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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第二章 奪われた者達と幸せな贈り物
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26 そして少年は世界に吼える

 痛む場所を手で抑えて呻き声を漏らしながら、全くもって無様なその恰好で、アーサーは見上げるように結祈の顔を見て言葉を返す。


「……俺はお前を殺したい訳じゃないからな」


 アーサーを見下ろす結祈の目にはいっそ憐れみの色が見て取れた。

 絶対の優位に立っている自覚があるのだろう。アーサーが背中でウエストバックに手を伸ばしているのを見ても、それを止めようとすらしない。


「……ワタシの復讐にアーサーは関係ないでしょ。だからもう引き下がってよ。ワタシだってアーサーを傷つけたい訳じゃないんだよ」

「それは出来ない相談だな。お前が引いてくれるって言うなら話は別だけど」

「……っ、アナタは……」


 ぎちり、と歯軋りの音が確かに聞こえた。


「アナタはどうしてあなたはそんな口が聞けるの……? 力も無い、阻む理由だって大したものじゃないんでしょ!? 会ってたかが数日の人が、そんな半端な思いでワタシの生きる理由に首を突っ込まないで!!」


 そこには本音が見られた。先ほどまでの冷静さがないからこそ、結祈がアーサーを倒そうとしている理由が明確に分かった。


「いつも、いつもいつもいつもいつも!! ワタシを否定する人達はいつも同じ! 大切な人を殺された事もないくせに、教科書通りの正論で復讐をして何になるんだとか、お前のお母さんはお前にそんな事は望んで無いんだとか、アナタ達にワタシの何が分かるの!? お母さんの気持ちなんてワタシにも分からないのに、もしかしたら殺される原因になったワタシを恨みながら死んでいったかもしれないのに!!」

「……」


 結祈が何を思ってその考えに至ったのか、アーサーには分からない。きっとそこには膨大な時間と、拭える事のない後悔が絡んでいるのだろうから。


「……俺もさ、家族を殺されたんだ」


 だからそんな言葉が漏れたのかもしれない。同情する気はなかった。けれど何となく、話しておかなければならないような気がしたのだ。


「別に、だからってお前の気持ちが分かるっていう訳じゃない。俺とお前じゃ境遇が違うからな。だから俺はお前の復讐は否定しない。中にはそれが前に進む力になるやつもいるだろうしな。でも、復讐を生きる意味にはするな」

「生きる意味? 今、生きる意味って言った!? そんなのヤツらを殺し尽す事だよ! 『魔族信者』をこの世界から殺し尽して、お母さんを殺された復讐をする。それがワタシの生きる意味だよ!! そういう運命で生まれて来たのがワタシ。またワタシみたいな子供が生まれないように、その元凶を全て根絶やしにするのがワタシの全てだよ!!」

「だよ」


 魔族に殺された人間(いもうと)がいた。

 人間に殺された魔族(いもうと)がいた。

 そんな過去があるからこそ、今この場所に立てているのだと自覚する。

 最低最悪な過去だとしても、それがあるからこそ本音で結祈を止める事ができるのだと。

 だから。


「だから俺はお前を止めたいと思うんだ」


 アーサー自身、妹達の最期の言葉が無ければ結祈のようになっていたかもしれない。別に誰でも良かった訳じゃない、自分の事を大好きと言ってくれた二人の言葉だったからこそ救われたのだ。

 だからきっと、結祈にもそういうものがあったはずなのだ。間違いなく結祈を愛していた母親が最期に願った事が、こんな悲しい復讐のはずがないのだから。


「……確かに俺は弱いよ。お前みたいな力はないし、戦って救えたものなんてほとんど無い。今までも失ったものの方が多い。きっと俺みたいな普通の少年に出来る事なんてのは、ほんの些細な事でしかないんだと思う。今回の件だって俺の手には余る事なんだろう。力が無いのに無駄に理想の高い馬鹿なヤツなんだって自覚もある。……でも、違うんだ。それが諦めて良い理由にはならないんだ。アーサー・レンフィールドっていう人間が、妥協して良い理由にはならないんだよ!!」

「……っ」


 ほんの一瞬、結祈が怯んだのを見逃さなかった。アーサーは立ち上がりながら、ウエストバックから取り出した『モルデュール』を結祈に向かって飛ばす。ただ投げた訳ではない。文字通り、『旋風掌底』で以て通常の投擲では有り得ない速度で押し飛ばしたのだ。


(『旋風掌底』をこんな使い方で……っ!?)


 意表を突く、という点では成功だっただろう。しかし当の結祈からすれば驚きこそすれ焦るほどでは無かった。『モルデュール』がアーサーの任意で爆破できる事に驚異は感じていたが、ここまでの戦いで使ってこない事や、先ほどの言葉から自分を殺傷させる使い方をする可能性は排除していたのも要因かもしれない。

 だから結祈はあくまで冷静に思考していく。


(これは手で弾くだけで良い。重要なのは次の手を打たせない事。もう一撃入れて確実に意識をうば―――)


 その先の思考は吹き飛んだ。

 理由は簡単、そんな油断をつくように爆発が起きたからだ。

 ただしそれは結祈に飛ばされた『モルデュール』ではなく、アーサーがあらかじめ後ろに投げていた『モルデュール』のものだった。

 ほとんど自爆に近い行為によって生まれた爆風がアーサーの背中を叩く。薬室に込められた弾丸のようにアーサーの体が結祈に向かって吹き飛ぶ。

 ここまで作戦通り。突然の事に結祈の対応も遅れている。これが最初で最後のチャンスである事は明白だった。

 アーサーは右手に魔力を集中させ、二発目の『旋風掌底』を発動させる。そしてそのまま結祈に向かって右手を伸ばす。

 躱せるタイミングではなかった。

 アーサーもほとんど勝利を確信していた。

 だからこそ。

 次の瞬間、結祈の取った行動はまったくの予想外だった。


「『天衣無縫(てんいむほう)』!!」


 結祈が使ったそれのせいで、アーサーの攻撃は不発に終わった。

 右手は確かに結祈に当たった。けれど当たっただけだ。『旋風掌底』を当てた時のように吹き飛ぶ事はなく、結果だけ見れば本当にただ触れただけでアーサーの反撃は終わった。

 しかも二発の『旋風掌底』のせいで魔力がほとんど尽きた。結祈が何もしなくてもアーサーの体は地面に崩れ落ちる。


「なに、が……っ!?」


 何が起きたのか全く分からないアーサーに、結祈は坦々と語る。


「『天衣無縫』。自分の周りの全ての自然魔力を味方に付ける忍術の奥義だよ。本来は自然魔力感知を極限にまで高めて、相手の動きを完全に掌握したり攻撃を躱すためのものなんだけど、今回はアーサーの『旋風掌底』を消すために使ったんだよ」

(そうか……。周りの全ての自然魔力を味方に付けるって事は、俺が使っていた自然魔力も例外じゃないのか)


 タネが分かった所でどうしようもなかった。魔力は完全に尽きた訳ではない。けれど今の手が通じなかった時点でアーサーの負けは決定したようなものだった。

 立ち上がった所で万に一つの勝ちも無い。

 それが分かっていてなお、


「……まだ、立ち上がるんだね」


 アーサーは立ち上がった。

 四肢を震わせ、いつ倒れてもおかしくない恰好で、それでもアーサーは立っていた。

 結祈はアーサーの姿勢にどこか諦めたように溜め息をついてから目を閉じた。そして再び開いた時、その目はいつも通りの金色のものではなかった。暗い森の中でも光る深紅色になっていたのだ。

 アーサーはそのような現象に心当たりがあった。


「その目……お前、『魔族堕ち』だったのか……」


『魔族堕ち』とは人間と魔族の間に生まれた子供の総称だ。ただ総称はあってもかなり希少で、『ゾディアック』と『魔族領』を合わせてもほとんどいない。人間でもなく魔族でもない彼らは深紅色をした目が特徴で、常人を越える高度な身体能力を持ち、魔力の扱いにも長けている。しかしその反面、結祈のように瞳の色を変えられない人達は、その特異性からどちらの種族にも馴染めず酷い差別対象になっている。


「……お母さんはワタシが『魔族堕ち』として産まれるって分かってた。そしてワタシが周りにどんな目で見られるのかも。それでもお母さんはワタシを産んでくれたの。お母さんには感謝しかない。たとえ憎まれていたんだとしても、こんなワタシをこの世界に産んでくれたんだから。魔族にも恨みは無い。魔族と人間は種族が違うから、狩りをするワタシ達からすれば同じような事だから。でも、『魔族信者』だけは許せない!! あいつらはワタシのお母さんを、『魔族堕ち』を産むなんて本当の魔族への冒涜だっていう下らない理由で殺したんだよ!? 許せる訳がないでしょ!!!???」


 それが結祈の芯。彼女を復讐へと駆り立てる一番の理由。

 その思いの大きさは、アーサーとはベクトルは違っても同じものなのかもしれない。

 けれどアーサーはようやく答えを見つけた気がした。結祈のお母さんが子供に残した愛の形。それはもう、生まれた時から結祈の中にあったのだ。


「……俺は神様じゃないからお前の気持ちを全部理解する事はできないし、お前のお母さんの思いも想像する事しかできない」


 アーサーはお前の気持ちは分かる、なんて無責任な事は言わない。

 人が人を理解するなんて事は、元来不可能な事なのかもしれない。結局のところ人の気持ちなんて当人にしか知り得ないし、その当人ですらも自分の心の全てを理解できている訳でもない。

 理解できる、そんな風に言うやつにはいつだって何も見えてはいない。


「でもさ、それでも俺は思うんだ」


 それでもアーサーは結祈に母親の思いを伝えたいと思った。

 それだけは間違いでは無いと、人の思いを完璧に理解できなくても、何か強い確信を持った声音でアーサーは告げる。


「お前のお母さんはお前にそんな風に生きて欲しくて、リスクを承知でお前を産んだんじゃないと思うんだよ」


 それがアーサーの感じ取った結祈の母親の愛の形だった。

 その言葉で結祈の表情が止まった。


「なに、を……」


 訳が分からないといった風な結祈に、アーサーは言葉を続けていく。


「だってそうだろ。世間で『魔族堕ち』が、それを産んだ自分がどうなるかなんて分かりきった事だ。それでもお前を産んだのは、ただお前の事を愛していたんだよ」

「そんな……ワタシは、だって……!」

「確かにお前のお母さんは殺されたのかもしれない。でもお前は生きている。『魔族堕ち』なんて『魔族信者』が真っ先に殺そうとするお前が生きている事が、その証拠にならないか? お前のお母さんは、少なくともお前の命だけは守ったんだ。そんなの憎んでる相手にできる訳がないだろ。お前は確かに愛されてたんだ。それだけは疑ったらダメなんだ! 他でも無い、お前だけは受け取らなくちゃいけないものだったんだ!! 結局、運命だとか生きる理由だとか、全部お前が勝手に自分を縛っているだけなんじゃないのか!?」

「―――っ!!」


 アーサーのその言葉は結祈の何かに触れたのだろう。

 ゴウッッッ!!!!!! と結祈の纏う魔力が膨れ上がった。


「そんな訳がない……」


 と。

 いっそ怨嗟にまみれたような言葉が魔力と共に溢れる。


「そんな都合の良い解釈がある訳ない!! だってお母さんはワタシがいたから死んだんだよ!? リスクを承知でワタシを産んだなんて、そんなのワタシのために死のうとしていたようなものじゃない!! 命懸けでワタシを産んで、ワタシを守るために命を捨てたなんて、そんな優しい世界がある訳ないッッッ!!!!!!」

「……なあ、結祈」


 結祈の叫びを受けて、アーサーは静かに一つの決断をしていた。

 余計にまた何かを背負ってしまう予感があった。だけどそれだって譲れない感情だった。改めて考えると、それは初めて自分の中で生まれた志だったのかもしれない。


「もしもこの世界に覆せない運命なんてものがあるなら、それに縛られてあらかじめ決められたレールの上を歩くのが人生だって言うなら……良いぜ、かかってこいよ」


 それは結祈に話しているようで、別の何かに話しているようでもあった。

 ぎちり、と握り締めた拳に絶大な力が加わっていく。

 挑むように、あるいは挑戦するように拳を突き付けて。

 溢れる言葉を止める事なく、世界に向けて一つの宣言をする。


「そんなクソッたれな運命は、俺がまとめて踏破してやる!!」


 震える足で一歩踏み出す。対して結祈も再び何かの忍術を発動する。

 結祈の使おうとしている忍術が何かは分からない。ここまでの戦いのダメージで体に力も入らない。それでもアーサーは拳に力を込めて吠える。結祈に向かって一歩ずつ進んで行く。

 しかし、結祈が忍術を発動させるよりも早く到達するのは不可能だろう。全ての力量に差がある状況で、そんな奇蹟は起きない。


 それでも。

 そんな状況でも、アーサー・レンフィールドは立ち向かっていく。

 自分が本当は何に吼えているのか、それを自覚しながら。

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