰った瞬間を。


(―――ずっと()()だって言える!!)


 目を開いた彼女は笑みを浮かべているという、今から死ぬ人間とは思えない表情で少女は右手を強く握り締める。右手からのワイヤーの排出が止まり、落下中だった彼女の体がワイヤーに引っ張られる形で止まり、支柱に背中が叩きつけられる。衝撃はあったがどうせ捨てる命だと割り切って痛みに耐える。

 彼女のワイヤーは確かにユーティリウム製だが、膨大な量を右腕だけに内包し、かつ自在に出し入れを可能にして敵に武器を見られるリスクを無くす事を優先してナノマシンとして利用している。そのため虎を拘束できなかった事からも分かる通りどうしても強度が弱い。いずれ支柱を拘束しきれずに切れてしまうのは分かっていた。


集束魔力供(カートリッジ)給弾、二弾点火・ダブルイグニッション排莢(バースト)!」


 しかし、ユーティリウムにはどんな形でも力が加算されている方が強くなるという性質がある。強引に集束魔力を使うためにあらかじめ集束魔力を溜めた弾丸を、今回は二発同時に使用する。右腕から二つの空の薬莢が飛び出し、右手と支柱に絡みつくワイヤーが真っ赤に染まっていく。


「みんなを守るよ―――『紅蓮界断糸(ぐれんかいだんし)』!!」

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