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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一四章 安寧の地など何処にもない Story_of_Until_He_Returns.
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264 赤毛の少女は語る

 クロウを加えて三人になった彼らは走っていた。

 理由は単純。脱走がバレるのも時間の問題なので、なるべく早くアクアの元に辿り着くためだった。


「それでレンさん。具体的にギリアス・マクバーンはどうするつもりですか?」

「……、どうしよう?」


 クロウがアクアを助け出す時間を稼ぐためには、倒すとまでは行かなくとも足止めはする必要があった。だがその具体的な案は全く思い付かない。そもそもクロウの相性が悪いからこっちで受け持つという話だったが、アーサーだって十分相性が悪いのだ。

 簡単な解決策なら、ネミリアとノイマンに対処を任せるのが一番良いのは分かっている。だがネミリアにだって十字架が発生するリスクはあるし、ノイマンに至ってはやる気が無いし極力頼りたくないという思いがあった。

 つまり、思考は最初に戻る。

 どうしよう? と。


「ネミリアお願い知恵を貸して」


 現在パートナー関係にある彼女は仕方ないといった風に嘆息した。

 彼らは気づいているのだろうか? その仕草一つ一つに、彼女が否定している感情が見えている事に。


「レンさんの葛藤は何となく理解しています。その中で、ノイマンさんに頼らないというのは正解だと思います」


 意外だった。

 獄中の会話から、てっきり自分とノイマンに任せろ、と言うと思っていたからだ。

 そんなアーサーの心中などお見通しなのか、ネミリアは続けて、


「『部隊殺し』。それが彼女の呼び名です。彼女が所属した部隊はもれなく全員死亡、または生死不明扱いです」

「それは……」

「勘違いしていそうなので明言しておきますが、偶然や呪いの類いとかではないです。ノイマンさん自身が言っていました。部隊全員私が殺してる、と。理由は面白いからだそうです」


 思わず息を飲んだ。

 今までだって人を殺した事のある人物には会って来た。アーサーだってその中の一人だ。それを正当化する訳ではないが、それぞれにどうしようもない事情があった。アーサーが殺した相手、例えば直接手を下したフレッド・グレイティス=タウロス。彼はドラゴンを操り、『タウロス王国』に住む全ての人間と魔族の脅威となっていた。だからアーサーはドラゴンを破壊する事で事態を収束させた。フレッド一人の犠牲と引き換えにして。

 だけど、ノイマンは今まで出会ってきた他の誰とも違う。ただ面白いから人を殺すなんて、アーサーにはどうやっても理解できなかった。


「レンさんは最初から警戒しているようなので要らない心配かもしれませんが、一応背中には気をつけておいた方が良いですよ。無事に合流できれば、ですが」

「……」


 それは本来なら深く考えておくべき事情だった。当然アーサーもそのつもりだったのだが、事態がそれを許してはくれなかった。

 忘れてはならない。今は敵地真っ只中だという事を。


「おい、お二人さん。ギリアス・マクバーンへの対策立ててる所悪ィが、お客さんが来た」


 すぐに補足されないように、先程までと同じように中央をブチ抜いて行くのではなく、裏にある通路を辿って階段で降りるルートを選んでいたのだが、すぐに警備員が前に現れた。思ったよりも時間が無かった事に歯噛みする。


「あれは任せとけ」


 そう言って、クロウは一歩分前に出る。

 今度は死神は出て来なかった。ただクロウの全身に蒼い炎が纏わり、真横に手を振るうと炎が警備員達に向かって飛んで行って吹き飛ばした。


「その蒼い炎は何なんだ? さっきの死神もそうだけど、魔力が全く感じられない」

「ああ、コイツはオレの力じゃなくて死神と契約して得た力だからな。簡単に言えば、魔力基準のこの世界のものじゃねェ力だ」


 気になる事には気になったが、今は深く考えている時間が無かった。

 目の前にはこちらの道を塞ぐように、新たな敵が現れた。今度は人間ではなく虎、ゴリラ、鹿にそれぞれ似た三匹の魔獣だった。


「また魔獣かよ……」

「まあ任せろ。動物は火が怖いって相場が決まってる」


 クロウは再び腕を振るって炎を飛ばす。蒼い炎が魔獣たちを包み込むが……。


「効いてなくない?」

「効いてませんね」


 二人の冷たい目線がクロウに向けられる。彼は全力で顔を逸らしていた。

 アーサーはこちらに向かって来る魔獣を見ながら溜め息をつき、右手に『シャスティフォル』を発動させて掌に黄金の風の環を作り出す。


「クロウ、俺の目の前に火を頼む」

「傷口抉りてェのか今のが効かなかったの見てなかったのか!?」

「お前が言ってたように動物は火が怖いって相場が決まってるんだよ。良いから早く!!」

「ッ、クソッたれ!!」


 やけくそ気味に叫んでクロウは再び炎を放った。

 アーサーは目の前の炎に向かって一歩踏み出し、向こう側の敵が見えない中で右手を突き出した。『シャスティフォル』と『旋風掌底(せんぷうしょうてい)』を合わせた『颶風掌底(ぐふうしょうてい)』。その風の渦が蒼い炎を飲み込み、膨張して進んでいく。


「『蒼炎(そうえん)()颶風掌底(ぐふうしょうてい)』!!」


 その場で風が弾けて効力を発し、強い力で押し飛ばす程度の『旋風掌底(せんぷうしょうてい)』とは違い、『颶風掌底(ぐふうしょうてい)』は押し付けた後、刃状の風が膨張しながら進み続ける。よって今回は正面の魔獣達の全身を斬り刻みながら、同時に蒼い炎で焼いて行く。『颶風掌底(ぐふうしょうてい)』の効力が切れた後、魔獣達は血を流して動かなくなっていた。


「……なるほど。火と風を合わせて疑似的な複合魔術にしたんですね」

「ま、火が弱いなら強くすれば良いって思っただけだけど。上手くいって良かったよ」


 ネミリアに言葉を返しながら右手の『シャスティフォル』を解いた。敵を無力化したのだから当然だ。

 しかし三六〇度敵しかいない場所で、それは命に関わる油断だった。

 倒していたと思っていた魔獣の内、虎に似た一体が飛び掛かって来たのだ。どうやら咄嗟にゴリラ型の魔獣を盾にしていたらしく、思った以上にダメージが通っていないようだった。

『天衣無縫』や『シャスティフォル』を発動する時間は無い、つまり魔術で迎撃するのは不可能。後ろでクロウが対処しようとしているが、それも間に合わないだろう。一瞬でそこまで悟ったアーサーは、ネミリアを後ろに突き飛ばした。そして生身のまま飛び掛かって来る魔獣に備える。

 だが実際、アーサーが牙に貫かれる事はなかった。あと数センチでアーサーの首が食い破られるといった距離で、突然その動きが止まったのだ。空中でピタリと止まった理由は、魔獣の全身に絡みついてる黒いワイヤーが原因だった。


集束魔力供給弾、点火カートリッジ・イグニッション―――排莢(バースト)


 その声は魔獣の後方、赤い髪の少女から放たれた。その声に合わせるように、真っ黒だったワイヤーが熱を帯びたように真っ赤に染まっていく。


「灼いて裂け―――『紅蓮界断糸(ぐれんかいだんし)』!!」


 その後に起きた事は、あまり直視したいものではなかった。魔獣の体が切って千切られ、サイコロステーキのようになって地面に落ちた。数歩後ろに下がっていたおかげで血を浴びる事はなかったが、下がったせいで魔獣が細切れになる最後まで見てしまったので何とも言えない気分だった。


「助けに来たけど、もうとっくに脱獄できてたんだね。なんか新しい人まで一緒にいるし、資料にあったレンくんらしいって言ったらレンくんらしいんだろうけど」


 対して、それをやった張本人であるメア・イェーガー。本業が殺し屋である彼女はこういった死体に慣れているのか、別段様子は変わっていなかった。

 今し方命を救われた身としては、どう返事をして良いものか色々と複雑だった。


「……助かったよ。良いタイミング過ぎて狙ってたんじゃないかって思うけど」


 とはいえアーサーだって二匹の魔獣を殺しているのだ。殺し方云々で忌避するのも違う。バラバラの死体にはちょっと近寄りがたいが、メアに対する印象は変わっていなかった。


「……ところで、ノイマンは?」

「別行動、というより気づいたらいなくなってた。ノイマンの事だから心配はしてないけど」

「俺はアイツが別行動してる方が色々と心配なんだけど……」


 さっきのネミリアからノイマンの話を聞いたばかりなのでなおさらだった。もうこっちを裏切る準備をしているとしか考えられない。

 アーサーはそんな偏った思考を振り払うように頭を振った。


「とりあえず最下層に向かおう。ノイマンの事は後だ」


 話を先に進めるためにそうは言ったが、無視して良い問題では無いのも分かっていた。

 結局走り出してから、ギリアスとノイマン、考える事が増えてしまった。最後尾を走るそんな悩み多き少年の傍に、メアが静かに近づいて来る。


「レンくん。ネミリアちゃんと何かあった?」

「へ? まあ、獄中で色々話しただけだけど」

「ああ、だから様子が変だったんだ」

「……そんなに変か?」

「うん、良い方向に変わってる気がする」


 メアは前を走るネミリアの背中を見ながら、感慨深げに呟いた。


「……メアは、どうしてネミリアをそこまで気にかけてるんだ?」


 アーサーは暖かい眼差しを向けているメアの横顔を見ながら、ずっと疑問に思っていた事を聞いてみた。

 予想外だったのかメアは驚いた顔でアーサーを見ると、曖昧な笑みを浮かべながら視線を逸らした。


「……最初に言ったけど、私は暗殺者なの。今はこんなだけど、最初の頃はそれは酷かった」


 アーサーの質問に対する答えとしては、妙な返答だった。

 自覚はあるのだろう。

 あはは、と自虐的な笑いを溢しながらメアは続ける。


「一切の感情を持たず、命令通り対象を殺すだけ。そんな生活を一〇年近く続けた時、私はある任務でミスを犯した」

「ミス?」

「うん、本当に些細なね。その任務は裏金を溜め込んでたり邪魔な相手を殺し屋を雇って殺すような、教本通りの下種の始末だった。でも私はその暗殺で目撃者を作ったの。それは彼自身の幼い息子だった。お父さん、お父さん、って。血塗れの遺体に泣きついてたその子の姿が、私に向けられた怨嗟の瞳が忘れられなかった。どんなに下種な人でも家族には良い顔をしていて、愛されてたんだって分かった」


 実際、人間なんてそんなものだ。メアみたいな大きな話じゃなくても、人によって態度を変えるなんて日常茶飯事だ。

 少年時代からの友人と、顔も知らないカスタマーセンターの電話口に出てくる相手に使う口調は違う。一歳を超えてようやく言葉を喋り始めた自分の子供と、別の国に住んでる八〇代の大人の命の価値は同じにはならない。

 無意識につける命の優先順位。

 そんな当然の価値観に疑問を持ったメアの半生は、きっとまともじゃなかったのだろう。


「そこからかな、歯車がズレたのは。自分がやってる殺しに正当性を見出すようになって、どうして殺すのか、どうしてこんな任務をやるのか、私は本当は何がしたいのか。そんな思考を何度も繰り返してる内に、私は人を殺せなくなった。……おかしいでしょ? 私なんて所詮ただの人殺しの下種で、今だって完全には足を洗えてなくて、後継を鍛えるって名目で『ナイトメア』からも抜けられてないのに」


 おかしくなんてない、とアーサーは素直にそう思った。

 メアはただまともになったのだ。何も考えず体を動かしていただけの機械から、当たり前に思考を巡らす人間に。

 まともな思考じゃないからできていた殺しが、まともになったからできなくなっただけ。それは本来尊ぶべきものなのだ。機械ではなく一人の人間として、当たり前のもののはずなのだ。


「だからあなたに興味を持ったんだよ、レンくん。どこまでも自分を犠牲にして、自分以外の誰かを救うために拳を握って何度も戦う。その行動理念が気になった」

「俺は……」

「ねえどうしてなの、レンくん?」

「……」


 しばしの間、アーサーは考えた。

 メアが言っているのは、あくまで『前』の自分だ。いくら同一人物とはいえ、『今』の自分がどう答えた所でそれは一〇〇パーセント彼女が求めている答えにはならないだろう。

 偽る事になるのかもしれない。

 だけど、アーサーはよく考えてからメアの疑問に答える。


「……正直、メアが納得できるような御大層な理由は無いと思う」


 どこか他人事のように。

 確信も無いままに彼は続けて、


「ただ自分がそうしたいからやっている、それだけだよ」


 今回の件だけについて考えてみて、アーサーが出した答えはそれだった。

 スゥの事も、アクアの事も、誰に頼まれた訳でもない、アーサー自身が望んでやっている事だった。


「……答えになってないような気もするけど、まあそれはそれで素敵な答えなのかもね」


 結局、『今』のアーサーにはメアが納得できるだけの答えを用意できなかった。それでも内心は彼女の悩みが何かしらの答えに辿り着くことを願っている辺り、無責任だが甘さはそのままのようだった。


「じゃあそんなレンくんにお願い」


 くるっと改めてアーサーの方を向いたメアの顔には迷いの色はなく、唐突にあるお願いをする。


「ネミリアちゃんをお願い。多分、あの子を救えるのはレンくんだと思うから」

「ネミリアを……?」


 つい前を走るネミリアの背中を見た。

 感情の片鱗を見せつつある彼女だが、それ以外にも記憶という問題も抱えている少女。とてもじゃないがその苦労は今のアーサーに想像できるものではなかった。正直、彼女の事を放っておけないという気持ちはアーサーにもあったが、それを今の自分が勝手に請け負っても良いのかという迷いもあった。

 そんな彼が出した答えは、


「……努力する、としか言えないかな。今の所」

「うん。それで十分だよ」


 灰色の答えしか返せなかったアーサーだったが、メアはとりあえず満足したようだった。

 会話はそれで終わりと言わんばかりに、メアは前を向いて走りに専念しだした。

 結局、アーサーの悩みが増えるだけの会話になってしまった。

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